第340話 魔軍交戦37 vs死霊高位騎士

 黒い鎧が、堂々と歩いてくる。

 錆び付いているはずなのに、関節が油を刺しているかのようにスムーズに駆動している。


 相対するは、シュレ・ハノハノ。アルケリオ・クラージュ。そして、ザナ。

 シュレは徒手空拳。アルケリオは既に剣を抜いている。ザナは数十メートル離れたところでボウガンを構えている。

 ハンチング帽の唾の先に、死霊高位騎士リビングパラディンを捕捉する。

 試しに殺気を飛ばしてみるが、敵が反応する様子がない。「お前は敵ではない」とでも言いたげな様子だ。

 ザナは普段から不機嫌な顔を更に歪ませて、舌打ちをする。


「アルケリオ君。守備通りったいね」

「分かっています。あの剣は、触れたら死、ですね。僕も浄化魔法はヒル先生に学んだけど、今回は付け焼き刃にもならなさそうだ」

「そうとよ。一定の距離を保つことが大前提。アルケリオ君が斬りかかるのは、うちかザナじっちゃんにヘイトが向いた時のみ。頼むとよ。君に死なれたら、フィル君に一生恨まれそうたい」

「フィルに大事にされていることは、僕自身分かっています」


 アルケリオのふにゃりとした顔が、鋭利に研ぎ澄まされていく。

 その横顔を見て、シュレは「ほう」とため息をつく。

 彼が多くの人間に師事し、その中に市井の冒険者もいたと聞く。中には「札付き」もいたとか。

 だが、彼は上手にそれを自分のものとして吸収しているらしい。


「シュレ先生、戦いの前なのに笑うんですね」

「ふふ。どんな状況でも学び舎の子どもの成長は嬉しいものったいね」

「僕も、先生みたいに戦い前に落ち着ければいいんですけど」


 アルケリオがもつ刀。

 その剣先が僅かに震えている。

 太平然としているアルケリオだが、命の取り合いには流石に慣れていない。


「何、こんなもの。慣れない方がよかとよ」


 シュレが手をひらひらとさせる。


「おーい。奴さん、そろそろ射程圏内だぜ」


 後ろから、寮長のザナの声が聞こえる。


「はぁ、敵は待ってくれんね。じゃ、始めようかね」


 二人の真ん中を、矢が高速で通り過ぎた。

 同時に、シュレの姿も掻き消える。


 アルケリオが慌てて鎧騎士の方を向いた時には、シュレが矢と並走して死霊高位騎士に襲いかかっていた。


「あのスピード。僕、合わせられるかな」


 アルケリオがじっと、シュレと死霊高位騎士の戦闘を眺める。

 超速フットワークで、騎士の剣撃をシュレがかわし続ける。死霊騎士が振りかぶった瞬間、矢が手元に飛んでくる。

 腰を捻りながらかわした死霊騎士の太ももに、シュレの拳がめり込む。

 衝撃で宙を舞いながらも死霊騎士は剣による攻撃をやめない。関節がありえない方向に曲がりながらも、的確にシュレの胴体を狙う。

 その胴体は既に数メートル、距離をとっている。かと思えばその距離がゼロになる。

 シュレは演舞。死霊騎士は剣舞のような戦いを繰り広げていた。


 ザナのボウガンは、死霊高位騎士へ辿り着くまでに僅かなタイムラグがある。

 それにも関わらず、矢はシュレには向かわない。

 的確に死霊高位騎士のみを狙っている。


 残像視野。

 敵の動きを予測し、次どこに立つのか。それがザナには見えている。

 彼には大魔法の素養こそなかったが、身体強化に武器強化のスペシャリストだった。

 その結果として、彼の戦い方はこう固まった。

 魔法により目の強化。そして武器ボウガンの強化。

 派手さはないが、その実力を買われて王宮では要職を引退するまで勤め上げた。


 余生は、寮長として子どもを守ることに落ち着いた男である。


 二人と一体の戦いを、アルケリオは目をくりくりとさせて見る。

 見るだけ。

 それだけで彼は成長する。

 強くなる。

 三人の動きに呼応して、剣を握る指がピクピクと動く。地面を踏む踵がリズミカルに動く。眼球の動きがスムーズになり、三人の動きを捕捉し始める。


「うん。目も慣れてきた。反応も、多分できる。大丈夫だ。追いつける。僕はこの戦いに、参加できる」


 歩く。

 助走する。

 加速する。

 青薄刀を携えて、アルケリオがトップスピードに乗った。


「イリスのために、フィルのために。君は僕が斬るよ」


 シュレと死霊高位騎士の間に、アルケリオが割って入った。

 アルケリオによる横薙ぎの一閃。

 死霊高位騎士は、ヘルムを昆虫のように捻じ曲げてかわした。

 たたらを踏んで後退する。


「んっは!」


 シュレが破顔する。


 死霊高位騎士がアルケリオへ剣先を向ける。

 いにしえの騎士の勘がこう告げたのだ。


 まずはこいつを潰せ。

 さもなくば、死ぬのは自分である、と。







「戦況報告を」


 メレフレクス王が、厳かに口を開いた。


「南部の屍の王トト・ロア・ハーテンは、聖女ファナ・ジレットやラクタリン枢機卿を中心に交戦中です。聖女や枢機卿の攻撃に有効性が見られますが、敵の総質量が大きすぎるため難航しております」

「西部の獅子族の王ライコネン・アンプルールは、マギサ・ストレガが依然として対応しております。膠着状況であり、周囲の兵士は手出しすらできない状況です」

「そこに援護もできないのは仕様がないな。あれは次元が違う」


 第一王子の言葉に、その場の全員が頷く。


「金魔法使いキリファは、北西部からこちらへ侵攻しています。徒歩で来ているので直ちに危険はありませんが、奴が通る道は全て形が圧縮・・されています」

「さらに、西部からは再び吸血鬼が侵攻してきています。黒傘鷺を日傘代わりにし、防壁へ到達しつつあります」

「これは不確定情報ですが、魔王も既に都内部へ侵入しているとのことです。フィル・ストレガの提言でもあるので、信憑性は高いかと」

「チャンスよ」


 口を開いたエイブリーを、全員が思わず見る。

 騎士達から吉報は一つたりともなかった。

 だが、彼女はこの報告をチャンスと述べた。


「雷撃隊に城を攻撃させたのは正解だったわ。今まで消耗戦を強要されていたのはこちらばかりだったもの。吸血鬼が撃って出たのは、あの城が拠点として機能しなくなったことを白状しているようなもの。魔物の動きも鈍いわ。フィル君の言うことが本当ならば、おそらく魔物への自動司令は『壁を越えろ』と『近くの人間を殺せ』くらいのものね。魔王が城にいる間はもう少し具体的な命令を付与できたのでしょう。今はそれができていない。壁の向こうにいる魔物が大挙して都内部へ流れ込んでこないのは、それが原因ね。いけるわ。この戦争、勝てる。都内部へ侵入した魔物を一掃できれば、兵士達の休息が取れるわ」

「エイブリー」

「はい、お父様」


 一人で白熱するエイブリーを、メレフレクス王がたしなめる。


「お前の言うことはもっともだ。魔物は、たまたま壁が崩壊した地点にたどり着いたもののみが侵攻へ参加している。壁が崩壊した後は、流れて侵略するつもりだったのだろう。それはいい。問題は、敵がそれを承知した上でこの戦い方を選んでいるということだ。エイブリー。お前の言う勝利条件のためには、魔王軍の四天王とやらを全て排除しなければ意味がない。できるのか?」

「敵幹部を全て葬ることは無理でしょう」


 会議室内がざわつく。

 勝てる、と言った彼女が勝利条件を放棄しているのだ。


「何故、そう結論がついた?」

「倒すべき敵を絞り込めば問題ありません。金魔法使いキリファは無視します。この人物だけ、攻撃への積極性が見られない。広範囲を一度に呪うことができるトト・ロア・ハーテン。配下に大量の吸血鬼を抱えるレイミア・ヴィリコラカス。この二体を最優先で討伐します」

「どうやって?」

「既に指令を送っています。吸血鬼達は、巨大な黒傘の下のみでしか行動できない。今こそ叩き潰す好機です」


 彼女が独断で指令を送っていることに関して、文句を言うものはいない。この戦争の間に、彼女は強固な信頼を勝ち取っていた。


「では、ライコネンは?」

「無視します。あれは強すぎる。マギサ・ストレガが未だに倒せていないという時点で、討伐対象から除外しましょう」

「何だって!?」

「戦争が決着するまで黙ってもらっておけばいい。マギサお婆様にはそれができる」

「…………」


 周囲の人間が黙りこくる。

 その作戦は破綻しかけている。マギサ・ストレガは高齢だ。こと持久戦になれば、おそらく獅子族の王に軍牌が上がってもおかしくはない。しかも彼女には魔王討伐という、もう一つの鬼門が待っているのだ。

 それでもエイブリーは「ストレガにはできる」と豪語するしかない。

 他に打つ手がもう、ないのだ。


「ストレガを援護するものが必要だ」

「では、誰が?」


 もう、有名どころの冒険者は全て出張っている。

 それでこの戦況なのだ。


「援護は既に向かっています」

「!?」


 周囲が再びざわつく。


「それと、私も出ます」

「何だと!?」

「待ってくれ、エイブリー。君は戦場ではなく、ここに必要だ」


 彼女を第一王子が呼び止めようとする。

 その場にいる全員が彼に賛同する。


「最後にものを言うのは、アイデアはありません。力です。もうアイデアは出し尽くしました。私達も、机上で戦うだけでなく撃って出るべきです。そうでしょう? イアン」

「はっ」

「貴方も出なさい」

「……姫様の護衛がいなくなります」

「構わないわ。行って。これは命令よ」

「……はっ」


 第二王女と、その忠臣が会議室を退出する。

 メレフレクス王以外の人間は全員、呆然とその姿を見送るのだった。

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