第292話 オラシュタットに集まって2

「西部の軍は撤退させます」

「なんですと!?」


 エイブリー・エクセレイの言葉に、議会へ参加している人間はほぼ全員が驚いた。

 静かに眺めているのは、メレフレクス王やグラン公などの一部の人間のみである。


「西部を見捨てるのですか!?」

「見捨てるわけではありません」

 エイブリーがメレフレクス王を見る。


 周囲の貴族たちも、思わず王の方を覗き見る。

 王は穏やかに頷くのみだ。


「西部にいる軍や冒険者では、魔王軍は足止めすらできないでしょう。エルドランすら半壊させた兵力ですよ? コーマイがもたらした情報を考えれば、ここ都で待ち受けることが得策です」

「しかし、民間人もいるのですぞ!? 彼らに暮らしを捨てろと言うのですか!?」

「そうです」


 彼女の言葉に、周囲の人間は二の句を繋げることができない。


「もはや、魔王をノーリスクで安全に倒すという段階は過ぎています。レギアとエルドランが落ちた今、近隣諸国で兵力が足りているのは我が国だけです」

「レギア西部、北部の小国も虫の息だとの報告も上がっております」

 援護するかのように、グラン公が付け加える。


「住民の避難はどうするのですか!?」

「ヘンドリック商会が2年間で陸路を整えてくれました。各村と連携をとり、避難マニュアルも作ってあります」

「では、西部を捨ててどうするおつもりで!?」

「ここで迎え撃ちます」

 エイブリーが机に人差し指を置く。


 絶句する。

 こことは、すなわち王家のお膝元だ。政治の中枢機関も、王族の居住区も、高位貴族のベッドタウンも、オラシュタット学園も、この国の大事なものが全て集まった都市だ。

 それを防衛に使うと、彼女は言っているのだ。


「あまりにもリスクが高すぎる」

 貴族たちが頭を抱える。


 それでも以前のように彼女を責めないのは、度重なる会議で彼女以上の提言をできるものがいないと思い知っているからである。


「むしろ、ここで戦うことこそ最もローリスクです。ご覧ください」


 エイブリーの合図でパルレが机上に地図を広げる。

 エクセレイの全体地図だ。


「この国が富む理由。それは間違いなく世界樹による恩恵が高い。魔素が豊かなため、魔物が活発。でも、あえてそこに移住することで、私たちは切磋琢磨し発展した。近隣にレギアやエルドランという強国がいながらも安定して発展し続けているのは、それが大きい」


 そんなことは誰でも知っている。

 だが彼女が言いたいのは、そこではないだろう。皆、次の言葉を待つ。


「初代王がオラシュタットを国の中心ではなく、やや東よりのここへ置いたのは水資源があるからです」

「ルウディカイ川」

「そうです」

 一人の貴族の呟きを、彼女が肯定する。


「世界樹が生み出す、南の巨大な山々。そこから流れ落ちるルウディカイ川。そして、不死鳥が鎮座する大陸最大の火山。その地層がろ過した潤沢な地下水。この都は地上と地下両方から膨大な水資源が取れます」

「持久戦になっても、食糧難にはなりにくい、か」

「その通り。向こうの雑兵はゾンビゆえ食料要らずですからね。そして私たちの祖先は、この水災害とも付き合ってきました。その結果手に入れたのが、大陸一の数を誇る水魔法使い達です」

「最も戦力を活用できる土壌か」

「初代王はここまで見越して都づくりを?」

「聖水も作りやすい。オラシュタット大聖堂は近隣諸国内で最も大きい教会だ。ここも拠点として活用できる」

「軍備の強化も可能です」

 桜色の唇が動く。


 再び、全員がエイブリーを見る。


「レギア難民の一部は王家の護衛のために、都にもいます。ですが、多くは西部に在中です。彼らと西部の傭兵や冒険者に護衛クエストを発注します」

「避難民の輸送や護衛をしつつ、戦力を都に一個集中するのか」

 グラン公が唸る。


 西のレギア難民は、嬉々として都に集まるだろう。もう一度、自分たちの王を守るための雪辱戦ができるのだ。

 グラン公は、ドラキン王を都に招致した理由はこれかと考える。エクセレイを守るために、レギアの残存兵力を自然な形で利用できる。

 冒険者は国に属していない。ギルドに属しているのだ。傭兵など、それ以上に社会的立場の固まっていない連中だ。

 だから、「国のために戦え」という理屈は通じない。では、クエストはどうか? 従うだろう。彼らは金というシンプルな結びつきを好む人種だ。護衛クエストで西の傭兵や冒険者が都に集結したタイミングで、「魔王軍レイド攻略」のクエストを発注する。

 彼らは頭の中でリスクとリターンを計算するだろう。

 そして算出する。

 これだけ戦力が集まっているなら、まぁ大丈夫だろうと。

 もちろん、慎重な奴らはレギアとエルドランの惨状を知っているので参加しないだろうが。


 その場にいる全員がエイブリーの意図を読み取ったと、メレフレクス王は察する。


「決まりだね。民へは私から御触れを出そう。では、解散」


 ここから数週間、エクセレイは有史以来最も大掛かりな戦の準備に明け暮れることになる。







 ルーグは険しい顔をして、ギルドを後にしようとしていた。


 彼は喧騒が嫌いだ。出来るだけ、心穏やかな環境で過ごしていたい。

 かつて荒くれ者たちを束ねていた時は、そういう五月蠅さも許容出来た。今は違う。その喧騒の中に自分がいることに、違和感があるからだ。

 それもこれも、アラクネ・マザーとかいう化け物の討伐に出くわしたことが原因だ。


「あの猫人族のギルドマスター、絶対許さねぇ。俺の人生をこれだけ狂わせやがって」


 いつかの、無茶ぶりクエストを振ってきた田舎のギルマスへ愚痴が出てしまう。

 もっとも、その女はビッグゲームハントに無理やり参加させられたらしい。髭を生やしたテンガロンハットのナイスミドルと筋骨隆々のドワーフと黒い笑顔を見せる眼鏡の男に拉致されたらしい。「猫は水が苦手なんにゃぞ!?」と叫びながら海へ沈んでいったらしい。ざまぁみろだ。

 ふと、ギルドの出口近くに別の集団を発見する。


 狩猟せし雌犬カッチャカーニャだ。

 最近は黒豹師団パンサーズディヴィジョンと協力してクエストすることが多い集団。冒険者ランクはB級から、A級に近い位置までについている。

 ぱちりとリーダーの女性と目が合う。

 確か、タウラヴといったか。ルーグは頭の中で女の名前をはじき出す。


「よう」

「…………」

「どうした」

「いえ、貴方が話しかけてくるとは思っていなかったので」

 アーモンドのような瞳を丸くして、タウラヴが言う。


「……あいつら、ちゃんと見とけよ」

 ルーグが黒豹たちを眺めながら、言う。


「何故?」

「わかってんだろ。弔い戦をする人間の目をしている。パーティーメンバーが魔王の手先に殺されたんだっけか。あいつら次の戦いで死ぬぞ。たぶんな」

「……言われなくても、わかってるわ」

 タウラヴが背筋を伸ばしてルーグを見返す。


 まるでドーベルマンのように、凛とした座り姿だ。


「ふん」

 ルーグは踵を返して出口へ向かう。


「あの」


 タウラヴの声に、ルーグが顔だけ振り向く。


「ありがとう」


 彼女の言葉に返事せず、ルーグはギルドを後にした。







「フィル!久しぶり!」


 中性的な美男が俺に抱きついてきた。

 アルケリオ・クラージュ。元ルームメイトである。

 身長差は50センチ以上になってしまい、抱きすくめられ宙ぶらりんになってしまう。

 俺に合わせて伸ばした髪は肩下まで伸びているらしく、太陽に反射して絹のように淡く輝いている。ふにゃりとした笑顔も輝いている。世界一だ。

 それにしても伸びた髪の毛のおかげで更に女の子っぽくなっちゃってゲヘヘヘヘ。

 相変わらずアルは可愛いなぁ。


『久しぶり、アル。全く、13歳の君も可愛いなぁ」

「もう、帰ってくるのが遅すぎるよ!こんなにギリギリまで修行してくるなんて!」

『やだなぁ、アル。俺は2年間君を忘れて寝たことなんてないぜ?』

「こっちは大変だったんだよ!魔王が動き出して、騎士のみんなは訓練に付き合ってくれなくなったし。あ、初等部を主席で卒業したのはイリスだよ!幾つかの科目はロスとクレアが一番だったけど。僕は剣術で一番を取れたんだよ!」

『流石俺のアルだ。宇宙一可愛い』

「ねぇ、あんた。無言で抱きしめられながら涎垂らして笑ってるの、気味が悪いんだけど」

 アルの肩越しからイリスの顔が見えた。


「あ、いっけね。ここ普通に話しても魔物に取り囲まれて殺されないんだよな。そういえば」


 すっかり癖で神語を喋っていた。


「あんた今までどんな修行してたのよ……」

 イリスが呆れる。


「フィル」

「ん?」


 イリスの横から、ひょこりとクレアが顔を出す。

 正直、驚いている。二人ともすらりと身長が伸びて、ますます美しくなっていた。アルはイリスとクレアよりも少し低い。

 というか、一番後ろにいるロス。お前デカくなりすぎじゃないか?

 頭一個分以上イリスとクレアよりも大きいぞ。


「お帰りなさい」

「あぁ、ただいま」


 俺たちは笑う。

 この一瞬だけ、ちゃんと家族ができている。そんな気がした。気のせいかもしれないけども。


「それにしても、クレアもイリスも美人になったなぁ」

「なっ」

 イリスの顔がすぐに羞恥に染まる。


 面白い表情筋の動きしたな。今。


「ロスもずるいぞ!身長寄越せ!」

「はっはは!あげねぇよ!」


 必死に飛びつく俺をロスがやんわりと避ける。

 教育実習生にあしらわれる園児のような気分だ。おのれ。


極度冷凍エクストリームフリーズ

「「うおあぁ!?」」


 突如イリスから放たれた氷魔法に、俺とロスが地面をのたうちまわり回避する。


「いきなり何すんだ!」

「うっさい!変なこと言うからよ!」

「えぇ!?」

「俺もついでに攻撃するなよ!失言したのはフィルだけじゃん!?」

「ロス!?」


 感動の再会の直後に親友を裏切るなよ!それでも誇り高いレギア皇族かよ!


「大体何が失言なんだよ!イリスは美人じゃないか!」

「う、うあぅ。うるさい!うるさいうるさいうるさい!」

「ぎゃあああ!お前魔法の練度も威力も上がりすぎだろ!こぇえよ!その魔法を平然と人に向けられるお前がこえぇよ!」

 矢継ぎ早に放たれる氷魔法をローリングしながらかわす。


 おい、ロス。

 さりげなく安全圏へ行くんじゃない。

 お前も一緒に氷漬けされるんだよ!

 俺たち、ズッ友だろう!?


「うっさい!フィルは人間じゃない!」

「あまりにも酷い!?」


 ロスが爆笑する声が聞こえる。

 おのれ。許さん。


 よく見ると、視界の端でアルとクレアが笑っている姿も見えた。

 …………天使二人が笑ってるんなら、いいか。


 半ば諦めながら、しばらくイリスの猛攻をかわし続けるのだった。

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