第270話 世界樹行こうぜ!世界樹!13

 ロケットのようにサラマンダーが突っ込んできた。


 恐ろしいほどに直線。愚直なまでに小細工なし。そしてそれは、この魔物に小細工など必要ないことを示している。

 もちろん俺は付き合わない。


「おっと」


 電磁加速エレクトロアクセラレートで横にステップしてかわす。

 熱風がすぐ横を吹き荒れて肌が焼き付くように熱くなる。元々この洞窟はうだるように熱いが、肌が泡立つかと思うくらいに体感温度が跳ね上がる。

 ズドンと、破砕音が鳴り響く。衝撃で天井から岩石がいくらか落ちてくる。それを直立不動で身体強化ストレングスで弾く。


 次弾がくる。

 サラマンダーの筋肉が膨張して、またも直線。


「馬鹿の一つ覚えだ、なっ」


 電磁加速でステップを踏む。反復横跳びの動きだけで、10メートルほど一瞬で動くことができる。消費魔力は普通の身体強化よりも多いが、やはりこの移動性能は素晴らしい。シャティ先生と出会えたのは本当に幸運だった。

 俺はやはり、運がとてもいい人間なのだろう。


 俺から攻撃をかわされたサラマンダーが、壁にバチンと張り付く。すぐに四本の足が膨張して一気に弾んできた。


「その巨体でバウンドできるのかよ!?」


 壁から弾んできたサラマンダーが連続攻撃に転じる。攻撃をかわされるからといって、直線的な攻撃をやめることはない。やつは自分の長所を捨てることがない。それは単細胞なのか、絶対的な自信なのか。

 爆発的にサラマンダーの消費魔力が増える。火の玉すら超越して、もはや閃光だ。


「当たらなければ、もっと速く、か。考えがシンプルで好きだぜ!」


 俺もまた、魔力をつぎ込んで加速する。

 まずは目を慣らす。自分もまた加速していけば、その加速する景色の流れに対応できるはずだ。ここでエルフという種族の特性が生きてくる。森の狩人であるエルフは、目がいい。動体視力は普人族よりも抜群に高い。魔法の素養、長寿、そして耳もいい。生まれた瞬間、俺を取り巻く環境は地獄のようなものだったけど、不幸中の幸いを拾い続ける人生である。ちなみに、トウツに薬を飲まされて身体が小さくなっているのも不幸中の幸いである。サラマンダーにとってはやりづらいはずだ。的があまりにも小さすぎる。


「よし、目が慣れてきたな」


 すっと両足を肩幅くらいにスタンスをとり、両手を前に突き出して、サラマンダーを待つ。


「シィイアー!」


 何の迷いもなくサラマンダーが飛び込んでくる。


身体強化ストレングス


 電磁加速ではなく、俺は身体強化を選択した。

 自分を強化したところで、サラマンダーの突撃は受け止められない。そんなことはわかっている。俺が強化するのは自分自身ではない。サラマンダーを・・・・・・強化する。

 半歩動いて特攻をかわす。

 そしてサラマンダーの巨大な腹を撫でる。

 俺の魔力がサラマンダーに乗算される。

 サラマンダーが更に加速する。


「シィア!?」


 自身の加速に対応できなかったのか、サラマンダーが壁に突っ込み岩盤が吹き飛ぶ。身体強化をかけたが、体を頑丈にしたわけではない。俺が付与したのは「速度」だけである。

 吹き飛んだ溶岩窟の壁の向こうから、肌が痛くなるほど冷たい風が入ってくる。


 瓦礫の中からサラマンダーが岩を弾き飛ばしながら現れる。トカゲでもわかるほど、表情が怒りに煮えたぎっている。太ももが膨張するのが見て取れる。


「けっこう単細胞なのな。性懲りもなく同じ攻撃か」


 俺は両手を前に構える。


「シィア!」


 壁を破壊しながらサラマンダーがロケットスタートする。俺は両手にもう一度魔力を込め、半歩さがる。


 爆風が吹き荒れた。

 目の前で熱風が吹き荒れる。


「逆噴射したのか!?」


 怒っていたのはブラフか!


 速度が落ち込んだサラマンダーが、近くで立ち止まり尻尾で攻撃する。俺はそれを地面に張り付いてかわす。すぐさま回転して、尻尾を縦に振り下ろして叩きつけてくる。地面を転がりながら距離をとる。それに向かって追い打ちの紅蓮線グレンライン。電磁加速で一気に距離をとってかわす。

 もう一度、サラマンダーがロケットスタートして肉薄してきた。


「それはやばい」


 サラマンダーと共に、壁に突っ込む。俺は胎児のように体を丸めて身を固める。これは対処できない。ノーダメージは諦めて、対ショック体制に入る。

 が、背中への衝撃はこなかった。

 柔らかい何かに包み込まれる感触がする。

 見ると、サラマンダーはそのまま壁に突っ込んで轟音を立てている。

 俺は蜘蛛の巣に引っ掛かっていた。


「……瑠璃か」

『わが友!大丈夫か!?』

「大丈夫だよ。まだヘルプは必要なかったんだけど」

『あれのどこが大丈夫だったんじゃ!?』

「いやだって、大怪我はするだろうけど死にはしないだろうし」

『不用意に命を賭けすぎじゃ!』

「えっと、ごめん」


 犬の悲しそうな表情は、本当に俺に効くからやめてくれ。全くもって、可愛いやつである。


『カー』

「お前は可愛くないな。ナハト」

『憎さ百倍』

「憎さが現れるのは可愛さが余ってからだからな? 余ってないからね? お前の可愛さ」

「シィイアー!」

「うわ喋ってたらあいつ復活しちゃったじゃん!」

『なんじゃその余裕は……』

 瑠璃が呆れた顔をする。


 余裕なんてねぇよ!俺はいつだって必死だ!


 サラマンダーが火を体中から吹き出しながら突っ込んでくる。瑠璃の蜘蛛の巣をまとめて焼き払うつもりだ!


「まぁ、待てよ。次試したい技に付き合ってくれよ」


 俺は紅斬丸を構える。腰に刀を吊るして片足を後ろに引く。オーソドックスな抜刀の構えだ。刀の刃は上向き。自分の頭部の上を撫で斬る姿勢だ。

 サラマンダーが突っ込んでくる。

 その真下に、俺も突っ込んで身体をねじ込ませる。目の数センチ先が地面。背中のすぐ上はサラマンダーの腹。そこに、分け入るように刀を差し込む。かちりとはまった感触が手元に返ってきた。肉や骨を断ち切る感じはまだしも、鱗に刃が当たった感触すらない。綺麗に、細胞を分け入った感じ。

 これが実感できるのは、感知魔法をひたすら鍛えたからこそだ。

 感知できる範囲をミクロの世界までに極めたとき、自分の抜刀が敵の身体を押しつぶしているのだと気づいた。そうじゃないのだ。本当の抜刀は、細胞と細胞の繋がりを分け入る感じ。

 トウツがそうだ。彼女は忍者である以前に、剣客である以前に、斥候スカウトなのだ。そしてその役職に求められるのは、特別強力な探知能力。彼女は天性の直観でこの感覚を知っていたのだ。


 サラマンダーの腹が綺麗に分かれる感覚がする。


 ズドンと音がする。サラマンダーが壁に突っ込んだのだ。

 壁に突っ込んだサラマンダーから、魔力の反応がすぐさま無くなる。


「これでやっと、トウツと同じ土俵くらいには立てたかな」


 知れば知るほど、自分のパーティーの前衛が化け物だと再確認する。

 この深層に入ってよかった。俺はもっと、「強さ」を知ることができる。


 紅斬丸にはサラマンダーの体液がまったく付着していない。あれだけ綺麗に抜刀できれば、血のりを拭くことすら不要なのか。自分で自分がやったことに驚く。


 俺はゆっくり納刀し、瑠璃たちのところへ歩いていった。

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