第242話 学園生活32(vsシャティ・オスカ)

 雷魔法の実戦が足りない。


 そりゃ、偽青龍海牛ブルードラゴンモドキ相手に落雷突貫サンダーボルトは使った。紫電波状伝播スパイダーネットエレキショック雷鳴放電グロムドンナも使った。

 でも、あれらの魔法はあくまでも対魔物魔法であって、対人魔法ではない。つまりは獅子族の男対策たりえないのだ。

 託宣夢では、俺が腹を貫かれることになっている。その前はクレアだった。つまりは他の兵士や冒険者なしに獅子族の男と戦うシチュエーションが必ず生まれるということだ。

 トウツやファナという、強力な前衛はいないと思った方がいい。だからコーマイで使った後衛寄りの雷魔法は使えないと考えた方がいい。

 シャティ先生に決闘を申し込んだのは、どこまで雷魔法を対人に活用できるか計るためである。この魔法の始祖である彼女から太鼓判をもらうことは、最低限クリアしなければいけないラインだろう。


「で、また俺がジャッジかい」

 ため息を吐きながら、ピトー先生が言った。


「いつもすいません。雷魔法を知っている人で、協力を申し出れる人が限られているので。フィンサー先生は忙しそうですし」

「ま、確かに俺に頼むしかないだろうがな。シャティ先生の雷魔法は見たよ。ありゃ、戦闘経験が少ない教員じゃぁ捌き切れないだろうな」


 ピトー先生が、闘技場の中央にいるシャティ先生を見る。今日はギャラリーがいない。時間も深夜だ。秘密裏に行われる決闘である。ただ、シュレ学園長は「終わったら私に報告しろ!」ときゃんきゃん騒いでいたらしい。


「大体、俺も暇じゃないんだぜ?」

「やっぱり、自分の訓練とかもありますよね」

「それもあるけどな、まぁ、何だ。お見合いすることになった。……何だその目は」


 俺の目はきっと、皿のように丸くなっていたのだろう。嫌そうな顔をしてピトー先生が指摘する。


「いえ、お見合いするようには見えなかったので」

「正直なのはいいことだが、お前は正直すぎるな。ロプスタン坊ちゃんと馬が合うわけだ」

「ロスの教育に悪いですかね?」

「いや、いいよ。むしろ、とてもいい。というか変なことを言うな? 同い年の育ちを心配するなんてな」

 ピトー先生が快活に笑う。


 ギクリとする。今やロスを同年代の友達と思っているが、親戚のお兄さんのような感覚が未だに抜けないのだ。これはイリスやアルに対してもそうだが。クレアに関しては少し違う。クレアは、歳の離れた妹のような感覚だ。感覚というよりも、実感であるが。


「お見合いはいつですか?」

「今週末だ。詳しくは坊ちゃんに聞いてくれ。正直、乗り気じゃないんだがなぁ」

 先生が頬をかく。


 驚いた。皇子の仕事には自身の護衛の婚活マッチングもあるのか。いや、流石に特殊な例だとは思うけども。


「早く、する」

「おう、すいませんシャティ先生」


 待ちきれなかったのか、シャティ先生が急かしてきた。ぺこぺこと謝るピトー先生。

 何というか、女性に頭が上がらない人なんだろうな。


 俺とシャティ先生が闘技場の中央に陣取る。間にはピトー先生。そこの位置は危険だが、まぁピトー先生ならば上手くかわすだろう。


「怪我人は出てもいいけど、死者は勘弁な。始めっ!」

雷鳴放電グロムドンナ

雷鳴放電グロムドンナ!」


 初手が被った。中央で電撃が弾ける。

 余波がピトー先生を襲うが、「おっと」と呟きながらさらりとかわす。流石はフィジカル随一と呼ばれるレギアの軍官だ。


身体強化ストレングス

身体強化ストレングス!」


 やはり基礎戦術は同じだ。雷魔法は放ってからは早いが、放つまでが難しい。高速で動きながら発動の機会をうかがう。集団戦と違い、魔力を練る時間を自力で捻出しなければならない。

 お互いに距離を取りつつ、雷撃を撃ち合う。

 いい感じだ。コーマイに行く前は魔力量に難があったが、互角近くまで魔力の量が引き上がっている。このまま持久戦に持ち込んでも、勝ちを拾える可能性はある。

 それでも、勝率は向こうのほうがいいだろうけど。

 シャティ先生の方がこの魔法をよく知っているし、使っている期間も長い。持久戦は体力勝負だけではない。集中力の勝負でもある。欠けた方がミスをする。そしてどちらが先にミスする可能性が高いか。この魔法の練度が低い俺が先の可能性が高い。


 でも、ここから先が真骨頂。前世でほんの少し齧った科学の力の時間だ。


自動神経制御エレキマリオネット・回避行動」


 バツンと、体内で電気が駆け巡る感覚がする。身体強化で細胞が焼ききれないように強化する。そこに神経へ命令を送る電気信号に意図的な別の指令を送り込む。「雷撃を確認したらかわせ」だ。自身の体がプログラミング通り動き出す。

 正面から雷撃。横へステップ。次の攻撃はスウェーしてギリギリをかわす。精度がどんどん上がっていく。感電しないラインを学習していく。電撃との距離が5センチ、4センチ、3センチと短くなっていく。髪の毛は体の一部として認識していないのか、雷撃にかすって毛先が弾ける。


「!?」


 シャティ先生の無表情が少し変化した。こちらの動きが異常なことに気づいたのだろう。流石は元A級冒険者だ。勘は全く鈍っていない。


紫電波状伝播スパイダーネットエレキショック


 全範囲攻撃!しかも発動が早い!ロットンさん達と一緒に戦った時とは段違いだ!

 練度があの頃よりも上がっているのか? それとも、ソロの戦いだから発動の仕方を切り替えているのか!?

 何にせよ、こちらも対応しなければならない。


電磁加速エレクトロアクセラレート


 電磁力が身体に浮遊感を与えて加速させる。

 地面を滑るように動く俺を見て、シャティ先生が驚く。

 波状に広がる電気の網を、かいくぐるようにかわして走り抜ける。電気の網は波の様に覆いかぶさるが、それが地面に届くころには俺はもういない。


「その動き、何?」


 シャティ先生が俺の進行方向を予測して雷鳴放電グロムドンナを数発放つ。だが、電撃を回避するよう自身をプログラミングした俺の身体は勝手にそれをかわす。

 いける。これは実戦に耐えうる!


 ミシリ、と音がした。


 げ、無理やり雷鳴放電をかわそうとして足が変な方にねじれた。身体の強度を考えずに技をかわそうとしたからだ。


「こんの!」

 叫びながら足を回復魔法で修復する。


「勘ではなく、こちらの攻撃を確認してからかわしてる? 人の反応速度を超えてる」

 雷撃しながらシャティ先生が言う。


 流石だ。動きを見ただけで、予測から回避しているのではないのだと気づいた。これも反省点だ。自動神経制御エレキマリオネットは回避に意識を割かなくていいことが利点だ。だから、攻撃魔法に集中できる。だが動きが不自然すぎて、敵に「からくりがある」と気取られやすい。


雷鳴放電グロムドンナ!」


 雷撃を連続で出す。

 シャティ先生と違い、こちらには自動回避があるので攻撃に専念できる。つまり、攻撃の手数が多い!

 数がどんどん増える俺の雷撃を、シャティ先生がさばききれなくなっていく。

 更に、空中の魔素を高速で演算して陣取り合戦に勝っていく。


水刃ウォーターカッター


 身体のすぐわきを水の刃が通過した。

 判断が柔軟だ。雷魔法のやり合いでは分が悪いと判断し、すぐに水魔法に切り替えた。


「電撃対決は俺の勝ちですね!」

「生意気」


 シャティ先生がかがむ。


「?」

雷鳴放電グロムドンナ


 足元から電撃が飛んできた。


「うおあ!?」


 水刃で地面に落ちた水を伝わせて雷撃を飛ばしたのか!


「水刃、乱れ撃ち」

 シャティ先生が水魔法を連打する。


 これはまずい。地面がみるみるうちに水たまりだらけになる。どこから雷鳴放電が飛んでくるかわからない。


「でも、それは向こうも同じ!」


 俺は水たまりに手を伸ばす。

 が。


「!?」


 慌てて手を引っ込めた。魔力視の魔眼マギヴァデーレがとらえたのだ。水たまりにシャティ先生の魔力の残像を。


「その眼、卑怯な眼」

 シャティ先生が顔をしかめる。


「危なかった。水たまりに置きトラップをしたんですね?」

 後退しながら言う。


「正解。電磁地雷トネルミーネ


 水たまりに電撃が走り、暴発した。一瞬にして蒸発して地面から湯気が立ち上る。


「おっかねぇ」

 近くでピトー先生が顔をしかめる。


 俺とシャティ先生のやり取りを真横で見れるこの人も、大概人間をやめてると思うんだよなぁ。


「そのおかしな反応速度も、ずるい目玉も、対策は出来ない。でも、それが危険なことは知ってる」

「で、どうするんです?」

「決まってる。経験と手数によるごり押し」

「いいですね。そういうの好きです」

 俺はほくそ笑む。


雷鳴放電グロムドンナ

「それは見切ってる!」


 電撃をダックインしてかわした、はずだった。


離散パージ


 かわしたはずの電撃が、俺の背中で弾けて暴発した。


「がっ!」


 地面をバウンドして転がる。

 やられた!超反応でかわされるならば、反応出来ない距離で攻撃する。これが本物のA級の後衛。前衛が機能しなくとも戦えるだけの実力と知恵をもっている。

 雷鳴放電は電気を魔力で束ねて放つ魔法だ。束ねていた魔力を弱めれば、その場で暴発するのは自明の理である。敵に攻撃を当てるためにあえて魔法のコントロールを手放す。発想が柔軟だ。新魔法を体系化するだけある。


「やっぱりそう。回避魔法をそれだけ高めているということは、紙装甲」

「一応竜種とも正面きって衝突出来るくらいはあるんですけど!?」

「ますますこの距離を保ちたい」


 シャティ先生が後退しつつ雷撃を放つ。

 くそ、やっぱり近距離戦は俺の方が有利だとわかっている!


「こんのぉ!」


 電磁加速エレクトロアクセラレートで逃げる。

 確実に電撃から距離を取らなければならない。近くにきたら暴発する。回復魔法で背中の傷をいやす。


「面倒。早く倒さないと完治する。複数属性使いはこれだから卑怯」

「卑怯ばっか言いますね!?」

「実際卑怯。紫電波状伝播スパイダーネットエレキショック離散パージ


 闘技場全てが電撃で爆発した。


「それはずるくないですか!?」

 魔力で身を固める。


 当たらないならば、ステージ全てを焼き払う。大規模攻撃が出来るシャティ先生だから出来る作戦だ。うちで同じことが出来るのはフェリくらいだろう。俺も魔力切れを気にしなければ出来るけども。


 だが。

 俺は煙から飛び出す。左手にはタラスクの盾、右手には紅斬丸。


電磁加速エレクトロアクセラレート!」


 一瞬で距離を詰めて、紅斬丸の剣先をシャティ先生の首元に突きつけた。


「……まいった」

「決まりだな。勝者、フィル!」


 シャティ先生がホールドアップし、ピトー先生が勝者として俺の名を挙げる。


「死ぬところでした。ありがとうございました」

「フィルが唯一あの人の弟子になれた理由がわかった。対戦ありがとう」

 ぶっきらぼうにシャティ先生が挨拶を返す。


 これはもしかして、すねているのだろうか? わずかに頬が膨らんでいる。


「満足か? フィル」

 ピトー先生が屈んで言う。


「まだまだ練度が足りないです。長所が目立つけど、雷魔法は短所もある。実戦までにもう少し詰めます」

「それは私もそう」

 俺の言葉に、シャティ先生も同意する。


「よし、2人とも今日は休め。その詰めとやらは明日からだな」

「そうですね。ピトー先生もお見合いの準備、しておいてくださいね」

「言うなよ、それを」


 ピトー先生が顔をしかめた。


 心なしか、シャティ先生が笑ったような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る