第152話 vsお化け屋敷2

 俺たちは黙々とお化け屋敷の中を練り歩いた。


 ファナが先頭を歩き、その脇をフェリと瑠璃が行く。後衛専門のファナが先頭集団を歩く異常事態である。彼女が殴り回復役ヒーラーでよかった。

 俺はその少し後ろを、トウツを背負って歩いている。俺の体に対してトウツが大きいので、エベレスト登山に使われるような大容量バックパックのように彼女を背負う。

 腰が抜けているはずなのに、俺の腰にがっちり足をホールドしているのが腹立つ。頭の上に大きな双丘が乗っているのは、何というか、まぁ、その、ありがとうございます。


「ちょっと待ってファナちゃん、その扉開けるの?」

「もちろん開けますわよ?」

「やめとこうよ。絶対いいことないって。」

「何を言っているんですの、この兎は。」


 ファナが蜘蛛の巣を払ってドアノブに手をかける。


「ちょっと待とう。絶対罠だってこれ。僕にはわかるんだ。ドアを開けたら死角からとびかかってくるやつだよこれ。僕にはわかる。絶対やばいやつだって。だからやめようよ。」

「それを倒しにきたのでしょう?」

「大丈夫だって、今すぐ帰ろう? 他のA級にこのクエスト任せよう?」

「生憎、A級は誰もかれもが今は忙しいですわ。」

「何言ってるのさ。みんな特需だって喜んでるよ。僕らがこのクエストを譲ったら、彼ら絶対喜ぶよ。僕は確信してるね。黒猫師団にでも渡そう?」

「黒豹な。」

 思わず突っ込みをいれる。


 黒猫師団ってなんやねん。そんな集団いるなら俺は今すぐそのパーティーに入るぞお前。


「あきれましたわ。怖いのなら、さっさと清めて早めに終わらせますわよ。」

 ファナがドアノブをひねる。


「ストップ。」

 俺の背中の上でトウツが抜刀する。


「きゃあ!」

 慌ててファナがドアノブから手を離す。


 ゴトンと、鈍い音が床から聞こえる。切断されたドアノブが落ちたのだ。


「いきなり何しますの!」

「違うんだ。僕はみんなを守るためにしたんだ。そのドアの先に進んだら、死ぬ!」

 くわっと、赤い瞳が開く。


「死にませんわ!わたくしは専門家ですのよ!?」

「いいや死ぬね!」

「わたくしに任せて下さいまし!」

新人フレッシュに任せることはないね!」


 ファナが十字架をガトリング砲のように構える。トウツも俺の上で刀を上段に構える。いや、俺を間に挟んでおっぱじめないでほしいんだけど。


「もう面倒ね。瑠璃、シェルター。」

「わん。」

 フェリと瑠璃が2人を無視して動く。


 フェリが亜空間グローブから粘土状の塊を取り出し、ドアに引っ付ける。粘着性のある爆弾だ。すると瑠璃が俺たちとドアの間にアーマーベアの鎧盾を形成する。

 発破。

 ドアが一瞬で消し飛び、爆風が俺たちを襲う。

 あっけにとられてそれを見る俺たち。


「難しいこと考えずに、最初から全部燃やせばよかったのよ。」

「いや、それじゃあ幽霊が成仏せぇへんやん。」


 それで解決するなら最初からフェリに屋敷ごと爆破させている。


「大丈夫? フェリちゃん、全部倒した? 幽霊全部いなくなった?」


 トウツ、語彙がちょっと幼くなってるぞ。

 消し飛んだドアがあった空間を俺たちは見つめる。

 すると、そこから白い影のゴーストたちが一斉に這い出てきた。大量の白い影が床を這いまわる姿は、昔テレビで見たしらすの踊り食いを思い出させる。


「vへあるおgへすg;sg!」

 俺の上でトウツがパニックを起こして刀を振り回す。


 いつもは芸術のような太刀筋だが、今は幼児が棒を振り回しているようにしか見えない。ただし、剣速は神速である。


「危ないわね、この阿呆兎から距離をとるわよ。」

「わかりましたわ。」

「わん。」

「ちょっと待って。俺を置いていかないで。」


 上でトウツが暴れるたびに、鎌鼬が起き、壁に傷が作られていく。ホラーな内装がどんどんスクラップされていく。


「もう面倒だ。トウツ、そのまま振り回して。神聖武器強化セイクリッドストレングス。」


 トウツの刀に光魔法の効果を付与する。これでトウツも幽霊を斬れるはずだ。

 床でびちびちと這いまわる幽霊たちが次々と切り刻まれていく。パニックを起こしていても一流の剣士。的確に幽霊を捉えている。体に染みついた習慣ってすごいな。


「フィオ、そんなこと出来ますの? 教会にもそれが出来る人間はいませんわ。」

「マジ?」

「自分で浄化できるのに人に浄化させるという発想が、まずわたくしたちにはありませんの。」

「師匠がこんなん普通と言ってたんだけど。」

「かのマギサ・ストレガを標準にしてはいけませんことよ。」

「それはそうと、浄化できるファナとフィオを二手に分けた方が効率良さそうね。」

「え。」

「そういうわけで、私と瑠璃はファナについていくわ。」

「待って。」

『そこの兎を頼む、わが友。』

「置いてかないで。」


 半狂乱の兎と一緒にしないでほしい。特にフェリ、お前俺とトウツが二人っきりになるのいつも阻止してたやん。何で今になって二人っきりにするの?


放射する愛ラジエイトラヴリー。」


 ファナが十字架から炎を噴射しながら歩きだす。ただの炎ではない。聖火だ。ゴースト種の魔物は、よっぽど強力なやつでなければその炎に触れただけで消し飛ぶ。

 幽霊たちが断末魔をあげながらその姿を消していく。

 そのファナの後ろをフェリが歩きながら、ドアを爆破していく。爆発に驚いて部屋から飛び出した幽霊たちは、なすすべなく聖なる炎に焼かれていく。

 おかしい。俺が想像していたゴーストバスターと毛色が違いすぎる。もうちょっとこう、魂の救済というか、静謐なサムシングを期待していたんだけど。


「ひぐ、ふぅう。フィオぉ、フィオぉ、幽霊いなくなった? もういない? もういない?」


 背中に乗った大きな女児が泣きじゃくる。

 お前……明日からどんな顔して会話すればいいかわかんなくなってきたぞ。

 というか目つぶってるじゃねぇか!何も見ずに斬ってたのかよ!


「幽霊はいなくなったけど、フェリたちもいなくなったぞ。」

「フィオぉ、フィオは離れないでねフィオぉ。」

「もうどうすればいいんだこれ……。」


 学園の外でお守りをするつもりなんて、なかったんだけどなぁ。

 俺は次の部屋に入ろうと、ドアノブに手をかける。


「フィオ、やめよう? やめよう? 怖いよ? 入ったら絶対怖い思いするよぅ。」

「よしよ~し、トウツ。いい子だね。これはクエストだ。完遂しないとこの屋敷からは出られないんだ。トウツはここから出たいよな?」

「出た“い”。」

「じゃあ我慢しような。」

「やっぱ無理。何でもするからここで皆を待とう? 聖女だから何とかするでしょう?」

「お前さっき新人フレッシュは出しゃばるな言うてたやんけ。」


 あと、女の子が軽々しく何でもとか言うものじゃありません。


「でも、ここで待ってても幽霊は向こうから来るぞ?」

「ひぅ。」

「そうこうしてる内に日も落ちるかもしれない。」

「ふぇ?」

「夜になったら、もっと連中は活発になるんだろうなぁ。」

「は、はやくフィオ!はやくゆうれいさんたおして!」


 どんどん呂律回らなくなるのな、お前な。

 ドアを開け、部屋の中に入る。西洋人形がずらりと並んでいた。


「フィオ、戻ろう。」

「俺もそうした方がいいと思う。」


 振り向くと、ドアがバタンと閉まった。


「なぅrfghんzんヴぉ;!」

「落ち着けトウツ!美人が出したらいけない音が出てる!」


 狂乱状態に陥ったトウツがドシンと床に尻餅をつく。


「離さないでよフィオ!」

「お前が勝手に落ちたんだろ!?」

「キャハハハハ!」

「何がおかしいんだよ!」

「僕、笑ってない……。」

「は?」


 恐る恐る、二人で西洋人形たちの方を見る。西洋人形たちの口がカタカタと音を立てて、パクパクと口を開閉する。


「「キャハハ!」キャハ「キャハハハハハ!」「「キャハハ」」「キャハハ」」」


 部屋の中が人形たちの笑い声でハウリングして埋め尽くされていく。幾つかの人形の首がぐりぐりと回転しだす。


「ぎゃあああああ!」

 トウツが俺を羽交い絞めする。


 腕ごとロックされて俺が動けなくなる。


「ちょ!? トウツ!腕!腕離して!動けないんだけど!?」

「やぁあー!見捨てないでフィオ~!」

「見捨てないから!見捨てないからその手を離さんか!」

「離したら僕を置いて逃げる気だろう!?」

「そんなわけないだろ!?」


 グルグル回転していた人形たちの首が一斉に静止した。全ての目線が俺たちにロックされている。人形たちの髪の毛が一斉にうぞぞぞぞと伸びだし、床を這い、俺たちの方へ伸びてくる。


「いやああああああああああ!」

「やめろぉ!俺が死ぬぅ!」


 万力のような力でトウツが俺を締め上げる。背後からのベアハッグ。兎なのにベアハッグ。

 俺は慌てて身体強化ストレングスをかける。

 そうこうしてるうちに髪の毛が目前まで迫っていた。


「いやああああああああ!」

「トウツ、離して!離さんか!離せぇ!」

「嫌だぁ!一人で死にたくない!一人で幽霊になりたくない!あいつらの仲間になんかならない!死のうフィオ!? 一緒に死のう!?」

「こんな阿呆な死に方してたまるかー!」


 唱えた魔法は、いつかのアースドラゴン輝石種が使った魔法。


 即ち、自爆魔法である。

 使うことはないだろうと思いつつも、念のために体得していた魔法。

 おかしい。使うとしたらもっとシリアスな場面だと思っていたのに。


 白い光に包まれて、部屋が爆散した。

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