第151話 vsお化け屋敷

「おどろおどろしいな、こりゃあ。」


 その屋敷は朽ち果てていた。

 人が住んでいた気配の一切がなく、生活という人間の営みから完全に断絶された建造物であることが見て取れる。

 おそらく綺麗だったであろう白い壁は汚れで薄汚れていて見る影もない。植物の蔦が生い茂り、屋敷の壁に根を張っている。昔は客を出迎えていた荘厳な玄関も、柵は錆び、石は風化し、陰には苔がびっしりと生えてじめじめとしている。


「元々はちょっとしたポルターガイストが出る程度の、心霊スポットだったみたいね。この一年で急激に危険度が増して、あっという間にA級討伐指定された屋敷よ。C級冒険者が2組やられた時点で、ギルドはこのクエストをB級のクランもしくはA級のみ受注可としているわ。」

「例の、魔物の活性化か。」

「そうね。」

 フェリの説明に俺がうなずく。


「そして、祓魔師エクソシストがパーティーにいることも推奨。つまり、わたくしの出番というわけですわ。どの道、教会にお鉢が回ってくる案件でしたし、わたくしが対応することに変わりはなかったと思いますわ。」

「ファナ、お前、ちゃんと仕事はするのな。」

「勘違いされては困りますわ、フィオ。」

「おい、本名。」

「ここにはわたくし達のほかに誰もいませんことよ。」

 ファナがおどけた様子で舌を出す。


 無駄に舌の動きが艶めかしい。


「そうだけどさぁ。」

「ともかく、わたくしは神の使命のためにやむを得ない被害を出すことは、確かに多多ありますわ。」

「多多あるのかよ。」

「神の使命のためには些末なことですわ。」


 礼拝堂を全壊させることは些末なことなんだろうか。


「でも仕事はしますのよ。わたくしは勤勉ですの。」

「勤勉。」


 その露出狂みたいな恰好で勤勉は無理がある。


「それに、わたくしはやり甲斐を感じていますのよ?」

「何がだ?」

「貴方が目標としている敵ですわ。」

 ファナがかがんで俺の顔を覗き込む。


 魔王、それが俺の倒すべき敵。クレアの安寧を妨げる者。


「神はわたくしを愛して下さっていた。こんな素晴らしい伴侶と試練を与えて下さるなんて。」

「試練はともかく、伴侶は違うからな?」


 そこでようやく気付く。

 瑠璃はともかく、ここまで一度も言葉を発していない人物である。

 いつもであれば、ファナの伴侶発言を止めに入るはずだが。


「どうした? トウツ?」

「え? ううん、何でもないよ~?」

 にへら、とトウツが笑う。


 心なしか、笑顔がぎこちない。

 いつもは見られない彼女の変化に俺はいぶかしむ。


「どうした? 体調が悪いのか?」

「大丈夫だよ~。フィオは心配性だなぁ。」

「?」


 俺たちはゆっくりと屋敷へと近づいていく。


「フィオ、貴方の魔力視の魔眼マギ・ヴァデーレから見て、どうですの?」

 ファナが言う。


「2階東側の窓から見下ろしている死霊がいる。気持ち悪いな。目の奥が真っ暗で木のうろみたいだ。多分、単体でC級相当。玄関のドア過ぎたらすぐに接敵するな。待ち伏せされている。屋敷を覆っている蔦に黒い魔素が染みついてる。多分、アンデッド化してる。」

「素晴らしい目ですわ。祓魔師エクソシストのわたくしでもはっきりは見えないのに。」

「これは転生ボーナスみたいなものらしいから、多分俺だけだよ。」

「流石はわたくしの未来の伴侶ですわ。」

「その予定はないから安心せい。」

「では、子種だけでいいですわ。」

「生生しいから、その物言いは人前ではやめろよ?」

「陣形はどうするの?」

 フェリが会話に入ってくる。


 この会話を切りたかったのだろう。ナイス判断である。


「今回に限っては、俺が斥侯スカウトがいいだろうな。火力担当はファナだから、俺の後ろ。脇をトウツとフェリが固めてくれ。瑠璃は殿。いいか?」

「いいわ。」

『あいわかった。』

「…………。」

「トウツはいいか?」

「え?」

 トウツがはっとしてこちらを見る。


「お前が集中切らすのは珍しいな。ファナの脇を守ってくれ、頼む。」

「う、うん、わかった。りょ~か~い。」


 トウツが素直に位置につく。いつもはセクハラの一つでもうそぶいてから位置につくのだが、どうしたのだろうか。

 俺がお化け屋敷ホーンテッドマンションのドアに手をかけて、侵入する。後ろからぞろぞろとメンバーが入ってくる。


「お邪魔しま~す。」

「フィオ、そんな礼儀は霊に要りませんわ。」

「そうか?」


 日本人だから、無人の家に入るのに抵抗あるんだよな。つい挨拶してしまう。


「敵影は?」

「壁からくる。」

「シイイイイイアアアアアアアア!」


 俺がそう言った瞬間、壁の模様が人間の形に浮き出て俺たちを襲った。人型の数は3体。表情は見えないが、顔らしき部位は嘆きの表情をしていた。


「逝ってらっしゃいませ。重すぎる愛シュヴェアドゥアー。」


 ファナが黒光りする巨大な十字架を一閃する。3体のゴーストはあっけなく消し飛んだ。魂のような、魔力の塊が霧散する。色は黒から白へ。浄化された証だ。


「ファナ、ありがとう。」

「何故、お礼を言うんですの?」

「彼ら、喜んでたから。」

「……フィオにはそう見えるのですね。」

「ああ、それと……。」


 俺は自分の腰に抱き着いている人物を見る。


「お前はどうして抱き着いているんだ?」

「ふぇ?」


 「ふぇ?」って何だ。今までお前の口からそんな言葉、聞いたことなかったぞ、トウツ。


「ちゃんとファナの脇守らないと駄目じゃないか。」

「いや~、ファナちゃんは専門家だからねぇ。手伝いは必要ないかなって。」

「腰に抱き着かれたら、俺も動けないんだけど。」

「フィオを守ろうと思ってねぇ。」

「大丈夫だから、離れていいぞ?」

「いやいやまさか。フィオには僕が必要だろう?」

「トウツ……お前……。」

「ごめん、お願い助けて。腰が抜けた。」

「えぇ……。」


 まさかの弱点である。

 A級冒険者であり、タイマンでの格闘であれば都でも数えるくらいしか比肩するものがいない。

 そのトウツは幽霊が苦手なのだ。

 こいつの弱点がどこにあるのか、普段から瑠璃やフェリと一緒に探す画策はしていたのだ。ルビーに頼んで監視してもらったこともある。仲間の弱点探しや監視なんて、普通はあり得ないのだが、そこはトウツだから許してほしい。

 俺も必死なんだ。

 もっとも、最近は狂信者痴女とかいう監視対象が増えたわけだが。


 意外なところから弱点が露見し、喜びの先に驚きがきてしまった。そしてA級相当のクエスト中なので、この弱点は歓迎すべきものではない。非常に困る。今回はファナを中心に据えたクエストだが、純粋な戦力としてトウツが機能しなくなるシチュエーションがあるという事実はまずい。


「トウツ、お前、幽霊が苦手だったんだな。」

「いやいやまさか。僕に怖い物なんてないねぇ。あるとすればフィオの裸体くらい。」

「饅頭怖いの話してる場合じゃないだろ。一応ここ、敵地の腹の中だぞ?」

「こういう時こそ余裕が必要で、無駄な会話は必要さ。」

「抜けた腰が戻るための時間がか?」

「そうともいう。」

「それでも戦わないといけないだろ。お前はうちの前衛の要なんだぞ?」

「いや僕はね、光魔法の適正が全くないのさ。どう戦えっていうのさ。斬れないんだよ? どんなに硬い物でも、形があるならば僕は何だって斬ってみせるさ。たとえそれがアダマンタイトだろうがヒヒイロカネだろうがオリハルコンだろうがね。でも駄目だね~。幽霊だけは無理。幽霊は駄目。だってあいつら実体がないじゃん。形がないものは斬れないんだよ? 知ってた? 僕はあいつらと戦う術がないのさ。あ~あ、フィオはいいなぁ。光魔法の適性があるからさ。マギサおばあちゃんもそうだけど、複属性の魔法使いはずるいよ。ずるい。フィオは僕の何に期待して遊撃の配置にしたんだい? 皆目見当がつかないね~。」


 めちゃ喋るやん。

 普段ゆっくり話すトウツがこれだけまくしたてるのは、余裕のなさの表れか。


「話になりませんわね、この兎さん。今日はわたくしが全て露払いいたしますわ。貴女はそこで座って指をしゃぶって見てなさいな。」

「なにをぅ……あっ。」


 トウツが立ち上がろうとして失敗する。でも俺の腰は絶対離さない。とてつもない執念を感じる。


「取り敢えず、ポルターガイストの攻撃があったら迎撃してくれよ。あれはある意味実体があるだろう?」

「でも操っているのはゴーストだ!」

「お前もしかして、俺が死霊騎士のクエスト受注した時についてこなかったの、ゴーストタイプの魔物だからか?」

「ふぇへへ。」

 変な声を出して、赤い視線が宙を泳ぐ。


「フィオ、陣形を変えましょう。ファナを中心に、私と瑠璃が脇を固めるわ。貴方はそこの大きな赤ちゃんのお守りをしてあげて。今回ばかりはそこの兎を哀れに思うわ。」

 フェリが言う。


「なにおう。」

 そうトウツが言い返すが、言葉に覇気がない。


 壁が一瞬、ノイズのようにうごめいた。

 それを見たトウツが「ひぅ!」と変な声を出して万力のような力で俺の腰をしめる。

 ああ!胸が!胸が腰に!フィールイズグッド!イエア!


「まぁ、このクエストはファナが全部してくれるから、お前は見ておけよ。お化けに慣れようぜ?」

「いいや、この女は信用できないねぇ。実力もどうだか。」


 この期に及んで何でそんな強気に出られるの?


 情けなさ過ぎて笑えてくるわ。

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