第240話 学園生活30

「フィル!お帰り!」


 満面の笑みで俺を出迎えてくれたのは、マイスイートエンジェルであるところのアルだ。何だこの天使力。留まるところを知らないな。少し身長が伸びたみたいだけど、笑顔は相変わらずあどけなく可愛らしい。こいつ絶対生まれてくる性別間違えただろう。エルフの双子が生まれるだとか、俺が転生したこと以上のこの世界のバグなんじゃないかな。


「アル!」

 俺は両手を広げる。


 しかし、静止するアル。

 俺と自分の身長を見比べている。いつもはアルの方から俺に抱き着いてきたのだ。だが、今日は抱き着いてこない。

 なるほど。

 アルは優しい子だ。小さい俺では自分を受け止めきれないと思っているのだろう。ははは、ういやつめ。身体強化ストレングスでいくらでも受け止めてみせるというのに。

 しばらくして、アルの中で何やら決定が下ったらしい。表情がアハ体験している。


「……フィル、おいで?」

 アルが手を広げて待ち構える。


 表情が愛らしくコケティッシュである。


「うん!いくぅうううう!」

 アルの懐に飛びつく俺。


 めっちゃ体年齢に精神引っ張られたわ。何だ今の精神吸引力。全俺が今、スタンディングオベーションしている。最高だ。このために生きている。なんかいい匂いする。コーマイで色々あったけど、もう吹っ飛んだわ。このためだったらいくらでも傾国してみせるわ。


「フィル、ちょっと流石にそれはドン引きかなぁ」

「粛清すべきか微妙なラインですの。近頃のテラ教は同性愛にも寛容ですわ」

「頭を錬金したら少しはまともになるかしら」


 お前ら、聞こえてるぞ。


「そういうわけだ。俺は今日は学園で過ごす。一年ぶりに再会したんだぞ。邪魔はさせん。君たちはお家に帰りなさい」

 アルに抱き着いたまま、俺はパーティーメンバーに解散指令を出す。


「は!? なにおぅ。僕はここに残るね!というか何その顔!腹立つ!」

「駄目ですわよ駄兎。貴女がここに残ったら学園の警備が飛んできますわ」

「どうして!?」

「自明の理よ。貴女不審者だもの」

「フェリちゃんまで!?」

「今日のところは帰りますわ、フィル。学友と親睦を温めなさいな」

「助かる、ファナ」

「嫌だね!僕は残るね!大体何で瑠璃だけ学園の敷地内に入れるんだ!魔物じゃん!使い魔だけど魔物じゃん!僕の方が入れる余地があると思うんだけど」

「今更ですわ」

『わしはお主よりも安全じゃ、変態め。フィルへのセクハラの数々、忘れたとは言わせんぞ。比較対象にされるなど、甚だ遺憾である』

 瑠璃が鼻で笑う。


「あぁ!瑠璃ちゃん今絶対僕のこと馬鹿にしたよね!? 絶対したよね!? フィル!翻訳プリーズ!」

「俺はパーティーメンバーの仲を裂くわけにはいかない」

「ほんと何言ったの!?」


 ぎゃあぎゃあわめきながら、トウツがフェリとファナによって連行されていく。最近はトウツが暴れたときは前衛のファナ、後衛のフェリで対処している。逆にファナが暴れたときはトウツとフェリがタッグを組む。何だろう、うちのパーティー。一応結成して数年の月日が流れているから、信頼関係も出来上がってるはずなんだけどなぁ。


「えっと、フィル。相変わらず面白い人達だね?」

「めっ!アル、見ちゃいけません!」


 俺はつま先立ちしながらアルの目を隠そうとする。


「何を今更なことやってんのよ」

「はは!フィルもフィルのパーティーの姉ちゃん達も相変わらずだなぁ!」

「変わらなさすぎよ」

 イリス、ロス、クレアも会話に入ってきた。


「おお!クレア!イリスとロスも!久しぶり!」

「あたしたちはアルのついでかしら? どうでもいいけど、アルから離れて喋ってくれない? 生き別れの恋人か何かだったの? 貴方達」

「当たらずとも遠からずだな……」

「は? きっも」


 やめろよお前!そういうシンプルな罵倒が一番効くんだぞ!?


 うん?

 俺は違和感を感じて、アルの背中をさわさわと触る。


「あはは!ちょっとフィル、くすぐったいよ!」

 アルが頬を緩ませながら身をよじる。


 何だその乙女チックな動き。危うく告白するところだったわ。


「フィル、それは流石に気持ち悪すぎるわ」

「え、フィルってアルと同室だった時にそういうことばっかりしてたの?」

「違うわ!」

 イリスとロスの言葉に叫び返す。


 え、ちょっと待ってマイスウィートシスター。何で静かに物理的に俺と距離をとるの? やめてよそういう反応。死にたくなるじゃないか。


「いや、アルさ、けっこう身体ががっしりしたなって」

「え、そう?」

 アルが俺から離れて腰をねじりながら自分の身体を見回す。


 しまった。アルと離れてしまった。もう少し堪能したかったのに!


「親方にしごかれたからな」

 ロスが言う。


「親方?」

「ロッソ先輩の、師匠のことよ」

 クレアが答える。


 え、あの人に師事したの? 意味わかんなくない? 他に選択肢なかったの? あの人絶対子ども嫌いでしょ。いつもロッソにもノイタにも塩対応じゃん。

 そりゃ、冒険者としては間違いない人選だけどさ。


「そっか。全員強くなったんだな」


 俺はその場にいる全員の魔力を眺める。クレアは凪のように穏やかで洗練されている。イリスは氷のように怜悧で鋭利だ。ロスは最後にあった時よりも魔力が綺麗に束ねられていてまとまりがある。その辺の冒険者よりもたたずまいが戦士のそれだ。これは、俺が想像していた以上に場数を踏んだな。


「でも、何で?」

「あんたが外国にいってまで強くなるとか言ってたからよ」

「え、何で?」

「……極度凍結エクストリームフリーズ

「うおあぁ!?」


 イリスが突然、氷魔法を放った。

 慌てて飛びのく。


「当り前みたいにあっさりかわすのが更に腹立つわね」

「いや、お前当たったらどうすんの!?」

「当たった時は、当たった時よ」

「お前こえぇよ!どんどんばばあ師匠に似てくるもん!理不尽なところとか!」

「マジでマギサ婆ちゃんってどんな人だったんだよ……」

 横でロスが呆れる。


「というか待った。今の魔法何? 氷魔法? どうやってやったの? あ、ちょっと待って。やっぱ自分で考えて当てるわ」

「あんたも相変わらずなのね」

 イリスも呆れる。


 瑠璃が俺の袖を甘噛みして引っ張る。


「あぁ、わかったよ瑠璃。みんな、座って話そうぜ?」

 俺は親指で図書館を指した。







 俺達は図書館の談話室に着いた。

 週末だが、人は多い。何故ならば、ここは知識の宝庫だからだ。本は高級品だ。よほど金持ちの貴族でなければ家で本なんて読めない。みんな、必死になってここで知識をたくわえて持ち帰るのだ。貧乏貴族や平民なんかは特に必死である。俺達プリンセスファボリほどではないものの、学園から支援されている子どもたちは文字通り、死活問題だ。支援されるに足る成績を出し続けなければ、支援を打ち切られるからだ。チャンスは与える。だが、ものにしない者は容赦なく切る。良くも悪くもここは実力社会なのだ。


「え、あいつと会ったのか!?」

 その談話室で、俺は叫んだ。


 慌てて周りの4人が俺の口を閉じる。全員、身長が伸びているのであっさりと無力化されてしまう。ぐぬぬ、魔法を使えばすり抜けられるのに。

 周囲にいた上級生が、一瞬こちらをにらみつけたが読書に戻る。一応ここは談話室だが、流石に声のボリュームは落とすことがマナーである。


死霊高位騎士リビングパラディンと戦ったのか? 全員、怪我はなかったのか?」

「みんな無事だから、こうしているんじゃないの」

 イリスが言う。


「そっか……そっか」

 椅子の背もたれに背中を静めて安堵する。


「イリスの付き人の騎士のメイラさんって人がだいぶ傷んだけどな。今はもちろん回復して、騎士の仕事に戻ってるよ」

 ロスが言う。


「そっか、でもどうやって逃げ切ったんだ? アルもあいつとは戦えるけど、持久戦に持ち込まれたら厳しいだろ?」

「いや、それがな……」


 ロスが難しい顔をして話し始めた。




「イリスに反応した?」


 ロスの説明を聞いて、俺は思案する。


「あたしの髪色に反応してたみたいね。この色は、初代国王の髪色だから」

 イリスがツーサイドアップの毛先を手でいじる。


「かつて忠誠を誓っていた主君を思い出させる要素に反応した? そんなことってあるのか? 死霊レイスはみんな自我が崩壊しているって聞いたぞ? 怨念や恨が詰まった魔力の塊だろう?」

「でも、実際あれはイリスを見て止まったわ。しかも逃げた」

 クレアが言う。


「イリスを見てか?」

「えぇ、イリスを見て」

「しかもあいつ、あたしの無事を確認していたわ。王よ、怪我はないかと言っていたわ」

「…………」


 自我が残っている? あれに? 死霊の上に魔王にいじられているはずだ、あいつは。そこに生前の思念が生き残る余地はあるのか? でも、これは実際に起きている。

 だとすれば、あいつを倒す時のヒントになるはずだ。


「フィル、もしまたあいつに出会ったら、倒してあげて」

「言われなくともそうするつもりだけど、何でだ?」

「あれの鎧を調べたのよ」

「本当か!?」

「えぇ、王宮の書庫の隅で、やっと記録を見つけたわ。あれの正体は元近衛騎士よ」

「近衛騎士!道理で強かったわけだ」


 戦いの中で強くなっていったあいつを思い出す。あの狂いのない剣筋。近衛騎士だと聞くと、あらゆることに納得がいく。思い出していた剣技は、近衛騎士のものだったのだ。


「それだけじゃないわ。あれは初代の王の側近よ。しかも、多分右腕とも呼ばれる人物よ」

「……建国の立役者だったのか」


 エクセレイの歴史を調べたからわかる。

 国を急ピッチに立ちあげる時、襲い掛かる魔物を渓谷で昼夜戦い続け、戦死し、礎となった人達。その中には、優秀な騎士も多かったと聞く。


「だからね、あれはきっと、王族のあたしたちがちゃんと供養してあげないといけないやつだと思うの。あれは今や、多くの国民に憎まれる魔物だけど、地上に魂がしばられているのなら、解放してあげたい。悔しいけど、まだ今のあたしでは倒せない。でも、フィルのパーティーが全員揃えば出来るのよね?」

「……あぁ、出来るよ。出来るはずだ」

「そう、よかった」

 イリスが安堵の表情を浮かべる。


 相変わらず、色んなものを勝手に背負うだなぁ。


「しんみりした話はここまでにしてさ、フィル!何かお土産ないのかよお土産!」

 ロスが目をキラキラさせて言う。


 ロスのこういう所は本当に好きだ。俺もどちらかと言えば湿った空気は苦手なのだ。


「おう!たくさんあるぞ!」


 俺はテーブルの上にコーマイにしかない果物や民芸品を積み上げていく。国を出る時に、コーマイの人々に餞別の品をたくさんもらったのだ。

付与魔法がついたローブを取り出し、4人に渡す。赤茶けているが、少し光沢のあるローブだ。防水防刃対ショック。様々な防御魔法が組み込まれている。俺の力作である。


「え、いいのか?」

「付与魔法付きよね、これ」

 ロスとクレアがおずおずと尋ねる。


「付与魔法は俺とフェリの合作だから、実質元ではゼロだ」

「何言ってるのよあんた。この仕事はプロフェッショナルよ。無料で渡すべきものじゃないわ。本職の人達のためにも、あたしたちから多少は金をもらいなさい」

「じゃぁ、学食を今度おごってくれよ」

「ぶっ!ふふ!」

「ちょっと、ロス!笑わないでよ!フィル!あたしは真剣に話してるのよ!もう!」


 おい、イリス。周囲の上級生が困ってるぞ。王族だから注意も出来ない彼らの気持ちを少しは汲みなさい。


「これ、見たことない素材ね。材料は何なの?」

 クレアが聞いてくる。


魔甲虫翼竜ドラゴマンティスだな」

「それ、どういう魔物なの?」

「でっかい虫みたいな竜」


 ぱたりと、イリスとクレアがローブを落とす。顔が真っ青である。


「フィル、お前、それはないわ。女の子へのプレゼントでそれはないわ」

「僕もそう思う」

 ロスとアルが苦言をていしてきた。


「え、いや何で? 一番いい魔物の素材使ったんだけど」

「ぐ……」


 涙目になりながらイリスがローブに腕を通そうとする。


「イリス、無理しなくていいのよ。ちょっとフィル、イリスを泣かせないで」

「え、俺が悪いの?」


 かっこいいじゃん虫の竜!余裕があったらテイムしたいくらいだったんだけど!


「まぁ、フィルのお土産のセンスが壊滅的なのはいいとして」

「ロス、聞き捨てならないな。あの魔物はかっこよかった」

「おっきい虫って時点で、僕も得意じゃないかなぁ」

「そっかー!アルが言うならそうかもな!」

「お前……」

 ロスが俺をジト目で見てくる。


 仕様がないじゃないか。アルはルールだ。世界はアルを中心に回っている。アルが白と言えば黒も白となるのだ。え、お前の世界線では違うの? おっくれってるぅ~。


「そうだ、アルにはもう一つあるんだよ」

「アルを優遇しすぎじゃない?」

 クレアが突っ込む。


 いいじゃないか。実際、アルは特別なんだし。

 正直、世界樹の流木をくれたイリスや実妹のクレアにも他に何か考えていたのだが、コーマイを出る時ばたばたしていたので準備できなかったのだ。というか、そこの2人にも準備するとなると、ロスにも何か準備しないといけないし。うぅむ、お土産って難しい。どこまでの人間関係であれば買ってくるべきか、悩まない? え、悩まないの。俺だけか。あ、そうなの。そっかぁ~。


 亜空間ローブから、オリハルコンの剣を取り出す。


青薄刀せいはくとうだ。オリハルコンで出来ている。アルの魔力にも負けないはずだ」

「「「オリハルコン!?」」」

 3人が叫ぶ。


「五月蠅いわ、静かにして」

 シャティ先生が話しかけてきた。


「……どうも、シャティ先生」

「お帰りなさい、フィル」


 おかしい。いつもは穏やかで知的な水色の瞳が氷のように冷たく見える。


「た、ただいまです」

「貴方が来ると、いつも騒がしいわ。自重すべき」

「は、はい」

「私の雷の書は体得出来たの?」

「今度、見せますよ」

「……なら、いいわ」

 シャティ先生が業務に戻ろうとする。


「先生」

「何? 私は忙しい」


 あ、これ本当に怒ってるやつだ。そうだよね、本が好きな人は五月蠅い人間を蛇蝎のごとく嫌うよね。俺も魔導書読んでるときに横で話されると不機嫌になるもん。


「これ」

「……コーマイの魔導書?」

「えぇ。きっと気に入ると思います」

「この程度で私が懐柔されると思わないで」


 そう言って、シャティ先生がカウンターに戻っていく。


「めっちゃ軽やかに歩いていったな……」とロス。

「あの先生、分かりづらそうに見えて、分かりやすいわね」とクレア。

「そっか~、シャティ先生を味方につけるには魔導書かぁ」とロスが続ける。

「何言ってるのよ。魔導書の単価がいくらしてると思ってるのよ。普通の人に懐柔できないのは変わらないわ」とイリス。

「フィル、そこまでしてシャティ先生にお土産準備したの?」とアル。


「いや、だってシャティ先生には恩がありすぎるんだよ。返しておかないと、何か負債抱えているみたいで嫌なんだよな」


 ほんと、借金はしない方がいいよ。自分という存在がどんどん矮小なものに見えてきて苦しいから。マジで。


「それはともかく、オリハルコンの剣だよ、オリハルコン」

 ロスがテーブルの上の青薄刀せいはくとうを見る。


 俺のオーダーにフェリが応えてくれた大作である。両面に刃がある菜切包丁のように面積が広い。だが、刀身は薄い。広い面積で攻撃を受けることができ、刀身の薄さから敵をかき分けるように斬ることが出来る。全てオリハルコンの強度があることで成立する武器だ。普通の武器は付与魔法で何とかそれを成立させる。


「フィル、僕、この剣貰っていいの? 一生かかっても返せる気がしないんだけど……」

 アルが困った顔で剣を見下ろす。


 しまった。これはあれだ。高すぎるお土産を買ってきたことで逆に相手が委縮して困ってしまう現象だ。富裕層のママ友に高級品をもらってしまった前世の母の引きつった笑い顔を思い出す。


「アルはさ、たくさんの人を助けたいんだろ? リラ先生や、友達や、俺も」

「……うん」

「じゃあさ、俺が困ったとき、それで助けてくれよ。それならいいだろ?」

「……うん、わかった」


 アルがぎゅっと青薄刀を胸に引き寄せる。


 あぁ、しまったなぁ。

 叶わない約束をしてしまった。


 俺が夢通り死んだとき、アルは悲しむのかな。悲しむだろうな。でもこれは仕様がない。仕様がないことなんだ。アルが乗り越えて、強くなってくれるといいけど。


 そしてあわよくば、平和になったエクセレイで幸せになってほしい。


 これは願いだ。

 間違って、この世界に生まれてしまった、俺の願い。


 ロスと一緒に剣を眺めるアルを、俺は眩しそうに眺めていた。

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