第192話 仮り面入国3
「上空の密度が薄れてきたわね。飛行型の
上を眺めながら、フェリが言った。
「でしたら、長距離攻撃から中距離攻撃に切り替えて下さいまし!いくら瑠璃がヘイトを稼いでいるとはいえ、わたくしだけでは対処に困りますの!虫人族がこちらの援護をしてくれる余裕もないようですし!」
「わかったわ。
フェリが錬金爆弾を投擲魔法で投げつける。近づいた
「貴女、やはり後衛専門は嘘ではなくて?」
ファナがバッタを焼き払いながら言う。
「フィルたちと会うまではソロだったから、大抵のことは出来る。今は後衛専門」
「あら、そうですの」
「そういう貴女も、教会に属していた割には戦い方が野蛮」
「何を今更」
ファナがイナゴを十字架で地面にたたき落とし、すりつぶした。
「制空権は奪った!地を這うイナゴどもを一匹でも多く打ち滅ぼせ!」
「応!」
ジゥークさんの号令に、
装備がバラバラな連中は傭兵や冒険者だろう。彼らは統率された動きはしていないが、とてつもない早さで敵を討伐している。貪欲に体の大きなイナゴを倒している辺り、国やギルドが報奨金を大量に放出しているのだろう。我先にと武勲をあげている。
「チギギギギ!」
ソニックブームが吹き荒れた。
「巨大種だ!早くあれを止めろ!」
蛾の虫人が叫ぶ。
おそらくコーマイ軍の
上空ではひときわ大きい
「あれを撃ち落とせる者はいるか!」
「
蜻蛉型の虫人たちが空を高速で切り裂いた。長い胴。鎧のような体表。巨大な複眼と顎。4枚の透明な羽。多関節の長い脚と、細いが頑強そうな4本の腕にそれぞれ短刀や槍を装備している。
蜻蛉の虫人たちが上空を高速で駆け回り、あっという間に巨大な
咄嗟に風魔法で飛んで応戦しようとしたが、全くの杞憂だったようだ。
エクセレイの方が良い魔法の使い手が多い。
だが、こと戦闘に関してはこの国は引けをとらないのではないか。そう思えた。
「強いですね」
「そうか? ストレガの」
「はい。どうして
「範囲魔法の使い手が、この国にはほとんどいないのだ。種族の特性上、樹上生活するものが多い。だから火魔法の使い手なんかは、特に数が少ない」
「バッタの増殖にレイド攻略が追い付かなかったということですか」
こういった戦場を得意とした担い手がいなかったのか。
後衛専門職の役割の大きさを思い知らされる。エクセレイ王国が強国である理由は、やはり多くの種族が曲がりなりにも混在しているからということか。それと学園の存在も大きいだろう。学び舎と言えば聞こえはいいが、要は軍事養成学校も兼ねているのだ。
コーマイのように国民の弱点が共通すると、こういった事態が起きてくる。
「その通りだ。その上、数少ない火魔法の名手が数名、この騒ぎの前に不審死している」
「!」
それは……何とも、この国もまずいところまで来ているのかもしれない。
「その反応は、何か心当たりがあるのか?」
「……いえ、少なくともこの戦いが終わるまでは話せません」
ジゥークさんは誠実な軍人に見えるが、今は初対面の人間を疑ってかかるが吉だ。
相変わらず、嘘をつくのが苦手な自分に辟易する。いい加減、トウツに今度腹芸を教えてもらおう。
「あそこの区画は俺に任せて下さい」
「数が多いぞ?」
「逆にやりやすいです。
火の竜が俺の頭上から飛び出し、その
「流石はストレガ、といったところか」
「恐縮です」
「そういえば歓迎の言葉を忘れていたな。ようこそコーマイへ。コーマイの一騎士団長として歓迎する」
「こちらこそ、よろしくお願いします。しばらく滞在すると思います。少なくともこのバッタが収まるまでは」
「それは心強い。非公式とはいえ、エクセレイに借りが出来た。何かしらの形で返さねばな」
「そうであると嬉しいです」
「我が国の王族は色よい返事をするはずだ。楽しみにしてくれ」
「待っています」
「さて、残りを討伐しよう。者ども、掃討戦だ!敵はもはや敗残兵だ!一匹でも多く屠れ!深追いも辞すな!ことごとくを蹂躙せよ!」
「「「応!」」」
虫人たちが躍動した。
「にっくき飛蝗畜生どもの討伐を記念しまして、カンパーイ!」
カマキリ型の虫人の男が音頭をとり、ギルド内部で宴会が始まった。
「おいおい!まだ討伐は終わってねぇって!」
「何言ってんだ!やつらほぼ壊滅状態だぜ!? 明日からはボーナスクエストだ!なぁ姉ちゃん!まだ報酬の金額は引き下げねぇよな!?」
カマキリがギルド職員の女性になれなれしく話しかける。
蜂型の虫人のお姉さんが複眼を瞬かせる。恐らく、頷いたのだろう。分かりづらい。ちなみにホーネットの方の蜂ではない。ハニービーの方の蜂である。
「ほら見ろよ!明日から全力で働くぞお前ら!」
「飲みすぎんなよ!」
「あったりめぇよ!」
何か無理そう。
エクセレイ王国での経験上、これは明日みんなべろんべろんになるやつだ。でもまぁ、騎士は確実に討伐に出るから安心して飲んでいるんだろう。そうだよね? 無計画に飲んでいるわけじゃないよね?
「そして今日は何と~、異国の英雄が来ています!A級冒険者、フィルゥ~、ストレガァアアア!」
めっちゃ上機嫌に紹介するなおい!
俺は何故かギルドの中央の卓の上に乗せられる。カマキリ男の鎌で引っ掛けられて持ち上げられたものだから、胴を斬られるのかとひやっとした。え、この持ち運び方、この国ではポピュラーなの? 間違えてお腹ちょんぱしない? この異世界文化は流石に消化できなさそうなんだけど。
「ではストレガくぅん!自己紹介!」
カマキリが上機嫌に俺に話を振る。
酒入った人間が素面の人間を祭り上げるんじゃねぇ!
俺は狐の仮面を整える。
「ご紹介に預かりました、フィル・ストレガです」
「「「カンパーイ!」」」
「どうせ聞かれないと思ってたよ畜生!」
これだから酒が入った冒険者は嫌いなんだ!
「へいへい異国の英雄さんよ!あんた何だその見た目は!小さいなおい。というか内骨格かよ。そんななよなよした見た目でよく英雄が出来るなぁ!」
タガメ型の虫人が面倒な絡み方をしてくる。
人型に見えるが、背中は丸く大きくずんぐりむっくりしている。目が黒い真珠のようだから、視線が合っているかわからずに不安になる。男……声の低さからして男だよな? 男は手に持ったジョッキから自前のストローで酒を飲み下す。自前というのは文字通りである。口から茶色い、硬質なストローが伸びている。普人族であれば、このストローで刺し殺せそうである。
「英雄ではありません」
「はぁ!? A級冒険者で英雄を名乗らねぇたぁ、珍しいな!?」
「みんな名乗るんですか?」
「おうよ。というか、勝手に周りが呼んで受け入れる感じだな!」
タガメは馴れ馴れしく俺の肩を組む。絡み方が面倒なだけで、悪い人ではなさそうだ。
「ねぇ君!異国の人間は珍しいからこっちに来なよ!」
ムカデのお姉さんに呼ばれる。
上半身は人型で、下半身はムカデそのものである。ムカデの部位が長すぎるので、丸テーブルをそのままとぐろを巻く形で折りたたんでいる。そして、同じパーティーらしきメンバーが彼女の背中に座っている。
何だあれ。今日は吸収が難しい異世界文化が多すぎる。
「えっと……」
俺はちらりとパーティーメンバーを見る。ひらひらと手を振るトウツたち。あいつら、自分たちが対応するの面倒だからって俺に押し付けるつもりだ。おのれ、許さん。
「あの、お邪魔します」
「あら、可愛いわ。普人族の子どもかしら」
「いえ、小人族です」
「小人族!ますますレアね!」
「おいセンチピード!A級だからって客人をとるんじゃねぇ!」
タガメの男が言う。
「うるさい!あんたに接待されるよっか百倍まし!」
ムカデのお姉さんが「いーっ!」と口を横に開く。
文字通り口が横に開いた。棘のような顎がカパリと横に開いたのだ。少し普人族に顔の造形が近いので、その顔の形状の変容に驚いてしまう。俺の頭くらいなら一口で食べてしまえそうだ。
「あの、いいんですか?」
「いいのよ。あのタガメ野郎は上級冒険者から甘い蜜を吸おうとするコバンザメみたいなやつだから。……ところでコバンザメってどんな生き物かしら」
「分からずに使うんですね……」
「海の生き物らしいわね。私、海に行ったことないのよね」
「いいところですよ」
「嫌よ。塩水で体がカビちゃうわ」
「おおう」
割とシビアな問題である。
「ここ、座りなさいな」
ムカデのお姉さんが自分の外骨格をぽんぽんと叩く。
「……人の背中の上に座っていいんですかね?」
「いいわよ。小人族はしないの?」
「同族に知り合いが少ないですからね。というか小人族はこんなに胴は長くないです」
「それもそうね!」
お姉さんがギシギシと笑う。
顎が頑強だから、本当にギシギシと音がするのだ。見た目はちょっと怖いが、お姉さんの愛嬌がいいので貰い笑いをする。
顎以外に目を引くのは触覚である。額の少し上に、赤い細長いドリルのように横へ伸びている。笑うたびに揺れている様が面白い。
「では、お言葉に甘えて」
「どうぞ。あら、貴方見た目通り軽いのね」
黒い鎧のような彼女の腹に……いや、これは背中か? 背中に座る。おそらく、危険色の赤い部位は腹で、上面にある黒い部分が背だ。構造が分かりづらいが、虫のムカデに照らし合わせればギリギリわかる。
しかし、やっぱり赤と黒の取り合わせってかっこいいよな。何でエルフって赤と黒じゃないんだろう。こっちの方がかっこいい配色なのに。
「見た目に反して重いとかあるんですか?」
「体の密度が見た目通りじゃない種族なんて、この国にはいくらでもいるわ」
「なるほど」
異世界文化吸収が追い付かない。
「私、ムナガ・ノーシカ・センチピードよ。見ての通り、ムカデ族。一応A級パーティーメンバーよ。ムナガでいいわ」
「フィル・ストレガです。小人族です。こちらも気軽にフィル、と」
「大国エクセレイの大英雄の弟子に出会えるなんて、今日はツイているわね」
「それほどでも?」
俺と出会うことがツイていると自分で断じることが出来ないので、疑問形になってしまう。
「他のパーティーメンバーを紹介するわ」
ムナガさんがテーブルを囲む人たちを見る。
「まず紹介するわね。
紹介されたのはバッタ族の男だった。静かにグラスを持ち上げる仕草が渋い。
触覚は短く鋭い。体色のほとんどが緑だが、巨大な複眼や頑強な腹部などは赤い色をしている。まるで普人族のフルメイルのように見えるが、自前の外骨格のようだ。バッタらしく、足が太く頑強だ。肘や膝、肩などが茨の棘のように鋭角になっている。
「か、かっけぇー!」
ギルドに俺の絶叫が響き渡った。
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