第169話 vs闇ギルド7(雷撃戦)

「フィル、伏せる。」


 シャティさんの声に反応し、土の字になって地面に伏せた。

 頭の上を電気ショックが通過する。

 だがそれは、途中で同じ力に相殺されて掻き消えた。


「同じ魔法!?」


 俺はがばっと顔を上げる。

 そこにはフードを被った魔法使いの男がいた。


「雷野郎!どこ行ってたんだ!この冒険者共を始末しろ!」

 賞金首の男達が叫ぶ。


 雷野郎? ということは、エルフの森のワイバーンの巣を焼いたのはあいつか!

 怒りが全身からこみ上げてくる。

 立ち上がり、シャティさんの隣に移動する。


「フィル、私が学園の裏切り者と思った。」

「い、いや。思ってない。思ってないですよ!?」

「フィルは嘘が下手。」

「……すいません。」

「今度図書館の蔵書点検に付き合う。」

「了解しました。」


 目前の魔法使いの男が、手に雷魔法を形成する。


「シャティさん!」

「あれは私に任せて。」

 シャティさんの手元にも、同様の魔力が収束する。


「どうして!?」

「あの男、学園で私の研究成果を盗んだ。私たちがあの時アルシノラス村にいたのも、私のわがままであいつを追っていたから。許さない。私はこんなことのために雷魔法を体系化したんじゃない!」


 初めて叫ぶシャティさんを見た。

 目に怒りと憎しみが浮かんでいる。

 2人の雷魔法の使い手の魔力が上空に干渉し、晴れていた空が曇天に変わり始める。


「危なかったら援護します!」

「ありがとう。」


 俺は踵を返してトウツの元へ向かった。




 トウツ・イナバは驚いていた。

 祖国であるハポンには、自分の剣に追いつく人間はそれなりにいた。今の自分以上の剣客は、知っている人間では父親とハンゾー・コウガくらいだろうか。

この国でそれが出来るのは、ルークやロットン、近衛騎士隊長のイアンくらいだと思っていたのだ。

 それがまさか、元D級討伐対象の死霊騎士とは。


「面白いねぇ。面白い、面白い。」


 トウツは刀を振る速度をさらに加速させる。それでも当たり前の様に対応する死霊高位騎士。

 関節がゲームのバグのような挙動をして長剣が見たこともない角度から飛んでくる。それをトウツは刀で撫でるように受け流し、カウンターの袈裟斬りをする。鎧の甲で受け止め、流し、死霊高位騎士が蹴りを放つ。トウツはそれを脇に抱え、タックルして弾き飛ばす。

 転がる死霊高位騎士に、身をかがめて急接近し、居合を見舞う。地面に長剣を立て、魔力で強化し受け止められる。


「生前の剣技を思い出している? いや、それにしても動きがユニークに過ぎるねぇ。——なるほど、ブレンドしているのか。生前の剣技と、関節がない死霊騎士としての特性を。こいつはここで葬らないと不味いねぇ。いつかフィルを殺しそうだ。」

 トウツは身体強化ストレングスを更に強化した。




「フェリファンさん、何ですかあの怪物は。」

 ゾンビを光魔法で狙い撃ちしながら、キサラが言う。


 眼下には、大暴れしてゾンビをストンプし、倒立するねずみオモナゾベームの触手で敵を捕まえては千切る瑠璃がいる。


「うちの秘密兵器みたいなもの。」

「貴女のところのパーティー、秘密兵器が多すぎないかしら?」

「そうかな。そうかも。」

 対人能力が皆無のフェリは、適当に会話を流す。


「叩くなら今だ。黒豹師団のメンバーは下の援護に加わってくれ。」

 ソムが言う。


「ですが、ここには後衛しかいません!」

 黒豹の男が応える。


 その場には、後衛の護衛とゾンビの弱点を伝令に来た、計3人の黒豹族がいた。


「君らも仲間が殺されて怒り狂っているはずだ。行きな。」

 ソムが顎でしゃくる。


「——かたじけない!」

 黒豹たちが、一斉に丘の下に駆け下り始めた。


「いいってことよ。」

 ソムはそれを目の端で見ながら、ゾンビの頭を射抜いた。




「シッ!」

 俺は横合いから死霊高位騎士に斬りかかった。


 バックステップでかわされる。

 それに追いすがり、トウツが抜刀する。

 バツンと音がして、死霊高位騎士の腕のプレートが断ち切られる。

 普通の人間であれば、片腕をもっていかれた形になるが、やつに痛覚はない。何事もなかったかのようにやつは構えなおす。

 向こうから斬りかかってはこない。正対。近衛騎士の基礎に従順な構えでやつは静かにたたずむ。機会をうかがっているのだ。慎重な魔物であるということは、アルクさんから聞かされている。自分が不利だとわかっているのだろう。


「トウツ、あいつの剣。」

「フィルの友達が折ったんだっけ?」

「そう、そのはず。」

「何で、あるの?」

「知らん。新調したみたいだな。それにあれ、呪術魔法具カースドアイテムだ。」

「フェリちゃんのイヤリングと同じやつ?」

「そうだ。」

「デメリットがあるはずじゃないの?」

「死霊騎士は呪いをためこんだ魔物だからな。そのデメリットも魔物の特性で強化に回されている。」

「うっわ、ずっる。」

「あれに斬られたらやばい。」

「どうやばいの?」

「普通の人間なら、薄皮斬られただけで呪いに殺される。」

「……マジ?」

「トウツ。」

 俺は無言で紅斬丸を彼女へ向ける。


 トウツはすぐに意図を察したのか、紅斬り丸に自分の刀をカツンと当てる。

 俺の神聖武器強化セイクリッドストレングスが俺の刀からトウツの刀へと伝播する。これで呪いを直接断ち切ることが出来るはずだ。


「少し前まで魔力切れに悩まされてたフィルが、人に補助魔法使う余裕があるなんてね。」

「男子なんちゃらすれば刮目せよとか言うじゃん?」

「言えてないねぇ。」

「ギギギ!」


 間に飛び込むように死霊高位騎士が斬りかかってきた。

 俺とトウツは後退する。


「僕とフィルの刀えっちを邪魔するなんて、なってないなぁ。」

「刀えっちて何!?」

「いやだってか「言わせねぇよ!」せみたいなものじゃ、おっと。」

 斬りかかられたトウツがかわす。


 俺がすぐさまやつの足元を撫でるように斬りかかるが高速で側転しかわされる。


「神速・斬。」


 わずかにやつの反応が追い付くが、胸のプレートが斬られる。

 いける!トウツと俺ならこいつをあの世へ送ることが出来る!




「ブルーになるわね、本当。」

「何か言ったかしら。」

「いえ、何でもないわ。」

 キサラの言葉に、フェリは適当な返答をする。


 眼下にはゾンビ。そして、その中には明らかに自分の同胞たちがたくさん混じっているのだ。何も感じるなという方が難しい。

 考え事をしながらも、的確にゾンビや賞金首たちを爆撃していく。

 一瞬、フィオのことが心配になる。彼も、哀れな元同胞に対して思うところがあるはずだ。

 が、その肝心のフィオはトウツとどつき合いながら妙に強い死霊騎士と死合っている。状況は地獄のようなものなのに、あの2人だけ妙な緊張感のなさをもって戦っている。


「——だからわたしは、あの兎が嫌いなのよ。」

「……貴女たちのパーティーも、色々あるのね。」


 言葉のキャッチボールが出来ないであろうフェリに、キサラも独り言のように返した。




「久しぶり、トレッタ・クヴィスマン。ずっと貴方を探してた。」

「殺すために、だろう? シャティ・ダンナー。」

「違う。今はシャティ・オスカ。」

「おやおやおや。これは驚いた!魔法ジャンキーの貴女が結婚とは!」

 仰々しく驚いて見せるトレッタ。


 お互いに会話しつつも、雷魔法の形成は忘れない。

 トレッタは陰気に伸びた長い前髪をかき分け、覗き込むようにシャティを見る。


「正直、貴女に見つかったのは僥倖だ。お前が!お前が死ねばこの魔法を使えるのは現状俺一人なんだからなぁ!そうすればあのお方も、俺を重用してくださるはずだ!」

「下らない。いくら誇ろうが、それは貴方のオリジナルにはならない。」

「お前が!お前みたいな天才ばかりだと思うな!学園の連中だってそうだ!自分に才能があることが当たり前のような顔しやがって!俺が!俺が貴様の論文を理解するのにどれだけ膨大な時間を使ったかわかるか!?」

「当り前。馬鹿でも分かるように記述した。」

「死ね!雷鳴放電グロムドンナ!」

雷鳴放電グロムドンナ。」


 バチン、と両者の中心にある空間がはじける。近くにいるゾンビが余波ではじけ飛ぶ。

 押し負けた裏切り者のトレッタに電撃が直撃する。


「がっは!くそ!何故だ!同じ魔法だぞ!? 何故俺だけぇ!?」

「同じ魔法なら、地力の勝る方が有利。学園の競争から逃げた貴方が勝つ道理なんてない。」

「ふざけるな!ふざけるなぁ!」

「もう終わり。報いを受けて。貴方の顔は、見たくない。」


 シャティの上空に薄暗い雲が形成される。

 お互いが空に干渉して雷雲を作っていたが、いつの間にか全ての支配権はシャティが握っていた。フィルの魔法干渉を観察した経験と、マギサ・ストレガの助言から導き出した、シャティにしかできない気候支配である。


「ば、化け物。こんなことがあってたまるか。」

「残念だけど、私は化け物の序の口。」


 落雷がトレッタに直撃した。

 そこに残されたものは炭化した人間の骨格に、わずかな肉がこびりついているだけだった。


 裏切り者のトレッタ対、図書館秘書のシャティ。

 本物の雷魔法の使い手の勝利。

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