第272話 世界樹行こうぜ!世界樹!15(vs雪山の怪物)

「ロットンさん!もう一本お願いします!」


 アルの元気のいい声に、ロットンは振り向いた。

 そして驚く。アルから感じる気配が鋭利に整えられている。ついさっき、休憩にやったばかりだ。その短い間に、彼に何があったのか。


「やぁ、休憩はもう大丈夫かい?」

「はい!」


 顔が整ったロットンとアルの組み合わせは、年が離れた兄弟にも、親子にも見える。もっとも、ロットンにはミロワとの間に子どもが2人いる。どちらもアルより一回り年下だ。親というには若すぎるが、この世界では結婚が早いのであり得る取り合わせではある。


「さっきと雰囲気が全然違うけど」

「わ、分かりますか?」

「ああ。まるで別人だよ」


 ロットンの言葉に、アルがにまりと表情を柔らかくする。彼にとって、大事な友人であるフィルのお師匠様。見方を変えれば親代わりの人物と関わりをもてたのである。これは彼にとって喜ばしいことなのだ。


「マギサ様に出会ったんです!」

「元宮廷魔導士のかい?」

「はい!」

「驚いた。数年ぶりに都に戻ったとは聞いていたが」


 都が今落ち着いているのは、それが大きい。マギサ・ストレガという人物が魔王という巨大な波への防波堤になっていると、多くの人間が感じているからだ。

 彼女が抜けた穴を南で埋めているのは、魔法英雄師団ファクティムファルセのメンバーだ。今は国中を飛び回って魔女の帽子ウィッチハット狩をしている。国が予算を出し、大量の斥侯スカウトを国中に放ったのだ。その中には狩猟せし雌狐カッチャカーニャのメンバーもいる。護衛として、黒豹師団パンサーズディヴィジョンも帯同している。

レギア国境や地方では、例の植物型ゾンビの報告が散見されている。それを狩っては、南の警護に戻る。勇者ルーク率いる英雄たちに、どうやら休息はないらしい。

 メンバー三人を欠いても、なお彼らは動き続ける。


「僕も一度お会いしたいなぁ。フィル君のお師匠様なわけだし。でもまぁ、今はアル君が先かな。かの生ける伝説と出会って、何かつかめたんだろう?」

「はい!」

 アルが溌剌と返事をする。


「いいね、楽しみだ。騎士の皆さんに頼んで、闘技場を一つ借りれるか頼んでみるよ」


 ロットンが楽し気に歩き出した。







『うぅ、寒い寒い』


 あまりにも寒いので、神語しんごで話す。口を開いたら冷風が入ってくるやん。魔物に音で気づかれないことも目的の一つではあるけども、風の音が激しいので喋っても大丈夫だとは思う。でも俺は口をつぐむぞ。喋ってはいるけど、つぐむ。矛盾しているようで笑ってしまう。笑おうとしたら顔の筋肉が凍りかけていてぎちぎち引っ張られる感覚がした。何だこれ、やべぇ。雪国の人たちはいつもこの感覚なの? すごくない? 北海道の人、すごい。ロシア人が無表情になるわけだ。これは表情を動かすのすら、億劫になる。


 瑠璃の背中の上で、ワイバーンのローブにくるまって震える。魔法を使って暖を取ってもいいが、この雪山にどんな魔物がいるかマッピングも出来ていない。不用意に魔法を使うわけにはいかない。ここにいる連中は、誰もかれもが持っている魔力は俺以上だ。亜空間ローブの内ポケットから、火属性の魔物からはぎ取った毛皮を身に着ける。顔も凍りそうなので、保温魔法をかけて狐面を被る。お面一個分の保温魔法くらいなら、大した魔力消費でもないし、いいだろう。頭にも毛皮のターバンを巻く。


『初めてアルシノラス村へ行くときみたいな格好になったな』

『懐かしいのう。わしがわが友と出会う時と同じ姿じゃ』

『お互い、かなり様変わりしたけどな』


 俺の装備も、当時に比べると潤沢になった。瑠璃もタラスクの甲羅とバジリスクの頭を除けば、今の方が潤沢な魔物の素材があるだろう。タラスクやバジリスクに代わる素材を見つけて瑠璃に装備してほしいが、あんな伝説級の化け物なんて早々いないだろう。不死鳥フェニックスならいるけど、あれは倒す気がおきない。あれは無理だろう。師匠と一緒に戦っても、多分無理だ。自然そのものと戦うようなものである。


『ワイバーンはどう? 撒いた?』

『姿は見えんの。吹雪いているのが功を奏したの』

『めちゃくちゃ寒いけどな』

『心頭滅却』

『わかってるって。ナハト』


 喚いたところで寒いことは変わらない。我慢するしかないのだ。意外なところでエルフの弱点が出た。この身体、人間よりも寒さに弱いぞ。ヴィーガンを徹底する人もいるから、脂肪をため込みにくい体質なのだろう。


『わが友』

『分かってる。よく気づいたな、瑠璃』

『わが友の方が総合的に斥侯スカウトは出来るが、わしには鼻があるからの。臭いぞ。この敵は』

『臭いのかぁ。なら、さばいて昼ご飯にはできないかな』

『その前に、倒せる相手かが重要じゃ』

『それもそうだ』


 敵がいる。

 数は一体だ。

 有難いことに、群れない魔物のようである。

 空中に放った微弱な電磁波が、その魔物の姿を感知する。雪の中に隠れているらしい。視覚では全く見えない。体色が白いのだろうか。かなり大きい。どう考えても人間よりは体格のある魔物だ。形はわからない。雪の中で縮まっている。


 瑠璃が歩みを進める。

 サラマンダーの体表が、雪を溶かしながら進む。


『瑠璃のこの姿、相手に見つかりやすいな。少しアレンジした方がいいか?』

『今まで倒した魔物に体色が白いものは多くいるの。表面だけでも継ぎ接ぎして取り繕うかの』

『それがいいと思う。体温で感知してくるタイプに関しては、対策が難しいな』

『仕様がないじゃろう。それはここに住む魔物たちのホームアドバンテージじゃ。わしらはよそ者。多少の不利は甘んじて受けるしかなかろう。じゃが、何も対策しないのは愚者がするものじゃ。出来るだけ体温を表に出さずに暖を取る方法を考えようぞ』

『流石。二世紀生きただけある』

『ほとんど沈んでおっただけじゃがの』


 目の前の雪が盛り上がった。粉雪が飛び散り、長く白い腕がこちらへ伸びてくる。俺のエルフの目がそれをとらえる。その手には5本の太い指があった。俺の細腕くらいなら握力だけで潰せそうだ。


『瞬接・斬』


 ミチリという、嫌な感覚が手元に返ってきた。今まで感じたことないくらい、密度の高い肉を斬った感覚。固い繊維が張り巡らされているような、分散された抵抗感。

 サラマンダーを両断した居合切りほどではないにしても、切断までいかないことに驚く。


「ウゴゴ!」


 そいつは慌てて手を引っ込めた。指から赤い血が滴り落ちている。

 よかった。効いてはいるみたいだ。真っ白な雪の絨毯には、赤い断面をした指が2本落ちている。

 巨体に似合わない速度でそいつは距離をとった。

 5メートルはあるだろう体長。長く、太い腕。足は短いが、脚力があることがその太さから見て取れる。体毛はごわごわして白く、太い。まるで天然の鎧のようだ。全身白で覆われているが、手先と足先、顔面だけが毛に覆われていない。鼻が低く、目は落ちくぼんでいる。頭の形は角ばっており、顎が強そうだ。首が太すぎて肩との境目がわからない。肩から上がまるで三角形のようになっている。

 そいつはゴリラのようだった。

 そいつは巨人のようだった。

 そいつは2足歩行だった。


『……ビッグフットか』


 人へ進化しそこなった野生の怪物。それがこの魔物への評価だ。雪山で戦い続けて生きてきたため、知性が育たなかった。文化が育たなかった。歴史が重なることがなかった。積みあげられたのは、種族としての個の力のみ。

 落ち窪んだ暗い瞳が、初対面の俺を怨敵のように見つめる。そりゃそうだ。指を斬られたんだから。でも、おあいこだろう。急に殺しにかかったのは、向こうだから。


『わが友、いけそうかの?』

『初激で指をとった。しかも血が流れてる。ということは、倒せるということだろう?』

『そうじゃの』


 俺と瑠璃は獰猛に笑った。

 ナハトは呑気に、開始のゴング代わりに鳴いた。

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