第153話 vsお化け屋敷3

「酷い目にあった……。」


 俺はお化け屋敷ホーンテッドマンションの中を這う這うの体で歩いていた。腰にトウツという重りをつけて。


 俺が進むたびに体が床に引きずられるが、もはや二人ともそれを気に留める余裕はない。トウツはもはや、周囲を見たくないらしい。さめざめと泣きながら俺の腰を濡らしている。

 やつらは定期的に、俺の灯魔法を消しにかかる。目の前が暗転するたびにトウツは半狂乱になり、部屋や壁を破壊する。

 壁に目玉が浮き出る、天井に血の染みがにじむ、ラップ音や笑い声がどこかから聞こえる、廊下の奥から人影が近づく。

 その度にトウツは俺を掴んで音を置き去りにして全力疾走する。そして曲がり角に対応できずに俺ごと衝突し、人型の壁画を作る。

 俺が祓った幽霊の数は30を越える。かなり出来た方だと思う。この兎型文鎮を腰に括り付けてこれだけ出来ればもう、十分だと思うのだ。


 何度もの爆発を経て、自慢の黒髪はボンバーヘッドになっている。

イリスたちに駄目押しされて以降、ちゃんと手入れしていたのに。

 早くアルが待つ寮に帰って、クレアから貰った櫛で髪をときたい。


「あら、フィオ。やっと合流できたわね。こっちはほとんど除霊したわよ?」


 曲がり角を曲がったところにフェリがいた。声が聞こえた瞬間、腰に巻き付いた腕に力が入り、胃の中をリバースしそうになる。

 お前、俺じゃなければ身体強化が追い付かなくて肋骨が粉砕してるぞ?


「ぐぇ。ほとんど終わったのか? 助かる。帰りたい。早くしよう。ハリーハリーハリー。」

「その様子だと、二手に分かれて正解ね。」

「ああ、そうだな。俺が苦労する以外は正解だな?」

「フィオがその兎さんを引き連れてくれたおかげで、助かりましたわ。」

 ファナが言う。


 まるでトウツが敵で、俺がタンクとしてヘイト管理していたかのような言い草である。


「後はどうすれば任務完遂だ?」

「屋敷全体を破壊してしまえばお終いですわ。除霊せずに屋敷だけ壊したら、都中にゴーストが飛び散ることになっていましたの。粗方除霊し終えたので、もう更地にしてしまって構いません事よ。」

「なるほど。じゃあ、フェリの出番だな。」

「え♡丸ごと壊していいの♡」

「あぁ、思う存分してくれ。」

「そうと決まれば、早く外に出ないといけないわねっ。急がなきゃ!」


 フェリがスキップして先行する。


「わたくし、このパーティーが何となくわかってきましたわ。」

「馴染めそうか?」

「馴染めるかはともかく、飽きはしなさそうですの。」

「そうかい。そりゃよかった。」


 そう言って、俺たちはフェリを追いかけた。


「オオオオオオオオオン!」


 残響音が聞こえた。屋敷の地の底から響くような重低音。それはまるで、この建物が一個の生命であるかのような叫び声だった。


「わたくしたちが何をしようとしているのか、気づいたようですわね。」

「早く済ませよう。兎のお守りはもうたくさんだ。」


 走りだすと、景色が歪んだ。廊下の長さが明らかに伸びている。


「幻覚、ですの?」

 隣で走りながらファナが言う。


「ああ、幻覚だ。大丈夫。俺のエルフ耳が音の反射で正しい位置をはかれている。瑠璃の鼻もある。迷うことはない。師匠の迷宮魔法に比べれば児戯だな。」

「やはりストレガは異常ですわね。」

「俺もそう思う。」

「貴方もストレガですわ。」

「まだひよっこだよ。」


 都で色んな人に会ったが、未だにあの婆さんを超える人間を見たことがない。将来性でいえば、アルの小指が引っかかるくらいか。

 ファナが俺の真後ろにぴたりとついて走る。暴君かと思いきや、けっこう素直に言うことを聞いてくれるものである。


「ちゃんと言うこと聞くのな。」

「当り前ですわ。フィオが魔の敵である限り、わたくしは貴方の言うことを聞きますわ。」

「俺が魔になったら?」

「消しますわ。」

「おお、怖い。次、右折な。」


 走っていると、フェリに追いついた。


「む、フィオ、ファナか。」

「瑠璃もいるぞ、あとついでにトウツ。」

「わん。」

「…………。」


 トウツが喋らない。え、大丈夫これ。生きてる?


「フェリ、師匠ほどの域じゃないけど迷宮魔法だ。俺が先行する。」

「わかったわ。」


 角を曲がると、一直線の廊下が無限に長く続いている。


「十二歩走って左折!」


 俺の歩みに他の3人が合わせる。トウツは物言わぬ腰布と化している。

 左に曲がると、壁に衝突せずにそのまま体がめり込む。めり込んだ先には真っ白な広い空間があった。


「3時の方角12メートル先に階段。」


 見えない階段を降りると、今度は廊下が風に揺れる干された洗濯物のようにうねっていた。


「目に惑わされるな。この廊下はちゃんと平らだ。」


 幻覚に惑わされず、出口へと一直線に進んでいく。

 空気の流れで、出口が近いことがわかる。

 大量のゴーストが壁から飛び出てくるが、ファナがあっという間に十字架で浄化してしまう。


「大したことないな!幽霊君!でも出ないでくれると助かるかな!腰がそろそろベアハッグで砕かれそう!」


 扉をけ破って、全員で外に飛び出す。屋敷を出ると外はまだ真昼間で、光量に目が追い付かずくらくらする。


「フェリ!」

「爆弾を錬成するわ。少し待って。」


 フェリが亜空間グローブから材料を吐き出す。


「グオオオオオオ!」


 屋敷が音を立てて形を変え始めた。玄関が顔になり、人魂ひとだまが怪しく燃えて目玉の代わりになる。地下から基礎がむき出しになり、柱が束ねられて足や腕になる。あっという間に、お化け屋敷ホーンテッドマンションは人型の変形ロボットになった。


「か、かっこいいいいいいいいいいいいいい!」

 俺が絶叫する。


「かっこいい、ですの? あれが?」

「いやファナ!かっこいいやん!何あれ!かっけえ!うわ、もう、かっこいい!」

『本当の8歳児みたいじゃの。』

「何言ってんだ瑠璃!変身はロマンだろ!かっこよくない!? あれかっこよくない!?」

 俺は夢中になってお化け屋敷を指さす。


「——れる。」

「え?」

 腰元から声が聞こえた。


「あれは、建物。だから、斬れる。斬れる。実体がある。きれる、キレる。きれル。」

 ぶつぶつと怪しい独り言をしながらトウツが抜刀する。


「あ、ちょ、待てトウツ!あれテイムさせて!俺あれ欲しい!時間をくれ!テイムさせて!」

「斬るー!斬る斬る斬る!」


 トウツが上段に構えた刀を振り下ろす。風魔法が瞬時に発動し、巨大な斬撃破が生じる。巨大樹ほどの大きさになっていたお化け屋敷ロボットは、縦に真っ二つにされてしまった。


「あぁ、俺のロボットがぁ。お家にもって帰って変形させて遊ぶ予定だったのに……。」

『あれは寮に持ち帰れんじゃろうに。』

「念のために木っ端みじんにするわね。魔法化合マギコンビネーション。」


 真っ二つにされたお化け屋敷が爆散される。燃え盛りながらズシン、と重い音を立てて倒れ伏す。


「あぁあぁあぁ♡いい音♡」

 フェリが自分の頬を両手で覆いながら、恍惚とした表情をする。


「あぁ、あぁ、俺のロボット……。変身ロボットが……。」


 契約魔法のために練っていた白い魔力が霧散していく。


『わが友。あれが弟分になるのは、わしは嫌じゃぞ。』

「何でだよぅ、変身できる弟できたら嬉しいだろ!?」

『変身ならわしもできるが。』

「ジャンルが違うの!」

「フィオ、フィオ。」

「何だよトウツ!」




「今晩は一人にしないで。一緒に寝よう?」

 涙目になったトウツが俺を見上げてきた。




「え、あ、うん。」


 その後、思わず頷いた俺をフェリとファナが全力で説得する形と相成った。結論としては、今晩は全員で川の字で寝ることになった。


 A級クエストお化け屋敷ホーンテッドマンション、完遂。

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