第142話 触手!倒立!ビーム!3
都心部にはビジネスチャンスがたくさんある。通常では考えられない隙間産業が、人口の多さという消費者の分母の多さから成立する、という事象は、異世界でも変わらないらしい。
何故こういった話をするのか。
今回のクエストで組まれた陣形が今までとは大きく違うからである。
まず
彼女たちは狐型の犬人族だ。斥侯寄りの素質もちであることはわかるが、全員同じスキルに統一するなんて、アルシノラス村やカンパグナ村では見たことがない。
というのも、都オラシュタットは冒険者の宝庫である。石を投げれば冒険者に当たる場所だ。適当なクエストを受ける時に一声かければ協力者が簡単に見つかる環境なのである。
であれば、攻撃は他のパーティーに任せればよい。自分たちの種族の特性を捨てる必要がなく、彼女たちは斥侯業の専門家として都での地位を確立したのである。
一芸特化。
役割がはっきりしている彼らはまさしく、都で食いはぐれしないパーティーなのだろう。
今、俺たちはトウツを先頭に歩いている。トウツと狩猟せし雌犬のメンバーでひし形状に全員を取り囲んで移動している。そのひし形の陣形がべらぼうに広い。先頭のトウツと最後尾の黒い狐耳のタウラヴさんが50メートルは離れている。犬人族は足が速いし、遠吠えという報告手段がある。だからこそ出来る広範囲陣形なのだろう。
中心には普人族パーティーの
隣では、ロッソがそわそわとした様子で歩いている。
おそらく、師匠であるルーグさんと俺たちの確執を気にしているのだろう。俺は気にしていないが、14歳の少年にそれを割り切れというのは難しい話だろう。
「ロッソ。」
「あ、ああフィル。どうしたんだ?」
ロッソが決まりの悪そうな顔をする。
「顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
「いや、大丈夫だよ。クエストだからな、ちゃんと集中してる。」
「無理しなくていいぞ。お師匠さんと俺たちのことを心配しているんだろう?」
「……ルーグ師匠からは話は聞いてたんだ。でも、俺は本当の意味ではわかっていなかったんだ。俺にとってはいい師匠なんだぜ?」
「うん。」
「戦い方も教えてくれた。生きる知恵も、魔法も。何とかして学園に繋いでくれたのも師匠なんだ。自分は学ぶ機会がなかったからって。」
「うん。」
「その師匠がそんな酷いことをしたなんて、心の底からは信じられなかったんだ。でも、あの兎のお姉さんを見て確信したよ。——本当、だったんだな。」
「……まぁ、あの人の元パーティーメンバーが俺の太ももにナイフおったてたのは本当だな。」
「ははっ。ひでぇ。」
ロッソの顔がくしゃっと歪む。
「でも、俺は本当に気にしていないんだ。本当にどうしようもない悪党なら、俺はルーグさんにポーションを渡していなかったよ。こうやってロッソとまた出会えたのも、ルーグさんのおかげなんだ。俺は後悔していないぜ?」
「本当か?」
「本当だよ。というか、トウツも本気で怒っているわけじゃないぞ?」
「あれでか?」
「俺の代わりに怒ったんだよ。冒険者はなめられたらいけない職業だからな。けじめをつけてくれたんだろう。俺もフェリも、人に怒るのが苦手なんだ。こういう時、嫌なことを全部引き受けてくれるんだよ、あいつは。」
「——そうだったんだな。」
ロッソが、前方で音もなく歩くトウツを眺める。忍び装束は黒なのに、何故か緑色の森に同化しているように錯覚する。それほどの隠密。
「今回はトウツに借りが出来たからな。何かお礼しないと。」
「へぇ、何してあげるんだ?」
「昼寝の添い寝かな。」
「え“。」
「あおーん!」
西の方から遠吠えが聞こえた。異世界に来て初めて知った情報。狐の遠吠えは、犬よりも少し甲高い。
「敵襲だ!西の方角!」
戦士めいた木こりのリーダー、ウッカさんが叫ぶ。
ざざざざざと、素早く狐のお姉さんたちが陣形の中心へ戻ってくる。半羊族の盾持ちが前に出る。
狐のお姉さんたちの後ろから数十匹の巨大ねずみたちが突進してくる。倒立して。
鼻から生えた触手のようなもので地面をわしゃわしゃうねうねとかき分けて逆さま高速に動く様は、あまりにも気持ち悪い。SAN値激減である。
「うわぁ!何だあれ!気持ち悪い!」
「はっや!動くのはっや!」
「ただでさえ見た目きもいのに速いの勘弁しろよ!」
叫びつつも、作戦通りみんなが陣形を作っていく。流石都の冒険者たち。チームプレイに慣れている。
「ヂュヂュヂュ!」
ギリギリでかわした狐のお姉さんたちが、半羊族の盾の後ろに滑り込む。
「斥侯の安全確保確認!魔法使いは遠距離攻撃!前衛は接近した敵の排除!出来るだけ盾持ちから離れないでください!」
「「「おう「「はい」」「「了解!」」「わん」「うぇーい」「わかったわ」」」」
もうちょい返事統一しろや!
「
横幅が広い風の刃がねずみたちを襲う。バツンという肉が斬れる音が周囲に弾ける。
思った通りだ。倒立するということは、胴が縦に長いということ。横に広い攻撃をすれば、一網打尽できる!
「あのねずみ、思ったより硬くない?」
横でトウツが呟いた。
「マジ?」
見ると、最前列を疾駆していたねずみたちは事切れていたが、胴体を完全に切断できていない。他の冒険者も何とかして数体のねずみを遠距離魔法で撃退しているが、勢いが止まらない。
「まずい!接近戦は避けれません!」
俺は叫びながら
正面は危険と判断したのか、ねずみたちが左右に散開する。
「ありゃやべぇ!」
「挟まれるぞ!」
「物量にやられる!」
「両脇を守ります!」
「左は僕だねぇ。」
静かに抜刀し、トウツが動く。
トウツが左を抑えるならば——!
「瑠璃!右!」
『あいわかった。』
「俺も行こう。この使い魔はできるみたいだが、兎ほどじゃねぇだろ?」
ルーグさんが名乗りを上げた。
俺とルーグさんの視線が交錯する。
「——お願いします。」
「任せろ。」
ルーグさんが瑠璃と共に駆け出した。
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