第327話 魔軍交戦24 始まる強者の戦い

 面倒だ。


 死霊高位騎士リビングパラディンはそう思った。

 先んじて都を強襲したワイバーンは、自分が屠らなければならない小人の使い魔ペットと戦闘を繰り広げている。その少し東部では、自分の構造をいじった死者の王ノーライフキングが暴れている。

 トト・ロワ・ハーテンには会いたくない。

 何故かはわからないが、そう思った。

 同時に、怪獣戦争をしている2体の魔物を相手どるのも面倒だ。自分にとって彼らは敵ではない。簡単にひねり殺せるだろう。だが、時間はかかる。ワイバーンの機敏さ狡猾さ。亀のような怪物の硬さ。

 自身が負けるビジョンは露にも思わないが、ここへ来たのは魔物同士の戦いに混ざるためではない。

 では、何のため?


 死霊高位騎士リビングパラディンは思い出せない。

 思い出すには、彼女の頭の中には怨嗟ノイズが多すぎた。

 考えをシンプルなものに切り替える。

 以前出会った、かつて愛した王そっくりの少女を探すこと。小人族の少年を殺すこと。

 考えを単純化させると、怨嗟ノイズもいくらか静かに聞こえる。


 ヘルムから呪いが溢れて大気が震える。


 死霊高位騎士は動き出した。

 北へ。

 南は五月蝿すぎる。

 神経を鋭敏にして、東部沿いに外壁周りを走り始めた。







「おい!避けるんじゃない!おい!」


 ライコネンは空に向かってがなり立てていた。


「五月蝿いねぇ。当たったら死ぬやつじゃないかい。かわすに決まってるじゃないのさ」


 ふわふわと、マギサは空中浮遊をしている。

 ライコネンが獅子王咆哮ライレクスローアを放つが、マギサは羽のように逃げる。


「男らしくないぞ!俺と戦え!」

「とんでもない。あたしゃ女だよ」

「戦士らしく降りてこい!」

「とんでもない。あたしゃ研究者プロフェッサーさね」

「このぉあぁ!」


 ライコネンが連弾を放つ。

 マギサは続けて軽々と避ける。


「全く、驚いたね。やってることがまるで龍種だよ。人間でも吐息ブレスのような力押しの戦い方ってできるもんなんだねぇ。だが、龍に比べると上品な魔法さね」


 ぴくりと、ライコネンの眉間が動く。


「龍は体内にある魔力を力任せに吐き出しているだけ。ところがお前はどうだい? 一瞬で大気にある魔素をまとめて把握している。把握した魔素は7色に輝いている。だがお前さんは、全ての色の魔素に自身の魔力を通し切っている。完璧に演算できているわけじゃないね。理論派の私や馬鹿弟子とは違う。お前は感覚派だね。何となくで魔素を完全に掌握している。そんなもの見せられたら、いつも机の前で悩んでる私が馬鹿みたいじゃあないのさ。でもまぁ、いいよ。面白い検品サンプルが見れた。確かに、大気にある全ての魔素を一瞬で把握できれば、龍種ほどの魔力を消費せずに龍種と同じことができる。理論上はね。唯一の欠点は、再現性がないことさね。これはお前しか出来ないだろう。おそらく魔王も出来ない」


 弟子の学友である、アルケリオ・クラージュならば修行を積めば出来るかもしれない。

 マギサはそう思ったが、口には出さない。


「何かお前と喋ってると、キリファと話してるような気がしてくるぜ。イライラする」

「おや。蛮族にも話のわかる奴がいるじゃないか」


 嘘である。

 マギサは王宮を出る前にフェリファンと話している。キリファという人物を知っている。


『気をつけて。金魔法に限れば、私の愚かな父親はマギサお婆ちゃん。貴女よりも上よ』


 彼女はそう言っていた。

 そちらに行こうと思っていたというのに、この獅子族の王が現れたのだ。


「全く、老人を酷使し過ぎさね。この国に介護精神というものはないのかい?」

「おい!俺を見ろ!おい!」


 ライコネンが再び口を開く。両足を肩幅よりも少し広くスタンスをとり、上腕と首や肩の筋肉が盛り上がる。

 弟子のフィオほどはっきりと見えるわけではないが、マギサは周囲の魔素が瞬時にライコネンに掌握されるのを感じる。


「ふん。恐ろしい魔法だがね、タネさえわかれば対処は簡単さね」


 マギサは掌握されている魔素のうち、一色だけに自身の魔力を混ぜてライコネンの魔法を乗っ取る。魔法の戦いは魔素の演算による陣取りゲーム。マギサはその陣取りゲームに負けている。火、水、風、金、土、光、闇。その内マギサが掌握したのは得意魔法である水の魔素のみだ。掌握率は6対1で負けている。

 だが、それで十分。それで十全。

 7分の1さえ掌握すれば、術式を不完全にしてそらすことができる。


 獅子王咆哮がマギサの横をすり抜ける。

 マギサは僅かしか動いていない。操作魔法で箒を操舵しただけ。それだけでライコネンの魔法を優雅にかわし切っている。

 真っすぐ飛ぶはずの魔法を、一部の操縦権を奪うことでずらしたのだ。


「あぁ!また!」


 ライコネンがたてがみをガシガシとかく。

 彼は期待していた。渇望していた。この国最高の、歴史に確実に名が残るような伝説と直接戦えるはずだった。血湧き肉躍る戦いが、自らに最上の多幸感をもたらすはずだった。

 それが、蓋を開けてみればこれである。勃起していた陰茎も萎れてしまった。

 向こうは完全にやる気がない。


 マギサからすれば、魔王を相手にするために魔力を温存するのは当然である。ライコネンに出来るだけ無駄撃ちさせるのも当たり前の行動である。

 だが、戦闘種族のライコネンには、それが理解できても納得は出来ない。


「そうかよ。そっちがそのつもりならぁよ。研究者そっち分野フィールドで相手してやるよ。マギサ・ストレガぁ!」

「ふん」


 ライコネンが再び同じ動作をとる。

 だが、見た目が同じだけで異質な魔法を使おうとしているのがマギサには一瞬でわかる。

 ライコネンは7色の魔素をまとめて掌握して束ねて飛ばしていた。

今やっていることは全く違う。7色の魔素をそれぞれ個別に掌握している。つまり、7色の吐息ブレスを別々に吐き出すつもりだ。

 獅子王の体の前で、7種類の魔法が完成し、次々に魔力が収束する。


「食らえ!そして俺を見ろぉ!獅子王咆哮ライレクスローア!」

「別物の魔法に同じ名前をつけるんじゃないよ馬鹿者!分類分けは大事じゃろうが!」


 命懸けの戦いに似つかわしくない突っ込みを入れつつも、マギサは魔素の奪取を既に始めていた。


 対消滅。

 獅子王の魔法は、2人の真ん中の空間で消えてしまった。


「おい、婆ぁ。何をした?」

「じゃんけんと同じさね」

「?」


 わけのわからない比喩に、ライコネンが首を傾げる。とはいっても、鬣のせいで傾いているのか分かりづらい。


「別に7色の魔素の奪い合い全てに勝つ必要はないさね。わたしゃ5色の魔法使い。その内、4色。4色奪えばそれで事足りる。光の魔素を掌握して、お前の闇の魔法を打ち消す。水で火を。金魔法で土魔法を組み替える。それで全て消滅。全く、お前さんの魔力保有量が多すぎるから、相性有利でも魔力をそこそこ使ったよ。じゃんけんの意味は分かったかい?」

「丁寧な説明ありがとうよ。馬鹿な俺でもわかったぜ」

「そりゃあ良かった。馬鹿弟子よりも人の話が聞ける奴だね、お前は」

「でもよ、足りないぜ」

「何がだい?」

「忘れ物があるだろうがよぉ!忘れ物がよ!あんたは俺の7つの魔法のうち4つの魔法の主導権を奪って3つ使い、3つの魔法を打ち消した!でもあと一つ残っている!残ってるだろうが!風の魔法がよ!」

「あぁ、それはそっちさね」


 マギサが左を指さす。

 ライコネンがそちらを見る。


 右から風刃ウィンドカッターがライコネンを切り刻んだ。


「てんめぇ、この糞婆ぁ……」

「驚いた。頑丈だねぇお前さん。A級指定の魔物も微塵切りにできる威力のはずなんだがねぇ」


 獅子王の額に青筋が浮き出る。

 同時に、獰猛な笑みも浮かび上がる。

 身体に、早速また新しい傷ができた。先ほど手のひらに出来たばかりだというのに。全身の薄皮が切れ、体毛に血が滴り落ちる。


「いいぜ、婆ぁ。あんたやっぱ最高だよ。あんたの魔法を攻略する!そして勝つ!あんたに勝てば、俺は生涯最高の絶頂を手に入れることができる!いくぜオラァアー!」

「馬鹿弟子といい、私を婆ぁ呼ばわりするやつは、まとめて教育だよ」


 ライコネンが、今度は1色の魔素の掌握のみに集中する。

 シンプルだが、効果的な戦略だ。作った魔法が奪われるのなら、一つのことに集中し、確実に自身の管理下に置く。そして大量の魔力を注ぎ込み、対消滅もかわすこともできないくらい速く強烈な攻撃を打ち込む。

 獅子王は興奮していた。

 この一撃で仕留められなかった獲物はいなかった。

 過去、一度も。

 だが、目の前にいる老婆は攻略してみせるだろう。その確信が彼にはあった。それが嬉しくって、嬉しくって、楽しくて仕様がない。

 彼の陰茎は、腰布の下で再び勃起していた。


「食らえ婆ぁ!獅子王咆哮ライレクスローア!」

「だから別物の魔法に同じ呼称を使うんじゃぁない!」


 獅子王の魔法を消去キャンセルすべく、マギサは再び魔力を練り上げた。







「膝を貸してくださいな、フィオ」

「ファナ!?」


 西の戦いから帰ってきたファナが、帰り着くや俺の膝の上に突っ伏した。

 すぐに寝息が聞こえてくる。

 一晩中戦っていたのだ。無理もない。

 他の退魔師はすぐさま次の戦場へ向かっている。本来は彼女もそちらへいくべきかもしれないが、聖女には「生き残る」という大切な仕事もある。ここで仮眠をとるのも彼女の役割なのだ。


「あんた達、いつもこうやって寝てるの? 不潔」

 イリスが眉根をひそめて言う。


「いつもじゃねぇよ!」

「いつもじゃないってことは、たまにしてるの?」

「いや、まぁ、はい。そうです」

「あんた、そういう生殺しみたいなことするからショタハーレムパーティーとか冒険者達に言われてるのよ」

「俺達そんなこと言われてるの!?」

「しまった。これは禁句だったわ」

「おい、待て。その噂はどこまで広がっているんだ。こっちを見ろ、イリス。おい」


 大体、一国の姫様がショタだとかハーレムだとかいう単語を知っているの、不健全だと思うんですよね。

 はっ。

 イリスが知っているということは、クレアも知っているのか!?

 そんな勘違いされたら、兄としての威厳が落ちる!


「何か神妙な顔してるけど、クレアはもう十分あんたを見下してるわよ」

「俺の思考を読むのは、この辺の女性のトレンドなの? やめてくんない?」


 ほんと怖いよぉ。君、最近従姉のお姉ちゃんと似すぎなんだよ。


 ……あ。


「……すごい魔力ね」

「イリスも感じるか?」

「まずいわね」


 西から強力な魔力を感じた。

 その圧倒的な存在感に、人と話すことが苦手なフェリも思わず会話に入ってくる。

 こいつだ。恐らく、こいつがロットンさんを殺したんだ。位置的に絶対そうだ。それにしても隠そうともしないな。この敵は。挑発しているのだろうか。

 そして問題がある。

 俺がこの魔力の発信源に勝てるビジョンが、全く浮かばない。

 一瞬、西の方で大きな魔力が煌めいた。おそらくそれがロットンさんの「最期の攻撃」だ。

 それを感知しながらも、俺はここから一歩も動けなかった。助けに行ったところで、ロットンさんと一緒に死ぬだけだとわかっているからだ。

 ファナの回復を待たなければならない。トウツとフェリ、瑠璃のバックアップも必要だ。それでようやく戦いになるくらいか。


「意味わかんねぇな。強すぎんだろ。これで魔王じゃないのか」


 じゃあ、魔王って何なんだよ。どうすれば勝てるんだ。

 頭の中で、嫌な予感がぐるぐると回る。

 託宣夢は未だにクレアの死を予言している。

 止めなければ。

 でも、どうやって?


「フィルみたいに感知能力がないあたしでもわかるわ。何なのこれ。規格外すぎるわ」

「その規格外に、別の規格外が当たるみたいね」

 イリスの疑問に、フェリが答える。


 巨大な魔力が西で合流した。

 師匠だ。

 敵の魔力が何度も吐き出されるのがわかる。それを師匠は上手くかわしているようだ。


「何とかして、出来ることを探さないと」

「西の戦いに参加するって?」

「あぁ、するぞ。ファナが起きたら出発だ。師匠を消耗させたら駄目だ。師匠の負けは、この国の負けだ」

「……ファナが起きたら、南に送るべきよ」


 フェリが提案をした。

 それに俺は動揺する。

 西で暴れているのは、間違いなく託宣夢でクレアを殺した男だ。こいつを倒さなければならない。それが俺の使命だ。宿命だ。完遂しなければ、俺がこの世界に転生した意味が全て失われてしまう。


「どうしてだ? 確かに南に退魔師は必要だ。だが、それが聖女ファナである必要はない」

「適材適所よ。南が崩壊したら、マギサお婆ちゃんと西の怪物の戦いに死者の王ノーライフキングは絶対介入するわ。敵にとっての勝利条件は、王宮にいる王族を皆殺しにすることじゃない。マギサお婆ちゃんの首よ」

「どうにかして、師匠を援護できないのか?」

「するにしても、私とトウツが行くしかないわね」

「俺は?」

「フィルは巫女よ。ここから出ちゃ駄目」

「じゃあ、いつ戦うんだよ!」

「フィル。五月蠅いですわ」


 俺の膝に頭を乗せるファナと、目が合う。


「す、すまん」

「いえ」


 再びファナが規則的に寝息を立てる。

 まるで戦場ではなくピクニックの野原にでもいるかのようだ。


「大丈夫よ」


 横からイリスが話しかける。


「お婆ちゃんを信じて。あの人は、何のプランもなしに敵陣に突っ込む人じゃないわ」

「そうだけどさ」


 それでも不安が頭にこびりついて離れない。

 本当にいいのか?

 俺はロットンさんとライオさんを助けられるタイミングを逃した。今までだってそうだ。シュミットさんも、タルゴさんも、みんな。判断が早ければ助けられたかもしれないのだ。今は判断すべきじゃないのか?


 でも、判断するって何を?


 言いようのない不安が、俺の頭の中に帳を降ろし始めた。

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