第341話 魔軍交戦38 桜色戦線

「ここへ入るのも久々ね」


 王宮の中核。

 その物見櫓真下のデッドスペースに、エイブリー姫はいた。

 公称では、近衛騎士の武器庫となっている。が、何が置いてあるのかを把握できている人間は一人もいない。

 それもそのはず。

 ここの役割を教えられている人間は、一部の王族のみだ。

 ストレガにより、認められた者のみである。


「マギサお婆さまに初めてここを紹介された時、心が浮き足立ったものよ」


 ミスリル銀によりコーティングされたレバーを、エイブリーは愛おしげになぞる。


「姫様。ここは?」


 近衛が尋ねる。


「ここはね、王宮の最終防衛ラインよ」

「防衛、ラインですか」

「えぇ。操舵が難しい暴れ馬よ。それゆえに、魔素の解析に秀でた人間でないと理解することすら難しいわ」


『本ばっか読んでなさんな。本物に触れるのが早いさね』


 この倉庫。いや、操縦室を見せながら、マギサが述べたことを思い出す。

 マギサ・ストレガは誠実で残酷な人間である。まだ年齢が1桁の彼女に。魔法の虜になり、本の虫だった彼女に、従姉妹のイリスの方に才能があるとはっきりと述べたのだ。


 しかし、続けてこう言った。


『魔法のコントロール。この一点だけならば、お前さんはイリスよりも上さね』


 エイブリーは自身にも冷酷な判断ができる人間である。

 マギサの言葉を聞き、すぐさま自身の魔法を極めることを放棄した。彼女は2属性の魔法を修めている。これも十分に天才と呼ばれる域ではあるが、本来彼女は3属性極めることも可能な器だったのだ。

 その才能というリソースを、これに注ぎ込んだ。


 巨大魔法具の解析と、操舵。

 自身がもつ魔法は強力ではない。

 だが、他人の魔法を瞬時に理解する能力。そしてそれを流用、完成させる能力。それに特化したのだ。

 魔法使いはみな、オンリーワンの存在になりたがる。

 彼女はそれを諦め、オールマイティたろうとしたのだ。器用富豪とでも言うべきか。


「これを操作するのは大変なんだけど、それ以前の問題があるわ」

「問題、ですか」

「えぇ。私の魔力が足りないの」

「……我々は魔力タンクですね」

「済まないわね。戦場に馳せ参じ、武勲をあげたいでしょうに」

「構いません。それはイアン隊長が存分に振るって下さるでしょう。それに、我々は貴女の手足です。都合よく使ってください」

「私も、依存ありません」

「ドルヴァ達も、そう言うでしょう」

「……ありがとう」


 エイブリーが、ねじれたミスリル銀の椅子に腰掛ける。

 ねじれたデザインにも魔力を効率よく伝導するための意味がある。

 それを近衛たちに説明したい欲求にかられるが、それは戦いが終わってからでいいだろう。


「椅子の背もたれに、手を置いて」

「これは」

「む」


 騎士達は気付く。

 とてつもない勢いで、魔力が吸い取られていくことに。


「エルドランが健在であれば、これに頼ることも遅らせることができたでしょうに。……動かしましょう。我々の最後の戦える駒です。壁画の自立人形ヴァントクアドラゴーレム


 王宮の防壁。それを形どる壁画が一斉にくり抜かれた。石畳に陥没しながら派手に着地する。壁から現れたそれらの岩の塊は、人型や四足歩行の獣の形を作り出す。


 岩の塊達が、猛然と魔物達へ襲いかかった。







 防壁内の戦士達は呆然としていた。


 突然現れたゴーレムの隊列。

 それが人々を包囲していた魔物を次々と踏み潰していた。


「え、衛生兵!衛生兵!」


 我に帰った騎士が叫び、タイラントアントによって傷ついた兵士や冒険者達の救出を命令する。

 弾かれるようにその場の全員が動き出す。


 彼らの士気は向上していた。

 つい先ほどまでは、蟻の群れの中にいる見方が惨殺されていくのを眺めるしかなかったのだ。

 できることがあるということは、強力なモチベーションとなる。


 王宮の物見櫓から都を見下ろし、エイブリーはすぐさま現状を把握する。


「1号は蟻駆除を。2号、3号、11号をタイラントアントからの退路確保に。5号、8号は重傷者の護送に。9号、17号、21号は最寄りの教会へ。回復役ヒーラーの仕事を確実に完遂させて。北西から来るバトルウルフとゴブリンライダーの部隊への対応に23号と15号を」


 彼女の脳内にあるイメージは蜘蛛の巣。

 糸が察知するものがあれば、すぐさま指令を送りゴーレムを盤上ゲームの駒のように動かす。人間の兵士とは違い、命令から実行へのタイムラグがない。

 イアン・ゴライアを自身の警護から外して自由に動かした要因は、ここにある。

 近衛以上に動かしやすい手足を手に入れているのだ。


 彼女は今になって、マギサ・ストレガが自身へこのシステムを伝えた意図に気づく。


 これは最も自分の才能を開花させてくれる魔法具だ。


 頭の温度が沸騰しそうなくらい上昇していく。戦場の状況把握と、魔素を用いたゴーレムへの複数同時指令。

 普通の人間では、脳が焼き切れるだろう。


 だが、彼女は違う。

 貪欲に知識を吸収し、幼少より脳に負担をかけ続けてきた。

 それによって得た頭の回転の早さ。頭脳労働への耐久力と精神力。生涯をかけて積み上げてきたものの上に、マギサ・ストレガが生み出した傑作マスターピースが乗っている。


「お婆様の戦いには、誰一人介入させません。たとえそれが誰であろうとも!————ッ!」


 エイブリーのこめかみに高負荷がかかる。

 ゴーレムが一機破壊されたのだ。

 魔素の動きにより、ゴーレムの表面積が一瞬で小さくなったことがわかる。

 圧縮されたのだ。


「四天王キリファッ!」


 王宮防衛システム壁画の自立人形ヴァントクアドラゴーレムは、エイブリーにとって宝物である。尊敬する大叔母からもらった最高級の玩具だ。

 それを破壊された。

 彼女の怒りの琴線を千切るには、余りにも容易い十分条件であった。


「……34号、35号。時間稼ぎを」


 だが、怒りは彼女の思考を曇らせる原因にはならない。

 ゴーレムはナンバーが若番であるほど体躯が巨大だ。キリファの対応に当たらせたのは、軽量で小さなシリーズである。

 打倒ではなく時間稼ぎ。


 最優先事項は、マギサへの支援なのだ。


「腹が立ちますが、あれを倒せる人間は限られる。せいぜい泳がせておきます」


 エイブリーは粛々と魔物の数を減らしていく。

 自身の役割を全うするために。

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