第282話 世界樹行こうぜ!世界樹!21(三つ巴戦3)

 戦いは攻勢が続いた。


 いつもは入る横やりがないので瑠璃が戦闘に参加できること。ワイバーンが味方についたこと。そのワイバーンが群れる魔物であるため、意外にも俺との連携がとれること。

 前衛かつタンクの瑠璃がヘイトをため、後衛のワイバーンが紅蓮線グレンライン火球ファイアーボールで圧をかけていく。

 じりじりと死霊高位騎士リビングパラディンは後退し、死霊の谷の端の方まで来ていた。

 いける。

 間違いなくこっちが有利だ。

 その根拠とするところは、肩で呑気に毛づくろいしているナハトだ。こいつが落ち着いているということは、即座に俺の死が迫っていないということ。一般的ではないにしても、こいつは師匠の使い魔。「フィオを守れ」という命令は絶対だ。昔とは違い、どういうわけか今の俺は師匠の中で「死んではいけない人間」として認定されている。危険な目に合えば、ナハトが必ず動くはずである。


『我が友!魔力の量は!』

『厳しい!でも乗り切れるはずだ!俺がきついということは、あいつもきっとそうだ!』


 俺の感覚は正しいはずだ。

 瑠璃とワイバーン、どちらにも補助魔法バフをかけているため魔力の消費が激しい。

 だが、この猛攻を乗り切るために鎧女も魔力と呪いを吐き出しながら戦っている。もうすぐ死霊の谷のエリアから抜ける。そうなればやつの供給源は断たれる。後は手数で押し切る。

 勝った後にワイバーンはどうするかって?

 それはその時考える!


『おらぁあああああ!』


 瑠璃ごと突っ込み、死霊高位騎士を弾き飛ばす。

 鎧野郎、もとい鎧女はデク人形のように吹っ飛んだ。

 重苦しい鎧とは思えないほど軽やかに着地する。

 身のこなしからは疲れた様子はないが、やつは大別すれば死霊レイスだ。そもそも疲れという概念とは切り離された存在。そして俺の魔力視の魔眼マギ・ヴァデーレを誤魔化すことは出来ない。はっきりと、魔力のリミットが近づいていることがわかる。

 亜空間ローブからポーションを取り出し、ラッパ飲みする。口元から漏れ出るが、気にせず雑にあおる。あの鎧は動きが速い。目を離してはならない。


『さて、仕上げといこうか。頼むぜトカゲちゃん』

「ガア」


 こいつも勝ちを確信しているのだろう。

 後衛に努めていたのが、前に出始めた。かぎ爪に魔力を込め始める。ぎょろりと、爬虫類然とした眼球がこちらを見る。浄化魔法の補助バフをよこせと言っているのだろう。正直、気が進まない。今この場で最も魔力に余裕があるのはこいつだ。

 だが、断ったら協力体制は決裂だ。

 最悪、トカゲと鎧どっちも敵に回る可能性がある。

 それは避けなければならない。

 俺はワイバーンの要求通りに浄化魔法をかける。

 が、少し魔力量を節約する。

 普段から大味な魔力の使い方をしているこいつならば、騙されてくれるはずだ。


 ワイバーンは満足そうな顔をして、鎧女に向き合う。


『ふぅ。素直でいい子だぜ、トカゲちゃん』

『危ない橋を渡るのぅ、我が友』

『でも、上手くいったろ?』

『……我が友は賭け事には手を出してくれるな』

『どうして?』


 瑠璃ってば、不思議なことを言うなぁ。


「ガアァアア!」


 押している。

 俺のストーカーが徘徊型辻斬り鎧騎士を押している。

 これほど嬉しいことがあるだろうか。

 敵の敵は味方。

 これから先現れる敵も、こんな風にみんな対消滅してほしい。


 などと考えていたら、ズドンと巨大な音が響いた。


『何だ!?』

『どこからじゃ!?』

天災地変てんさいちへん

『げ』


 ナハトが喋ったということは、イレギュラーが起きたということだ。

 それにこの地面の揺れ。

 日本人の俺にはわかる。縦揺れと横揺れどっちもある。地殻レベルの揺れだ。

 向こうではワイバーンも鎧もたたらを踏んで一時休戦している。


 もう一度、轟音が鳴った。続いて木々をなぎ倒すほどの熱風。遅れて黒煙こくえん。煙が押し寄せる速度が尋常じゃない。流れ出る煙が、後ろから新しく発生した煙に際限なく押し出されている。

 おかしい点が一つある。黒煙に膨大な魔力が混ざっているのだ。今まで見たことがない色の魔力。虹色に乱反射している。人族でも二属性の魔力を操作出来れば天才と呼ばれる。では、このキラキラと輝いている魔力の色は、一体何だ?


『この煙、火山灰か!?』


 魔法で熱風と煙を弾く。肌に当たる煙の質感がガラス質にじゃりじゃりとしている。昔、鹿児島に家族旅行をした時に触った質感だ。砂のように見えて、砂ではない。


『噴火!? こんな時に!?』

「ガアア!」


 うっとおしいのか、ワイバーンが羽ばたいて煙を弾き飛ばす。俺も魔法で煙を弾き、視界を確保する。

 視野が少しずつ開けてくる。

 すると今度は、地面ではなく肌が震えた。

 何故?

 恐怖だ。

 圧倒的な力の塊が、すぐ近くにある。

 それは斜め上から太陽光の様に、火山を流れ落ちる溶岩のように叩きつけてきた。ワイバーンはおろか、真龍ですらたどり着けない極致。伝説と呼ばれる存在。魔物というカテゴリを飛びぬけて「自然」や「神」と呼称されるもの。討伐は事実上不可能と目されるS級の怪物。


 不死鳥フェニックスだ。


 火山の上からひょっこりと顔を出し、俺達を睥睨している。

 羽一枚一枚が炎や虹のように輝き、火の粉を飛ばしている。それはまるでプロミネンスのようだ。不死鳥が身じろぎするたびに魔力の余波が俺達を押しつぶそうとする。

 あぁ、噴煙に混じっていた魔力はお前のか。

 存在としての格が違う。

 よくもまぁ、幼少の俺はウォバルさんとゴンザさんにこいつの近くへ行こうと言ったものだ。そりゃ、変な子どもを見る目で見られるだろう。あの日、2人は俺を自殺志願者の子どもと思ったに違いない。


『……ミスった。火山地帯は避けてたはずなのに、あいつを追い詰めるのに精いっぱいで気づかなかった。ここは、やつのテリトリーか』


 エルフの森深層。その最も近づいてはならないエリアである。不死鳥のねぐら。そしておひざ元。近づく者の生殺与奪は、全てあの神々しい鳥に握られるのである。

 今の俺達は、喉元にナイフが突きつけられている状態であり、心臓を鷲掴みにされている状態だ。三者とも動けないでいる。


『我が友だけの責任じゃぁなかろうて。わしも不注意じゃった』


 瑠璃が足の形をスピード型に切り替える。

 無駄かもしれないが、もしもの時に逃げるためだ。


『でも、どうしてまたあいつは顔を出したんだ? 俺達なんて、あいつにとっては蟻以下の矮小な存在だろう? どうしてこっちを見ている? 何か、興味あることでもあんのか?』

『わからぬ。あれは理解からは程遠い、埒外の存在じゃ』


 燃える真珠のような鳥目が、くるくると俺達を見る。死霊高位騎士、ワイバーン、俺、そして瑠璃。

 ん?

 瑠璃だけ眺める時間が長い?

 どういうことだ?


 俺達は動けない。

 ついさっきまでは、三つ巴で命の取り合いをしていた。

 だが今は違う。

 あの鳥の気分次第で、ここにいる者の誰が生き残るのか決まるのだ。そこにエクセレイの命運だとか、魔王の策略なんてものは些事にすぎないのだ。あれは絶対だ。あれは自然の意思だ。あれは抗い難いものだ。


 鳥の眼が、わずかに細くなる。


『笑った、のかのぅ?』

『お前を見て笑ったよな。瑠璃』

『まさか』


 わずかに曲線を描いた細い鳥目。極彩色のまつ毛から火の粉がまろび出ている。その視線が瑠璃から俺、ワイバーン、そして死霊高位騎士リビングパラディンへとスライドする。

 ばさりと、不死鳥フェニックスが翼を広げた。全方位にプロミネンスが放射される。暖色を中心に配色された虹色が一層輝く。まるで虹色の巨大孔雀。場違いにも、幼少のころ初めて光る観覧車を見た高揚が押し寄せてくる。

 噴火口の頂上に立ち、数百メートルはある翼を扇のようにさらに広げ続ける。


『生き物としてのスケールが違いすぎんだろ』

『そもそもあれは、生き物なのかのう?』

『わかんねぇ』




 ふわりと。




 ふわりと一枚の羽が不死鳥の方から飛んできた。

 風に飛ばされているわけではない。

 明らかに魔力で操作されている。

 あの羽は、不死鳥の意思で操られているのだ。




『あ、あ、あああああああ!』

『ど、どうした!瑠璃!』


 突然叫ぶ瑠璃に驚く。

 こいつがここまで取り乱すことなんて、俺が死にかけた時くらいしかないからだ。


『知っておる!わしはあの羽を知っておる!あぁ、そうか!気づかなんだ!そうか!そういうことだったのか!だからわしは!あぁ!』

『どうした!? どういうことだ瑠璃!』

『わしはある!見たことある!あの羽を!エルフの森の湖の底で!最初の・・・我が友を全て飲み込めるようになったのも!ワイバーンを吸収できたのも!タラスクを吸収出来たのも!バジリスクを吸収出来たのも!あの羽を食ってからじゃ!』

『はぁ!? いやちょっと待て!それならわかる!辻褄が合う!』


 キメラは本来、犬型の魔物と同じくらいの寿命のはずだ。それが瑠璃は二世紀もの間、湖の底で過ごし続けた。魔物を飲み込む機能だってそうだ。本来のキメラという魔物は、他の魔物の死骸を継ぎ接ぎするだけの魔物。体積を無視して体内に取り込む機能なんて、ない。

 作り変えられたのだ。

 瑠璃はキメラという魔物をベースに全く別の生き物に転換させられていたのだ。それが真相。それが真実。

 そして瑠璃に直接手を加えた人物。

 いや、鳥物ちょうぶつというべきか。


 あいつだ。

 あの無邪気にも老獪にも流麗にも見える表情でこちらを見降ろしてくる怪物にして伝説にして超常現象。

 あの鳥が瑠璃という存在を書き換えてしまったのだ。


『おいちょっと待て。でも今、あいつは瑠璃、お前を作り替えた羽をこちらへ飛ばしているよな?』

『見つけたんじゃろうな。新しいお気に入り・・・・・を』

『そんなのってありかよ』


 気分で瑠璃みたいな強力な魔物を作るってのかよ。必死になって討伐している俺達人間が、馬鹿みたいじゃないか。

 浮遊する羽が重力を感じさせない動きでこちらへ飛んでくる。

 瑠璃の背に乗る俺の近くまで流れてくる。


 俺か!?


 脳裏に思い浮かぶ。

 伝説と呼ばれる不死鳥の力、そのわずかな端切れ。

 端切れとはいえ、瑠璃をここまで強力な魔物に作り替えたものだ。

 いける。

 俺がこれを食べれば、魔王を打倒しうる力になる!


 すぐそばまで飛んできた羽に手を伸ばす。


 だが、その手は虚しく空を切った。


『なっ』


 慌てて瑠璃の背中を跳んでもう一度手を伸ばすが、羽はするりと逃げていく。

 地面を着地しながら不死鳥の方を恨みがましく見る。

 やつは、楽し気な眼で俺を見ていた。


『俺じゃないってのか!?』


 羽はそのままふわり、ふわりと加速してワイバーンの方へ飛んでいく。


「ガアア!」


 ガチン、とワイバーンが羽に食いつくが、するりと顎の間をすり抜ける。


『おい、ちょっと待て』


 そのまま羽は流れていく。

 ふわり、ふわりと。

 まるでそこが元あった場所かのように。故郷かのように。寝床かのように。


 待つのは死霊高位騎士リビングパラディン

 フルフェイスのヘルメット。その額を守るバイザーと、顎を守るペンテールという場所を開いて待っていた。ヘルメットの中身は空洞。どす黒い呪いの塊が、羽の到着を今か今かと待っている。


『おい、待てよ。それは駄目だろ。それだけはしちゃいけないだろ』


 虹色の羽がヘルメットの中へ到着した。花に吸い寄せられる蝶のように。卵子に吸い込まれる精子のように。不死鳥の羽はやつのヘルメットの中へぴたりと収まった。

 ばくん、とヘルメットが閉じる。周囲の空間すらまとめて飲み込んだかのように、やつの周囲の空気が歪む。


 瞬間。

 どす黒い魔力と虹色の魔力が合体し、暴発した。

 みるみるうちにやつの保有魔力が増え続けるのがわかる。青天井だ。無限大アンリミテッドだ。


 あぁ、駄目だ。

 あれは手に負えない。

 ここで倒すべきだったのに、もうそれは敵わない。

 あんなもの、どうしろっていうんだ。

 誰が倒すというのだ。


 あんなもの、どうして存在するんだ。

 意味がわからない。

 意味がわからない。


「ギィィイイイアアアアアアア!」


 周囲の魔素マナも、空気も、火山灰も、地面もえぐりつつ死霊高位騎士リビングパラディンが咆哮した。

 その叫びは、絶対的な力を手に入れたはずなのに、悲痛に聞こえた。泣き声に聞こえた。慟哭にさえ聞こえた。


『逃げろぉおおおおお!』


 俺の叫びに、全員が弾かれるように動いた。

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