第140話 触手!倒立!ビーム!

 そこはまるでアイスエイジだった。


 原因はトウツである。

 さっきまで「久々にフィオと一緒のクエストだ~。」と上機嫌で俺を抱きしめていたのだが、討伐会議が始まって面子を見るや、視線だけで人を殺せそうなオーラを放っている。

 ちなみに、怒っているのはフェリや瑠璃も同じである。

 その場にはB級からC級の冒険者が複数集まっているが、誰も言葉を発することができない。トウツに怯えているのだ。

 理由は目の前にいる赤髪、強面の男性である。


 ルーグさんだ。


 アラクネ討伐で一緒に活動し、俺にレッドキャップを押し付けたパーティーの元リーダー。

 隣に弟子のロッソが座っている。

アラクネの非常食である繭の中から救いだした少年。学園で時々交流がある。ルーグさんの元で冒険者としての修行を積んでおり、今は青い顔をして座っている。

 わかるよ、ロッソ。怒ったトウツ、怖いもんな。


「どの面下げて僕らの前に来てるのかなぁ~。」

 ズダァン、とトウツがルーグさんの顔の横めがけて前蹴りをし、壁に穴があく。


「フィル君、壁を直すのにも予算がいるのだが。」

「トウツのクエスト報酬から引いておいてください。」

「承知した。」


 俺の言葉を聞いて、ギルドマスターのラクスさんはあっさり引いた。話が早くて助かる。この空気の中で話せるあたり、やはりギルマスは肝が据わっていないと出来ない仕事なのだろう。


「たまたまクエストが一致しただけだ。」

 ルーグさんが言う。


「そう、で? またフィルに魔物を押し付けるの?」

「もう二度としねぇよ。」

「信用できないなぁ。」

「俺は、どうすればいい?」

「じゃあ、その残った腕を斬り落としてよ。」

 トウツが要求する。


 ルーグさんは隻腕になっていた。今は右手しかない。アラクネ討伐の時に失った腕は、結局再生できなかったようだ。


「それでお前が納得するならな。」

「い~から早くしろ。」


 すっと、ルーグさんが立ち上がる。


「自分の腕を斬るなんて芸当、出来ねぇからな。兎の女、お前が斬れ。」

「お~け~、介錯してあげよう。」

「はい、ストップ。」

 流石に俺が止めに入った。


「どいてフィル、そいつ殺せない。」


 腕だけじゃないの!?


「大事なのは過去の遺恨じゃない。これからするクエストだ。」

「でもフィルはそいつのせいで死にかけたんだよ?」

「俺はもう気にしてないから。」

「僕は気にしてる。フェリも瑠璃も同じ意見。」


 俺はちらっと、フェリと瑠璃の方を見る。2人とも怒りに顔を歪ませている。瑠璃の口元からは狼のような唸り声が漏れ出ていて、その場にいる冒険者たちが怯えている。


「トウツ、俺たちの冒険者ランクは?」

「それ、今大事なことかな~?」

「いいから。」

「……A級。」

「ルーグさんは?」

「……俺はC級だな。」


 赤錆びた刃レッドルストクリンゲはルーグさん以外全滅した。今はロッソ以外の人間を連れていない。ということは、ほぼソロでC級を維持しているのか。しかも片腕で。初めて会った時にも思ったけど、この人はやはり優秀だ。


「この場に集まっている冒険者は、俺たち以外はBかCしかいない。つまり、自動的に俺たちがリーダーなんだ。トウツ、俺たちが率先して輪を乱してはいけない。」

「……命拾いしたね。」


 トウツが後ろに下がり、椅子に座る。


「フェリと瑠璃も、矛を収める様に。」

「フィルはそれでいいの? 貴方、何度も死にかけたのよ?」

 フェリが聞いてくる。


「ポーションを渡した時点で許してるんだよ、俺は。それにロッソも冒険者として育ててくれている。この話は水に流す。いいな?」

「——フィルがいいなら、私からも何もないわ。」

「ありがとう。」


 フェリが落ち着くのを見て、瑠璃も静かになる。

 うへぇ、この空気でクエストに行くの? やだなぁ。


「ラクスさん、クエストの説明をお願いしていいですか?」

「いいが、冒険者同士の諍いはご法度だぞ。」

「大丈夫です。」

「うむ。では説明しよう。パーティー同士での連携は後日詰めておくように。」

「はい。」


 俺以外にも、各パーティーのリーダーが代表して返事をする。


「今回の討伐目標は倒立するねずみオモナゾベームという新種の魔物だ。」

「新種?」

「マジかよ。」

「数年に一度あるかないかじゃねぇか。」

「最近多いな。」


 ざわざわと冒険者たちが話し始める。

 それを手で制してラクスさんが続ける。


「名前の通り、倒立するねずみ型の魔物だ。遭遇した冒険者の生存率は1割を切っている。中にはB級もいた。」

「1割以下!?」

「マジかよ。」


 冒険者たちが慌ててお互いの顔を見合っている。視線がいくらか交錯した後、俺たちのパーティーに収束する。

 A級が受理すれば安全マージンがとれる。この人たちは俺たちが正式にこのクエストを受理したら付いてくるつもりだろう。これは別に卑怯なことではない。生き残るために当然の判断であるし、よほど協調性のない人物でなければ、数はそのまま戦力になる。


「報告にはこう記されている。口に触手が付いており、その触手で倒立して高速で動くことができる。尻尾から熱光線カロルレイを放つ。森に住む魔物であるのに、火魔法を使うという点で異常だな。」

「体長はどのくらいだ?」

 一人の冒険者が問う。


「成人男性と同じくらいだ。だが、倒立することで3メートル以上の高さから熱光線を放てる。」

「生存率が低いのはそれか。」

「高速で動けるうえに、高い位置から遠距離攻撃が出来る。」

「えぐいな……。」

 冒険者たちが唸る。


「交戦して、そのねずみが疲労したり魔力切れを起こしたりする姿は確認されましたか?」

 俺が問う。


「ないな。連中は集団戦闘を基礎とするようだ。群生する魔物の特徴をもっている。熱光線も交互に放つことで休憩を挟んでいるようだった。」


 まるで織田信長の鉄砲隊みたいだな。

 新種とはいえ、そこまで統率された動きが出来るのだろうか。


「ねずみ型の魔物でそこまで連携するものは、過去いましたか?」

「いないな。だからこそ、新種なのだろう。」

「推定の討伐難度は?」

「B級上位だ。数が多ければA級だろう。」

「具体的な数は?」

「20以上だ。その数を超えると、熱光線の密度が上級冒険者でもさばけない域に達するだろう。」

「高速での移動と熱光線以外の特徴は?」

「分からない。未知数だ。」


 そこまで聞いてから、俺は下がる。

 このクエスト、思った以上に危険だ。だが、危険にも種類がある。経験として踏むべき危険と、踏んだら最後に死が待っている触るべきでない危険。

 これはどちらの危険だろうか。迷う。

 それは周囲の冒険者も同じらしい。各パーティーのリーダーが頭を悩ませている。


「報酬は、いくらだ?」

 ルーグさんが口を開く。


「一般的なA級クエストと同じ額を払おう。君たちの報告次第では、後付けで報酬を積み上げていい。」

「随分と気前がいいな。」

「このクエストは君らにある程度のリスクを踏んでもらうことが前提だ。だからこそ、ギルマスである私が出張っている。魔法英雄団ファクティムファルセを使いたいところだが、彼らも多忙に過ぎるのでね。他のA級も出はらっている。」

「……上乗せされる報酬は最大いくらだ?」

「ギルドの懐事情を考えると、最大2000万だな。」


 周囲がざわめく。かなり奮発した値段である。


「どう思う? フェリ、トウツ。」

 俺は二人に判断を仰ぐ。


 リーダーは俺だ。だが、俺一人で決める必要は全くない。俺たちのパーティーは全員が平等な立場である。


「やろう。フィルの新しい武器の素材に必要なんだろう?」

「私もトウツに賛成よ。ここで足踏みするのは、最終目的から遠のくことを意味すると思うわ。」


 最終目的とは、魔王のことである。

 フェリの言う通りだ。これは触れるべき危険だ。でなければ、伝承にも残るような魔王を倒すなんて、夢のまた夢である。


「瑠璃は?」

『わが友の行くところがわしの行くところじゃ。』

「決まりだな。ラクスギルドマスター、俺たちは参加します。」


 その場にいるA級である俺たちが名乗り上げたからだろう。周囲の冒険者たちが次々と名乗り出る。

 ねずみ退治の始まりだ。

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