第369話 魔軍交戦66 獅子奮迅4
「
突然。
横あいから乱入者が現れた。
燻んだ赤毛。黒ずんだ
ルーグさんだ。
すぐに脳裏に現れた感情は驚きだった。それが直ぐに疑問へと変換される。一体、どこから現れたのか。目の前のライコネンも、俺も口をあんぐりと開けている。反応が一瞬遅れる。先に立ち直ったのは俺だった。ライコネンよりも疑問が氷塊するのが早かったからだ。
透明化のローブ。
俺がアルに渡したはずのものが、何故ルーグさんが持っているのかは分からない。分からないが、俺にもライコネンにも気付かれずに接近を許したことに合点が入った。俺はライコネンと戦うのに夢中だったし、相手もそうだった。その上、魔力を切らしていたのだ。近づくのは容易だっただろう。
ライコネンの右腕は、肘から先が吹っ飛んでいた。
足で弾かれた紅斬丸を持ち直す。
「お前みたいな化け物でも、魔力が切れれば俺の攻撃も通じるんだな」
「手前ぇえー!サシの勝負に水を差しやがって!」
握撃。
ルーグさんの胴をライコネンが左腕で掴む。
「あぁああぁああ!」
刺突。
紅斬丸がライコネンの喉元に突き刺さる。目端でルーグさんの胴が爪で握りつぶされるのが見える。喉に突き刺さった刀を捻り、横に引き抜く。
ライコネンが後ろへ。ルーグさんが胴を半分千切られて、横倒しになる。
「ルーグさん!?」
慌ててルーグさんへ駆け寄る。ライコネンを倒したか確認しなければならない。そう理性が働きかけてくる。が、迷わずルーグさんの方へ駆け寄った。
「どうして!?」
「よう」
口の端から吐血しながら、ルーグさんが喋る。
「喋らないでください!止血します!近くにまだファナがいます!ファナも魔力はギリギリだけど、延命は出来るはず!」
「糞ガキ」
「喋らないで!」
「ガキ」
「黙ってろ!」
「いいから聞け」
俺は無視して胸を布で縛る。眠気が押し寄せてくる。妖精魔法の反動だ。でも、今は。今は意識を手放すわけにはいかない。
ルーグさんが
「これで、貸し借りなしだ。糞ガキ」
ルーグさんが挑発的な笑みをこぼす。目に焦点が合っていない。
「糞!糞!どうしてこんな。何で、俺を守るために!意味がわかんねぇ。意味がわかんねぇよ!どうしてだよ!あんた元はギャングだろ!何で最期の最期にいい人ぶるんだよ!」
止血しても、血が溢れてくる。止めようがない。意味がないとわかっていても、溢れた臓器を胴に敷き詰め直す。
「フィオ」
「ファナ!」
一番聞きたかった声が、後ろから聞こえた。
ファナの後ろから、トウツとカイム、レイアが足を引き摺りながら近づくのが見える。
「急いで治癒魔法を!お前なら処置できるだろ!? なぁ!」
「無理ですわ」
「何言ってるんだよ!延命でいいんだ!魔力が足りないのか!? 他の
「……もう遅いですわ。死んでますの」
「嘘つくなよ」
自分とは思えない、冷たい声が出た。
視線を落とす。ルーグさんの目も、口元も、気づいたら動いていなかった。
「あぁ、あぁ。あぁああぁああ!」
頭を掻きむしる。
俺はいつもこうだ。完璧な勝利が手に入らない。手から、何かが必ずこぼれ落ちてしまう。どうしてこうなってしまうんだ。苦しい。悔しい。消えてしまいたい。
目の前が真っ白になる。
俺は今度こそ、襲う眠気に抵抗しなかった。
「全く。辛勝といったところですわね。いえ、
「でも、勝った。ひとまずは僕らの勝ちだねぇ」
ファナの独り言に、トウツが答える。
「えぇ。そうですわ。フィオは納得いかないでしょうが、わたくし達にとっては完全勝利ですわね」
ファナがため息をつく。
起きたフィオをどう元気づけるか。考えるのはそれだ。こうなった時、ファナやトウツは無力である。彼女たちは死生観がドライすぎるため、フィオの本当の理解者足り得ない。それは長年一緒に旅してきてわかっている。起きたら瑠璃に任せよう。そう、トウツとファナが頭の中で算盤を弾いた時、横から声が聞こえた。
「完全勝利、ね。あなた達にとってはそうなんでしょうね」
声の主は、ロッソだった。
ファナとトウツは、彼の表情から定まった感情を読み取れなかった。悲しみか。怒りか。軽蔑か。それとも虚無か。
二人はロッソの表情からそれを読み取ろうと考えるが、行き当たる感情に覚えがなかった。おそらくそれは、フィオを失って初めてわかる感情なのだろうと、二人は勝手に納得する。
「なぁなぁ、ロッソ。ルーグは幸せになったのだ?」
その場に似つかわしくない、あっけらかんとした声色でノイタが呟く。
「あぁ、そうかもね。師匠はずっと、これを待っていたんだと思うよ。だから、そうだね。ルーグ師匠は幸せだったんだと思うよ」
「だった?」
ノイタには分からない。何故、ロッソがルーグの幸せを過去形で表現したのかを。
「ロッソ、ロッソ」
「何だよ、もう」
ロッソは正直、ノイタに構いたくなかった。自分の中で湧き上がる、黒い感情の処理の仕方が分からないからだ。彼は生まれた時から奴隷で、家族と呼べる人も、大切な人間もいなかった。無関係な人間の死は多く経験しているものの、縁故のある人間の死への耐性がなかった。とにかく一人にして欲しかった。この感情と向き合う時間が欲しかった。
「ルーグは今でも幸せだと思うぞ?」
「何でだよ」
「顔を見るのだ」
不躾にルーグの死に顔を覗くノイタに、生理的嫌悪を覚える。この娘はこういう子なのだと自分を言い聞かせ、ロッソもルーグの顔を覗き込む。
ルーグは笑いながら死んでいた。
生前、見たこともないくらい穏やかな表情だった。
「な?」
「……そう、かもね」
ほう、とロッソが息を吐く。息と一緒に、行き場のない感情が漏れ出るような気さえした。
「手をかそう。戦時中だから、簡素なものしか作れないが。墓は必要だろう?」
ロッソが振り向くと、そこにはカイムがいた。
「エルフ式で構わないかしら?」
「うちの師匠。あなた達の心情で言う
ロッソは博識ではない。それでも、自分の師匠がエルフにとって穢らわしく思える経歴の持ち主だと言うことは理解している。
「構わんよ。一度ついた汚れは決して消えることはない。それはその人間の歴史だからね。だが、そこの彼は死ぬまで汚れを落とし続けた。違うかね?」
「……よろしくお願いします」
カイムとロッソは、二人でルーグの亡骸を布に包む。レイアはワイバーンのマントでフィオを包み込む。フィオはいつの間にか、元の幼児体型に戻ってしまっていた。フィオを抱き上げながら、レイアの頭に疑問が飛び交う。フィオの魔法はおそらく、妖精に由来するものだろう。不老の薬の効果は除去され、押し出されたはずなのだ。ところが、半妖精化の魔法が解けた瞬間、また不老の薬の効果が戻ったのだ。
「これって、本当に薬の効果なのかしら? それよりも、呪いに近いような? いや、それよりも強固な何かだわ」
ぶつぶつと呟くレイアの後ろでは、ノイタがちゃっかりと透明化ローブを回収している。
「あぁ、それと」
カイムがトウツとファナの方を向く。
「仕上げは君たちに任せるよ。それを討伐したのは、君たちの手柄であるべきだ」
「わかりましたわ」
「フィオをよろしくね〜」
ファナとトウツが手をひらひらと振って、カイム達を見送る。
歩いて、一人の男の元へと歩み寄る。
「あら。逃げませんのね」
「逃走なんざ、弱者のすることだろうが」
地面に大の字で倒れているライコネンが答える。
首元から血が溢れている。もう長くはない。
「うわ、きっしょ。まだ生きてるの」
「うるせぇ、変態兎」
トウツの感想に、ライコネンは軽口を叩く。今から訪れる死を、まるで恐れていない。
「死ぬ前に、何か一言なぁい?」
「……フィオ・ストレガに伝えてくれねぇか?」
「なぁに?」
「あの世で、またやろうぜってな」
「絶対伝えな〜い」
トウツが腕を振る。
半分千切れていたライコネンの首が、ついに胴から両断された。
「わたくしは、この首を掲げて敵軍に見せつけてきますわ。戦況も変わるでしょう。貴女は休んでなさいな」
「うっわ、珍し〜。ファナちゃんが僕に優しいなんてね」
「フィオを守るという一点において、貴女ほど使える駒はありませんの」
「前言撤かぁい」
トウツが胸の前でばつ印を作る。ちなみに、トウツはこのポーズをすると胸が強調されることを知っている。フィオの目線が胸元へ吸い寄せられることも知っている。そして、それを見たファナのこめかみに青筋が走ることも知っている。
「はぁ、一段落つきましたわね。後は、あれをどうするかですわね」
トウツが去った後、ファナは疲れた顔で上空を見上げる。
そこにはルーク・ルークソーンの激しい猛攻をかわし、撤退する魔王がいた。よほどの手練れが加勢しなければ、魔王は吸血鬼たちと合流して逃げ切るだろう。そして自分も含め、あれに加勢する余裕がある実力者はもう、いない。
「マギサお婆様の話、フィオにどう伝えたものかしら」
ルーグのことで失意の中、彼は気絶した。起きた時に、マギサ・ストレガの死も伝えなければならない。
ファナは陰鬱な雰囲気を纏いながら、ライコネンの首を持って西へ歩いていった。
魔王軍四天王並びに、獅子族の長ライコネン・アンプルール。退場。
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