第171話 墓参りと、敵影の手記

 俺は都オラシュタットの外れにある、小高い丘に来ていた。

 今日は瑠璃とファナに帯同してもらった。


 そこは、いわゆる共同墓地という場所である。

 ギルドが土地を買い取り、冒険者達に開放しているところである。墓を買うことが出来ない貧困冒険者の救済措置だと、ギルドマスターのラクスさんが言っていた。

 ただし、墓石の金銭等の援助は一切ない。場所は準備したから、ご自由に埋葬してくれ。トラブル等の苦情は一切受け付けない。自力で解決するように。使える面積は一人当たり6平方メートルまで。遺体を埋めたらゾンビになるから遺灰にすること。

 ルールはたったのこれだけだ。

 冒険者達は、このギルドの気遣いに感謝しているものがほとんどだ。

 何故ならば、冒険者にならなければ弔われることもなかった者が多くいるからだ。

 「子どもに社会見学させたければギルドに行け。」とは、都の合言葉である。社会の頂点と底辺を同時に見ることが出来るからだ。


 何故、俺たちが共同墓地に来ているのか。

 黒豹師団のメンバーであるジータさんの墓参りである。全員で押しかけるのは憚られるので、瑠璃と聖女であるファナのみを連れてきたのだ。

 丘を登っていくと、黒い影が見えた。黒豹のメンバーだ。キサラさんもいる。彼女は都で見かける時、いつも明るい配色の魔法使い用ローブを身に着けていた。今は黒一色である。


「……こんにちは。」

「やぁ、フィル君。来てくれたのか。」


 ナミルさんを始め、黒豹の面々が微笑んで迎えてくれる。その笑顔に陰があるのは、俺の見間違いではないだろう。


「ごめんなさい。」

「何を謝っているんだい?」

 ナミルさんが優しく問いかける。


「俺は、やつを倒すチャンスを2度逃しているんです。」

「そう言えば、あれの発見レポートを提出したのは君だったね。」

「俺のせいです。」

「君のせいじゃないよ。」

「でも!俺にも責任の一端はあるんです!」

「……責任感の強さは、冒険者として必要な要素だ。でも君は背負いすぎだね。自分の背中の広さを考えて物を言いなさい。」


 そんなこと言われても、俺は特別なんだ。

 転生者で、エルフの巫女で、ストレガの弟子だ。背中の広さ? 多分、この世界で上から数えてかなり早い方のはずだ。

 あぁ、駄目だ。この考え方は。俺はそこまで片意地はる人間ではなかったはずだ。変わっているのか? 俺の考え方が。責任なんてもの、前世では一切背負ってなかったじゃあないか。


「フィル君。その責任はね、我々のものだ。勝手に背負わないで欲しい。」

「俺はどうにか出来る立場にいたんです。」

「我々もそうさ。私がこのクエストを蹴ればよかった。もっとA級冒険者を連れて行けばよかった。後衛も洞窟に連れて行けば良かった。道が3つに分かれていたとき、全員で同行すれば良かった。陣形も変えれば良かった。光魔法の使い手を増やせば良かった。念のため身体強化をするよう全員に指示しておけば良かった。我々はね、フィル君。君以上にジータを知っているし、君以上にジータのために何かが出来たんだ。」

「……すいません。」

「いいさ。君がストレガの弟子で良かった。都で君と会えて良かった。」


 彼らが、俺の何を良しとしたのかはわからない。でも、一つだけわかることは、俺はもっと強くならなければならないことだ。


「責任云々であれば、私達があいつを討伐出来ていないことも、そうよ。今の私たちに出来るのは、弔うことだけ。」

 キサラさんがジータさんの墓に祈りを捧げる。


 クバオさんが、酒をジータさんの墓にふりかける。ギルドで一番高い銘柄だ。

 静かにファナが前に出る。

 彼女の身体から、美しい純白が吹き出した。その白は純潔、静謐、清流、透明無垢。彼女の横顔は、普段からは想像できないほどの凛々しさと慈愛に満ちていた。なるほど、聖女。破天荒なことはあれ、彼女は間違いなく聖なる者なのだ。


聖なる祝福ブレッシング。」

 ファナの魔法で、ジータさんの墓石が浄化される。


「教会の聖女に祝福されるなんてな。ジータも本望だろう。」

「あら。わたくしは慈悲深いので、頼まれたらしますことよ。教会の狸達が門前で出し渋っていただけですわ。」

「そうかい。じゃあ俺が死んだ時も頼まぁ。」


 クバオさんのブラックジョークに、周囲の人々が小さく笑う。


「ところでフィル君。こんな物をもらったんだ。」

 ナミルさんが紙を取り出した。


 上質の便箋だ。そして封蝋。しかも見たことがある紋章だった。

 王家。エイブリー・エクセレイ第二王女その人の印である。


「……姫様は、ナミルさん達も巻き込むつもりなんですね。」

「違うな、逆だよフィル君。我々から巻き込まれにいっているんだ。エイブリー姫殿下からのお達しは渡りに船だ。あの死霊騎士が人工的に作られたものだとすれば、我々はそれを許すわけにはいかない。ジータの弔い合戦だ。」

「あの死霊騎士より、強いやつがいるかもしれません。」


 いや、かもしれないではない。確実にいる。獅子族の男と、レイミア・ヴィリコラカスという人物は確実にそうだろう。


「覚悟の上だよ。あと、復讐は何も生まないなんてお為ごかしは言わないでくれよ。我々は大義のために戦うんだ。何故なら、誇り高き黒豹族の末裔だからだ。」

「……戦いましょう。一緒に。」

 俺は右手を差し出す。


「よろしく頼む。」

 ナミルさんが俺の手を握った。


 彼の手の肉球は、ゴツゴツして硬かった。







 研究レポート

 魔女の帽子ウィッチハットは兵数増強を容易にすることを確認


 魔王陛下による力は凄まじいものがある。我々の種族の安寧は、彼についていけば盤石のものになるだろう。私にはその確信がある。

 陛下の「魔物の潜在能力を引き伸ばす力」を活用させていただき、今回素晴らしい検体ができた。


 まずは名前だ。使役に堪えるのならば、呼び名が必要だ。

 コードネームとして魔女の帽子ウィッチハットと呼称することが決定した。これは検体に現れる身体的特徴に因んだ命名である。否、身体的というのは語弊があるかもしれない。何故ならば、その特徴は被検体が元々持っている体の部位ではないからだ。


 そもそも、この検体であるところの植物型の魔物について説明しなければなるまい。

 かの魔物は菌類型の魔物である。元々持っている危険度はさしたることはない。個にして精々E級だろう。もしくは、それ以下かもしれない。この菌類型魔物は胞子を飛ばし、虫型の魔物に寄生する。寄生した菌は、その触手を虫型魔物の脳幹にまで伸ばし、完全にそのコントロールを奪う。意のままに宿主を操作するのだ。

 これだけ聞けば、恐ろしい魔物のように感じるだろう。


 だが、これがE級に留まる理由は多分にある。理由は多岐にわたるのだが、2つに絞って記そう。


 1つ。寄生できる対象が限られる。

 この魔物が寄生できるのは、免疫が強くない虫型の魔物に限られるのだ。蟻や蜂など、マザーと呼ばれる個体以外は代えがきき、かつ、マザーレベルには寄生できない。働き蟻や蜂にしか寄生できないのだ。これは原因が知能の高さなのか、はたまた保有魔力の高さに起因するのかは、まだ研究段階である。


 2つ。寄生したところで操作性が高くない。

 この魔物は所詮、菌類である。そこに知性などはない。生き残るために宿主に他の生物を殺させる。そしてその死体を新しい宿主としてさらに繁殖するのだ。であるからして、宿主へ送る命令は極めてシンプルなものしか出来ない。宿主の元々の戦闘スタイルよりも、より単純化し弱体化してしまうのだ。

 この特性はゾンビとほぼ同じだ。いや、生前の繰り返し行動というパターンがある分、ゾンビの方が賢いだろう。

 似た特性を持つため、我々はこれを研究段階では植物型ゾンビと呼称していた。

 人類がこの菌類を魔物として扱う理由は単純明快である。寄生された虫型魔物が、無差別に生き物を襲うからである。当然、人間もそれに含まれる。それだけである。ただのキノコを人類の敵などと、笑わせてくれる。


 魔王陛下の力で強化された植物型ゾンビの力は絶大だった。

 何よりも素晴らしいのは、人間に寄生できることにある。普人族、獣人、竜人、魔人、エルフ、小人、ドワーフ、あらゆる種族に試した。結果は全てクリア。後は陛下や私の力で、植物型ゾンビが襲う対象を絞ればいい。我々魔王軍は、ネクロマンサーなしに殺した敵兵全てを味方戦力に加算できる。


 倫理的問題はある。異を唱える者が多いのも事実。だが、彼らが静かになるのも時間の問題だろう。何故ならば彼らもじきに頭にキノコを生やすことになるからだ。

 話が逸れてしまった。

 先ほど記述してしまったが、この新型の植物型ゾンビの特徴は、菌が膨張して脳幹を突き出ることにある。突き出た菌が本来の形、すなわちキノコ型になるのだ。植物型ゾンビたちは頭の上に小さな傘を乗せたような風貌になる。それが丁度、古風な魔女が被る帽子によく似ているのだ。

 ゆえに、コードネームは魔女の帽子ウィッチハットということになる。


 そう言えば、面白い事象を観測した。


 エルフである。


 性欲の制御も出来ない賞金首どもが散々嬲った後だったが、男エルフを含め、数名肌が白いままのエルフが残っていた。

 彼らを殺した後に脳に魔女の帽子を植えつけたのだ。すると、肌が黒くなったのである。


 ダークエルフに堕ちたのだ。


 異種族との交配、と呪いが判断したのだろうか。面白い。実に面白い。彼らという種族にかかっている呪いへの興味が尽きないというものだ。


 何はともあれ。

 この兵器を完璧にコントロールできれば、魔王軍の勝利は確実である。

 嗚呼!これで魔王様の寵愛を私は一身に受けることが出来るだろう。その時が待ち遠しい。


 実に、実に待ち遠しい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る