第243話 学園生活33(婚活見学しようぜ婚活!)

「ショーのお見合い覗きに行こうぜ!」


 満面の笑みでそう述べたのは、レギア皇国の嫡子であるロプスタン・ザリ・レギア、愛称ロスである。

 おい、ロス。少し笑顔が黒いぞ。黒光りしてる。

 今日は学園の外でオフである。なので、ロスはピトー先生をファーストネームで呼んでいる。


「えぇ、それはダメだよ」と弱々しくアルが言う。

「面白そうじゃん!」と俺。

「絶対反対されるわね」とイリス。

「ピトー先生やハイレン先生を敵に回すつもり?」とクレア。


 ここはレギア難民自治区である。都の少し外れにある土地だ。外れとはいえ、都の土地を貸し出すのは破格の待遇である。その代わり、兵力の貸し出しや土地の開墾を命じられてはいるのだが。ただ、レギアの民はこの扱いに満足している。兵士として治安維持することも、土地の開墾も、すなわち仕事なのである。それはレギアではなくエクセレイのためではあるのだが、おかげで彼らは手に職がつく。つまり、食いはぐれはしない。難民の受け入れとしては厚遇と言えるだろう。

 無論、恩を売ってレギアを吸収したいというエクセレイの目論見でもあるのだが。


 ロスの家は豪邸だった。レギアの伝統建築なのか、石造りがとても目立つ。エクセレイのような磨かれた大理石ではなく、自然の岩を上手く組み合わせた外壁だ。何となく、前世でよく見た日本式の城壁を思い出す。

流石は異国の皇子である。国が半壊しているとはいえ、権威を示すためには、構える居は立派でなければならないそうな。ロスは反対したらしい。他の竜人族と同じ簡易住居で良いと。国難であるのに、自分だけ贅沢するのは心苦しいと。こちらへ移住する際はまだ年端も行かない子どもだったはずだ。本当に、考えがよく出来た子である。

 だが、民が許さなかったそうだ。自分たちの主君の家が掘建て小屋は我慢ならないと。

 エクセレイ王族はそれなりに国民から愛されているが、レギアもそうらしい。


 俺たちは外の広々とした庭で会話している。なんでも、皇子であるロスが元気そうにしているだけで救われる民がいるのだと。だから人の目に留まる場所で休日は過ごすのだそうだ。「護衛のショー達は気苦労が絶えないけどな!」とロスは笑って言っていた。

 ちなみに、そのピトー先生は明日のお見合いを控えているので、暇をもらってここにはいない。代わりの護衛が数名いるのみだ。面白いのは、竜人族は普人族のような姿で過ごす人や、竜化したまま過ごす人に分かれるみたいだ。本人たちの気分で変身したりしなかったりするらしい。もちろん、竜人自治区を離れる時は普人族の姿で動くらしいが。


「でも、ショーとハイレン先生が怒らなければ、クレアもイリスも見たいだろ?」

 白い歯を見せながらロスが言う。


「それは、まぁ」

「後学のために見たいわね」


 クレア。アルを見ながらそのセリフを言うのをやめなさい。周りに気付かれてるぞ。お兄ちゃんは心配だ。アルはアルで気付いていないし。

 そもそも、カイムがクレアのお見合いを許可するとは思えない。クレアが彼氏作ったら面倒そうだもんなぁ、今世のお父さん。

 俺? 俺もアル以外が相手だったらかなり悩む。悩んだ上に邪魔しそうで自分が怖い。


「そういうわけだ。ショーの許可をとってくる!」

「待て待て!」

 走り出そうとするロスを俺が捕まえる。


「100歩譲ってピトー先生は許可する可能性はある。皇子であるロスがゴリ押しすればいいだろう」

「王権乱用もいいところね」

「イリス、茶々入れない。でも、ハイレン先生はどうだ? 絶対無理だろ?」

「そっかー、うーん」

 ロスが腕を組んでうなる。


 これでハイレン先生に嫌われてみろ。怪我して保健室に寄った時に浴びせられる皮肉が3倍増しじゃあ済まない。


「やっぱり、やめた方がいいわよ。ピトー先生はともかく、ハイレン先生は乗り気なのでしょう?」

 クレアが言う。


 そうなのである。ハイレン先生はこの縁談に乗り気なのだ。言われてみれば、ピトー先生は優良物件と言えるだろう。というか、俺の周囲にピトー先生以上の男性は中々いない。黒豹族のナミルさんとかは候補に挙がるかな?

 そもそも、単純にハイレン先生はピトー先生を気に入っている、らしい。らしいという表現に落ち着くのは、俺が単純に女心というものを理解できないからであるが。


「確かに、ショーはともかくハイレン先生に怒られたくはないなぁ」

「怒られなければするのね……」

「そりゃそうよ」

 イリスにロスが返事をする。


「フィル、どうにかしてバレずに見れないか?」

「どうしてそこで俺に話がくるんだ」

「いや、アルと一緒にオスカ公爵邸に潜入したことあるんだろ? じゃあ出来るかなって」

「え、また不法侵入するの!?」

「ロス、天才。その手があった」

「フィル!?」

「よく言われる。俺、天才」

「ロス!?」

 アルが何度も首を振り、俺とロスを不安そうに見る。


 普段は自然体なのに、こういうときは自信なさげなんだよな、アル。


「じゃじゃ〜ん」

 俺はテーブルの上に、亜空間ローブから魔力隠しのスカーフを取り出す。


「何これ」とイリス。

「アルがいつもつけてたやつ?」とクレア。


 流石クレア。いつもアルを目で追っているだけある。わが愛すべき妹は下手するとヤンデレメンヘラになる素養が見え隠れしているので怖い。お兄ちゃんがちゃんと導いてあげなければ。

 ヤンデレやメンヘラは二次元だから許せる存在なのだ。高校の先輩がメンヘラの彼女に感化されてノイローゼになっていたのを思い出す。今は楽しく人生を謳歌してるかなぁ、メンヘラ彼女と別れた後にヤンデレ彼女を作って私生活監視されてた三反田さんたんだ先輩。


「そう。これは魔力隠しのスカーフだ。一時期はアルの魔力がこぼれすぎてたから貸してたけどな」

「これ、フィルの持ち物だったのね」

 イリスが言う。


 へい、マイラブリーシスター。そんな目で俺を見ないでくれよ。君も身につけるプレゼントをアルに渡せばいいじゃないか。毎年アルの誕生日に尻込みして消え物をプレゼントしてるのが悪いんだぜ? 俺と同じで櫛を渡せばいいじゃないか。アルも髪が長いんだし。そしたらほら、俺とアルがお揃いだ。ディスイズパーフェクトプラン。オーケー?


「これは魔力を完全に消してくれるんだ。正確に言えば、魔力を見えなくするし、聞こえなくもすると言う」

「よくわっかんねぇ!」

「見た方が早いかな」


 ロスの反応に苦笑し、スカーフを広げる。

 面積がみるみるうちに広がり、俺の姿を覆い隠す。


「うお!フィルが見えなくなった!?」

「……もしかして、気配も消えてる?」


 流石は森で狩人もしていたクレアだ。魔力の残滓が断ち切られていることに、真っ先に気づいた。エルフは皆、斥候スカウトの素養があると聞くが、彼女は段違いに気配察知に長けている。これは兄としての色目ではないはずだ。


「これなら、ピトー先生も気づかないはず」

「温度は大丈夫か? ショーは竜人の中でも蛇に近い種族だから、温度感知能力はとてつもなく高いぞ?」

「そこはイリスの魔法でなんとかする」

「え、あたし? フィルじゃないの?」

「温度の操作に関しては、イリスは俺以上だろ?」

「……分かったわ」


 イリスがくるくると、指先の空気を魔法で混ぜて温度を変える。正確さはまだ俺の方が高いが、速さが段違いだ。この速度が敵を一瞬で凍結させる要因か。イヴ姫が天才と呼ぶ理由が、ここ最近で本当にはっきりしてきた。

 しばらく魔法で温度を調整すると、「よし」と小さく呟きイリスがぐっと拳を握る。

 お、いい感じにやる気になってくれたかな?


「ナイスだ、フィル」

「何がだ?」

 耳打ちしてきたロスに小さい声で返答する。


「何って、イリスの持ち上げだよ。クレアとアルと一緒に反対派だったのに、上手くこっちに引きずり込んだな」

「いや、イリスがすごいのは事実だし」

「あぁ、そっか。フィルはそうだった。一年会ってないから忘れてた」

「?」


 ロスは一体何を言っているんだろう。


「というわけで、多数決で決めよう。ショーのお見合いを見に行く人!」


 アル以外の4人が手をあげる。役割が出来たイリスはやる気満々だ。クレアはお見合いへの興味に負けたのだろう。アルをちらちら見ながら手をあげている。

 そのアルは手をあげない。

 ロスは強かである。自分たちが多数派になったことを確信してから多数決を取ったのだ。ここら辺がアルと違い、ロスが歳不相応に大人びているところである。悪く言えば、ずる賢い。


「アルは何で反対なんだ?」

「だって、見つかったら前みたいにフィルと一緒に怒られる」

「ぶっ」

「大丈夫だって!今回怒られるとしたら5人一緒だ」

 俺とロスが笑う。


「罰として慈善活動することになるかもしれないわね」

「やっぱりやめようかしら」

「おいおい、今更意見変更はなしだぜ?」


 女子の考えが変わらないように、ロスが念を推す。


「大丈夫だよ、俺に任せてくれ」

 ロスに続いて俺が言う。


「バレなきゃ、犯罪じゃないんだぜ?」


 俺とロスが、悪童のように笑った。

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