第342話 魔軍交戦39 vs死霊高位騎士2

 呪いの剣が眼前を通り過ぎる。


 光魔法を修めているアルケリオには、その凶悪さが手にとるようにわかる。


「フィルみたいな目がなくても、危ないものは危ないってわかるんだね」


 後方に下がるアルケリオに死霊高位騎士リビングパラディンが追い縋るが、脇腹にシュレの掌底がめり込む。

 反動でシュレの足元が陥没するが、鎧騎士は体を捻らせて空で回転する。そのまま袈裟斬りの2連撃。シュレは小さな体を利用してかわす。


「宙に留まること、すなわちまとたいね」


 空中にいる鎧騎士に矢が着弾する。ザナのボウガンだ。

 バランスを崩し、着地する鎧が一瞬よろける。


蒼の衝動オリハルコンフリュウ


 高密度の浄化魔法が練り込まれた、青い斬撃が鎧騎士を飲み込む。

 衝撃波の中で鎧騎士の影がしばらく後退するが、バツンと音を立てながら、その斬撃から無理やり鎧騎士が飛び出す。


「あの魔力の圧力に飲まれずに逃れた!?」


 唖然としたシュレに、鎧騎士が踊るように襲いかかる。


「ちッ!」


 バック走で一気に回避行動に入る。

 横目でアルケリオを確認すると、大魔法を使った後のインターバルに入っている。こいつ生徒アルケリオに近づけるわけにはいかない。

 咄嗟にとった回避行動をキャンセルし、ダッキングしつつ撃ち合いに応じる。


「リーチの差に腹が立つたいね!」


 狙うのは、自分の掌底がめり込んだ脇腹。そして、アルケリオの蒼の衝動オリハルコンフリュウで弾け飛んだ肩パーツだ。

 ラッシュを畳み掛けるが、ことごとくいなされてしまう。


 シュレは危機感を持ち始めた。

 3人がかりでやっと追いつけるレベルの技量と、呪いの即死性。それ以上にまずいと感じたのは、死霊高位騎士リビングパラディンの魔力量だ。

 アルケリオは大丈夫だろう。まだしばらく戦える。

 だが、この持久戦が続けば自分かザナが脱落する。

 そうなれば、確実に戦況が鎧騎士の方に傾く。


 横合いからアルケリオが猛然と斬りかかった。踏み込みは豪快だというのに、剣の居合いは流麗。

 鎧騎士は地面を抉りながら、横滑りしてかわす。


 ザナのボウガンを警戒し、縦の移動が減り横の移動のみで対応している。アルケリオが剣に魔力を込めるタイミング。最もインパクトが出る斬撃パターン。それを読み取れつつある。

 いにしえの剣豪が持つ経験。それが戦況を恐ろしい勢いで手繰り寄せつつある。


「アル君!逃げるとよ!」

「え!? もうですか!?」


 アルケリオの目を見て、シュレは思わず笑みがこぼれてしまう。

 この少年はこの戦いの中で強くなり、鎧騎士の剣技を超えるつもりなのだ。それができると信じている。

 大器が早くも完成しつつある。


 これが完成する前に、壊されるわけにはいかない。


「まだ戦えるかもしれんけど、逃げの判断は体力があるうち!よかね!?」

「はい!」


 素直である。

 強者や天才にありがちな驕りやプライドがない。

 良いことである。


「攻撃を牽制に集中!学園から少し離れて、騎士の宿舎近くまで誘導する!」

「宿舎の騎士さんに、こいつが倒せるんですか!?」

「無理に決まっとるやろ!」

「そんな!何故ですか!?」

「生憎、うちの仕事は生徒の君を守ることたいね!いい歳した騎士を守るためじゃなか!」


 アルケリオが歯噛みする。

 シュレ学園長の目論見に勘づいたのだ。この人は、自分や学園の子どもを救うために、大人を犠牲にしようとしている。

 彼女の判断は正しい。教師としても、大人としても。

 脳裏にリラ先生の顔を思い浮かべる。

 自分は被保護者だ。シュレ学園長の言うことを聞くべきだ。

 だが。


「何しよっと!?」


 踏み込み、死霊高位騎士の懐へ潜り込むアルケリオに、シュレが驚愕する。

 剣線の動きが加速している。

 死霊高位騎士の剣術が豪剣から柔剣じゅうけんへと移行する。守りの体勢へ入ったのだ。それほどまでにアルケリオの剣技が苛烈なのだ。

 錆びた全身鎧フルメイルがギシギシと悲鳴をあげる。


「時間稼ぎに魔力が足りないんですよね!? 足りない分は僕が補います!」

「なっ」


 シュレは一瞬狼狽えるが、すぐに加勢する。

 アルケリオは身体強化ストレングスをメインに戦っている。魔力が体から離れないため、効率のいい魔法だ。


「大丈夫だ、学園長。あんただけじゃなく、そこな坊主の動きにも合わせてみせらぁ」

「ザナ!後衛のあんたが近づくんじゃなかとよ!?」

「ガキが死線に首突っ込んでるんだ。一緒に首捩じ込むのが大人ってもんだろう」


 矢が飛ぶ。

 アルケリオがバックステップを刻んだ瞬間に、鎧騎士の大臀へと到達する。ねじ切れたデクの棒のように鎧騎士がスピンしてかわす。


「ふん!」


 掌打。

 シュレの魔力がこもった掌が、鎧騎士を吹っ飛ばす。脇腹に打撃を与えたのは、これで2回目。鎧の形に歪みが入っていることを、目視する。


「ギ、ギ、ギアぁアァアアア!」


 空洞のはずのヘルムから、金属音とも女性の金切声ともとれる音が鳴る。

 悲鳴にも聞こえるそれには、耳を潰す衝撃波と呪いが混ざっている。


「耳を潰すきか!?」

「つえぇのに、余裕ねぇなぁ鎧野郎」

「助けなきゃ」

「「は?」」


 アルケリオの呟きに、シュレとザナが変な声をあげる。


「助けなきゃ。あの鎧、あの人にとって宝物なんだよ!傷つけずに倒してあげなきゃ!」

「何言うとるとね!そんな余裕なか!」

「坊主。その台詞はな、強い人間しか言っちゃいけねぇ言葉だよ」


 ザナの矢が、一直線に鎧騎士の開いた口へ飛び込む。


 破壊音が鳴る。

 敵がヘルムの開口部と閉じ、矢を噛み砕いたのだ。


「バケモンかよ」

 ザナが呆れた表情で呟いた。


 既にザナは、シュレとアルケリオのすぐ後ろに位置している。

 後衛としては接近し過ぎている。

 危険だが、メリットとして矢を放ってから到達するまでが早い。

 にも関わらず、あっさりと無効化された。


 鎧全身に呪いが広がる。

 敵も魔力量の節約を度外視し始めたのだ。


「あいつ。わしの矢の速度に完全に適応しやがったぜ。いい加減、引き時だ」


 シュレがアルケリオを見る。

 その目には、保護者としての慈しみがない。アルケリオは察する。これは命令だと。従わなければ、この場の3人全員が危ない。

 歯噛みし、口を開く。


「わかりました」

「いい子やね」


 そんなわけがない。

 自分は戦場に立っただけで、何もできなかった。


 悔恨を胸に、アルケリオは退避行動に移った。

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