第170話 vs闇ギルド8(終幕)

「おのれあぁああ!」


 そう叫びながら、黒いマントをはためかせ、洞窟から男が飛び出してきた。身体中が焼け焦げていて、燻った煙が出ている。

 その後にヒステリックな笑顔を浮かべたファナが飛び出し、ルークさん、ナミルさん、クバオさんも飛び出してきた。


「あら残念!中にいる間に曇りになってましたの? 吸血鬼の太陽焼きが出来ると思いましたのに!わたくし大好きなんですの!吸血鬼の太陽焼き!貴方の同胞が泣き叫ぶ姿は傑作ですのよ!」

「この悪魔めがぁ!」

「残念、聖女ですの!」


 いやお前は悪魔だよ。

 というか、あのおっさん吸血鬼なのか。

 吸血鬼は宙を力なく蛇行して飛びながら、何とか逃げようとする。


 が、途中で矢が突き刺さり、ガクンと高度を落とす。

 ソムさんが射抜いたのだろう。空を飛んでいるのに、正確に射抜けるのか。S級パーティーという称号は、単なるプロパガンダではないようだ。


 ルークさんがこちらを見る。

 目が合う。

 俺とではない。

 死霊高位騎士リビングパラディンとルークさんの目が合った、気がした。やつに目玉はないはずだが、視線がパチリと合ったような、わずかな間があった。

 黒い魔力を体中から噴射して、やつが俺とトウツと距離を置く。


 野郎、逃げるつもりだ!

 洞窟内から追加された戦力を見て負けを悟ったか!


 上空にはソムさんやファナに攻撃されながら逃げようとする吸血鬼。地上には森に駆け込もうとする死霊高位騎士。

 どっちだ。どっちを優先すべきだ!?


「吸血鬼だ!吸血鬼を最優先!」

 ルークさんが叫ぶ。


「トウツ!鎧を!」

「おうけーい。」

「瑠璃!」

『あいわかった。』


 アラクネの巣を切り裂いていたやつに、トウツが追いすがる。

 吸血鬼に瑠璃が触手を伸ばし、捉える。


「小癪な!」

 吸血鬼の男は身体を複数の蝙蝠に変身して逃げようとする。


「甘いですわ。」

 いつの間にか、瑠璃の触手の上にファナが乗っていた。


束縛愛レストリアモレ。」


 網目の細かい光の線で形成された鳥籠が現れ、蝙蝠と化した吸血鬼を投獄してしまう。

 神聖魔法の塊のような檻。聖女の面目躍如である。神聖属性に弱い吸血鬼では、あれを出ることは不可能だろう。


「たわけが!私は下等な人間どもの思い通りになどならぬ!」


 檻の中で変身を解いた吸血鬼は、何と体当たりして身体がバラバラになりながら脱出した!


「死ぬ気ですの!?」

 ファナが驚愕する。


「レイミア様の願望の障害になる位ならば、捕虜になるよりも死を選ぶわ!」

「そっか、ごめんな。」

「なっ?」


 瑠璃の触手に飛び乗っていたのはファナだけではない。

 俺もまた、瑠璃の背中の上に移動していたのだ。


「紅斬り丸!」

 神聖魔法を乗せて、すでに死に体の吸血鬼にとどめを刺す。


 吸血鬼は力なく地面に落ちていった。

 俺も風魔法で、吸血鬼の横にふわりと着地する。敵にもはや足掻く力は残されていない。


「レイミアって言ったか。そいつは何者だ?」

「ふふ。教えるわけがなかろう。だが予言しようレイミア様は貴様らに絶望を運んでくるお方だ。待っていろ!すぐだ!すぐに貴様らに絶望が届けられるであろう!その時に私がいないのが残念でならぬがな!ハーッハッハッハッハ!」


 死にかけのはずの男が、まるで勝者のように高笑いしている。吸血鬼自慢の再生能力とやらはもはや、機能していない。俺の神聖魔法に斬られたのもあるが、洞窟内でルークさんやファナに追い詰められていたのだろう。


「残念だけど、絶望とはもう割と仲良くやっているんだ。あんたは尋問しても意味なさそうだな。」


 俺はちらりとルークさんを見る。

 ルークさんがうなずく。


「介錯してやるよ。」

「下等な小人に介錯されるなど、恥辱である。」

 男から黒い魔力が湧き上がった。


 見たことがあるものだ。

 初めてフェリと一緒にクエストした時にレッドキャップ達が行った自爆技。命を賭けた呪いの攻撃。


「申し訳ないけど、起き抜けにシャティ先生やハイレン先生に説教されるのは、もうごめんだね。神聖障壁ホーリーレジスト。」


 俺の目の前の空間が光の魔力で塗り固められる。

 と同時に、目の前が真っ暗になる。瑠璃が合金の障壁で俺の周囲を覆ったのだろう。


「過保護じゃない?」

『過保護くらいにしないと、我が友はカトンボのように死にかけるからの。』

「何も言えねぇ。」


 目の前が開けた。

 そこには骨にわずかな肉がこびり付いた男が残っていた。腐りかけた目玉が憎しみを込めて俺を見てくる。


「お、のれ。貴様のようなものがいたのか……。レイミア様にほーこク。キョーいは、せいジョとユウ者だけでは……。」


 曇天が晴天になった。

 シャティさんの魔法が切れたからだろう。

 太陽を浴びた男は、灰になって風と共に消えてしまった。




「や、やめてくれ。」

 膝をついた賞金首の男が、小さく呟いた。


「死にたくない!」

「やめてくれ!」

「俺たちにチャンスをくれ!」

「まだだ!まだ俺には利用価値がある!助けてくれ!」

 突然、男達は口々に泣き叫び始めた。


 突然慌て始めた賞金首たちに、冒険者たちが驚く。何かを怖がっている。それが何かはわからない。


「あ、あんた!聖女だろう!? 聞こえたぞ!聖女なら解けるだろう!? これ!なぁ、あんたこれ解いてくれよ!」

 一人の男がファナにしがみつこうとする。


「汚らしい手で触らないでほしいですわ。わたくしの柔肌を触れることが出来る殿方はフィルだけですの。」


 いや、君はかなり筋肉質で触り心地硬かったよ?

 頬を蹴られた男は這いつくばりながら俺の方へ来る。


「だ、旦那!あんたも光魔法の使い手だろう!? 助けてくれ!これを解いてくれよ!」


 男が見せつけている腕には奴隷印があった。

 漆黒の魔力が溢れ出している。


 そういうことか。

 おそらく、一定の条件が整えば印が奴隷を呪い殺す仕組みなのだ。そしてその条件は、吸血鬼の男の死。


「無理だ。契約魔法は双方の合意があって初めて解除出来る。何故なら契約時も双方の合意が必要だからだ。俺は第三者。当事者以上の権限は持たない。だが。」

「だが?」

「呪い殺されるよりまともな死を与えることはできる。介錯してやるよ。」

「いやだあああああ!」

 大の男が、子どものように泣き叫んだ。


 男達の悲鳴は、次々と苦悶の声に変わっていく。呪いが始まったのだ。


「言え!レイミアという人物は何者だ!」

「嫌だ!言いたくない!死にたくない!言えば俺の魂は永遠にあの女に苦しめられるんだ!地獄の方がマシだ!助けてくれよ!痛えよ!頭が割れそうだ!何かが耳元で叫んで五月蠅いんだよぉお!」

「何とかしてやる!だから言うんだ!」

「嘘だ!お前なんかがあの女の呪いに勝てるわけがねぇ!」

「出来る!俺はストレガの弟子だ!」

「見えすいた嘘つくんじゃねぇ!糞小人族が!」

「質問を変えよう。」

 視界の端に、マントが翻った。


 ルークさんだ。いつの間に隣へ来ていたのか。


「そのレイミアとやらは、吸血鬼の親玉で、——魔王か?」


 ルークさんが「吸血鬼」と言ったタイミングで男の顔が強張り、「魔王」という言葉には一瞬疑問が張り付いた。


「い、言えねぇ!」

「そうか。」


 ルークさんが男の首を刈り取った。介錯してあげたのだろう。優しい人だ。


「いい余興でしたのに。勇者とやらは慈悲深いですのね。」

「そう言う君は聖女らしくないね。」

 困った顔をして、ルークさんが答える。


 俺は残った3人の男達に近づいた。

 恐怖と激痛に歪んだ男達が地べたから虚な目をして俺を見上げる。


「頼む……コロシて。」


 俺は無言で紅斬り丸を振るった。地面に赤い血が滲んで、その面積をじわじわと広げていく。その面積に呼応して、俺の心もどす黒くなっていく。

 周囲ではゾンビを全滅させた黒豹達が雄叫びを上げている。力強い雄叫びだが、一人の仲間を失ったことで、悲痛な叫びにも聞こえた。


「そうだ!トウツ!」


 俺はトウツに紐付けしていた魔力を辿って全速力で森をかける。後ろから瑠璃が追いかけてくる気配も感じる。

 無我夢中で手足を振り回し、疾駆する。

 彼女は強い。恐らく、死霊高位騎士よりも。だが、戦いに絶対はない。彼女に何かがあったら、俺は死んでも死に切れなわぷ。


「へい、きゃーっち。」

「ふがががが!」

「胸元で暴れられると興奮しちゃうじゃないか。」

「心配して損したわ!」


 彼女の腕から飛び出し、まくし立てる。


「あれれ〜、フィルたん心配してくれたんだ〜。お姉さん嬉しいなぁ。」

「都合が良い時だけ歳上ぶるんじゃぇよ。俺の方が歳上……呪われてるのかお前。」


 慌ててトウツの周囲にある魔素マナを観測する。いつもは淀みなく流れている彼女の魔力が、黒い魔素に干渉され、知恵の輪のように行き場を混乱させている。


「驚いたねぇ。あの鎧、他のレイスから呪いを吸収するだけじゃないんだね。吐き出すことも出来るみたい。」

「そういうのはいいから、屈めトウツ。」

「はいは〜い。」


 涼しい顔をしているが、苦しいはずだ。

 俺は膝立ちになった彼女を正面から抱きしめる。


「うぇへへ〜。役得役得。フィルにこれをしてもらえるなら、定期的に呪われようかな。」

「あほ言ってんじゃねぇ。」


 しばらく浄化魔法で介抱する。

 横から葉音が聞こえた。瑠璃が追いついたのだろう。


『大丈夫かの?』

「何とかね。トウツ、やつは?」

「逃げたよ。この呪い、双方向みたい。」

「双方向?」

「あいつは呪いや怨嗟を自身の力に蓄えることが出来る。逆に放出も出来るみたい。僕にそれを押し付けた。」

「ということは、あいつも弱体化しているのか。」


 あいつの力の源は怨嗟、現世への執着、そして呪い。

 それをトウツに分けた。つまりは、分け与えた分だけ弱くなる。


「やっこさんも必死だったからね〜。当分は悪さ出来る元気はないと思うね。」

「……今回のクエストに、あいつの討伐は含まれてない。よしとするか。」

「そだねぇ。」


「——いつまで抱きついてるの?」

「あらあら。フィル、わたくしには?」

「フィル、不純異性交遊は早すぎる。」


 いつの間にか、フェリ、ファナ、シャティ先生に囲まれていた。


「いや、違うんですよ。」




 闇ギルド討伐クエストが、終わった。

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