第157話 学園生活23(vsロス)

 ロスが接近戦を仕掛けてきた。


 俺はわざわざロスの戦闘スタイルに合わせる必要はない。

 だが、竜人の力がどれ程のものか知りたかったし、何よりも彼の熱意に応えたい俺は、その接近戦を引き受ける。

 エルフ耳に「あ、馬鹿。」というイリスの呟きが聞こえるが、知ったことではない。こういう時は、感情に流されて選択をした方が人生楽しめるのだ。

 一度死んでからようやく気づいたことだけれども。


「シッ!」


 ロスの左拳が顔面すれすれを通り抜ける。その拳をかわした後、時間差で尻尾が側頭部に襲いかかる。俺はその尻尾をキャッチして、流れてきた力をそのままに一本背負いでロスを地面に叩きつける。

 ロスは地面に叩きつけられながらも、衝撃を吸収してローリングしながら距離を取り直す。やはり、人体構造が普通の人間より頑丈だ。特に脊髄周りの中枢が堅牢である。強靭な鱗、密度の高い筋肉、頑強な骨格。その種族としての特性が、戦闘に極振りされている。

 まだ子どものロスでこの硬さ。ほとんどがこの種族で構成されていたレギア皇国が滅びかけているという事実に、改めて驚愕する。


「何であっさり尻尾に対応出来るんだよ!」

「悪いけど、尻尾持ってる敵とは戦い慣れているんだ。」


 いやもう、本当に食傷気味になる程戦い慣れてるんすよ、ほんと。


 ロスが気を取りなおして肉薄する。

 右のフック。尻尾と見せかけて左の前蹴り。足を受け止めたところでテレフォンパンチ。恐ろしく手足の出が早い。必死に捌きながら、何故かと考える。


 すぐに気づいた。

 竜人族には3本目の足がある。尻尾だ。尻尾で地面を踏みしめ、体を支え、手足を繰り出している。普人族との組手とは勝手が違いすぎる。竜人族は手軽に手数を増やせる上に、尻尾の踏ん張りで体重が乗った打撃がしやすい。

 じりじりとロスが距離を詰める。俺を闘技場の壁に追いやり、逃げ場をなくすつもりだ。

 俺はステップを刻みながら、立ち位置を変えて対応する。


「フィルの方が小さいのに、何で受け止められるんだよ!」

「4歳から熊と殴り合ってたからな。」

「え、何!? フィルは師匠に虐められてたの!?」

「当たらずとも遠からずだ、な!」


 ロスの攻撃が大振りになりかけていることを見逃さず、正拳突きを腹部に叩き込む。ロスはたたらを踏んだが、尻尾の支えを利用してすぐに殴り合いに戻る。

 拳を交差させながら、舌もついでに動かす。


「いいな、その尻尾!俺も欲しい!」

「やらねぇよ!」

「どうにかして生やせないかな!」

「フィルだったら本当に生やしそうで怖い!」

「お前俺をどんな目で見てんの!?」

「エイブリー姫とか、図書のシャティ先生とか、シュレ学園長みたいな感じ!」

「そのラインナップに俺をいれるんじゃねぇ!」


 レアカードにコモン混ぜちゃ駄目だろうが!


 眼前にパンチがくる。スウェーしてかわす。が、ロスの拳の竜鱗が一斉に逆立った。


「うお!」


 思わず後ろに下がる。慌てて目の周囲を魔法で強化したので、視界はやられていない。だが、自分の顔面から血が吹き出しているのがわかる。イリスとクレアの悲鳴が聞こえる。

 ロスのラッシュが一気に加速する。ここで決めるつもりだろう。


「らぁ!おらぁ!」


 パンチ。掌底。ハイキック。尻尾の鞭。地獄突き。竜爪。あらゆる手数を駆使してくる。出鱈目に攻撃しているのではない。こいつは皇子で、レギアは武術で発展した国家だ。師事しているのはマギ・アーツ担当教師のピトー先生だ。


 手、足。尻尾。俺のガードの範囲外にある自分の部位を的確に選択して攻撃を繰り出す。俺のブロックが頑強であれば、龍鱗に魔力をのせてガードごと潰しにかかる。

 恐ろしい使い手だ。ロッソを基準に考えると、中等部2年生らへんでも相手できるのはほとんどいないんじゃないだろうか。「今年は豊作だ。」というフィンサー先生の言葉を思い出す。


「よし、わかった。」


 俺はロスの腹部にボディブローを叩き込む。ロスが悶絶する。接近する俺に右のストレートを打ち込んで来るが、カウンターを左胸部に打ち込む。腹筋と胸筋が痛んだはずだ。ロスは自身の胴体の痛みから、パンチの出が遅くなることに気づき、慌てて身体強化に注ぎ込む魔力を増やす。

 が、魔法による強化は俺の方が何枚も上手だ。どんどん手数は俺の方が多くなり、ロスを追い詰めていく。


「くっ。」


 俺の背面アタックに、たまらずロスが距離をとる。


「いいのか? その距離は俺の大好物だぞ?」


 周囲に火球を8つ顕現する。矢継ぎ早に火の玉をロスに叩き込む。ロスはギリギリでかわしたり、鱗で跳ね返したりして対応するが、じりじりと体力を消耗していく。

 俺はダメ押しに風魔法を使って火魔法の速度と火力を加速させていく。


 ジリ貧になったロスに大人くらいの大きさの火の玉が直撃してから、ピトー先生が待ったをかけた。

 ロスとの勝負は、俺に軍配が上がった。


「くそ、無理だったか。」

「お疲れ様。」

「手も足も出なかったよ。」

「何言ってんだ。俺は中等部生にも流血させられたことはないぞ?」

 俺は額から滴る血を指差す。


「ははっ。じゃあ、一泡吹かせることには成功したのかな。騙し討ちみたいなもんだけど。」

「おう。強かったぞ、ロスは。」

「ありがとよ。途中からフィルの攻撃が通るようになって、俺の拳が届かなくなった。何でだ?」

「尻尾の重心が胴体に現れすぎだな。体の傾き具合で左右どっちから攻撃が来るのか絞りやすかった。尻尾はメリットだけじゃないんだな。今度からは正対して戦った方がいいと思う。構えで次の攻撃を予見されないためにもな。」

「うげ。ピトーに口すっぱく言われてるやつだ、それ。」

「坊ちゃん、学園では一応先生と呼んでください。」

 いつの間にか横に来ていたピトー先生が言う。


「ははっ。すまないピトー先生!」


 ロスが快活に笑う。

 この子は今日の負けを、きっと成長に繋げるだろう。次戦う時、どのくらい強くなっているのか楽しみだ。


「そうだ!あっちは!?」


 俺たちは慌ててアルとロッソが戦う様子を見る。


 そこには、額に脂汗を浮かべたロッソと、身体が傷だらけのアルがいた。


「え、あの怪我からロッソが盛り返したのか!?」

「アルの方が、怪我が多いな。大きいダメージはないみたいだけど。ロッソの兄ちゃんはどうやったんだ?」

「フィジカルはアルケリオの方が強いと判断して、すぐにヒットアンドアウェイに切り替えたぞ。」

 ピトー先生が言う。


「お前らは終わったんだから、イリス姫たちのところへ行け。そのくらいの怪我ならフィルが治せるだろう?」

「了解です。」

「わかりましたー!」

 元気よく答え、俺たちは観客席の方へ行った。


 客席へ行くと、クレアが祈りのポーズをして必死にアルを応援していた。癒されるなぁ。


「ロスあんた、よくフィルの目を躊躇なく狙えるわね。」

 開口一番、イリスが言う。


「いや、あのくらいしないとフィルには勝てないんだよ。イリスはもっと汚い手も使うべきだぜ?」

「それはまぁ、そうだけども。」

 イリスがおし黙る。


 イリスは正々堂々を好む子だ。だが、時には卑怯な手を使わなければいけないことがわかるくらいには敏い子でもある。

 理屈ではわかるが、感情が追いつかないのだろう。ロスがその覚悟を出来ているのは、焼け野原になった祖国を見ているからなのだろうか。

 俺には推し量ることしかできない。


「アルはどんな感じだ?」

「凄いわ。速く攻撃を出すロッソお兄さんもすごいけど、アルは一度も大きな攻撃を受けていない。」

 俺の質問に、クレアが答える。


 最近は、クレアが積極的に俺を避けることは減ってきた。俺を避けるよりも、自分が強くなることを優先している。最近のクレアを見て感じていることだ。


「フィル、アルはどんな訓練をしているの?」

「目と反射だな。」

「「「目と反射?」」」


 俺の回答に、3人が反応する。


「アルの魔力量はピカイチだ。俺が逆立ちしても敵わないくらいにな。であれば、敵を捕らえさえすれば、あいつは自動的に勝つんだよ。誰よりも守りが固くて、誰よりも攻撃が重いんだからな。だから、まずは目で敵を捕まえる。そしてそれに身体が追いついて攻撃出来れば、ほら、あいつは最強だ。」

「とんでもないな、アルは。」


 ロスが複雑そうな顔をする。

 嫉妬を隠さずに表現するところがいかにもロスらしい。


「でも、それが出来てるならアルは今頃ロッソお兄さんに勝ってるんじゃないの。」

 イリスが言う。


「そりゃそうだ。ロッソの方が単純に速い。それだけだよ。でもジリ貧かもしれないな。ヒットアンドアウェイは戦略としては正しいけど、魔力消費が激しい。高速で接近、高速で後退。その動作全てに大量の魔力を注ぎ込まないといけない。対して、アルはほとんどその場から動かなくていい。その上、アルは魔力の塊だ。長引けば、負けるのはロッソの方だ。」


 丁度、俺が初めてワイバーンと戦った時の様に。


「本当か!? 勝ったらアルは有名人になるな!」

 ロスが声をあげる。


「アル、頑張って!」

 クレアが小さく声をもらす。


 アルの頑張っている横顔を見て、クレアがにへら、と表情を緩ませる。好きな男の子の真剣な顔はかっこいいよな、妹よ。恋する我が妹はえげつないくらい可愛いなぁ。

 イリスがこっちをしかめっ面で見ていた。


「どうした?」

「いや、アルを見ているクレアが誰に似ているのか思い出したのよ。」

「何の話だ?」

「こっちの話よ。」


 イリスが観戦に戻る。

 一体なんだったんだ。イリスは変なやつだなぁ。


爆散掌底バーンナックル!」


 ロッソがアルを捉えた。

 でたらめに攻撃していたわけじゃないようだ。アルの防御パターンを把握して、左のフックを受け止められた後に折れているはずの右腕でアルの胴体に拳をめり込ませる。後退したアルを追い詰め、ひたすらラッシュをかける。頑強なアルの防御のせいで、ガントレットがボコボコにへこんでいる。あれは中身の指も折れてそうだな。うへぇ。


「そこまで!」


 ピトー先生が止めに入る。

 正しい判断だろう。あのままではアルが重傷を負って保健室行きになる。ロッソはもう既に保健室コースだろうけども。

 隣の席にいたクレアが闘技場に飛び出し、アルの方へ駆けつける。


「アルが心配なんだな。クレアは可愛いなぁ。」

 俺が呟く。


「あの娘、あれで周囲にばれてないと思っているのよ。」

 イリスが俺の独り言に返事する。


「「マジで?」」


 俺とロスの返事が重なった。

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