第326話 魔軍交戦23 夜明けと崩壊4

「何!?」


 タヴラヴ達が、地響きに驚く。

 一瞬、またどこかの防壁が崩壊したのかと焦る。

 だが、そうではないようだ。

 その代わり、北の方で火柱が上がるのが見える。


「誰の魔法?」

「り、リーダー。やばいです」

「へ?」


 気づいたら、目の前には数名の戦士が防壁の上に立っていた。

 獅子族だ。誰もが屈強で、2メートルはゆうに超えている。たてがみが朝の風になびいている。


「ひぃ!?」

「て、撤退!撤退!」


 狼獣人たちが迷わず逃げの選択をする。

 獅子族には敵わない。どの種族も。どんな種族よりも戦いを愛し、常在戦場を生き抜いてきた怪物達。それが彼らだ。


「何で、何で壁の上にいるのよ!意味わからないわよ!」

「リーダー、あれ!」


 メンバーが指さす先には、巨大な植物の茎や葉が伸びていた。その葉や茎をよじ登り、獅子達が次々に上陸していく。

 伸びきった植物は早送りのように葉を広げ、花を咲かせる。まるで人間の血液のような、真っ赤な薔薇の花。


地獄宿根草ヘルゲウム血濡れの女王プリンセスブラッドショー!? 北西部の爆破に隠れて、下から伸びてきていたの!?」

「学園で発見されたのとは大きさが違いすぎますよぅ!」

「品種改良を進めていたということ!?」

「そんなことどうでもいいですよぅ!逃げますよリーダー!もう私達がどうにか出来る戦況じゃないですよぅ!」


 タヴラヴがちらりと獅子族達を見る。

 彼らが自分たちを追う気配はない。戦いを愛し、強者との邂逅に渇望し続ける種族。

 つまりは。


「そう。私達は、あいつらの基準からしたら戦士じゃないのね」

「怒ってるんですか、リーダー!? やめてくださいよ。誇りをかけて戦うとかいう少年向け物語フェアリーテイル的な展開はなしですよ!?」

「わかってるわよ、そのくらい」


 獅子族達が、次々に防壁内へ飛び降りていく。

 恐らく、西部内地も血の雨が降るだろう。

 自分たちにはどうにも出来ない。混戦になれば、もはや斥侯スカウトに出来ることは限られてくる。


「次の防衛地点へ行くわ」

「どこですか!?」

「北よ」

「防壁壊された方じゃないですかぁ!リーダーの馬鹿ぁー!」

「五月蠅いわね!覚悟を決めなさい!」


 王宮近くの北部には、学園がある。あそこは子どもを守るために、防衛に適した立地をしている。そこへ行けば、まだある。自分たちスカウトに出来ることが。


弱者わたしらを無視したこと、後悔させてあげるわ。百獣の王気取り」


 ロープを垂らし、タヴラヴ達は下へと向かう。


「あぁ、もう。黒豹師団パンサーズクラウンとは合流できそうにないわね」


 下へ降り、狼獣人の女達は北へ急いだ。







「お前、名前は?」

「ロ……トン」

「ロットン。ロットンか、ふむ。覚えたぜ」


 獅子族の男の掌には、血が流れていた。


「驚いたぜ。俺が血を流すなんてな。南の国では誰もできなかったことだぜ? 誇りに思えよ。お前は素晴らしい戦士だ」


 手放しに賞賛する。強い者は正しい。それが彼の思考原理。自分を傷つけることに成功したこの優男は、間違いなく強者である。つまり、敬意を払うべき戦士だ。

 だが、その賞賛はロットンの耳に届いていない。耳は音を拾う機能を失い、目もかすれて前後不覚である。寿命消費による魔力欠乏。それの意味するところは、すなわち死である。


「おっとと」


 前に突っ伏し、倒れそうなロットンを獅子族の男が支える。


「魔力切れで死ぬなんて情けないことはさせないぜ。お前は俺に殺されて死ぬんだ。戦士として死ぬんだ。どうだ、最高の死だろう? 俺は老いても戦場に出向いて、今のお前みたいに死にたいよ。……聞こえてねぇか」


 ロットンの足に、力は入っていない。

 聴力と視力の次に、彼は筋肉の操作能力も手放した。体温が急速に冷えていく。さっきまで炎を吹き出していたのが嘘のようだ。


「聞こえてねぇかもしれねぇけどよ。名乗っておくぜ。せめてもの手向けだ。俺の名前はライコネン・アンプルール。こんな身なりだが、獅子族の族長をしている。王様ってやつだな。政治はからっきしだが」

「…………」


 ロットンが生命を手放しそうな状態であることを、ライコネンは察する。

 魔力切れで死ぬよりも先に、自分がとどめを刺さなければならない。

 心の臓に、人差し指を突き立てる。押し込み、貫く。爪先がロットンの背中から生える。


 絶命した。

 指の節から、ロットンの心臓の動きが無くなったことを確認する。


「戦士の死体に触れることは冒涜だがよ、お前の死体ボディがトトの人形になるのは我慢ならねぇ。済まないが、頭も潰させてもらうぜ」


 ストンピング。

 ライコネンは柔らかい西瓜のように、ロットンの頭を踏み潰した。鮮やかに脳症がまき散らされる。


「いい戦いだった。この戦争は幸先がいいぞ。のっけから素晴らしい戦士に出会えた。ストレガだけじゃねぇ。イアン・ゴライア、シュレ・ハノハノ。竜人族のショー・ピトー。他に目ぼしいやつはいたっけか? まぁ、いい」


 ライコネンは懐から紙を取り出す。

 そこには、エルフの少女の人相書きがあった。

 クレア。今代のエルフの巫女を務める少女である。


「こいつを殺しにかかれば、勝手に強いやつが集まる。魔王が言うにはそうだったな。十中八九、王宮でかくまわれているだろうな。雑魚は部下に任せてある。そろそろ行こうかね」


 ライコネンが防壁を飛び降りる。

 着地の衝撃で民家が一棟吹っ飛ぶ。地面にクレーターが出来る。


「やること全部終わったらどうしようか。そうだな、神様でも殺してみるか。俺、殺してみたかったんだよな。神様」


 ライコネンは歩く。

 まるで敵地の戦場を自宅の裏庭かのように。隠れず、堂々と、道の真ん中を。

 俺を見つけてくれと誇示するかのように。







「がぁ!?」

「旦那!」


 ライオが跪く。

 太ももには矢が刺さっていた。


「この白い羽。ソム・フレッチャーか!」


 恨めしい顔でライオは針の城を見上げる。

 いつの間にか、城は防壁のすぐそばまで来ている。

 目の前の魔物に集中しているうちに、ボウ・ボーゲンとソム・フレッチャーの射程に入ってしまったのだ。

 投石器で次々と魔物も内地に放り込まれている。距離が近くなったからか、間隔も短くなっている。壁の隙間からあふれてくる魔物だけでなく、投石器で送られた魔物や飛行型の魔物も対処しなければならない。


「くっそが!」


 太ももの矢を抜き、それで前方にいるレッドキャップをヘッドショットする。


「俺に構うな!陣形を崩すんじゃない!教会の神父様は鈍足であらせられる!少しでも長く時間を稼げ!」

「成程。妙に粘ると思ったら、精神的な支柱がいたか」

「手前!?」


 いつの間にか、フード付きロングコートの男が目前に来ていた。


「こんの!」


 シャーフがシールドバッシュする。

 それを軽々と男は受け止める。


「こいつ、身体強化ストレングスの強度がおかしい!?」


 シャーフが顔を真っ赤にして押し出すが、男は地面を靴で抉るくらいで、動じない。


「いい盾を使っているな。話に聞いていたシュミット・スミスの作品か。いい仕事をする。死んでなければ、話をしたかった」

「お前らが殺したんじゃねぇか!」

「あぁ、そうだな。そうだった」


 フードごしに、男とライオの目が合う。


「おい、お前!?」

「ライオさんは下がってください!」


 何かに気づいたライオを、羊重歩兵団ムートンホプロンのメンバーが下がらせる。


「いい作品だ。だが、ストレガの防壁に比べれば解析は容易いな。黒い光沢は弾丸蝦蛄バレットオラトスクラの甲羅。外縁は甲冑亀ヨロイウーゲイの骨。持ち手はトレントの亜種といったところか。贅沢だな」

「おいまずい!シャーフそいつから離れろ!」


 離れたのはシャーフではなく、コートの男の方だった。身体強化にて、一気にバックステップする。

 瞬間、盾が爆発した。


「がっ!?」


 シャーフの肘から先が爆発で消し飛ぶ。膝をがくがくと震わせて、シャーフがくずおれる。


「近づきすぎたか。火力が甘い。我ながら汚い爆発を作ったものだ」

「おいてめぇ、どういうことだ!」

「どういうこと、とは?」

「ふざけんな!お前だよフェリファン!男装なんかしやがって!いつからだ!いつから魔王軍なんかに与しやがった!お、お前。俺にどうしろってんだよ!フィルに何て報告すればいいんだよ!?」


 ライオが怒鳴りながら、矢をつがえる。


「フェリファン? 久しぶりに聞く名だな」

「っ!? 手前、フェリファンじゃねぇのか?」

「お前が言う人物は、私の娘だな。不出来な娘だよ。そうか、今はこの国にいたのか」

「なっ」


 驚愕すると共に、ライオは納得する。

 あの爆破魔法。彼女の父親だとすれば、辻褄が合う。ストレガの魔法を攻略できるなんて人間が、そう簡単に存在していいわけがない。

 だが、あのパーティーの後衛を担う彼女の父親であれば、納得できる。


「あぁ、糞。最悪だ。本当に最悪だよ、こん畜生」

「心配しなくていい。私の娘も、君が憂慮している守るべき人間も、君の後に同じところへ送ろう」

「お前、それでも親かよ!?」

「親? 私は親だったものだよ」


 感情のないキリファの眼光に、ライオがたじろぐ。


「……お前は絶対に通さない。俺がここで殺す」

「それは出来ないな」

「は?」

「お前はもう詰んでいる」


 周囲が爆発した。

 冒険者達の足元。羊重歩兵団ムートンホプロン達が握っていた盾。ライオが握っていた弓と矢さえ。

 その場にある全ての物体、物質が一斉に爆弾と化し、全てを焼き払った。


「あぁ、糞。こっちへ来るなよロットン。畜生」


 全身を焼き切られたライオが突っ伏す。


「ふむ」


 冒険者達の死体を見て、キリファはふと思い出す。


「しまった。死体は再利用するのだった。私はあまり戦わない方がいいな。跡形もなく殺してしまうからな」


 悠然と、キリファが歩みを進める。


 西から直進するライコネン・アンプルール。南に侵食するトト・ロワ・ハーテン。北西より爆散闊歩するキリファ。


 魔王軍はゆっくりと、着実にエクセレイへ手駒を送り込んでいった。







「待ちな、そこの毛深いの」

「はは、最高だな」


 ライコネンは喜色満面の笑みを見せた。


 それもそのはず。

 恋焦がれていたと言っても過言ではない人物に出会えたのだ。


 マギサ・ストレガ。元宮廷魔導士にして生ける伝説。エクセレイ魔法立国のトップオブザトップ。

 その最高の宿敵が今、目の前にいる。

 優雅に箒の上に、腰かけている。


「戦ってくれるのか? この国最強と名高い強者つわものよ」

「何言ってんだい。お痛をした坊やを寝かしつけに来ただけだよ」

「はは、はーっはっはっはっはっは!ひひー!」


 ライコネンは笑う。腹がよじれるくらいに笑う。腹部にある筋肉が微細振動シバリングする。


「最高だぜ、あんた。何だこれ。俺、最高に興奮してるよ。見ろよこれ。勃起してる!息子がここまで絶好調なのは思春期だけかと思ってたぜ。こんなの、初めて魔王に会った時以来だ!」

「男と老婆にしか反応しないのかい? 放っておいても獅子族は種が途絶えていたんじゃないのかい?」

「くくくく、わかんねぇかなぁ!? わかんねぇかなぁ、この喜びを。わかってくれよこの喜びを!」


 ライコネンの周囲におびただしい量の魔力が吹き上がる。

 マギサの瞼がぴくりと動く。


「受け止めてくれよ? この国の最強。獅子王咆哮ライレクスローア!」


 オラシュタット上空の雲が、全て吹き飛んだ。

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