第370話 魔軍交戦67 追撃と迎撃
ルーク・ルークソーンの猛攻を魔王は冷静にさばいていた。
初手こそ動揺して時間停止魔法を使ったものの、本来この両者には
ルークは冒険者としては若手ではない。ベテランでもない。脂ののった現役世代である。老いというデメリットを魔法で克服している魔王エイダンにとっては、彼はひよっこ扱いなのだ。
ルークもそれは理解している。
技術では適わない。魔法の技量でも。
だが、体力だけはある。
自身が十数年かけて積み上げてきた剣技をかなぐり捨てて、ひたすら連撃で食い下がる。魔王は疲弊している。その事実のみが、勝ちを拾う一縷の望みなのだ。
「青いな。貴様が二番手という時点で、この国の底が知れるわ」
「僕が二番手? 面白い冗談を言うね」
「ほう?」
魔王エイダンの眉が吊り上がる。同時に、内心で警戒心を引き上げる。
目の前の長剣使いの自称勇者は、隙あらば自身を殺さんとしている。だが、何か別の狙いがあるようにも見える。
西の城壁が近い。
そこまで逃げ込めば、吸血鬼やウェアウルフ、無数の魔物や
休憩をとり、自身のコンディションが整えばこの国は簡単に堕とせる。あとすぐだ。あと、すぐで逃げ切ることができる。
「魔王様!」
レイミア・ヴィリコラカスの声が聞こえた。
思った以上に疲弊しているようだ。相性の悪い聖女と戦い続けたからだろう。彼女と合流しつつ、戦況を確認する。
想定以上に吸血鬼の損害が大きい。獅子族もだ。よもや、竜人族にあそこまでの底力があるとは。念を入れて搦め手でレギアを滅ぼしたことが仇になっている。レギアの戦力を正しく計算できていなかったのだ。
ウェアウルフや他の魔物は健在である。タイラントアントが念入りに潰されているくらいか。
十分だ。
十分な戦力は確保できている。
エクセレイが善戦していることを受け、コーマイやエルドランから敵の増援が来る可能性は高い。それでも、これなら逃げ切れる。
マギサ・ストレガを葬った時にもった実感は、確信に変わりつつある。
自分はこの勝負に勝ったのだ。
「勝ったのですね!魔王様」
「あぁ。体制を整える。吸血鬼どもは被害を最小限に、撤退する」
「ですが、
「あやつらが勝手に請け負ってくれるようだ」
エイダンの目線の先を、レイミアが追う。
そこには、冒険者やレギアの兵士に飛び掛かる獅子族達がいた。誰もが鬼気迫る表情をしている。まとう魔力は膨大で、撤退に余力を残す考えは全くないようだ。
「王が死んだことで、ここを死地と見定めたか。勇猛だが、愚かな種族だ」
「……私には理解しかねる連中です」
エイダンのつぶやきに、レイミアが返答する。
「あの分だと、獅子族の穴を別の何かで埋めなければならぬな。否、代えが効かぬな。あれは本当にいい手駒だった」
「貴方さえいれば、覇道は約束されたものです。さぁ、こちらへ」
二人の周囲を吸血鬼達が取り囲み、針の城の方角へと飛んでいく。
後ろではルークが鬼気迫る表情で吸血鬼達と大立ち回りをしている。だが、それも長くは続かない。補助魔法をかけていたはずの、地上のアルク・アルコとキサラ・ヒタールが魔物達に襲われているのだ。
ルークは空中で孤立無援。アルク達もまた、地上で苦戦している。
にも関わらず。
悪い予感がした。
あの男の目である。ルーク・ルークソーンの、可能性を捨てていない、何かを信じている目。
何かを取り逃がしている。
一体、何が。
「
根こそぎ持っていかれた。
悪寒がしたエイダンは、レイミアを抱えて横へ旋回。
一拍遅れて、先ほどまで平行飛行していた吸血鬼たちがごっそりと、その姿を失っていた。
頭が悪くなるくらいの、光魔法を元素とする魔力をただぶつけただけの原始的な攻撃。
一瞬、敵に
が、すぐに今起きた事象が竜ではなく人間によって引き起こされたものだと気づく。
城壁に、ぽつねんと立っている少年と魔王の目があった。
薄く、色素の薄い金髪。この戦場に似つかわしくない、ぼんやりとした闘気の薄い目つき。力が入っているのか入っていないのか分からない、緩慢な手つきでもう一度剣を構える。
魔王は怨念のこもった目でルークを見る。
彼は笑っていた。
「あれか!あれが最後の
余暇は与えられない。
蒼い波動が再び襲い掛かる。
恐ろしい速度で吸血鬼達が蒸発する中で、エイダンとレイミアは
「あぁ!そんな、同胞達が!」
隣でレイミアが悲鳴をあげる。
ウェアウルフや魔物達に指令を出す。トトから命令権を奪い、
あれはまずい。あれを数年でも放置すれば、確実に覇道の妨げになる。エイダンはあの少年をどう殺すか慌てて算段を立てる。
が、混乱した今の状況ではアイデアが浮かばない。
仕向けた魔物達が阻まれるのを視界の端にとらえる。
いつの間にか、彼の周りに冒険者や竜人族達が固まって防御に徹している。空からの魔物の攻撃は、
明らかに、あの少年の実力を分かったうえでの陣形だ。
取りこぼした。あと一つ、エクセレイ王国の情報を取りこぼしていたのだ。それは次代の勇者の卵。
「隠しおおせたか!エイブリー・エクセレイがぁあー!」
逃走の速度を上げる。
蒼の波動が追いすがってくる。
「アル!」
「ロス!」
アルケリオに襲い掛かったゴブリンの頭を潰しつつ、ロプスタンが声をかける。後ろでは、イリスが魔物達を凍結している。
「波状攻撃だ!あいつはお前の魔法を見切っている!次の一撃で、空を全部焼き払え!」
「わかった」
アルケリオの周囲を魔力の激流が駆け巡る。
魔王エイダンは、次の一撃で上空全てが蒼く染まると確信する。
「今だ、アル君!」
吸血鬼に取り囲まれながら、ルークが叫ぶ。
「当てなさい!」
「やってしまって!」
地上からアルクとキサラが叫ぶ。
「行け、アル!」
「行けぇー!」
「やれ!」
ロプスタンが、イリスが、ギルドマスターのラクスが、上空から叫ぶ。
「
アルケリオが静止した。
「なっ」
「そんな」
「どうして!?」
周囲にいた全員が目を見開く。
アルケリオの魔法は完成していた。後は、剣先から発射するだけだったのだ。
ルークが慌てて魔王を見る。
魔王エイダンは、土色の顔をし、レイミア・ヴィリコラカスに抱きすくめられて運ばれていた。
「……時間停止魔法」
「嘘でしょう?」
「あの距離から狙い撃ちできるだと!?」
キサラが、アルクが、ラクスが仰天する。
一拍遅れて、アルケリオの魔法が空を真っ青に覆いつくした。
魔王が既にいなくなった空を弾き飛ばす。蒼い波動が、逃げ遅れた吸血鬼やグリフォン達を葬っていく。
「えっ」
手ごたえの無さに気づいたのだろう。
アルケリオもまた、目を丸くした。
「アル!もう一発だ!あの距離いけるか!?」
すぐに気を取り直したロプスタンが声をかける。
「……無理、と思う。けどやってみる」
アルケリオが残った魔力を用いて連撃するが、当たらない。彼の魔法の精度では、当てるには距離が開きすぎたのだ。
「畜生!あと少しだったのに!」
ロプスタンが地面を殴る。
「落ち込んでいる暇はない!魔物の包囲網を抜けて、すぐに中央へ撤退する!援護は任せろ。走れ!」
ラクスの言葉に、全員が一斉に動く。
ルークが地面に舞い降りて、アルケリオに並走する。すぐにアルクとキサラも合流した。
「すいません!仕損じました!」
「あんたのミスじゃないわよ!あれは仕様がないわ!」
アルケリオの言葉にイリスが叫び返す。
「切り替えよう!今は生き残ることが先決だ!」
ルークもまた叫ぶ。
魔王を走って追いかけたところで、そこは魔物の絨毯だ。袋叩き似合って死ぬのがオチだろう。アルケリオであれば力業で通れるかもしれないが、ほとんどの魔力は魔王を撃ち落とすために使ってしまった。
悪寒が走った。
中央の方から、どす黒い魔力の塊が突然浮上した。
「は?」
「何よ……あれ」
一瞬、全員が中央へ行く足を止めた。
それは肉の塊だった。
それは怨念の塊だった。
それは憎悪の塊だった。
それは呪いの塊だった。
それは漆黒の塊だった。
それは、純粋な暴食の塊だった。
エイブリーが操舵するゴーレムが削り取られた。
一瞬で肩先が消し飛び、無くなったように見えた。
否、無くなったのではない。
食われたのだ。
ゴーレムの肩から先が、巨大な黒い
「あれは……」
「エルドランから報告があったやつだな。まさか、このタイミングで出てくるとは」
「四天王アーキア……」
巨人の国エルドランを一夜にして半壊させた謎の巨大な丸い物体。
戦いの終盤も終盤で、ついに魔王軍も切ってきたのだ。最後の
「今の状況で、あれを倒せる?」
「それは……難しいな。巨人の国を潰したやつだぜ?」
「待ってはくれないようだよ」
後ろには魔物の群れ。中央には四天王アーキア。
中央に走るか、留まるか。判断しかねている内に、アーキアが猛然と浮遊しつつこちらへ飛んできたのだ!
移動の余波で、王宮が半分ほど
マギサ・ストレガによって施された防壁魔法ごと食いつぶしたのだ。
「いやぁああぁあ!お姉様!お姉様ぁ!?」
「落ち着け!あそこはエイブリー姫がいる場所じゃないはずだ!」
取り乱しかけたイリスの頬をロプスタンが張る。
「……簡便してほしいな。本当に」
猛然と建物を削り取りながら突っ込んでくる
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