第139話 商人との会話

「やぁ、フィル君。今日は1人かい?」


 そう応対したのは、タルゴ・ヘンドリックさんだ。豪商の一族出身で、都から南にかけて様々な商業ルートを開拓しているやり手の人物。かつて、アラクネ討伐の依頼をした人物である。

 あのクエスト以降、懇意にしてもらっている。アラクネ討伐で手ひどい目に会った俺たちに同情したのだろう。時々、市場から安かったり質の良かったりするものを卸してもらっている。クエスト前に食料や飲み水を補給するときはお世話になっている。

 あと、味噌や豆腐も彼のおかげで定期的に食べることが出来ている。そしてお米!なんとお米が食べられるのだ!

 嗚呼、素晴らしきは和食!ジャパニーズソウルフード!

 こないだ久々にふっかふかの白米を食べたときは箸が進んだものだ。トウツと一緒に熱中して食べていた。若干、フェリと瑠璃に引かれたけども。


「えぇ、まぁ瑠璃もいるんですけど。」

「ははっ。ギルドで噂になっているよ。遂にストレガの弟子に首輪がついたとね。」

「え、噂になってたんですか?」

「そりゃなってるさ。君はかなり注目されているからね。割と危ない橋をよく渡っているから、ギルドも監視がついてほっとしているそうだよ。」

「心配かけて悪うございますね。」

「拗ねないでくれよ。私としても、大事なお得意様には死んでほしくないね。」

「そりゃどうも。」


 笑いながら、タルゴさんが食料の入った積み荷を渡していく。それをどんどん亜空間リュックに放り込んでいく。


「相変わらず容量がすごい亜空間リュックだね。」

「師匠のおさがりですからね。」

「マギサ・ストレガの元私物か。オークションに出すと一生遊んで暮らせるだろうね。」


 え、マジ? さす師匠。


「いつも通り、緑茶も買うかい?」

「今日は多めに買います。」

「重さは?」

「30キロくらい。」

「個人で買う量じゃないねぇ。」

「借金を返済できたので、ぱっと使いたいんです。」

「うちにお金を落としてもらって、あり難いね。」

「今後ともごひいきに。」

「こちらこそ。」

「あ、それと、例の情報で何か分かったことあります?」

「不老の薬の件かい?」

「はい。」


 いくつかの情報屋や、冒険者にお金を払って、不老の薬については調べていた。トウツに薬を売った人物が何者かについてである。

 結果はどこも成果なし。売った人物象は影も形もない。


「私の情報網でも、何も捕まらなかったね。特に貴族に関する情報はかなり信ぴょう性のあるものをもってこれる自信があるんだけど、何もヒットしなかったよ。」

「本当ですか?」

「ああ。最近没落した貴族は両手で数えるくらいにはあったけどね、どこも不老の薬を手放してもいなければ、持ってすらいなかった。君は不老の薬を本当に見たのかい?」

「ええ、確かに見たんですけども。」


 俺が飲んだ、とはもちろん言わない。


「そっか、力になれずに申し訳ない。引き続き情報を集めるだけはしておくよ。」

「ゆっくりで構いません。」

「なに、君のパーティーはうちの商会の大恩人だからね。このくらいするさ。」

「ありがとうございます。」


 そう言って、俺は卸売り市場を後にした。

 ここでも情報が入らなかった。トウツに薬を売った人物は一体誰なんだろうか。おそらく敵ではない……はず。トウツが素性のわからない人間からそんな大きい買い物をするわけがないし。

 どうしたものか。

 多分トウツに「ベッドの上で薬を売った人を教えてくれ。」と言ったら速攻で教えてくれそうだけど、それは最終手段である。

 もしそれをしたら、エルフの呪いが発動してダークエルフになっちゃうし。そしたらコヨウ村には二度と戻れないだろう。

それに何というか、この世界で誰かとそういう関係になるのは未だにはばかれるのだ。こちらの世界で女性に惹かれるたびに、頭にちらつくひとがいるからだ。


「俺って、けっこう茜のこと好きだったんだなぁ。」


 思い出すのは前世の恋人。死んでようやく気付くとは、本当に情けない。


『前世の恋人のことかの。』

「そうなんだよ。」


 瑠璃が話しかけてきた。瑠璃は俺と精神を一時的にシンクロさせたことがある。なので、おぼろげにではあるが茜の人物像がわかるらしい。


『そんなに寂しいならば、わしが変身しようかの?』

「え、どういうことだ?」

『お主と契約魔法をしたときに、何となく容姿はつかめておる。多分出来るぞ?』

「いや待って。瑠璃、人間に変身できるの?」

『上半身は再現が可能じゃの。アラクネを食べたからのう。』

「あー。」


 上半身が人型のアラクネを食べたんだ。そりゃ、変身出来るよな。


「やめとこう。瑠璃は瑠璃として見たいんだ。」

『照れることを言うではないか、わが友。』

「そりゃどうも、わが友。」

『ルビーが嫉妬しておるぞ?』

「マジ? どこにいる?」

『頭の上じゃ。』


 お~、よしよしと、頭の上を撫でるふりをする。無性にルビーの顔が見たくなってくる。あのカートゥーンみたいにクルクル表情が変わる最初の友達にもう一度会いたい。


「強くならないとな。」

『そうじゃの。ルビーのために。』

「ルビーのために。」


 ギルドでトウツとフェリが待っている。

俺は歩みを速めた。

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