第269話 世界樹行こうぜ!世界樹!12

『わが友、正面から行くなどと言うてくれるな』

『わかってるともさ』


 俺は気前よく返答する。

 その顔を見た瑠璃が「本当に?」とでも言いたげな顔でこちらを見てくる。イヌ科の表情は雄弁だ。


深層ここのサラマンダーと正面で戦うのは危険なことくらい、言われなくともわかってるよ』

『疑心暗鬼』

『ちょっとは信頼してくれよ……』


 ナハトまで。あんまりな言いようである。


 俺も瑠璃もナハトも、溶岩窟の天井に張り付いている。ナハトは当たり前のように体を上下反対にして天井に立っているわけだけども、どうやってるんだそれ?

 真下にはサラマンダーがいる。

 こちらに気づく気配は一切なく、呑気に溶岩を飲んでいる。


『溶岩飲むって、どういう身体の構造してんの?』

『火の魔素マナを取り込んでおるのじゃろう。ついでに飲んだ溶岩で体を形成しておる。わしと似たようなことをしておるの。身体を硬質化させる物質も、体表に現れておる』

『いや、理屈ではわかるよ? 草むらに住む虫が草食べるのと同じノリだろう? 理解はできるけど、納得が追い付かないんだ』

合成獣ごうせいじゅう、寡聞に摩訶不思議なれば』

『ナハトの言う通りだ。瑠璃の方が、よっぽど謎生物だったな。そう言えば』


 最近、ようやくナハトの言いたいことがわかるようになってきた気がする。

 キメラの中でも、瑠璃はやっぱり特殊だと思う。

 何故瑠璃は2世紀ほど生きてるんだろう。キメラって、犬型の魔物と同じくらいの寿命らしいんだけど。もしかしたら、瑠璃はキメラですらない何かなのかもしれない。知らんけど。


『不意打ちの攻撃は、どうするかの?』

『雷魔法は魔力を練るのに時間がかかる。ここは、オーソドックスに行こうかね』


 音もなく、ドリルを取り出す。


『わが友はそれ、好きじゃのう』

『好きなのもあるけど、亜空間ローブに作り置きしてあるから便利なんだよこれ。魔法のデメリットは構築に時間がかかること。こいつは取り出して武器強化ストレングスするだけ。お手軽だろう?』

『そうじゃの。わしは何をすればいい?』

『退路の確認。漁夫の利を狙う者がいればすぐ知らせてくれ』

『あいわかった』


 瑠璃がアラクネの糸を周囲に伸ばしていく。

 振動で敵を察知するためだ。


『さて、と。狙いは脳天。でも、震えるほどでかい脳みそもってんのかな』


 脳震盪でもしてくれれば楽なんだけども。

 どんなに巨大で強力な魔物と言っても、トカゲである。前世でもっと生物の勉強しておけばよかった。この世界、あんまり生物学は進んでないみたいだからなぁ。


『音もなく串刺しにしてあげよう、火トカゲ君。超合金螺旋突貫フルメタルドリルライナー


 ぱっと天井から手を離し、一気に加速する。ドリルを限界まで硬化させる。周囲にふんだんにある赤い魔素を取り込み、ジェット噴射させて垂直下方向に加速する。


 着弾。

 轟音を立ててドリルがわずかにひしゃげる。

 手元に強力な反動が返ってくるのが分かる。同時に、軸がわずかにずれたことも。


「当たった瞬間、首をそらしたのか!」


 ドリルごと弾かれて、俺は地面を転がり体勢を整える。


「シィイアー!」

 サラマンダーがこっちを向いた。


 チロチロとした舌を出し入れして、強力な眼力で見てくる。

 だが、その眼力は一点からしか伸びてこない。

 片方の目を潰したのである。顔の隅が、わずかにえぐれている。


「いいね。その不利な状況で、俺と戦えるかな?」


 火の玉が返事だった。

 サラマンダーから大量の火球が放たれる。それは重苦しい質量を持ち、轟音を立てて迫ってくる。

 どう見てもただの火球じゃない!


「中に鉱物が混じってるのか!?」


 俺はステップワークでかわしながら観察する。

 なるほど間違いない。溶岩を飲んでいるということは、鉱物やガラス質も取り込んでいるのだ。全て消化せずに、武器として用いているのか。体内の物質を武器に用いるのは、偽青龍海牛ブルードラゴンモドキの専売特許というわけではなかったらしい。


「当たったらまずいやつだな!?」


 その威力を魔力視の魔眼マギ・ヴァデーレで見るとよくわかる。やつの魔力が練られたそれは、即死とはいかずとも当たったら確実に戦況が決まる攻撃である。


「はは、初めてワイバーンと戦った時を思い出すね!」


 当たったら終わり。実にシンプルだ。やることがシンプルなことは、素晴らしいことだ。俺は地頭がいい人間ではない。マルチタスクが苦手なのだ。この技は受けるべきか、かわすべきか。まどろっこしい。択があるということは、面倒だ。全てかわせ。一発も当たるな。実にシンプルでやりやすい。


「っしゃおら!」


 水砲ウォーターカノンを放つ。

 サラマンダーの横っ腹に着弾する。対したダメージにはなっていないが、燃え盛るように熱い体表をもつ敵にとっては面倒な攻撃だろう。燃えて赤くなっていた体表が冷えて黒ずんだのが見えた。


「シィア!」


 怒ったのか、更に火球を増やしてくる。

 俺は踊るように、煽るようにそれをかわしていく。


「手数は多いね!さすがは火の地竜もどきと呼ばれ、精霊の子孫とも呼ばれる魔物!でも、お前程度の化け物なんざ見飽きてるんだよ!」


 足元が帯電する。

 電磁加速エレクトロアクセラレート。視界に広がる風景が一気に加速する。

 だが、やつの目線はしっかりと俺を追っている。

 この速度でも振り切れないか!

 サラマンダーが更に火球を増やすが、俺が通り過ぎた空間を打ち抜くのみである。


「はは!目は追えても攻撃は追い付かないみたいだな!」


 天井を駆け上がりながら、岩肌に触れる。

 ガコンと音を立てて、天井から直径5メートルほどの岩が外れる。俺が地魔法で操作したのだ。


「食らえ。巨大岩石砲ロシェプーシカ


 魔力で強化して、サラマンダーに向けて放つ。

 岩がもつ質量分、やつの火球に威力で打ち勝つ。

 が、やつもまた地面で加速してあっさりと攻撃をかわす。


「はっや!足はっや!体でかくてもやっぱトカゲだなおい!うわ!」


 天井で驚いていると、熱線が真横を走った。

 紅蓮線グレンラインだ。やはり火属性の魔物だから、当然使えるか。


「こえぇな、おい」

『わが友!手を貸そうか!』

「まだ大丈夫!」

『無理は禁物じゃぞ!』

「わかってる!」


 ぱっと天井から垂直に地面へ飛び立ち、着地と同時に正面へ加速する。

 サラマンダーが慌てる。潰れた目の死角に俺が移動したからだ。


巨大岩石砲ロシェプーシカに気を取られ過ぎだ。氷結掌底フリーズナックル


 サラマンダーの横っ腹に凍り付いた拳がめり込む。周囲に凍てついた衝撃波が広がる。硬質な反動が手元に響いて痛い。


「シィイアー!」


 が、やつにも十分効いたようだ。腹を庇うように首を振り動かしこっちを見てくる。やつが首を動かす方向と同じ方へ電磁加速し、今度は尻尾を紅斬丸で斬りつける。


 サラマンダーの鱗が一斉に逆立った。

 すぐ目の前で爆発的に魔力が増えるのがわかる。

 尻尾に刃が通るが、肉が斬れた感触が手元にこない。


身体強化ストレングスが間に合ったか!対応力も高い!」


 俺はすぐさま距離をとる。

 やつの魔力が更に膨張するのを感じたからだ。

 熱風が肌を叩く。


 見ると、サラマンダーの体表が燃え盛り、赤く発光していた。鱗の隙間からバーナーのように火が吹き出ている。


「やっと、そのモードになったか」


 俺は太ももに力をためる。

 それはやつも同じで、太ももが岩の様に隆起するのが肉眼で確認できた。


「来いよ!俺は今日、それを攻略しに来たんだよ!」


 大声と共に鬨の声ウォークライで挑発する。

 やつはそれにジェット噴射で応えた。

 体中の鱗から火を噴射して、一直線に加速してくる。まるでロケットだ。


 ここからは、速さの勝負だ。

 遅い方が、負ける。


 俺もまた、太ももにためた力を開放して、一気に加速した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る