第154話 ヘイ、スミス

「で、こいつが例の新種の魔物の尻尾ってやつかい。」


 そう言って倒立するねずみオモナゾベームの尻尾を鷲掴みしたのは、都一番の鍛冶師であるシュミットさんだ。相変わらず筋骨隆々で顔のアスペクト比が横に広い。


「はい。正直もう受けたくないクエストですね。触手で物凄い速度で迫ってくるねずみの大群なんて、勘弁です。」


 とは言っても、新種でかつ俺たちがほとんど狩りつくしたのだ。もう出てこないはず。出てこないよね?


「だがよう、これはいい素材になるぜ。魔力の収束がしやすい。世界樹の流木と合わせりゃ、最高の武器になる。後ろの姉ちゃんは手伝ってくれるか?」

 そう言って、シュミットさんがフェリを見る。


 話しかけられる準備が出来ていなかったのか、フェリが「は、ひゃい!?」と謎の返事をする。フェリは俺が外に連れ出さない限り、基本は宿に引きこもっている。人と話さない環境が続くと忘れるよね、会話の仕方。


「坊主も一緒にやるか?」

「はい、手伝えることもあるかと思います。」

「専門でもないのに大きく出るなぁ、坊主。」

「師匠にも、金魔法は一番頭を使う魔法だからやっておけと言われてましたので。」

「違えねえ!」

 ガハハハッとシュミットさんが笑う。


「それにしても、姉ちゃんが増えてねぇか?」

「どうも~。」

「御機嫌よう、ですわ。」

 店内の武器を眺めていたトウツとファナが答える。


 2人はフェリと違い、シュミットさんとは初対面だ。


 ちなみに俺以外の全員、顔に隈がある。

 何でも昨日は眠れなかったとか。お化けが怖かったトウツはともかく、ファナとフェリまで眠そうにしているのは何故だろう。

 皆目見当もつかない。


「そっちのハポンの姉ちゃんはその刀を見せな。坊主のパーティーメンバーだ。まけてやる。」

「ほんと~? おじさんありがとう。」

 欠伸しながらトウツが応える。


「そっちのお前さんは、ファナ・ジレットだな。お前。俺の工房を壊すなよ?」

「おじ様が敬虔なる神の信徒である限り、わたくしが暴力に訴えることはありませんわ。」

「は、どうだか。知り合いの大工はお前のおかげで仕事が多いって言ってるから何もいわねぇけどよ。ちなみに、お前さんの武器は見れないぜ? 教会の特殊武器ユニークウェポンは流石の俺でもいじれねぇ。」

「もしおじ様がいじれたら、教会の名折れですわ。」

「そりゃそうだ!」

 シュミットさんが笑う。


「あんた、世話話が多すぎるよ。さっさと仕事しな。」

「おう、すまんすまん。」


 工房の奥から女性が出てきた。髪やひげを伸ばし、編み込んでいるので見た目だけでは女性と分かりづらい。だが、声は明るいので女性なのだとわかる。シュミットさんの嫁さんだ。


「ごめんなさいね? 私はこいつの嫁のジランナよ。こいつは作ることに関しては都一番だけども、接客はワーストなのさ。ほら、ここに座りな。」

「うるせぇ!鍛冶師は作品で語るものよ!」

「もうちょっと経営できるようになってから言いな、あほんだら!私が経営してなかったらあんたは都一番どころかとっくの昔に無名のままおっんじまってたんだからね!」

「う、すまん。」


 ドワーフは嫁の尻に敷かれる法則でもあるのだろうか。アルシノラス村のギルドマスター、ゴンザさんのことを思い出しつつ、座る。


「わたくしに手伝えることはなさそうですわね。クエストを受けに行きますわ。魔を一匹でも多く祓わなければ。」

「僕も行こうかな~。瑠璃もこっち来るかい? いい加減、フィル以外とも連携しよ~?」

「……わん。」


 おお、瑠璃が少しずつ俺やアル以外にも心を開いている。少し感動する。


「じゃ、シュミットおじさん、これよろしくね~。」


 トウツが刀を渡す。そのあと、体中から手裏剣やクナイなどを、ボトボトと落として渡す。


「おめぇ、その装束は亜空間か。すげぇ加工だな。」

「でしょ~。」

「この刀もすげぇ。切れ味と強度は俺の最高傑作に引けを取らない。いや、悔しいが俺以上だな。鍛冶師の名前は何だ。」

「知らないねぇ。父親に適当に手渡されたものだから。」

「おま、これ!適当に貰えるもんじゃねぇぞ!」

「知らないものは知らないからねぇ。じゃ、フィル、フェリちゃん、いってきま~す。」

「行ってきますわ。」


 2人と瑠璃が外に繰り出していく。


「おい、坊主。」

 物凄い目力で、シュミットさんがぐるりと振り向いて俺を見る。


「この刀を超える作品を作るぞ。手伝え。そこの姉ちゃんもだ。」


 シュミットさんの迫力に気おされ、俺とフェリは生唾を飲んで頷いた。


「その尻尾は頑丈な芯だけを素材として使う。魔力収束の器官を潰さないように加工してくれ。」

「こっちは俺が熱圧着した方がいい。俺がやる。こっちは姉ちゃんの金魔法がいいだろうな。よろしく頼む。」

「その工具を取ってくれ。違う!その隣だ!赤いやつだよ!亜種のアースドラゴンの鱗を加工するにはそいつが一番なんだよ!」

「慎重に削るんだぞ!失敗は許されないからな!誤差一ミリも許さんぞ!世界樹の流木は代えがきかない素材なんだからな!ストックも無ぇ!」

「火力が欲しい!火魔法!」

「お前ら2人で5つ以上の魔法使って加工できるのかよ!もっと早くそれを言えよ!工程2つくらいスキップ出来たじゃねぇか!」

「俺に身体強化ストレングスかけろ坊主!違う!もっと繊細にかけんか!素材が砕けるだろうが!」


 作業が終わるころにはもう日が傾いており、フェリと共にげっそりした顔をしていた。ジランナさんの「待った」がなければ、おそらく日が落ちるまでさせられていただろう。

いや、あのシュミットさんの顔を俺は知っている。食事や睡眠よりも、今あるモチベーションを大事にする人間の顔だ。もしかしたら、明日の朝までさせられていたかもしれない。

 帰る時に「来週また来い!姉ちゃんは明日もな!」と叫んで送り出された。


 フェリ、そんな顔で俺を見ないでくれ。そんな顔で見られても俺には何もできない。

平日は学園に登校しなければならないんだ。これは義務なんだよ。義務。だから仕様がないのだ。


あぁ、残念だなぁ!

フェリとシュミットさんのお手伝い、したかったんだけどなぁ!

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