第239話 小さきエルフはまた夢を見る

「私が、エクセレイへ使者として、ですか?」


 そう言って目をぱちくりとさせたのはベルさんだ。


「はい、ぜひ来ていただきたく。ジゥークさんやパス国王には交渉許可を取ってあります。ベルさんが望めば、ですが」

「どうしましょう……」

 ベルさんは形のいいまろ眉をハの字にする。


 不安だろう。

 虫人族ホモエントマしかいない国から、普人族がベースの多種族国家へ行くのだ。価値観の違いが大きすぎる。使者になってほしいという提案は、無理強いするつもりはない。トウツ達も正直、乗り気ではないみたいだし。

 でも、現状のこの国の人間模様を見ると、この人に頼りたくなるのだ。

 この国の内部の汚点はほぼ全て払われたと言っていいだろう。新国王であるパスさんを擁立するさ中、王城に残った人員をしらみつぶしに魔力視の魔眼マギヴァデーレで見て回った。全ての人間が白。だから安全、のはず。

 だが。

 出来ればパスさんやジゥークさんと連絡を取る時、間に不特定多数の人間を入れたくない。確実に信頼できる人間に、コーマイの窓口になってほしい。

 そして俺たちがこの一年以上この国にいて最も信頼できると判断した人物なのがベルさんなのだ。


「……フィル様は、おっしゃいましたよね? 私が必要だと」

 おずおずと、彼女は俺を見つめてくる。


「はい、必要です」

「……では、謹んで引き受けさせていただきます」


 ベルさんがふわりと笑った。

 俺も、笑った。







「よう!そこにいるのは演説王じゃねぇか!」


 クエストへ行く俺と瑠璃に意気揚々と話しかけてきたのは、カマキリ族のファングさんだ。


「その通り名で呼ばないでくださいよ。本当に」

 俺は顔をしかめる。


 先日のパスさんへの応援演説は酷い有様だった。たどたどしく、話の起承転結は整っておらず、脱線だらけで、新国王のパス殿下はめっちゃいい人ですのゴリ押しだった。

 悲しいのは、世間に大好評であったということだ。

 異国の英雄。されど、よわいは11になったばかり。聞こえてくる武勇伝とは裏腹に、年相応の演説が民衆の心を掴んだ、らしい。


 解せぬ。

 俺、前世を含めればもう立派なアラサーのはずなのだ。あの扱いは解せぬ。

 旅館スワロウテイルの近所の住民からは「よく頑張ったねぇ」とお褒めの言葉を頂いた。態度が親戚の小さい子どもに対するそれだった。応援演説中、ファングさんを始め知っている冒険者達は終始笑っていた。許さんぞあいつら。というか、国難時に笑えるとか、冒険者という生き物はつくづく逞しい。ちなみに、よくお世話になるムカデタクシーのお兄さん達は無言でいい笑顔を浮かべてサムズアップしていた。たくさんの腕で。


「あんな演説見せられたら、そりゃねぇ」


 ファングさんが「あと、足が速いです」と俺のものまねをしては腹を抱えて笑う。

 どついたろうか、こいつ。

 瑠璃、ステイステイ。どつく時は俺が先に行くから。


「酷いですよ、ファングさん」

「まぁまぁまぁ怒るなって。でもよう、あの演説は完璧だったぜ?」

「完璧? どこがですか?」

 俺は眉をひそめる。


「普通の為政者を推すのであれば、あれはいただけない演説だろうな。だが、フィルが推したのはパスだ。あいつを推す場合は、あれで正解だ」

「はぁ」

「この国の知識層は、パスの野郎が担ぎ上げられただけの王だなんて知っている。ついこないだまで、貴族としての職務を放り出して冒険者なんてやっていたドラ息子だからな」

「ドラ息子って」

 俺は思わず笑ってしまう。


「だから、あいつの役割ははっきりしていたのさ。国民を元気付ける。誠実である。この2つだけだ。細かい政治は他のやつがやるだろう。その点、フィルの演説は良かった。あいつの人となりをひたすら褒めちぎっていたからな。これが政治手腕を褒めるだなんてトンチンカンなこと言い出したらたまったもんじゃなかった」

「なるほど」

「それに事実、あいつはギルドで好かれていたからな。フィルの言ったことは一言一句間違ってない。無意識に、パスの擁立者に求められていた誠実な演説ってやつを出来ていたのさ」


 ファングさんの言う通り、パスさんへの冒険者達の人望は厚かった。大きいクエストを完遂するたびに酒を振る舞っていたし、初心者冒険者への手ほどきも率先して行っていたらしい。


「……ファングさん、もしかして励ましてくれてます?」

「今更気づいたのかよ!」

 ファングさんが大笑いする。


「というかよう、どこへ行くんだ?」

「ギルドへ。今日は瑠璃とペアで動きます」

「おいおい、休まないのか?」

「今は、動いた方が落ち着きます」

「そうかよ、付き合うぜ?」

「いいんですか?」

「おうよ。今日はラウとムナガも暇してる。クエストが終わったらデスクワークに殺されそうになってるパスとリュカを煽りに行こうぜ」

「性格悪すぎですよ」

 2人で笑い出す。


「そういえば、リュカヌさんみたいにファングさん達は騎士に志望しなかったんですか?」

「ん〜、今あいつのそばにいてやるのはリュカで十分だろ。というか、言ったろ? あいつに国民が求めているのは誠実潔白なんだよ。ここでお友達採用なんてしだしたら、噂話に煙が立っちまう」

「なるほど」

「それでもまぁ、パスの野郎が一人で行くのは嫌だと駄々をこねてな。大の大人がだぜ?」

 ギシギシとファングさんが笑う。


「だからリュカだけ騎士に返り咲いて付いて行ったのよ。あいつの場合、騎士側が呼び戻せるタイミングをいつも伺っていたらしいから、むしろ元鞘に戻った感じだな」

「必要とされていたんですね」

「ラウはしばらくしたら、純粋に実力で登用されるだろうな。オリハルコン相手に戦えた拳と蹴りだ。騎士団も欲しがるだろう。人員が大幅に減った今は特にな」

「あの人、攻撃力が段違いでしたもんね」

「すげぇパーティーだろう? うち」

「それはもう。でも、今は3人になってしまいましたね。パーティーはどうするんですか?」

「ぶっちゃけ、一生分どころか6代先くらいまで稼いだんだよな。魔甲虫翼竜ドラゴマンティス偽青龍海牛ブルードラゴンモドキ、その上あんた達の賭け事の元締めをしたからな」

「あ“」

「おっと、元締めで儲けた金の一部は既にフェリファンに預けてあるぜ。そっちの金回り、ほとんどあの人がやってるんだろう?」

「……それならまぁ」


 いいだろう。いいのか?

 フェリならまぁ、変な使い方はしないだろうし。


「冒険者は続けるよ」


 ファングさんの言葉に驚く。冒険者の鉄則は命が最優先だ。一生分稼いだのならば、早期引退するのが慣習である。


「何故ですか?」

「パスとリュカの野郎がまた馬鹿したいと言い出したら、帰ってくる場所が必要だろうが」

 ファングさんが楽しそうに言う。


「それに」

 複眼の鋭い目が、俺に近づく。


「吸血鬼共と魔人族共との戦い、まだ終わってないんだろう?」

「……そうですね」


 すっと、ファングさんの顔が離れる。


「多分、いやこれは予想なんだけどよ。フィル達は戦うべき敵が、俺たちよりもはっきり見えてるんじゃねぇか?」

「…………」

「もしそいつらと本格的にことを構えた時、パスは国王として先頭に立たなきゃならない。その時に俺らがなまくらになってたら意味がない。違うか?」

「いえ、間違いありません」

「だからよう、その時が来たら、一緒に戦おうぜ」

「ふ」

「へへ」


 お互い、変な笑いがこぼれる。

 嬉しいことだ。また、一緒に戦ってくれる人達が見つかった。






「フィルゥ!寂しいぞ!また来いよな!」


 そう叫びながら号泣するのはパスさんだった。国王としてのローブが恐ろしく似合っていないので、悪質なコラージュに見えてしまう。

 後ろに近衛騎士達が控えているのが、更にいっそう違和感を引き立てる。

 この人、本当に王様になったんだなぁ。

 両脇に控えるカブトムシ族のジゥークさんとクワガタ族のリュカヌさんが様になっていることが、なおさら不思議な感じである。

 素晴らしい精鋭だ。これが今後味方になる。この上なく心強い。


 今日は俺達がエクセレイへ帰る日だ。

 パスさんの鶴の一声で、王城の人間が総出で送り出してくれるらしい。本来はこれほどの待遇をすることは「コーマイはエクセレイよりも下である」と民衆に解釈されてしまう恐れがあり、普通は出来ない。

 だが、この国には既に「パス殿下だから、まぁいいか」という雰囲気が醸成されている。ある意味すごい王様である。


「また来なよ」とムナガさん。

「達者でな!」とファングさん。

 黙ってうなずくラウさん。


 騎士や貴族達の後ろには民衆やギルドの冒険者、職員たちまで送り出してくれている。

 思えば、この世界でこれだけ多くの人に感謝されることはなかった。彼らは俺達のことを英雄と呼ぶ。はたしてそれが本当のことかどうかは分からないけど、感謝されているという事実が俺の背筋を整える。


 同じ馬車には、いつものメンバーにベルさんがいる。

 ベルさんにはエクセレイの都で居を構えてもらい、大使をしてもらう。来たるべき戦いの時には、コーマイとの橋渡しとして活躍してもらう予定だ。これもまた、俺のエゴで彼女を巻き込むことになる。俺の意図に気づいたとき、彼女は怒るだろうか。何故自分を戦いの渦中に巻き込んだのかと。


「ありがとうございます!また来ます!」


 そう言って、俺達はコーマイを後にした。




 帰国して数日後、俺は託宣夢あくむを見ることになる。

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