第271話 世界樹行こうぜ!世界樹!14

 洞窟を抜けるとそこは雪山だった。


 あれ、何か前世読んだ小説でそんな導入あったっけか?

 まぁ、いいや。

 サラマンダーが破壊した溶岩窟の横穴。それは外へ繋がっていた。戦いに夢中で気づかなかったけど、外は雪山だったのだ。一体どういう気候をしているのだろうか。溶岩窟と雪山が隣接しているだなんて、元いた世界では絶対有り得ない取り合わせだと思うんだけども。いや、もしかしたら俺が知らないだけで、元いた世界にもあったのかもしれないけど。俺が死ぬ前なんて、異常気象が頻発してたし、そういうところもあったかもしれない。北海道が暖冬だとか。沖縄に雪だとか。そういうこともあったし。有り得ないとは言い切れないのかもしれない。

 肌が温度差でぱりぱりと乾いて、霜をとてつもない早さで作り出す。ついさっきまで溶岩窟のうだるような暑さで汗腺が全開だったのだ。そこに突き刺さるような冷風が流れ込んで、身体の芯にシトラスをぶち込まれたような感覚がする。


「うぅ!ちべてっ!瑠璃!瑠璃、温めておくれ」

『仕様がないのう。変態・火蜥蜴』


 瑠璃が身体を変形させる。先ほど討伐したばかりのサラマンダーだ。ただし、サイズは本物よりも小さめだ。ポニーみたいな可愛らしいサイズである。その背中に俺は抱き着くように張り付く。平べったい瑠璃の頭の上には、ナハトが足をたたんでくつろいでいる。

 しかし、体積どうなってるんだろ。これ。キメラは敵の死体の一部を継ぎ接ぎする魔物だ。体内に圧縮収納する力はないらしい。じゃあ、瑠璃ってどういう魔物だ。ううん、意味がわからん。はっきりわかることは一つだけだ。瑠璃はどうしようもないくらい可愛いということ。


「はぁ、あったけぇ。ありがとうございます。ありがとうございます」

『何で敬語になるんじゃ』

「暖を取る時、気持ちがやわっこくなるんだよ。何となく」

『何となく、かの』

「そう。何となく」

『カー』


 心なしか、ナハトの鳴き声も優し気に感じる。


 ズドン、と爆発音が聞こえた。

 見ると、俺達が抜けた横穴のすぐに近くで、新しい穴が激しく音を立てて穿たれていた。岩肌が焼け焦げて消滅している。冷たい風に焦げた臭いが混ざる。


「げ、お前かい」

「ガアアアア!」


 元気よく挨拶を返してくれたのは外でもない。腹に傷がついたワイバーン君。このエルフの森深層に突入したときに出会ったお得意さんである。いや、こちらからは一切お近づきになったつもりはないんだけども。



「瑠璃。回避行動」

『戦わんのかの?』

「流石にサラマンダー後は無理。瑠璃のフォローあってもまずいと思う」

『わが友が命を大事にする判断が出来ているようで、安心するの』

「そうだろうそうだろう」


 瑠璃が地を這いながら素早く動く。俺は防御魔法でワイバーンをけん制する。

 意外にも、簡単に逃げられそうである。というのも、ワイバーンの動きも妙に鈍いからだ。


「お、距離がひらいていくぞ」

『何でじゃろうな』

「……もしかして、トカゲだから?」

『まさか。すぐ適応するじゃろう。火属性の魔物じゃぞ』

「……どうもそうっぽいな」


 見ると、ワイバーンの周囲で赤い魔素が煌めいている。それは徐々に振動して熱を帯び、ワイバーンの身体をコーティングしていく。身体に積もっていた雪が少しづつ溶けていたのだが、明らかに溶ける速度が速くなっている。というか、雪が触れた瞬間に蒸発している。


「ありゃ、雪どころか俺も触れたら蒸発しそうだ」

『逃げようかの』

『くわばらくわばら』


 ナハトの呟きに合わせて、俺は瑠璃に身体強化ストレングスをかける。雪を弾き飛ばしながら、俺達は雪山の登山を始めた。







「なんだい。お前さんが、フィルが言ってたガキかい」

「え?」


 アルケリオ・クラージュは、色素の薄い金髪をなびかせて立ち止まった。表情に張り付いている感情は困惑。と同時に直観した。この老婆は、自分よりも強い。

 アルケリオは天性の強者である。たとえ現状負けることはあっても、訓練すれば越えられるという実感を誰に対してももってきた。フィル相手ですら、あわよくばその気持がある。

 だが、目の前にいる老婆はどうだろう。まるで底が見えない。

 それゆえに、困惑している。


 今日は王宮の一角を借りて、ロットン達と訓練している最中である。シャティ先生が剣術指南役として連れてくるだけあって、アルはまだ一太刀も当てることが出来ていない。その上、全て飲み込む蒼オリハルコンフリュウを放ってもギリギリいなすだけの実力がある。彼に何とか勝ちたい。そうでなければ、また武者修行に飛び出したフィルと肩を並べて戦うことなんて、夢のまた夢だろう。

 そう思っていたら、ロットン師匠以上の巨大な壁が普通にそこにいたのだ。

 アルでなくとも困惑するだろう。


「やぁ、マギサちゃん。小さい子どもにそんな凄んだら駄目だよ。淑女らしく優しく接しないと」


 元宮廷魔導士、マギサ・ストレガは一人の男性と一緒にいた。というよりも、老人だろうか。身体は節くれだって、今にも折れそうだ。

 だが、アルは感じた。この風が吹けば折れそうな老人には、強靭な鉄のような芯があると。

 一体何者だろうと、アルは考える。そして気づく。老人が羽織る豪奢なローブに描かれた紋章。王家の紋章である。


「は、えっと。王族の方でしたか!えっと、クラージュ領の長男、アルケリオです!」

 慌てて膝をつくアル。


「そこは石畳じゃ。痛かろうに。立ちなさい」

「えっと」


 アルは困る。言われた通り立つべきか。それとも、敬意を示すためにこの姿勢を維持すべきか。ちらりと、二人が座る丸テーブルの脇にいる騎士に目線を送る。彼らは直立不動のままで、こちらを見てこない。というよりも、余裕がないようだ。

 それほどに、重要な人物なのだろう。この2人の老人は。


「マケイルは割と素直な爺だよ、ガキ。言われた通り立つがいいさ」


 意外にも、気が強そうな老婆が助け舟を寄越したことに、またもアルが困惑する。同時に驚いた。マケイルという名で王族。ということは、目の前にいるこの老人は先代の王ではないか。身体が悪く、あまり表に出ないとは聞いていたが。現任の王のメレフレクス王と同じく、優し気な眼をしている。


「ということは、マギサ・ストレガ様?」

「だから、さっきマケイルが言っていたろうに」

 マギサがため息をつく。


「フィルのお師匠様!」

 ぱっとアルの表情が明るくなる。


 彼にとってフィルに関わる人間は、全て自分にとってポジティブな関わりをもつことができる。アルは勝手にそう考えている。


「ふん。ガキらしいガキだね。馬鹿弟子もこのくらい素直ならもっと可愛かったものを」

「おや、マギサちゃん。君は弟子のことを少なからず可愛がっているんではないかい?」

「五月蠅いね。だから王宮には帰ってきたくなかったんだよ」

「私としては、死ぬ前にマギサちゃんが戻ってきてくれて嬉しいよ」


 アルは不思議そうな表情で老人たちのやり取りを見る。

 これが、かの有名なマギサ・ストレガ?

 噂話やフィルの話からは、想像できないほど穏やかである。身体から迸る魔力と言葉遣いの粗さだけが、彼女の苛烈さを雄弁に語ってはいるが。


「……大した魔力だねぇ。私がガキの頃でも、ここまではなかったよ」

「それは本当かい? マギサちゃん」

 マケイルが目を丸くする。


 マケイルにとって、マギサは愛する伴侶であり誰よりも強い女性だった。彼女が率直に自分以上だと評する人物など、今まで聞いたことがない。


「ふん、でも使い方がずさんだね。フィルの阿呆はそれなりに鍛えたと言っていたが。なんだい、基礎も完成しきっちゃいないじゃないか」


 マギサが言うことは正確には違う。アルケリオが持つ魔力は異常なほどに高いので、普通はまともにコントロールが出来るのは身体が完成する二十歳前後になるだろう。フィルはそれを見越してアルの基礎鍛錬に付き合った。暴力的な魔力を御するための心と体の強さを手に入れるためだ。つまり、ほぼベストに近い鍛え方をしているのだ。

 だが、マギサから言わせればそれでも時間が足りないのだ。

 魔王という脅威がすぐそこに迫っている。

 アルケリオは今でも強い。しかし大器晩成型だ。一足飛びに成長しているように見えるが、それは彼の力の底が深すぎるだけである。


「こっちに来な、ガキ」

「はい」


 アルはひょこひょこと素直に近づく。マギサは少し驚く。堂々と自分に近寄る人物は自分の長い人生であまりいない。それこそ、王族の身分でありながらしつこくプロポーズしてきたマケイルくらいである。

 マギサがアルの額に手をかざす。

 すると、一気に自分の魔力が無理やり流される感覚がした。


「僕の魔力を、操っている?」

 アルは愕然とする。


 フィルにも魔法の阻害はされたことがある。

 だが、体内にある魔力をまとめてコントロールされるなんて、聞いたことがない。


「ふん。私の魔力とお前さんの魔力を同調させただけさ。お前の身体が、私の魔力を自分の魔力だと勘違いするくらいにね」


 昔フィルがやったことと同じである。しかし違う点がある。アルの暴力的な魔力を完全に掌握していることだ。それはフィルには逆立ちしても出来ない芸当。これがこの国の頂点。元宮廷魔導士であるマギサ・ストレガである。

 アルは納得する。自分の同級生の力の背景に、この怪物のような老婆がいたのだ。この魔女と生まれたときからずっと一緒にフィルは過ごしている。それの何と苛烈な人生か。多くの魔法使いはこう思うだろう。羨ましいが、やるかと言われればやらないを選ぶ人生であると。シャティやエイブリー辺りは喜んで飛びつきそうではあるが。


 アルは自分の身体に流れる魔力が綺麗に整頓される感覚がした。まるで血液のように。植物の茎を通る水分のように。蟻の行列のように。整備され、均され、平らにされる自分の魔力たち。かちりとはまる感覚がした。あぁ、これだ。自分が行きつきたかった感覚。この感覚さえ覚えれば、自分の膨大な魔力に振り回されず魔法が使えるはずだ。ヒル先生の指示通り、自在に魔法が使えるはずだ、と。

 その確信があった。


 ふっと、その感覚が消える。

 すると、すぐに自分の魔力の流れがちぐはぐになる。

 今まではそれが当たり前だったそれが、綺麗な魔力の流れを知ったアルには、それがどうにも恥ずかしいものであることのような気がして顔を俯いてしまった。まるで粗相をした童子のようである。


「ふん、今の感じを忘れるんじゃないよ」

「は、はい!」

 アルは弾かれるように答える。


「行きな。訓練があるんだろう?」

「はい!ありがとうございました!」

 ぺこりと2人にお辞儀をして、アルが弾けるように王宮の訓練場へと急ぐ。


 アルは試したかった。あの感覚。あの魔力の流れ。それを上手く使えれば、ロットンにも一太刀入れることができるかもしれない。その期待を胸に、王宮の中を足早に動いた。


「素直でいい子じゃないか。クラージュ領はしばらく安泰かな?」

「その前に国が滅びそうだけどね」

「心にもない話を。君がそうさせないだろう? 今日だってそうだ。マギサちゃんは、あの少年に会うためにここにいた」

「ふん」

 マギサはマケイルを無視して、紅茶を口に含んだ。


「それにしても、珍しいね。ああいう手伝いは普通しないだろう? 君は、自力でたどり着くことに重きを置いていたと思うけども」

「今は時間がないからねぇ。馬鹿弟子も時間内に鍛えられてるかどうか、わかったもんじゃない」

「僕は君の教育方針にちょっと疑問があるのだがね。手元に置いて安全に弟子を育てようとは思わなかったのかい?」

「あの馬鹿弟子の課題は、小手先とかではなくて単純な魔力量だよ。とにかく馬鹿になって魔物を倒すしか道はないのさ。それさえ解決すれば、あれは私も超えるさ」

「君をかい? 今日は驚くことが多いね」

「まぁ、とはいっても百年後くらい先の話だろうがね」

「それもまた、首が長くなる話だ」


 マケイルは笑った。

 マギサは渋面になった。


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 誤記がございましたので、ここで捕捉しておきます。

 かなり前の話で、マギサ・ストレガは先々代の王との伴侶という話をしていましたが、正しくは先代の王でした。申し訳ありません。

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