第362話 魔軍交戦59 力vs力

「まどろっこしいのは抜きさね。時間がない」

「奇遇だな。我もそう思っていたところだ」


 マギサとエイダンが同時に構える。

 マギサは柔軟に。エイダンは身体中を緊張させている。


 扱う魔法は至極シンプルだ。

 魔力を束ねて放出するのみ。ただ、単純な力のぶつけ合い。龍種のみに許された力押しの戦い方である。両者が違うところは、魔力をより効率よく束ねている点にある。掌握できる魔素を辿り、より鋭利に、より細長く。螺旋に回転させつつも、遠心力で解けないように薄い膜で覆うようにコーティングしていく。

 お互いが放出した魔力は、合間の空間で弾けて混ざる。

 マギサは過去経験したことない反動に手首を痺らせる。腕が弾け飛ばないよう、最小限の魔力で身体強化を施す。

 魔王エイダンは、太古の勇者との戦いを思い出していた。

 この反動。この火力。まさか、テラ神の加護抜きでこれほどの自力を持つ人間が現れるとは思っていなかった。かつての勇者に追い詰められた絶望を思い出す。結局、彼は寿命という形で逃げ勝った。だが、目の前の少女の姿をした老婆からは逃げられない。エイダンの時間停止魔法にも限界がある。自身をコールドスリープさせるには、もはや依代も余剰魔力もない。

 二の腕、肩、上腕が強張る。

 エネルギーの余波の向こう側にいる少女は、嫌みたらしくニヤニヤとしている。余力があるのか。

 エイダンがわずかに押し負け始める。


「貴様、我の魔法を攻略したつもりか?」

「さぁ、どうだろうねぇ。勝てば官軍さね。最後に私が立っていたら、攻略したことになるんじゃないかい?」


 自分の世界での言い回しに、エイダンの目元がぴくりと反応する。


「そうか。では、貴様が賊軍だな」

「へぇ。どういうことだい?」

「我が止められるものが、物体や肉体だけだとでも?」

「お前さん。まさか」


 マギサの目が丸く広がる。

 エイダンの周囲に魔素の乱流が広がった。

 あまりにも不可思議な魔素の動き。自然なものではない。魔素は元々自然のみが生み出せるものだ。それを力に変換したものが魔力。が、エイダンは明らかに魔素を生み出している。無から有を作り出しているようなものだ。


「魔素すらも、停止保存できるのかい」

「ご名答」


 ただ、時間停止保存しているだけではない。

 この魔素は、エイダンが選んで眠らせていた魔素である。つまり、いつでも使えるように彼は演算済みなのだ。どれだけマギサが優秀であろうとも、彼からこの魔素の所有権を奪い取ることはできない。

 魔王が放出するエネルギーが一気に膨れ上がる。

 マギサはすぐに気づく。これは彼の最後の奥の手だ。この次は、ない。


「この後のことは考えているのかい? ハポンはどう落とす。その先の別大陸は?」

「ライコネンで事足りるだろう。我はその間に休眠だ。貴様を潰せば実質全てに勝ったようなものだ」

「狭いねぇ」

「……何だと」

「視野狭窄だと言っているんだよ。私一人殺したところで、この世界を攻略できたと思うなよ。若僧」

「今は貴様の方が青い見た目をしているがな……!?」


 エイダンの手元に押し返される感覚が起きた。

 彼は一瞬混乱する。マギサ・ストレガは出し切っているはずだ。これ以上先はないはず。

 が、すぐに疑問は氷解する。彼女のすぐ後ろに人影が見えたからだ。


「やぁ、マギサちゃん。懐かしい姿をしているね」

「……ふん。黙って寝ていればいいものを」

「最愛の人の最期だからね。夫としては心中したいじゃないか」

「やっぱりあんたは、王族らしくないねぇ」

「よく言われるよ」


 堀の深い皺に、綺麗な弧を描きながらマケイル・エクセレイ前国王は微笑んだ。


「マギサちゃん。あれを倒せば、君の魔法研究は完成したと言えるのかい?」

「何言ってんだい。それだからあんたは為政者としてはそこそこだったけど、魔法使いとしては半端だったのさ。まだ続くとも。あの世でも、ずっと続ける。付き合ってもらうさね。横で編み物でもしながらずっと眺めていな」

「国政後の死後隠居生活が編み物か。それはいい」


 エイダンの手元が更に重くなる。


 マギサの背後には、まだ複数の人影が現れていた。

 ジオン教皇。オラシュタット学園寮長ザナ。勇者パーティー後衛ヴェロス・サハム。そして、近衛隊長イアン・ゴライア。


「やぁ。学園の同期が一気に勢揃いだね。同窓会気分だなぁ」

 ジオン教皇が緩く笑う。


「何で手前ら、同じこと考えてやがる。というかマギサお前、何でそんなちんちくりんに戻ってるんだ」

 ザナが不遜に言う。


「全く。お主ら二人も来ると思っていたよ。しかし」

 ヴェロスがイアンの方を見る。


「君は我々よりも若い。まだ第3王女についていた方が良かったのではないかね?」

「私は元々、マケイル王の騎士ですから。それに」

 イアンが王宮の周囲で戦うゴーレム達を一瞥する。


「イヴお嬢様は、私がいなくとも戦えるお方だ」

「男どもが雁首揃えて暑苦しい。ほどほどにして帰りな」

 マギサがマケイル王以外の3人を一瞥する。


「まさか。ここが僕の人生の終着地点さ。教会もわりかしいい後釜がいるんだ。安心して神の身許に馳せ参じるよ」

「利き腕がもうないんだよ。左手で不恰好にタバコ吸う余生なんざごめんだ」

「貴女に宮廷魔道士の位を取られて以降、ずっと貴女をあっと言わせる瞬間を待っていたのだよ。今がその時だ」

「忠義を示す時にございます」


 マギサが苦い顔で男達の顔を見回す。


「ふふふ。その顔だよ、マギサちゃん。君は小さい時からモテてたからね。魔法に集中したいのに、世の男達が放っておかなかった。いやぁ、懐かしいなぁ」

 マケイル王が穏やかに笑う。


 笑いながらも彼は、命を搾り出して魔力を放出している。


「面倒な奴らだね。全く」

「つまらないな」

「あん?」


 エイダンのつぶやきにマギサが反応する。


「そんな茶番で我に勝てるわけないだろう。正面から潰してくれる」


 エイダンが時間停止していた、残りのストックされた魔素を全て解放した。

 束ねた魔力の直径が、王宮の体積を飲み込むほどに太くなる。


「勝つのは、我だ」

「いや、私達さね」


 マギサ・ストレガは、小綺麗な顔で獰猛に笑った。

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