第129話 学園生活20

「え、お守りですか?」

「そうだよ。出来ればお願いしたい。」


 放課後に俺を呼び出し、頼み事をしたのはフィンサー先生だった。


「どういう意味ですか? お守りであれば、いつもしてるんですけど。」


 今年、俺は初等部の2年になる。この世界の子どもたちは大人びているが、それでも8歳は8歳。喧嘩もするし泣き出すし、時々ホームシックになる子もいる。それらの子たちのお世話をよくしていたら、いつの間にかクラスのお兄さんキャラになってしまった。

 俺が来るまでは、その役割は何とイリスがほぼ一手に引き受けていたらしい。あの娘、何だかんだ優しくて世話好きなのである。


「今日はそのお守りではなくてね、実地訓練についてなんだ。」

 フィンサー先生がコーヒーを口にふくむ。


「実地訓練、ですか。」

「そう。初等部1年は高等部3年と一緒に実地訓練をする。君たちは初等部の2年生だから高等部2年とだね。最初は見学だけという形だけど、少しずつ下学年の方も戦闘に参加していくようになるんだ。初等部6年にもなれば、一緒に訓練するのは中等部1年になる。そこまで来れば、もはや上学年は助けてくれるお兄さんお姉さんではなく、一緒に戦うパートナーだ。君たちはまだ2年生だから、まだ見学がメインだろうけどね。」

「それで、どうしてお守りになるんです?」

「去年、大きな失敗をしてしまったからね。」

「——アルの件ですか。」

「そう、それだよ。我が学園もセーニュマン家に不義理を働いてしまった。アルケリオ・クラージュ君が一緒に訓練した当時の高等部3年の生徒たちは、流石に退学になったよ。」

「なるほど。」

「問題は今年の高等部2年だ。ちょっと高慢な子たちがいてね。イリス・ストレガ・エクセレイ姫殿下やロプスタン・ザリ・レギア皇子に任せようと思っていたのだけど、今年は君がいるから任せようかと。」

「……そんなに酷いんですか?」

「入学試験の時に弾けなかったのが残念で仕方ないね。」


 そこまで言うのか。


「アルがその人たちと一緒の班でなければ、当然引き受けますよ。」

「助かるよ。その代わり、同じ班の友達を指名してもいいよ。」

「そうですか、ではクレアを」

 俺は即答する。


「同じ巫女だから、かい?」

「そうですね。」


 嘘である。単純に兄としてクレアが心配だからだ。最近は魔物の動きがおかしい。出来れば目の届くところに置いておきたい。


「シスコンですね。」

「うるさいです。」


 シスコンの何が悪い。


「他には?」

「最低限、自力で逃げられる力がある子を1人。それ以外の2人は誰でもいいです。」

「何故?」

「B級以上の魔物が出た時、俺が確実に守り切るのは2人が限界だと思うからです。なので、クレアともう1人、せめて自力で逃げられる子を。」

「なるほどね。注文が少なくて助かるよ。」

「大丈夫ですかね?」

「何がだい?」

「実地訓練です。最近は魔物が騒がしいから。」

「不測の事態はあるかもしれないね。でも、だからこそやっておかないと。」

「どうしてです?」

「君たちの託宣夢通りであれば、我々は10年と経たないうちに魔王と矛を構える。うちの生徒の中には、その時に騎士や冒険者になっている子たちもいる。君は経験もなしに、彼らに戦場へ行けというのかい?」

「……そうですね。確かに、実地訓練は大事です。」

「わかってくれて助かるよ。ちゃんと、今回は教員総出で警備するよ。だけど、実地訓練は動く児童生徒の数も範囲も広い。もし教員が近くを巡回していないときは——。」

「任せてください。俺が守ります。」

「助かるよ。」


 フィンサー先生は毎秒女性を落としそうな笑顔を浮かべた。

 ちなみにコーヒーは滅茶苦茶苦かった。




実地訓練高等部2年・初等部2年第21班

・班長

ヴラット・ドゥレン

・副班長

ルーラット・ラウト

・班員

 タットール・ペッツン

 スカンプ・ケイパー

 クライヴ・クライエイン

・初等部班員

 フィル・ストレガ

 クレア

 ベヒト・ハイトマン

 ノルマル

 シュリ


 以上、10名で活動されたし。実地訓練のルール・手順については追って授業にて報告する。


「貴族しかいねぇじゃねぇか!」

「どうしたの!? フィル!?」

 瑠璃の毛づくろいをしていたアルが驚く。


 俺は今、寮の管理人のザナおじさんからもらった書簡の実地訓練のメンバーを見たところである。

 見事なまでに、高等部生が貴族オンリーだ。全員、家名持ちである。対して、初等部メンバーの貴族はベヒト君1人。いつもマギ・アーツの授業で組手を申し込んでくる子だ。クレアたちを除けば、最も成長著しい子である。

 他の2人の子は知らない。特進クラスではない、普通クラスの子たちだろう。


「うわ、何かすごいメンバーだね。」

 アルが手元の書簡をのぞき込んでくる。俺の胸元に頭をこてんと乗せてくる。やだこの子、誘ってるのかしら。クレアもこれにやられたんだろうなぁ。


「やっぱり珍しいのか?」

「珍しいよ。特進クラスがフィルとクレア、ベヒト君の3人もいる。普通、僕らはバラバラに分かれるんだけど。」

「なるほどなぁ。」


 各班の実力を拮抗させるならば、確かに特進クラスは分けて然るべきだ。フィンサー先生はけっこう俺の我儘を通してくれたようだ。ベヒト君は2年生の中では実力は折り紙付きだ。安心して一緒に行動できるだろう。普通クラスの2人の実力が分からないが、それは始めてみないとどうにもならない。


「問題は上級生だよなぁ。」

「皆、貴族だね。これも初めて見るなぁ。色んな身分の人で班分けされるのが普通だけど。」

「ま、普通じゃない班だと分かっただけ、いいか。ありがとう、アル。」

「どういたしまして。瑠璃ちゃんの毛づくろい、次はフィルがして?」

「いいぞ。瑠璃、おいで。」


 瑠璃が尻尾を振りながらこちらへ来る。


「可愛いなぁ。フィルと契約するまでは魔物だったんでしょう? 信じられないや。」

「瑠璃が可愛いからって、他の魔物が可愛いわけじゃないからな。魔物を警戒しないのは駄目だからな?」

「もちろんだよ。」


 アルは上品に笑った。




「よう、ちびっ子共。俺が班のリーダーのヴラットだ。俺の言うことは絶対聞けよ。」


 そう、威圧的に言ったのは班長のヴラット・ドゥレンだ。整髪料で髪をべったりと後ろになでつけているが、不潔で絶望的に似合っていない。彼にファッションとは何かを説いた人間は周囲にいなかったのだろうか。どうしてこうなるまで放っておいたんだ。

 確か整髪料はかなり高級品だったはず。豚に真珠もいいところである。


「えっと、よろしくお願いします。」

 他の初等部の子どもたちが委縮しているので、俺が代表して言う。


 ベヒト君だけは顔をこわばらせて虚勢を張っていた。よく頑張っている。


「これはこれは、ストレガ様の弟子じゃないか。優等生と一緒なんて光栄だなぁ。」


 言葉こそ綺麗だが、言い方が下卑ている。この生徒は確か、ルーラット・ラウトだ。


「どうも。」

「おいおい。ハイトマンのご子息にエルフまでいるぜ? ずいぶんと面白い班になったもんだなぁ!」


 高等部の生徒たちがケタケタと笑う。

 俺の後ろにクレアがすっと寄ってきた。

 こういう場面で頼られるのは、兄として嬉しいなぁ。


「大丈夫だよ。クレア。」

「本当に? 何か怖い人ばかり。」

「エルフの人たちは皆優しかった?」

「えぇ、厳しくて優しい人たちばかりだった。」

「そっか。」


「よぉっし!実地訓練の作戦を練るぞ!ぐずぐずするな!初等部のガキはちゃんと話聞いとけよ!」


 高等部の生徒たちが大声で怒鳴る。

 隣で普通クラスの2人がびくっと驚く。


「大丈夫。一緒に行こう?」

 俺は笑ってその2人に手を伸ばす。


 少なくとも、初等部組はまとまりそうではある。

 あとは鬼が出るか蛇が出るかだ。


 出来れば獅子族の男や魔王はやめてほしいなぁ。

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