第156話 学園生活22(vsロス)
「お前ら、俺を便利に使いすぎじゃね?」
ため息まじりにそう言ったのは、ロスの臣下兼護衛であり、マギ・アーツ担当教師のショー・ピトー先生だ。短い髪をガシガシとかきながら面倒くさそうに闘技場の中央に立っている。
「いやぁ~、先生ほんと助かります。よっ!大将!」
「阿呆。」
調子よくおだてるロッソがピトー先生にはたかれる。
俺の世界では、これは体罰にあたるのだろうが、この世界ではこのくらいは可愛がりの範疇のようだ。というよりも、力づくで抑えられる実力を見せなければ、この学園の生徒は中々どうして、言うことを聞いてくれないらしい。
俺は目の前にいるロスを見る。
ロス。フルネームはロプスタン・ザリ・レギア。先の
すっかり身長が高くなり、クラスでは一番高くなった。巨人の血が流れている子以外では、学年でも一番かもしれない。体つきもどんどん締まってきて、俺以上に兄貴分としてクラスを引っ張る姿も増えてきた。
その飽くなき向上心、天真爛漫さ、物怖じのしなさは、人を惹きつけてやまない。裏表のない子どもたちが彼の周りに集まるのは、ごく自然のことと感じた。
これが皇族の血。人の上に立つことを当たり前とした人種なのだろう。
浅黒い肌、原色の様な赤い髪、力強い眼差し。彼がもつ全ての存在感が、プレッシャーとして俺に突き刺さってくる。
嬉しいことだ。これだけの才能、カリスマが、前世は何者でもなかった俺に全力の闘志を剥き出しにしている。
「何笑ってんだよ、フィル。」
「いや、楽しみだと思ってな。」
「余裕あるなぁ。俺はこんなに武者震いしてるのに。」
「まさか。俺はいつも必死に生きてるよ。」
「その余裕、なくしてやるよ。」
「だから、元からないんだってば。」
興奮を隠し切れないのか、燃えるような目玉が人間と爬虫類の特徴を交互に見せている。
「よしお前ら、位置につけ。」
ピトー先生の言葉に反応し、俺たちは移動を開始した。
「で、俺と戦いたいのは君だっけか?」
ロッソが好戦的な目でアルを見る。
ロッソは長身である。今は180センチをゆうに越えているだろう。そしてまだ成長が止まる気配はない。腹が立つので、俺は時々「その身長10センチよこせ。」と彼に絡んでいる。
アルも身長は伸びて、一般的な9歳児程度の身長はある。だが、まだ線は細くてロッソとにらみ合う姿には覇気がないよう見える。
だが、この少年には闘志があった。魔力隠しのストールを貫通して、白い魔力がビリビリとアルの体内を駆け回っている。アルは温厚に見えるが、心の中で激しい情熱を秘めている男の子なのだ。
「悪いけど、最初から全力だ。得物を使わせてもらうぜ?」
ガントレットに覆われた自身の拳同士を打ち鳴らし、ロッソが言い放つ。
アラクネの保存食として蜘蛛糸の繭に捕まっていた、かつてフィオが救った少年。今は冒険者のルーグに師事しており、自身も冒険者として頭角を現し始めている。
「えっと、構いません。」
そう、アルが返答する。アルケリオ・クラージュ。田舎の下級貴族の子息。維持費がかかる、無駄に広い領地。広いが平野が少ないため、住みづらく、領民が少なく、結果として納税も少ない貧乏くじのような領地を運営する家系の出である。
だが、その環境はアルを牧歌のように穏やかで心の広い少年に育て上げた。その才能、その善性は、第二王女のエイブリー・エクセレイをして「次代の勇者」と言わしめる存在である。
「悪いね。普通は初等部の子が相手なら、ハンデもつけなきゃいけないくらいなんだけど。」
「全力で戦ってくれるんですね。ありがとうございます。」
「言い回しがフィルに似てきたなぁ、アル君は。当然、全力で戦うよ。君が魔法を使ったのを見たことないけど、体術を見ただけでやばい相手ってのはわかるからね。」
「そうですか?」
「そうさ。フィルはよくギルドで言ってたぜ。アルは俺より強くなるってな。ぶっちゃけ、フィルを超える初等部生なんて、想像つかないけどさ。」
「フィルが!」
アルの顔がぱっと華やぐ。
観客席では、その顔をうっとりとした顔でクレアが見ていた。口は緩んで、呆けたように開いている。隣のイリスはそれを呆れた顔で見ている。
「クレア、いつもは凛々しいんだから、その顔はやめなさい。」
「どうしたの、イリス。私はいつも通り真剣な顔よ。」
イリスに話しかけられたクレアがキリッとした顔で答える。
その顔を見て、イリスは既視感を覚える。この緊張感のない顔、いつも見ている気がする。いったい誰だろうかと考えたところでピトー先生の開始の合図が聞こえた。
闘技場にいる4人が動き出す。いや、フィルだけが動かない。
イリスは考え事を打ち切り、クレアと共に観戦に集中する。
「フィルのやつ、相変わらずいけ好かないわね。相手がどんな魔法を使うのか気になって、必ず待つのよね、あいつ。」
「でも少し、気持ちはわかるかも。」
「まぁね。」
独り言のようなクレアの返事に、イリスも返す。
始めに動いたのはロッソだ。
ルーグ師匠との訓練を思い出しながら、ロッソは足元に火魔法を顕現する。
「あ? 遠距離魔法への対策がしたい? なんでだ? フィル・ストレガと戦ったのか、お前。阿呆、あれは特別な人間だ。普通の対策で追いつくわけねぇだろうが。」
そう、ルーグ師匠は言っていた。
「では、どうすればいいのか?」とロッソは問うた。
その問いに、ルーグはこう答えた。
「簡単だ。魔法より速く動けばいい。」
「
ロッソが叫ぶと、足元に炎が噴き出し、推進力を付与する。まるで闘技場の石畳を滑走路の様にロッソは高速でホバー移動をした。ゼロコンマの世界でアルとの距離をゼロに詰める。
「もらった!」
ロッソが叫ぶ。
アルはそれを穏やかな目で見ていた。
ロッソは気づく。自分の動きにアルの目線が遅れなく追いついていることを。だが、気づいたところで遅い。あとは自分の拳が先に届くか、アルの対応が先に出るかである。
「相手の拳に、呼吸を合わせる。」
アルは、フィルの助言を思い出して拳を突き出す。体重は完全に乗っていない拳。
ロッソが全力のフックだとすれば、アルのそれはただのけん制のジャブである。
だが、その拳に乗っているものは全くの別物だった。暴力的なまでの光属性の魔力。その力の奔流が、アルの小さな拳に渦巻いて宿っていた。
直前でその危険性に気づいたロッソは、身を固めて体重を後ろにそらす。
瞬間。
自身の体がとてつもなく巨大な何かにぶつかったような錯覚を受けた。空中で吹っ飛びながら、脳が自分は殴り飛ばされたのだと知覚する。地面を何度もバウンドして闘技場の端の壁が視界の隅に迫り、さっきまで目の前にいたはずのアルが豆粒みたいに小さく見える。
「この!」
火魔法を逆噴射して、闘技場の壁にロッソが着地した。石作りの壁にビシッと数メートルほどの
地面にロッソが立ち、自身のコンディションを確認する。
「左腕と肋骨がいっちゃったかな……。何だあの子。何で今まで決闘してこなかったんだ? フィルが褒めるわけだよ。本当、俺の周りは化け物ばかりで嫌になっちゃうなぁ。」
闘技場の中央近くでは、アルが「怪我はないですかっ。」と慌てて叫んでいるのが聞こえる。その表情は純真。対戦相手のロッソを煽っているものではない。本気で心配しているのだ。その事実に、ロッソは思わずため息をつく。
「初等部の子に、心配されてたら立つ瀬が無いなぁ!」
ロッソは再び足元にブーストをかけた。
「びびった。アルの魔法ってあんなんなのか。」
ロスが目を丸くして言う。
「だからいつも言ってたろ? あいつは俺よりも強いんだよ。」
「フィルのそれ、冗談じゃなかったんだな。アルを勇気づけるために言ってるのかと思ってた。」
「まさか。俺は嘘が下手だから、お世辞は言わないよ。」
「なるほどね。びっくりしたもんだから、思わず構えを解いちゃったよ。」
「俺もお前の進路上にうっかり設置魔法かけ忘れた。」
「おまっ、やることが狡いぞ!」
「ジーニアスな戦術と言ってくれ。」
「……ま、仕切り直しだな。」
「そうだな。秘策って何だ? 結局。」
「これだよ。」
ロスの背中が盛り上がった。元々筋肉質な体だったが、しなやかなそれが更に頑強に太く、硬く仕上がっていく。身長も二十センチほど伸びて見える。盛り上がった筋肉に、鱗がびっしりと生えてきて、その
「竜人化か。初めて見るな。今までしたことなかったよな? どうして今したんだ?」
「俺さ、竜人化は卑怯だと思ってたんだよね。この体は頑丈だし、初等部の誰と戦っても普通に勝てるんだ。」
「そうだな。竜人族はフィジカル面ではトップエリートだ。」
「でもさ、フィルは強くなるために使えるものは何でも使ってるだろ? アルもそうだ。今、自分のもてるものを全て使ってロッソの兄ちゃんを倒そうとしている。」
「そうだな。」
「かっけぇ友達がみんな、なりふり構わず強くなろうとしてるんだ。たかだが竜っぽくなれることなんかを、出し惜しみする必要ないよなぁ!」
ロスが、ガアアア!と叫ぶ。
思い出すのは、エルフの森で戦ったワイバーンの咆哮。
「いいね!やっぱロスのそういうところ、俺は好きだ!」
俺はロスの咆哮に、
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