第155話 フィオ、9歳

「はい、ではまた明日。気を付けて帰ってくださいね!」


 リラ先生の帰りの挨拶に、子どもたちが元気よく返事を返して帰っていく。

 魔法を使い慣れた子どもたちの中には、身体を強化して2階の窓から飛び降りて帰る者もいる。


 初めて上級生たちがそれをしているのを見かけたときはびっくりしてリラ先生に尋ねたが、学校公認らしい。戦場に行けば城壁から飛び降りることもあるかもしれないから、今のうちに慣れておけということらしい。

 異世界は相も変わらずクレイジーだ。

 ちなみにアルは最近、魔法なしで飛び降りている。ロスが魔法で飛び降り始めた辺りで、寂しくなりトライしたらしい。

 何だお前、びっくり人間かよ。


 ちなみにリラ先生は産休から戻ってきたばかりである。胸元にはリラ・ミザールというネームプレートの隣にウェディングネックレスが光っている。

 生徒の人気者の上、公爵婦人である。リラ先生に逆らう子どもを俺は見たことがない。

 その人気者のリラ先生が変わらず担任でいてくれるというのは嬉しいことである。担任としてリラ先生が戻ってきたときは、アルたちと一緒に小躍りしたものである。

 グラン公は働くリラ先生がお好きなようだ。

 だから彼女が産後に再び学園に戻ることを希望した時、あっさり許可したらしい。公爵家としてはそれでいいのだろうか。何でも、週末に彼女から子どもたちの話を聞くひと時が好きなのだとか。

 そういった惚気話を、リラ先生は時々俺とアルにしてくれるのだ。幸せそうに話すリラ先生。それを幸せそうに見るアル。そのアルを俺が幸せそうに見る。何だ、学園って楽園の間違いじゃないのか?


 俺は9歳になった。初等部3年生である。


 身長はクラスで断トツのビリ。

 クラスの子どもたちは、1年生の時は俺を兄貴分ポジションとして扱っていたくせに、最近は俺の頭をなでるのがブームになっている。

 おのれ、解せぬ。ガキ扱いしおって。特に女の子たちだ。おこったかんな!ゆるさないかんな!


「よ、フィル。今日も闘技場行くか~?」

 ロスが話しかけてきた。


「そうだな、行こうか。今日は確か、ロッソも来るはず。」

「ロッソの兄ちゃんか!あの人中等部の勉強も教えてくれるから助かるんだよな!」

「僕も行く!」

「私も。」

「あたしも!」


 アル、クレア、イリスもついてくる。

 みんなで窓を飛び降りる。俺とクレアは風を操ってふわりと舞い降りる。俺は大の字でうつ伏せにいつも降りる。スパイ映画ではこのポーズで地面すれすれで静止する場面たくさんあるだろう? あれをするのが夢だったんだ。イリスには馬鹿にされたけど。でもロマンって大事だと思うんだ。前世では忘れてたけど。


 クレアは横すわりの姿勢でふわりと降りる。スカートの中が見えないように、だ。女子はみんな、いかに上品に降りるかを競っている感じがある。もちろん、一番上品に降りているのはマイエンジェルシスターに間違いないのだが。


 ロスは火魔法で逆噴射しながらド派手に降りている。最高に燃費が悪いが、最高にかっこいい降り方である。俺はロスのこういうところが好きだ。

 イリスは水魔法で直方体の階段を空中に作り、それを凍結させて降りる。氷魔法に関しては、俺が教えたらあっという間に体得したのだ。ほんと天才だな、この娘。ちなみに教えたその日に宮殿に呼ばれてエイブリー姫に論文を徹夜で書かされた。おのれ、許さん。職権乱用ブルジョアジーめ。

 アルは窓からムーンサルトをしてパルクール選手みたいに滑らかに後転しながら着地していた。地面は石畳のはずなのに、何で足首が痛まないんだろう。アルだけ何か生き物としての構造が違う気がする。


 みんなでのんびり歩いて第3闘技場へ行く。


 ロッソは今年、中等部3年生だ。こと戦闘に関しては、中等部で五指に入るほどの実力者だ。ロッソよりも成績のいい者は全員、初等部から在学している。つまり、ロッソは3年で他の人間が9年で積みあげたものに追いつき、追い越しているのである。

 それは彼の才能と、ルーグさんという師匠の2つの要因があるのだろう。


 そのロッソが、時間を見つけて週に一度ほど俺たちの相手をしてくれている。ただのお守りをしているわけではない。彼は今も俺に負け越している。というよりも、俺に一度も勝てていない。中等部の人たちはその事実を快く思っていないようだ。そのおかげで、ロッソ以外の成績優良者の生徒からは決闘を却下されている。


「だってフィルと戦ったら中等部みんな負けるぜ? 面子を保とうと必死なのさ。」

 とはロッソの言葉である。


 そんなことをしているものだから、ロッソは貴族組から完全に距離をとられているらしい。そりゃ、自分たちの面子を熱心に潰しているやつと仲良くなるやつは少ないだろう。ただ、平民出身の女子から大人気なようだ。

 ずるいぞ。俺はマスコット扱いなのに。


 闘技場についた。


「今日はどうする?」

「ロッソが来るのはしばらく先かな。中等部は授業が俺たちよりも多いし。」

「あたし、今日はクレアと一緒に練習する。クレアもそれでいい?」

「ええ、いいわ。イリス、光魔法見てほしいんだけど。」

「構わないわ。代わりにあたしの氷魔法見てね。」

「フィルに教えられてから、それにすっかりはまってるわね。」

「ち、違うわよ!」

「俺たちはどうする?」

「フィル、お前、今の女子の会話スルーするのかよ。」

 ロスが顔をしかめる。


 何故だ。ホワイ。


「僕は、ロッソお兄さんと決闘する。」


 その場の全員が、思わずアルを凝視した。


「え、本当かよ!大丈夫か?」

「勝算はあるの?」

「というか、魔力コントロールは大丈夫なのあんた?」

「大丈夫。フィルとたくさん、練習したから。」


 アルが俺の方を見る。俺は黙ってうなずく。アルの努力を一番知っているのは俺だ。あの膨大な量の魔力をコントロールすることが、いかに難しいか。魔力を直接見ることが出来る俺だからこそ、よくわかる。

 気分は巣立ちを決心したひな鳥を見送る親鳥だ。物理的には、今や俺が見下ろされる側だけども。


「へ~。俺も今日、挑戦することがあるんだ。」

 ロスも言う。


「へぇ、何だよ。」

「フィル、お前と戦う。」


 俺は思わず、目を丸くしてロスを見る。

ロスが挑戦的な目つきで見返してくる。目が一瞬、ぐりんと回転しているように見えた。瞬膜が動いたのだろう。ロスは竜人族だ。普人族よりも闘争心の高い種族。気持ちが昂っているのだろう。


「……強くなってから俺と戦うんじゃなかったのか?」

「ロッソの兄ちゃん見てわかったんだよ。強くなってから戦おうなんて、遅すぎる。無駄に時間が過ぎていくだけだ。アルも今日はチャレンジするみたいだし、丁度いいだろ?」


 ロスとアルが目配せする。

 こいつら、示し合わせていたな。


「いいね。言うからには何か手があるんだろう?」

「ああ、いいのを一発食らわしてやるよ。」

「楽しみだ。」


 俺たちは第3闘技場についた。

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