第273話 世界樹行こうぜ!世界樹!16(vs雪山の怪物2)

 長く太く、白い腕が鞭のようにしなり殴打してきた。


『甘い!』


 俺は瑠璃から飛び降り、応戦しようとした。

 したが。

 したんだけど。

 飛び降りた先の雪の中にストンと埋もれてしまった。

 あまりにも綺麗なボッシュートだったので、雪の中で笑えてくる。笑ってる場合じゃないんだけど。


『我が友ふざけている場合ではない!』

『いやこれでも真面目なんだけどっ』

『カー!』

『ナハトてめぇ!そのカーは馬鹿にするカーだろ!』

『我が友!いつまでも埋まってないで出てこんか!』

『はい!ちょっと待ってください!』


 急ぎますので!急ぎますので少々お待ちを!

 雪をかき分けかき分け、ビッグフットがいる気配のところへ進む。上からは衝突音が聞こえる。瑠璃が応戦しているのだろう。雪の中へ重量感のある地響きが聞こえる。巨大なサラマンダーの姿で応戦しているのだ。


『なるほど。瑠璃が地中から奇襲するときはこんな感じだったのか。貫いてやろうか。氷結柱アイスメイクピラー!』


 外から打突音が聞こえる。「ウゴゴ!」という叫び声も。ちゃんとヒットしたようだ。なるほど。水魔法と火魔法の2属性を必要とする氷魔法も、この雪山だったらお手軽に発動できるわけだ。氷魔法の練習にもってこいである。

 氷魔法といえば、頭の中にイリスがちらつく。

 俺が使い始めたら、あっという間に俺以上に氷魔法を使いこなしてみせた才女。王家とマギサ師匠の血筋を引いた生まれついての強者。

 すぐに頭から振り払う。今はビッグフットだ。こいつを倒すことが、優先だ。


『ずっと雪山に住んでるということは、熱への耐性はあるのかな』


 興味が頭をもたげてくる。

 試してみようか。


紅蓮線グレンライン


 真下から火炎放射を放つ。自分の頭上で多段ヒットする手応えが返ってきた。

 と同時に、ビッグフットが接近する気配。雪をかき分けてこちらへきているのだ。流石に俺の攻撃に嫌気がさしたのだろう。後ろから瑠璃に攻撃されているが、無視している。


『それは困る』


 風魔法で空に飛び上がり、上空から火魔法を連射する。手応えは感じるのだが、大きなダメージにはならないようだ。ビッグフットは牙を剥いて怒っている。背中には多くの刺し傷や切り傷がある。瑠璃によるものだろう。


『脂肪を溜め込んでおるようじゃの。それが温度を遮断しておる』

『寒さだけでなく、熱そのものを遮断しているんだな。斬った時の感触が違うわけだ』


 瑠璃と合流して話す。瑠璃はサラマンダーの体表にオリハルコンブレードやアーマーベアの刀を生やしていた。


『血を流させる方が確実じゃ。皮膚も脂肪も分厚すぎるの。失血させれば体温調整もできなくなるじゃろ』

『やっぱ、こっちの方が確実か』


 俺は紅斬丸を構える。

 少し離れたところで、ビッグフットが雪から顔を出した。


『何であんなに離れてるんだ? あいつ』

『警戒しておるようじゃの』

『警戒って、あぁ、紅斬丸のことか』


 奴は凶悪な顔を僅かに強張らせている。目線の先には俺の手元にある切先。最初に指を斬られたのだ。それは当然警戒するだろう。知能が低いわけではないらしい。なんだかんだいって、二足歩行するまでは進化している魔族なのだ。


 しばらく睨み合いが続き、時間のみが過ぎる。

 やつに勝つだけならば、時間が過ぎることは問題ではない。

 だが、ここは雪山だ。他の魔物が来ると困る。それはやつにとっても同じなのだろう。表情に焦りが見える。


 しびれを切らしたのはビッグフットの方だった。

 踵を返し、山の上の方へ駆け出す。


『逃げるのかよ!』

『どうする!? 我が友!』

『追う!一体でも多く魔物を倒さないと!』


 俺たちは弾かれるようにビッグフットを追う。戦闘を途中で切り上げる判断。知れば知るほど、人間に近しい考えをもつ魔物である。


『人に近いからといって、配慮する余裕はないんだけどなっ!』


 風の刃を作り、やつに放つ。バツンと音を立てて、腱が切れる音がする。ズシャッと奴が倒れるが、そのまま雪に入り逃げようとする。


『それも対策済みだ』


 俺は魔力を飛ばし、雪ごと浮遊させてビッグフットを捉える。


「ウゴー!」

 ビッグフットが暴れるが、逃げ場がない。


 生命活動をしている魔物を直接操ることはできない。だが、自然に干渉して操ることができるのが魔法だ。やつにまとわりついた雪は既に俺の手中にある。


『そのまま空中で丸やきにしてやるよ。猿型の魔物を食べるのは初めてだなぁ』

『食あたりしそうじゃのう』

『そうかな?』


 異世界に生まれ落ちて、マギサ師匠の元でたくさん魔物を食べてきたので、俺の胃はかなり頑丈だと思うんだけど。

 ちなみに、魔物を獲って食うのが一般的じゃないのは都オラシュタットに来た時に初めて知った。師匠。もう少し常識を教えてほしかった。


 空中にいるビッグフットが雪ごと爆散した。

 四方八方に肉片が飛び散る。


『我が友、派手にやるのう。素材が回収出来なさそうじゃ』

『いや、俺じゃないんだけど』

『何じゃと?』

『あいつを爆破したの、俺じゃない』

『え?』

「ガアアア!」


 方向が聞こえた。雪に響いてそこらに反響する。

 雪山の丘の影から、赤い塊が飛翔した。


『げ、ワイバーン』

『もはや我が友のストーカーじゃのう』

『せめて可愛い女の子だったらストーカーも許せるんだけど』

『トウツやファナが既におるじゃろう』

『ごめん、訂正するわ。可愛くて常識がある俺のこと甘やかしてくれる黒髪ストレートの胸が大きい女の子だ』

『訂正箇所が多過ぎるのう』

『ちょっと待って。何か聞こえない?』

『……地響きがするのう』


 見ると、ワイバーンの後ろで小さな雪の塊が転がりどんどん巨大な波が形成されていくのがわかる。ワイバーンもそれに気づいたのか、俺たちに突貫することを一旦諦め、高度をあげる。


 雪崩だ。


 どう考えても、ワイバーンの咆哮が引き金で起こったものだ。


『あいつほんとあいつ!ふっざけんなあいつ!』

『逃げるぞ我が友!』


 俺と瑠璃は飛翔した。

 そしてしばらく空の上で、ワイバーンとドッグファイトするハメになったのだった。

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