第339話 魔軍交戦36 雷の行方

「雷撃隊、前へ」


 シャティ・オスカの指令に従い、騎士達が前へ出る。

 彼らの手には、騎士にしては珍しい不揃いのロッドがある。本来、特定の貴族や王族に使える騎士たちの武器は互換性を高めるために同じデザイン、同じ付与魔法エンチャントの魔法具が配られる。

 しかし、彼らが操る雷魔法は体系化も流布もされていない特殊な魔法である。

 既製品では荷が重いのだ。


 結果として、彼らはシュミット・スミスの遺品を扱うことになる。

 ゆえに、統一性のないロッドをそれぞれが持っている。

 選りすぐりの騎士である彼らでも、雷魔法は魔力消費が激しい。今回のような自陣の大本営に敵が乗り込んでくるようなことがない限り、出番がないはずの大魔法なのである。


 シャティ・オスカはミロワから魔力の供給を受けた。

 騎士達も、王宮内にいる従者達から魔力の供給を受けている。攻め込まれていないにも関わらず、現在王宮にいる人間で動ける人間は7割まで減ってしまった。

 魔王軍のもくろみ通り、エクセレイは消耗戦に負けつつある。


「だからこそ、私たちは成功させなければならない」


 シャティを始め、騎士達が西の果てを魔法で遠視する。

 その中間地点では、マギサとライコネンが空中戦を繰り広げている。


「獅子族の王が妨害してくるでしょうか」

「それはない。マギサ様の相手に手一杯、のはず。いくら魔王軍最強の駒とはいえ。それよりも、北西の金魔法使いの方が気になる。得体が知れなさすぎる。……案ずるよりも、産むがやすし」

「良いのですか?」

「私たちの魔法を敵の金魔法使いが止めに入ったとする。少なからず大量の魔力を消費するはず。そうなれば、向こうの主戦力を一つ潰せる。もちろん魔物の製造元を叩くのが一番だけど、金魔法使いを潰すだけでもアドバンテージは取れる。構わず、打つ」

「「はっ」」


 騎士達が持ち場につく。

 魔素が同時に騎士達に掌握され、魔力の束を紡ぎ始める。

 もしここにフィルがいれば、感嘆にため息を漏らすだろう。

 個人での大魔法と、多人数での大魔法は、似て非なるものだ。

 個人での大魔法でネックなのは、魔力不足。だが逆に、他の術者がいないため自身の魔法構築に集中できる。

 多人数での魔法行使は違う。

 お互いの魔法を形作る魔素を奪い合わないよう、干渉し合わないように繊細に練らなければならないのだ。

 他者の魔法にも神経を巡らせながら複雑な雷魔法を完成させる。


 この場にいる騎士達は個人では英雄足りえない。

 が、英雄が彼らと同じことができるかといえば、否である。

 それが多人数での戦闘を前提に国が鍛え込んだ騎士の強みである。


「放て。落雷放電サンダーボルト


 強大な落雷が、針の城に突き刺さった。







「あれは、逃げ切れないな」

「あぁ」


 上空で急速に生まれゆく雷雲を眺め、ボウ・ボーゲンとソム・フレッチャーはつぶやいた。

 彼らのガラス玉のような瞳には、自分たちの命が他人事のように、無機質に空模様を映している。

 ソムが番えていた矢を地面に下ろす。


「最期まで、抵抗しないのか?」

「もう、疲れたよ」

「任務を遂行する。それがプロだろう?」

「俺たちはプロだったか?」

「……腕前だけな」


 ボウもまた、弓を壁に立てかける。

 二人して、向かい合って座り込む。


「裏切っていれば、俺たちに未来はあったか?」

「裏切るって、どっちをだ?」


 ボウの呟きに、ソムが返す。


「お前が想像してる方と、多分同じだ」


 ボウがシニカルに笑う。

 作り物のような笑顔。

 最後にまともに笑ったのは、いつだったか。


「ゴンと、思ったよりも早く会えそうだな」

「全くだ。ルーク達も、時期に来るのだろうか」

「……あれはしぶとい。俺たちの主君相手でも、存外生き残るかも知れないぞ」

「言えてるな」


 くっくっくと、二人で笑う。


「疲れたな」

「あぁ。疲れた」

「やっとだな」

「これで、やっと終わる」


 落雷が針の城に直撃した。

 お互いの顔がフラッシュに焚かれて掻き消える。

 同時に、命が焼き切れる感覚がした。




 元勇者パーティー、ソム・フレッチャー、ボウ・ボーゲン。

 死亡リタイア







「直撃しました」

「観測を続けて」


 シャティと騎士達が、城の様子を見る。

 全員が肩で息をしている。体力も魔力も使い切った。彼らがこの戦争で出せるものは、もう何もない。

 だが、知りたい。

 自分たちがもたらした結果を知らなければ、おちおち眠れもしない。


「煙が晴れました。敵大本営、半壊です」

「城の下部に魔物の召喚陣があると、厄介」

「それはないかと。あれだけ大量の魔物を召喚できる魔法陣。城そのものが陣であり、依代よりしろでないと成立しません」

「そう。そのはず」


 フィルもそう言っていた。

 だが気になるのは、彼が言っていた「既に召喚されている大物」とかいうやつだ。

 それに打撃が与えられていればいいのだが。

 魔物の軍勢も、ほとんどが都に乗り込んでいない。

 壁の前でたむろしているものが多い。

 魔王本人が都に侵入しているからとはいえ、あれだけの魔物を遊ばせているのは何故だろうか。

 既に乗り込んでいる魔物と、自身と、四天王3人で十分と考えているのだろうか。


「城に動きが!」

「!」


 観測役の騎士が叫ぶ。


 同時に、上部半分が吹き飛んだ城から風が吹き荒れた。

 少し遅れて、黒い巨大な影が城の左右に広がった。


「あれは……」

「翼?」


 その翼が、あっという間に城の真下に影を落とす。

 両翼で500mはある。あまりにも巨大だ。


「何ですか、あれは」

「現状確認されている真龍の、どれよりも大きいです」


 広がった翼が折り畳まれる。

 それは扇のように丸みを帯びて、巨大な傘のようになる。

 黒い傘。

 それは丸々と城下を陰で包み込んだ。


「あの翼の形状、黒傘鷺ネーロイービス・コダ?」

「そんな!あんな巨大な個体、ありえません!」


 黒傘鷺ネーロイービス・コダ。翼を折りたたみ、日を遮ることで巨大な影を作り出す。その影により、水面に外敵がいないと勘違いした巨大魚を嘴で突き刺し、捕食する魔物である。

 ただし、大きいものでも両翼100m程度である。

 そして、大抵の個体はそこまで大きくなる前にレイド討伐が組まれて始末されることが多い。

 何故ならば、巨大化した黒傘鷺の捕食対象には、人間の町も入るからである。


「人に知られない場所で成長し切った個体、ということ?」

「あんなでかいのが人知れず!? そんな場所、あ」


 エルフの森、深層。

 その場にいる騎士達の脳裏に、その場所が思い浮かぶ。


「以前起きた魔物の大氾濫スタンピードに現れた希少種の魔物たち。今回のベヒーモスや俯くものカトブレパス。なんてことはない。出どころはそこだったということ」

「エルフ狩りをしていたのは、巫女を探すのでも魔女の帽子ウィッチハットを秘密裏に増やすためでもなかった? その奥で、魔物を捕獲ハントするためだった?」


 そう考えれば、辻褄が合う。

 魔物を操ることができる魔王にとって、エルフの森深層は宝の山であるはずなのだ。


「いえ、それらも目的の一つでしょう。一石三鳥。こっちにとっては最悪」

「シャティ様!巨鳥きょちょうが動き出しました!」


 見ると、傘のように畳んでいた翼を再び開き、羽ばたき出した。

 その翼の下で、動く黒い影が数百。


 吸血鬼達である。


「なるほど。あの傘の下であれば、夜というわけ」

「そんな!聖女は南にいるのに!」


 教会の戦力は出払っている。

 つまり、退魔師抜きであれを相手しなければならないのだ。


「最悪だ。我々にできることは、もうない」

「雷撃隊。動けるものは西へ」

「魔力はもうないのですよ!?」

「魔力がなければ、弓を。矢が尽きたら槍を。剣を。最後はそう。石でも投げようか」


 雷撃隊の面々は、彼女の言葉に二の句が継げなかった。

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