第191話 仮り面入国2

「あんまり美しい爆発じゃないわ」


 上空の惨状を作り出した張本人であるフェリが、綺麗な眉を歪ませて言った。


「爆発に美しいも何もないですわ。貴女の価値観は相変わらずわかりませんの」

「僕も同意だねぇ」


 ファナトウツ、お前らやっぱり仲いいよな?


「やはりあの魔物、飢えているのね。体の中がほとんど空洞だから、爆発に密度がないのよ。乾いたつまらない音」

「命かけて爆発してんのに酷い言いようだ……」

『下らないこと言うとる場合かの。来るぞ』

「了解、瑠璃」


 俺は火魔法で目前に飛び出てきたイナゴたちを焼き払う。


放射する愛ラジエイトラヴリー


 隣でも、ファナが次々とイナゴを焼き払う。


「暇~」


 敵が懐まで突入してこないので、トウツが手持無沙汰になる。

 これはこれでいいことである。前衛専門職が暇ということは、敵を寄せ付けていない証拠だ。

 だから、トウツ。暇なのはわかる。わかるから魔法唱えている俺の尻を触るな!緊張感が抜けるだろ!?


「早めに全滅させましょう。その後、追加討伐クエストを提案いたしますわ。討伐対象はセクハラ兎」

「異論ないわ」

「わん」


 物凄い一体感である。トウツを除き、今このパーティーは確実に一丸となっている。


「数が多すぎる。魔力の温存は?」

「私はストックしていた爆弾も多いから、消耗は激しくないわ」

「金魔法使いはそこが強みですわね。だから戦場では会いたくありませんの」

「戦場に出ることもあるのか?」

「稀ですわね。基本、根暗で研究室に籠る連中ですわ。でも、時々そこのダークむっつりみたいに実地研究したくて出てくるやつもいますわね」

「その呼び名、やめないと手元が狂って誰かさんの背中爆破しそうだわ」

「あら、ごめんあそばせ」


 やっぱ一丸になってなかったわ。


「ファナは? 魔力は大丈夫か?」

「数時間はこのまま戦えますが、じり貧ですわね。魔力よりも集中力が心配ですわ。こいつら、勝てないとわかっているのに何故退かないのかしら」

「よほど食べ物に困ってるんだろうねぇ。コーマイも、ギリギリのところでバッタたちを国に侵入させていないみたいだし。イナゴ君たちは仲間が減ったら減ったで、いい口減らしと思ってるんだろうねぇ」

「でも、昼夜問わずこいつらと戦ってるんだよな」


 だとしたら、来て正解だった。

 対魔王のために手を結ぼうにも、国が死に体であるならば意味がない。




 イナゴの数が減ると、視界が開けてきた。

 そして俺たちは気づく。もう目の前までに、虫の国コーマイがあったことに。

 ただの土の山と巨大樹の森と草原が三方向に広がっている。最初はそう見えた。

 だが違った。


「ジリリリリリ!」


 けたたましい鈴のような音が鳴り響いた。頭が割れそうなほど大きく、思わず俺とフェリはエルフ耳を、トウツは兎耳を抑える。


「何の音だ!?」

「コーマイの攻撃合図ですわね。キリギリスやコオロギなど、音を鳴らすのが得意な虫人が軍笛の代わりに羽音で合図しているのですわ」

 ファナが俺の疑問に答える。


 巨大樹の森には昆虫種の虫人族が住んでいるらしく、兵士と思われる者達が飛び出してきた。土の山には横穴が大量にあり、蟻やムカデ、ダンゴムシ、蜘蛛の姿をした虫人族も出てくる。いずれも人型かそれに近いが、半身が虫そのものであったり、顔が完全に虫だったりするものが多い。


「え、ちょっと!何か団体さんが出てくるんだけど!」

「国の玄関で騒ぎすぎたかな〜」

「十中八九それですわね」

「どういうこと!?」

「冷静に考えて、国の関所前で爆発騒ぎ起こしたら、テロリストと思われて当たり前かも」

「それ最初に言ってよ!さっき俺ドヤ顔でフェリを中心にいくとか言ってたんだけど!」

「知ってたわ。でもこんな開けた場所で爆破出来る機会なんて、中々ないから……」

「ははー!俺、欲望に忠実なフェリが大好きだよ畜生!」

『我が友!そうこう言う内に近づいてくるぞ!』

「はっや!足はっや!何あれ!」

「蜘蛛、ゲジゲジ、ハンミョウ型の虫人ですわね」

「うへぇ、見た目グロい」

「トウツ。聞こえる範囲でそれ言ったら、外交問題ものよ」

「わかってるって〜」

「え、あれアラクネじゃない!? 何かアラクネも混じってるんだけど!」

「あれは魔物のアラクネじゃないねぇ。蜘蛛型の虫人族ホモエントマだよ〜。ほら、アラクネは雌型だけだけど、あそこに男の姿も見えるだろ〜?」

「ややっこしいなおい!」

「僕もそう思う」

「フィル。そっちにイナゴが行きましたわ」

「紅斬丸!」


 俺は飛びかかってきたバッタを斬りふせる。


「虫人とイナゴの集団が激突しますわね」

「大丈夫なのそれ!?」

「大抵の先頭を走る集団は、敵と味方に挟まれて圧殺されますわね。まぁ、ほとんどは犯罪奴隷でしょうけども」

「ダメじゃん!」

「それが合戦だよ、フィル」

「助けないと!」

「助けたいなら、フィル。リーダーとして指示を」

 フェリがセルリアンブルーの瞳で俺を見る。


「イナゴの密度を減らして両軍の衝突を和らげる!フェリ!上空のバッタを焼き払え!魔力の温存は考えるな!ポーションに備蓄はある!」

「わかったわ」

「ファナは中距離の火魔法で焼き払いつつ、フェリの護衛!」

「承知しましたわ」

「瑠璃はタラスクモードになって敵のヘイトを稼げ!虫人達にはお前が味方だと俺が伝える!」

『あいわかった』

「フィル、僕は〜?」

 トウツがのんびりと言う。


 俺は黙って指差す。

 指の先には、イナゴ達と虫人族が衝突する中心地点。グラウンドゼロ予定地である。


「あそこに俺と一緒に突っ込む」

「何それさいこ〜」

 赤目が笑う。


「作戦開始!ゴーゴーゴー!」


 俺とトウツが高速で移動を開始する。上空でイナゴが次々と爆発し、焼き払われる。

 飛行タイプの虫人達が頭上でイナゴ達を捕らえた。槍で突き殺し、剣で両断し、魔法で撃ち落としている。


 俺とトウツは高速で移動し、虫人族ホモエントマたちの武将らしき人物に近づく。


 その男は虫型の使い魔にまたがっていた。甲虫と馬が混ざったような使い魔だ。馬のように4本足ではなく、6本脚がせわしなく動く。関節が多く、柔らかく機敏に疾駆している。胴長の身体は外骨格で、蟻のようだ。複眼の目、カマキリのような牙、長い触覚。他の軍人らしき虫人たちも乗っているので、コーマイでの馬のような使い魔なのだろうか。

 その人物はカブトムシ型の虫人だった。黒光りした屈強な体をしており、2本の足があり4本の丸太のような腕がついている。腕にも足にも銛のような棘がついており、頭には立派な角が生えている。


「かっけぇー!」

「何だ貴様!何者だ!?」

「あ、すいません!俺はエクセレイ王国の者です!」

「噂に上がっていた異国の冒険者か!では奴らを焼き払ったのは貴君らか!」

「はい!すいません!」

「何を言うか!我が国は奴らに食物を食い荒らされるところであった!礼を言うぞ!」

「こちらこそありがとうございます!」

「何の礼だ!?」

「立派な角を見せてくれたお礼です!」

「何を言っているのかわからんが、俺の角の良さがわかるとは、異国人の割にセンスがいいな!」

「よく言われます!」


 ズドン、と轟音が鳴った。

 瑠璃がアスピドケロン形態になったのだ。

 突然現れた巨獣に、虫人族たちが慌てる。


「何だあの化け物は!?」

「俺の使い魔です!味方だと後続の軍に知らせて下さい!」

「なるほど、わかった!」


 カブトムシの男がバキンと羽を広げた。高速で羽を擦り合わせて「キィー!」と超音波のような甲高い音を鳴らす。後ろにいる伝令役らしき昆虫型の虫人族たちも同じように羽を擦り、音を鳴らす。


「かっけぇー!」

「静かにしてくれ!伝令に異音が混ざる!」

「あ、はい。すいません!」


 俺は居住まいを正す。


「このまま衝突すると危険です!死人が出ます!」

「既に大量の餓死者が出ている!それどころではないのだ!」

「でも、どうすれば……」

「こうする」


 魔暴食飛蝗グラグラスホッパーたちと衝突する瞬間、前線で走る虫人族たちが一斉に身体強化ストレングスを発動する。イナゴたちをショルダーチャージや自慢の角で弾き飛ばし、突貫していく。甲虫たちがバッタを弾き飛ばしていく姿は圧巻だった。俺は並走しながら胸が躍る。

 なるほど、犯罪奴隷のクッションの後に控えていたのは、フィジカルに強い甲虫の集団か!ただの脳筋突貫ではなかったのだ。


「援護します!火球爆散フレアボム!」


 火魔法で上空のバッタたちを次々と爆散する。カブトムシの男たちの勇壮さに触発され、アドレナリンが噴き出る。高揚した感情に押されたのか、火球の威力も段違いに伸びている感じがする。

 隣では、粛々とトウツがイナゴたちを両断する。


 突貫が終わるころには、そこには大量のイナゴが痙攣して倒れていた。


「乱戦だ!にっくき畜生を一匹残らず掃討せよ!」

「応!」


 カブトムシの男の号令に従い、虫人族が白兵戦を始める。今までは数の多さに苦慮していたのだろう。ほぼ全ての兵士が1対1ではイナゴを打倒せしめている。


「改めて、礼を言おう。今までは魔暴食飛蝗グラグラスホッパーの数が多すぎて突貫作戦が出来なかったのだ。これで我々は巣ごもりで飢え死にすることはなくなる」

 カブトムシの男が4本の腕の拳を突き合わせて頭を下げる。


「お役に立てて何よりです」

「名乗り忘れていた。ジゥーク・ケーファーだ」

「俺はフィルです。フィル・ストレガ」

「ストレガというと、あの?」

「はい、その弟子になります」

「フ、ハハハハハ!」

 ジゥークさんが豪快に笑う。


 ひとしきり嗤うと、磨かれた玉の黒曜石のような目で俺を見てきた。


「敵は愚かで愚鈍だ。だが、引き際くらいは分かっている。敵が引く判断をする前に一匹でも多く殺す。手伝ってくれるか? 異国の冒険者よ」

「もちろんです!」


 俺は紅斬り丸を。

 ジゥークさんは巨大な角を構えた。


「男子の変なテンションの会話って、入りづらいねぇ~」


 隣では、トウツがイナゴの死体の山を築いていた。

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