第361話 魔軍交戦58 到着

「参ったな。まさか正念場に不出来な娘が出てくるとは」


 この世界にはない概念である時速にして、3キロメートル。その牛歩のような歩みは確実に王宮へ近づいていた。

 A級冒険者や名のある傭兵。近衛騎士ですら彼の歩みを止めることができなかった。

 が、それが初めて止まる。

 止めたのは、目の前に佇む女性。

 フェリファンだ。


 彼女の父親であるところのキリファは、先ほど建物ごと圧縮しキューブにした騎士の死骸を手でもてあそぶ。騎士の血肉と鎧と民家。それらの色がどす黒く混ざった立方体は、重さ約30トンだ。彼は金魔法と身体強化ストレングスを駆使して、苦もなさそうにそれを掌に乗せている。キューブの角を親指で弾いては、手のひらの中で転がす。革靴の中で小指と薬指を動かし、地面の砂を噛む。

 しばらく目の焦点がキューブに集中していたが、男性にしては整いすぎている眉を僅かに曲げてフェリファンを正視する。


「どういった用件だ。今更、親子喧嘩でもする気か?」

「私達って、ちゃんと親子だった時ってあった?」

「——妻が亡くなるまではな」

「嘘。お母さんは素晴らしい母親だったわ。貴方にとっての良き妻でもあった。貴方は何? あの人の夫として正しく振舞えてた? 私にとって、父親らしいことはした?」

「——ないな」

「でも」


 フェリファンがグローブの裾をきつく握る。


「私に金魔法を教えてくれてありがとう。これで貴方を殺して、私は大切な人を守る」

「その眼。妻にそっくりなのが、腹立つな」

「嬉しいわ。最高の誉め言葉よ」

魔法化合マギコンビネーション

魔法化合マギコンビネーション


 その後しばらく、王宮下の一等地が膨張と圧縮を繰り返すことになる。







 足が軽い。雲駄うんだ。雲を蹴るかのように、地面や家屋の屋根の反発がない。足首のカントからアキレス腱へ。ふくらはぎが肥大化する。ハムストリングが跳ねる。腰や背骨は巨木のように安定し、両腕が疾駆する足にタイムラグなく連動しシクロクロスする。

 心の軽さが全身に推進力を与える。


 死にかけの傭兵。

 祈る修道女シスター

 泣いている童子。

 錆びた剣を魔物に突き刺す冒険者。


 瞬きする度に凄惨な景色が流れていく。

 足は止めない。

 彼らは無辜の民だ。

 だが他人だ。

 優先順位を間違えるな。今日だけは間違えてはならないのだ。

 クレアを救う。

 その一念のみで足を動かすのだ。


 獅子族の王が放つ魔力は雄弁だ。「こちらへ来い」と語りかけてくる。


「間に、あったぁ!」


 転がり込むように、トウツの隣に滑り込んだ。


「兄さん!?」

「フィオ、どうして」

「フィオ!?」

「来たか」


 クレア、トウツ、レイアが口々に叫ぶ中、カイムのみが落ち着き払って俺の方を見る。

 魔力視の魔眼マギヴァデーレで状況を確認する。トウツの両腕が、壊死しているかのように生体反応がない。レイアとカイムは消耗している。もう余力がない。クレアは矢を獅子族の王に向けているが、獅子族の王は意にも介していない。


「よう、おっさん」

「何だ、お前。小人族ハーフリング——いや、エルフか? 今日はエルフがよく釣れる日だなぁ。で、お前強いの?」

「ほんの少しな」

「帰れ。つまらん」

「いや、つまれよ。そうでないと困る」


 肺と肺の中心。心臓の上の辺り。そこから魔力が吹き上がる。火の呼吸。鼻から新鮮な空気を吸い、口から一気に吐き出す。心臓が破裂するかのように躍動し、血に乗せて酸素と糖質を全身に送る。その流れに逆らわず、魔力も全身を駆け巡る。

 循環した魔力を水のように流して手元に集め、繊維のように束ねる。自分の指と指を絡めて前に突き出す。拳の先には人型の獅子。

 亜空間マントから、合金を放出する。シュミットさんと一緒に化合したものを全て、吐き出す。魔力にコーティングされた両手に瓦のような合金が張り付いていく。円柱になり、先端が鋭利に変化し円錐になる。


「ド派手に腹に穴空けろ!複合金螺旋突貫フルメタルドリルライナーァアァアアアアア!」


 背面に魔力を置き去りにする。後ろに置いていかれた魔力が空間を押しつぶし、俺を前に押し出す推進力に変わる。つま先を軽やかに地へつけ、豪快に踏み破り加速する。真横にいたトウツが視界から消え、一瞬で獅子族の王の懐が視界いっぱいに広がった。

 手元に鈍痛が響く。

 受け止められたのだろう。ドリルを持つハンドルが振動し、骨の関節という関節をかき乱すかのように衝撃を跳ね返してくる。


「いい一撃もん持ってるじゃねぇか!もっとこいよちびっ子!」

「俺は31歳だ馬鹿ばぁか!」


 魔力のブースターを更に吹かす。

 が、それに反して足はじりじりと後退する。

 トウツやカイム、レイアと戦った後でこれかよ。化け物か。


「ふははー!」


 獅子族の王が笑った瞬間、ぐにゃりとドリルがねじ曲がった。俺の魔眼には、今まで見たことがない景色が広がっていた。武器強化ストレングスの魔力ごと合金を捻じ切ったのだ。魔力の衝突で当たり負けて武器強化が弾けることはよくある。だが、今手元で魔力ごと持っていかれた。魔力量に絶望的な差がある。


 吹っ飛んだドリルが家屋を貫通して二十メートル以上先に墜落する。


「お前、面白いな。相手してやるよ」

「紅斬り丸」


 矢継ぎ早に俺は斬りかかる。

 合間を与えてはならない。クレアが逃げる時間を僅かでも稼ぐ。目の端では、カイムがクレアを騎士に受け渡すのが見える。クレアは何かを叫んでいるが、騎士は無視して彼女を小脇に抱える。


電磁加速エレクトロアクセラレート自動神経制御エレキマリオネット


 神経シナプスの伝達速度ごと加速して、高速の剣技を放つ。微細な電気振動で体中の筋肉が振動バイブレーションする。


「何だ」


 袈裟切りがあっさりといなされて、地面に刺さる。


「は?」


 自動神経制御エレキマリオネットが殺気を感知し、刺さった刀をすぐさまはね上げて俺の首元を刀身で守る。獅子族の王の鉤爪は、あっさりと刀の防御をすり抜けた。自分の身体に鉤爪が貫通した瞬間、手首を柔らかく折り曲げたのかと気づいた。


「イナバの猿真似じゃねぇか。妙にバチバチしてるけどよ。剣先の起動がなんかこう、美しくねぇよお前。イナバに比べるとよ」


 腹部を寒気が襲った。

 いや、そうか。

 指が腹に突き刺さったのか。


「割と出来る新手かと思ったのによ。最初のドリルみたいなのをもう一回見せてくれるならまだ付き合ったんだがな。残念だ」

「いやぁー!」


 クレアが叫ぶ。

 騎士の肩のプレートを殴打している。拳から血が噴き出るのが鮮明に見える。


「どうして!? そんな、そうなるのは私だったはずなのに!何で、そんな兄さん嫌!」


 クレアが藻掻こうとするが騎士は無視して走る。

 そうだ。それでいい。これで元通りだ。

 トウツが目を見開いてこちらへ駆けてくる。何だその顔。笑えるなぁ。トウツのそんな必死な顔、初めて見たよ。レイアが矢を放っている。カイムが両手にナイフを持って獅子族の王へ斬りかかっている。

 何だよ、それ。

 やめてくれよ。

 もう十分じゃないか。これ以上死ぬ必要なんてないんだよ。

 師匠が魔王を倒すまで時間稼ぎすればいいのに。

 何でそんなに必死なんだよ。


 地面に倒れ伏す。

 すぐに誰かに抱き起される。

 この細いけどゴツゴツした筋肉質な腕。ファナか。

 でもおあいにく様。肺と心臓がごっそりやられたんだ。即死だろうなぁ。ファナの回復魔法でも追い付かない。

 お前まで、何でそんなに必死になってるんだよ。何で泣いているんだよ。

 逃げてくれよ。

 俺のために、頑張らないでくれよ。

 安心して死ねないじゃないか。


 戦いの雑踏を聞きながら、俺は意識を手放した。

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