第241話 学園生活31

「で、レポートは?」


 満面の笑みを浮かべたのは何を隠そう、エクセレイの第二王女エイブリー・エクセレイその人である。


「はい……」

 俺は死んだ魚のような目で返答する。


 何故俺の目からハイライトが失われているのか。

 その理由は至ってシンプルである。帰ってきてすぐ、アルたちと楽しい学園生活を再開できると思っていた。だが自室に帰ってきた瞬間、寮の管理人のザナおじさんに手渡されたのだ。エイブリー姫のレポート課題が。

 結果として、アルたちと共に学園の授業を受けることは叶わず、自室にこもりひたすらレポートを書く羽目になったのだ。死ぬほど徹夜した。

 いや、いいんだけどさ。この人のことだ。きっと騎士を始めとした軍備に役立ててくれるはずだ。シャティ先生を中心とした雷魔法の騎士隊も準備が整ってきたらしいし。確か何という名前だったか。雷撃隊だったかな。


 目の前ではほくほくとした表情で俺から手渡されたレポートを眺めるエイブリー姫。目がキラキラと輝いていて、自我と好奇心に芽生えたばかりの女児のようである。ずるいなぁ、この人はこの世界に生まれて、ずっと魔法に魅せられ続けているのだ。羨ましい。


「イヴ姫、いいですか?」

「ちょっと待って」

「いや、ここで待ったら数時間読み続けるじゃないですか」


 エイブリー姫は、それはそれは嫌そうにレポートを閉じて俺をにらみつけた。

 そこまで嫌がらなくてもいいやん? というかそのレポート書いたの俺なんだけど。


「何?」

「イリスのことなんですけど、何ですか? あの魔法」

「氷魔法のこと?」

「えぇ」

「貴方の助言を聞いて体系化しかけているのよ。本当、天才よね。あの子」

 アンニュイな顔をしてエイブリー姫が頬杖をつく。


 王家の人間としては、行儀が悪いと言わざるを得ないだろう。でも、これはこれで自分の前ではリラックスしているのだと思うと嬉しいものである。傍に控えるパルレさんがお咎めしないということは、今はオフということなのだろう。


「適当にアドバイスしただけなんですけどね。俺が実演して見せたのも、簡易的な氷魔法ですし」

「天才と呼ばれる生き物はそういう雑なあやふやなものを確固とした形に変えるからこそ、天才と呼ばれるものよ」

「それもそうですね」

「ふふ、以前話したわよね。私がマギサおばあ様に師事したいと言って断られたの」

「まぁ」

「おばあ様ね、イリスの才能は認めていたのよ。隠居するころにイリスがもう少し大きかったら、フィル君よりも先に弟子にとっていたかも」

「それ程、ですか?」

「えぇ、そうよ。嫉妬するわね」


 驚いた。従姉妹仲がとても良いように見えたものだから、エイブリー姫がイリスに嫉妬しているなんて、思いもよらなかったのだ。


「……魔法の体系化が出来る人間は不世出と言われます」

「そうね。イリスはあと数年したら氷魔法を体系化するでしょうね。異常事態ね。シャティ・オスカが公表出来ないとはいえ、雷魔法を体系化させた。次はイリスよ」

「イリスは、注目されるでしょうね」

「そうね。多分、王家はあの子を推すわ。初代を思わせる髪色に、遜色ない魔法の才。多分ではないわね。確実に推すわ。あの子を広告塔に、私は後ろに下がることになるかもしれないわね」

「……気苦労が絶えないですね。2人とも」

「あら、王家に生まれた時点で一生こうよ」

 何でもないようにエイブリー姫が笑う。


「だからね、フィル君。イリスを支えてあげてね。貴方はずっとオラシュタットにいないかもしれないけど、あの子との繋がりはずっと持っていて欲しいの」

「言われなくとも、そうしますよ」


 クレアだけじゃない。とっくの昔に、イリスも、アルも、ロスも、俺の中では特別だ。


「でも、タイミングがよかったわ」

「タイミング、ですか?」

「私達が戦う敵は強大よ。レギアは半壊。コーマイも激動した。他の小国も厳しいわね。そんな中で、不世出の魔法使いが2人も出たことは大きいわ。しかも片方は王族。こんな幸運ってないわ。マギサおばあ様が存命であることも大きいわね」

「確かに、そうですね」

「あら、貴方もよ。フィル君」

「俺が?」


 俺の反応に、エイブリー姫が笑顔で返す。


「さて、そろそろ帰りなさいな。私は忙しいの」


 レポート読み込みでな。

 つまりは厄介払いである。本当に自分に正直な人だなぁ。心地いい。とても心地のいい人だ。相変わらず。


「では、また来ます」

「フィル君」

「?」


 パルレさんが開いたドアの前で、俺は立ち止まる。


「コーマイでの働き、素晴らしかったわ。ありがとう」

「……我らが姫様のためならば」


 ぎくしゃくとした礼をして、退室した。







「フィル。いい魔導書だった」


 そう短いレビューを述べたのはシャティ先生だった。


「はは、どうも」

 俺は笑顔で返す。


「で、何でここにいるの?」

「何故とは?」

「今は授業時間」

「…………」


 いや、違うんですよ。午前に王宮に行って、今日の対人エネルギーを使い切ってしまったのだ。人と喋ると疲れるよね。え? みんなは違うの? そう……。


「本が好きなので」

「わかる。私もよくサボってここにこもってた」


 おい、学園の図書司書。

 いや、図書司書としては正しいのか? あれ?


「コーマイの魔法、面白いですよね」

「そう、素晴らしかった。基本理念がエクセレイとは違いすぎる。エクセレイは自然を加工する魔法が多いけど、コーマイの魔法は自然と迎合するものが多い。だから無理のない魔法の構築様式が多かった。こっちより出来ることは少ないけど、出来ることのコストパフォーマンスが断然良かった。これはこっちの魔法使いも見習うべき」

「俺もそう思います」


 そういう意味では、土魔法も勉強しないといけないだろう。水魔法も風魔法も、もっとローコストで発動出来るはずだ。


 シャティ先生が隣の椅子に座る。


「シャティ先生、仕事中では?」

「生徒とのコミュニケーションも、業務のうち」

「ものは言いようですね」

 俺は肩をすくめる。


「ロットンさん達は、今何してるんです?」


 初めてのクエストで帯同したシャティ先生のパーティーメンバーだ。

 始めに出会った冒険者が、ウォバルさんやロットンさんだったことは、今考えても幸運だったと思う。


「ミロワが第二子をこないだ出産したわ」

「本当ですか!おめでとうございます!」

「うん。ライオも故郷で結婚して常駐冒険者になったみたいだし、順風満帆みたい」

「良かった……」

 ほっと胸を撫でおろす。


「でも、変わらず訓練は続けてと言ってあるわ。理由までは言わなかったけど、全員二つ返事でやってくれてる。みんな、私の魔法の件については知っているし」

「……そうですか」


 蓋を開けてみれば、あの頃から今の戦いは始まっていたのだ。シャティ先生は自分の雷魔法を持ち逃げした裏切り者を追ってエルフの森近くのアルシノラス村へ来ていた。そこで雷魔法が悪用され、ワイバーンたちが暴れることになる。

 失うものが大きかった。エルフの村人も数を少し減らしたと聞いた。今世の母親の親友も亡くなった。

 でも、それでシャティ先生という心強い仲間も増えた。悪いことばかりではない。そのはずだ。


「フィルは? コーマイで魔法は上達したの? 魔力量は増えた?」

「大物を倒したので、ばっちりです」

 細腕で力こぶを作る。


偽青龍海牛ブルードラゴンモドキね。私も見たかった」

「難しい魔物でしたけど、そうですね。確かに美しい魔物でした」

「美しい。魔物を美術鑑賞の視点で見る冒険者なんて、変」

「そうですかね?」

 俺は笑う。


「雷魔法は?」

「試してみます?」

 俺は不敵に笑う。


 俺の笑いの意味を悟ったのだろう。シャティ先生がむっとした表情をする。この人、普段が無表情すぎるからクールに見られがちだけど、けっこう意地っ張りだよな。ライオさんによくからかわれていた意味が、最近分かってきたような気がする。


「私に挑むなんて、10年早い」

「俺はストレガですよ?」

「普段はその名前で自慢しないくせに」

「ジャッジは、誰にします?」

「この魔法は見せられる人が限られてる。フィンサー先生か、ショー先生」

「分かりました。じゃあ今から交渉してきますね。放課後に決闘しましょう」

「フィル、授業は?」

「行ってきます!」


 俺は元気よく図書館を飛び出た。


 夢を見た。

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