第343話 魔軍交戦40 魔王と老婆の邂逅
「……第二王女は先に潰しておくべきだったか」
オラシュタット南東部にて、魔王がぽつりと呟いた。
およそトップランカーの冒険者の武器発注を一手に引き受けていたシュミット・スミス。
商業と流通の要であったタルゴ・ヘンドリック。
エクセレイの隅に位置する貴族達の籠絡。
森の奥底に引きこもり、外界との連絡が細かったエルフ達。
そして、レギア国境に遠征してきた都の騎士達。
この国を潰すために、味方に引き入れられるものは引き入れ、殺せるものは殺してきた。
だが、最優先で殺しておくべきは彼女だったのかもしれない。
そう、今更ながらに彼は考えた。
「だが、最優先の標的ではない。ゴーレム軍を動かせる手腕は大したものだが、魔力が保つまい。数で潰す」
彼が地面に手を置く。
弧を描くように、粉塵が巻き上がった。大気が震え、魔素を通じ、波動が都中に広がる。僅かに空気を揺らすそれは、数秒でオラシュタット全土を包囲した。
魔物達の動きが一瞬、止まる。
受信したのだ。命令を。
その内容は「
地鳴りと轟音をかき鳴らし、防壁外の魔物達が一斉に動き出した。トト・ロア・ハーテンが主に操る
その上空を、吸血鬼を引き連れた
「卑怯と思ってくれるな。これは
彼は敵意を察知した。
それも複数。
感知能力に長けた魔法使いは、魔物向けに送った伝令であるはずの魔法を逆探知し、彼の存在に気づいたのだ。
その中でも、とびきりの殺意を飛ばす人間が1人。
上空の老婆と目が合う。
マギサ・ストレガである。
皺だらけの顔を更にぐしゃりと歪めて、目が語る。
『見つけた』と。
その横から、更に強力な殺意と魔力の衝動を感じる。
ライコネン・アンプルールだ。
彼もまた目で語っている。
『こいつは俺の獲物だ。邪魔をするな』
老婆と獅子が、空から猛スピードで魔王のところへ駆け降りてきた。衝撃波で雲の形がねじ切れる。
魔王は悠然と2人が接近する様子を見ている。
「やっと来たね。首は洗ってきたかい?」
「おい、待て待てババア。お前を殺すのはこいつじゃない。俺だ。魔王おいおい、お前。順番だ。順番を待て。俺がこの婆さんに早めの引導を渡してやる。安心しろ。その次にお前も殺してやる。嬉しいよな? お前いつも死にたそうにしてたもんな?」
「飼い猫は黙ってな」
「飼い猫じゃねぇよババア!誇り高き獅子だ!」
大地を震わせ、ライコネンが咆哮する。
2人の掛け合いを、魔王はただ
「おやおや魔王。なんだい、人望がないじゃないか。こいつを全然手懐けてないじゃないさね。飼い猫に手を噛まれる魔王なんざ、名前負けもいいところだよ」
「俺は飼われてねぇ!こいつがいるところに戦いがあるから付き合ってるだけだ!」
「何言ってんだい。本物の馬鹿はね、あった瞬間にこいつに殴りかかるようなやつさね。お前さんは馬鹿だが、脳まで筋肉にならなかったんだねぇ。最初からこいつとどちらか死ぬまで戦っておけばよかったんだよ。その後、私のところに来ればよかったのさ」
「言われてみればそうだな!?」
ライコネンの巨大な猫目が、獰猛に光る。
その視線の先には魔王。
「約束しよう。誇り高き獅子の戦士よ。もしお前がこいつを殺したら、わたしゃ逃げ回らずにお前と正面から戦うと誓うよ」
「それは本当だな!?」
「あぁ、本当さね。テラ神に誓うよ」
「言ったな!言質をとったぞ!」
ちなみに、マギサは全く
ライコネンが獰猛な表情をして魔王に向き合う。
太ももの体積が一気に膨張する。
その様子を見たマギサは渋い顔をする。自分と戦っている時よりも、ライコネンが太ももに込めている魔力量が多いと気づいたからだ。
獅子王の姿が掻き消えた。
数拍遅れて突風が巻き起こり、地面がめくり上がる。周囲の建物の屋根が吹き飛ぶ。
マギサは魔法で空気の流れを遮断し、その場に優雅に佇む。
数メートル先で衝撃波が静止していた。
ただ単純に止められたのではない。
まるでライコネンの突進がなかったかのように、魔王の周りは静かな情景を保持しているのだ。
ライコネンが踏み切る反動で、マギサの周囲は瓦礫の山である。
対して、ライコネンに攻撃されたはずの魔王の周りは何事もなかったかのように綺麗なのだ。
荒廃した背景の前に佇む老婆。整理された街頭に佇む魔王。
対象的な2人に挟まれた獅子族の王は、その動きを完全に静止されていた。
「その脳筋がお前の下についている理由がよく分かったさね。多分、そこのライオンは私よりもお前さんよりも強いだろうねぇ、魔王。でも、絶望的に相性が悪かった。そこで固まっている阿呆は、何故自分がお前さんに敵わないのか、理由すら分かってないだろうね」
マギサがため息をつく。
「まるで我の力量を測れているかのような口ぶりだな。エクセレイの英雄」
地を這うような、低い声で魔王が話す。
「当り前さね。お前さんと戦うのは初めてじゃないからねぇ。
魔王の頬骨は僅かに動く。
「まさか気づかれてないとでも思っていたのかい? 私以外で唯一、ソロでS級認定を受けている冒険者。西の小国を次々と救っていたのは道楽かい? それとも、この世界を潰すための下準備かい? あぁ、そうそう。お前さん、妖精憑きだったね。弟子がお前さんに興味があるんだよ。教えてやってくれんかね? 妖精との会話の仕方」
「……口の減らない老婆だ」
マギサは気づく。
妖精の話題に入った瞬間だけ、魔王の感情に変化が現れたことに。
魔王は硬直しているライコネンを避けて、マギサの方へ歩いてくる。
「そこの脳筋は今、干渉できない状態にあるんだね? そうだろう? 完全に無力化できるが、傷つけることは出来ない。弟子ならオブジェクト化とでも言うだろうねぇ。絶対に負けないが、勝てない魔法。面白いねぇ。私でも真似できないよ。お前さんの固有魔法さね」
「…………」
「時間停止だね?」
魔王の歩みが止まった。
「気づくさ!気づくともさ!
今度は、マギサの方から歩き出し距離を詰める。
「伝承に残っている魔王ってのは、お前さん本人だね? 自身の時間を静止させて保存していた。動きたい時代が来た時だけ活動していた。今になって静止させていた自分の時間を動かしたのかは、何となく察しはついているけどねぇ」
「御託はいい。二つに一つだ。我が勝利し、この国が墜ちるか。貴様が勝利し、我の野望が潰えるか、だ」
荒廃した背景と、整然とした背景の中心で2人が立つ。
「シンプルな話は嫌いじゃないよ。始めようじゃないかい」
2人の姿がその場から掻き消えた。
ライコネン・アンプルールの彫像のみが、その場にぽつねんと取り残された。
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