第190話 仮り面入国

「何これ?」

「見ればわかるだろう? 仮面だ」


 和柄の、兎の仮面をいじるトウツに俺が返答する。


「仮面? 何で必要なの~?」

「コーマイは虫人族ホモエントマの国。普人族の顔は醜悪で見られないという人が多いですわ。優しい者は黙ってスルーしてくれるようですが、不快感を与えるでしょうね」

 ファナが俺の代わりに説明する。


「そうなんだよ。だから、せめて顔は隠すようにとエイブリー姫に言われてるんだ。俺たちは言ってみればエクセレイ王国の使者みたいな役割だ。相手に不快感を与えないのに越したことはないだろう?」

「顔がねぇ。どこが気持ち悪いんだろ」

 トウツが兎の仮面をくるくると回す。


 俺作の仮面だ。ちなみに、俺は幼少の時に使っていた狐の仮面をまた被っている。この仮面、愛着がわいていたものだから、またつけることが出来て喜びもひとしおである。


「目が窪んでいるところと、鼻の穴が二つあるところ、と聞いたことがありますわ。あと、髪の毛が気持ち悪いらしいですわ」

「意味わかんないねぇ」


 それにしては俺も同意だが、虫人族からしたら身体の構造が違いすぎて宇宙人を見たような気分になるのだろう。俺も前世で小さい時は昆虫図鑑を見ては「こいつら宇宙から来たんじゃないかな」と思ったものだ。それと同じ感覚なのだろう。


「それで、仮面を被ると」

「そうですわ」

 そう言って、ファナが自分の仮面を取り出す。


 ……ペストマスクじゃん。ペストマスクじゃん!かっこいい!


「何だそれ!かっけぇ!」

「フィオ、時々本当の子どもみたいになりますのね」


 ファナが俺を本名で呼んでいるが、遮音魔法をかけているので御者のおじさんには聞かれない。間者がどこにいるかもわからないので、対策はばっちりしてある。


「そういうのいいから!何それ、何それ!」

「これですの? 毒霧を射出する死霊レイス対策に考案されたマスクですわ。丁度教会に残ってたから、かっぱらってきましたの」


 盗んできたんかい!


「それはそうと、何でフェリちゃんがフィオとお揃いなのさ。納得いかないなぁ」

「そりゃお前、俺はエルフ。フェリはダークエルフだ。白狐と黒狐の仮面でついにするとかっこいいだろう?」

「変なところでこだわりますのね。あ、付与魔法エンチャント発見。これすごいですわね。フィオもフェリも、教会に所属すれば一生遊んで暮らせますわよ?」

「聖女が言っていいのかそれ……」


 教会はあくまでも非営利で、お気持ちとしてお布施をもらっているという体裁だったはずなんだけどなぁ。


「そろそろ夜も更けそうだから寝るか。今日の寝ずの番は誰だっけ?」

「トウツ」

「貴女、寝ている間にフィオに変なことしませんわよね?」

「ふふふ」

「いや、何か言えよ」


 怖いわ!






 夢を見た。

 いつもの夢だ。

 獅子族の男に、腹に穴を穿たれて絶命する夢。

 初めてこの託宣夢を見てから、俺は死に物狂いで鍛え、夢の変更を願ってきた。それでも数年全く変わらない。いや、またクレアが死ぬ夢を見ることに比べれば、ましだろうか。

 いくら強くなっても、俺とクレア両方が生き残る未来は現れない。冒険者としても成長した。14歳を迎えれば、すぐにA級ライセンスも発行できる。師匠と同じ経歴になる。冒険者としての実績自体は、同じ歳の師匠を越えているだろう。だからといって師匠よりも自分がすごいとは思わないけども。学園でだって、トップになった。

 それでも、何も変わらない。

 何故だ。

 何故?

 未来の改変には、あと一体何が必要で、俺は何をすればいいんだ?


 静かに目を開く。

 そこにはトウツのどアップがあった。


「……何だ?」

「ん~、美顔鑑賞」

「そうか」

「汗、出てる」

 トウツが指で自分の額をちょいちょいと指さす。


 俺は汗をローブの裾で拭う。


「少し、うなされてたねぇ」

「そうか?」

「うん、そう」

「寝つきは悪い方だからなぁ」

「それ、マギサおばあちゃんのところで一緒に住んでた時も言ってたよねぇ。前世からそうなの~?」

 赤い瞳が至近距離から俺を見やる。


 トウツが俺の上にのしかかる。気分は蛇ににらまれたカエル。

 赤い光彩が翡翠の光彩を吸い取るように見つめ、俺の眼球の動きを見逃しそうにもない。


「そうだな。前世からそうだよ」

「フィオ、僕たちに何か隠してるよね? 託宣夢で見ているものって、本当に魔王の復活だけ?」

「……ああ、本当だ」

「——そう」

 すっと、トウツが下がる。


 意外だ。もっと追及してくるかと思ったけども。


「追及しないのか?」

「当り前でしょ~。僕らのリーダーだからねぇ。僕が信用している人間は、片手で数えるだけだよ。その中の一番がフィオさ」

「そりゃ、何というか。ありがとうな」

「ふふ~ん、いいさ。それとフィオ、信じるって何だと思う~?」

「さぁ?」

「信じるってのはさ、この人になら裏切られてもいいと思うことだよ。だからさ」


 トウツがもう一度、前のめりになって俺のそばに寄る。

 耳の真横でささやく。


「フィオは僕のこと、裏切ってい~よ」

「……俺がトウツを裏切るわけないだろう」

「ほんと~?」


 心底おかしそうに、シニカルな笑みを浮かべてトウツが下がる。


「ところで、他のみんなはいつまで狸寝入りをするのかな?」

「あら、貴方がフィオに手を出そうとしたら滅するところでしたのに」

「その前に爆破する」

「いや、この密室で爆破はまずいだろう」

『心配せずともよい、わが友。わしが壁を作る算段はフェリとつけてある』

「いつそんな作戦たてたのお前ら!?」


 俺の叫び声が、馬車の中でこだました。


 遮音魔法の外で、音が振動しているのを感知する。御者さんが何か言いたいことがあるのだろう。


「どうしたんですか~?」

 俺が馬車の窓から顔を出し、尋ねる。


「そろそろコーマイが近いです!申し訳ありませんが、私はここまでしか馬を引けません!」

 御者さんが大声で呼びかける。


 理由は外で砂塵のような、五月蠅い風音が聞こえるからだ。遮音魔法で気づかなかった。


「どうしてです!?」

 俺は大声で叫び返す。


「あれです!」


 御者のおじさんが指をさす。

 そこには黒い粒が竜巻を作っていた。砂塵のような音の出どころはあれか。高さは200メートル以上ある。前世で一度見た東京タワーより低いくらいだから、そのくらいだろう。その高さまで、黒い粒が空中を浮遊している。

否、竜巻ではない。

 俺はエルフ耳をそばだてる。聞こえてくるのは無数の羽音。ギチギチと、硬質なものがぶつかる音。


「あの黒い粒の塊、全部イナゴの魔物かよ……」

「そうなんです。申し訳ないですが、これ以上近づけば、いくらペガサスでもまずいです」

「いえ、ありがとうございます。ここで降ろしてください」

「いいんですかい? 危険ですよ?」

「俺たちはA級ですよ?」

「……流石ストレガでさぁ。肝の入り方が俺たちとは違う」

「いえいえ、道中快適な旅でした。おじさんも最高の御者ですよ」

「はは!ストレガのお墨付きとは、ブランディングに使えそうですね!」

「大丈夫ですか? 乗ったらポーションの材料にされるとか言われますよ?」

「それもまた一興です!」

 御者のおじさんが快活に笑う。


「聞いたか? ここで降りる」

 俺は馬車に入り直し、狐の仮面を被る。


「まさか入国試験があるとはねぇ」

「超自然的な試験ですわね」

「あの様子では、入国検査もまともに出来ないでしょうね」

『わしは雑食だが、あれはあんまり食べたくないのう』


 無彩色に来たる紅モノクロームアポイントレッドの面々は、思い思いに感想を呟きつつ、仮面を被る。


「始めようか、この国最初の突発クエストだ」

「腕が鳴るね」


 俺たちは馬車を飛び出し、イナゴの渦へ特攻した。







 魔暴食飛蝗グラグラスホッパー亜種。

 エクセレイの先見調査をした冒険者が見つけた種である。体長が1メートルを超えるイナゴ型の魔物である。

 亜種でなければ、大きくとも50センチまでしか肥大化しないはずだが、コーマイの食料を食らいつくした彼らは体表を油でてらてらと光らせて、肥えている。

 通常の種であれば鮮やかな緑色をしているが、亜種となったそれはどす黒い体色をしている。理由は食らいつくすことを優先するせいで、柔らかい緑の葉以外のものも貪欲に食べるようになったからだ。家畜、人間、他の魔物、場合によっては同族の魔暴食飛蝗グラグラスホッパーすら食す姿が観測されている。

 強力な脚力と強靭な顎による攻撃。そして、尽きることのない食欲。それらが彼らを繁殖させる原動力の全てだ。この上なくシンプルな魔物。

 だが、時としてそのシンプルさは突き抜けると恐ろしい事象を引き起こす。丁度今、コーマイの畑が食い荒らされて滅びそうなように。

 

「フェリを中心に対処する。俺とファナは接近してきたイナゴを中距離で撃ち落とす。打ち漏らしはトウツと瑠璃で対処」

「わかりましたわ」

「りょ~か~い」

『あれ取り込んだ方がいいかのう。お腹くだしそうじゃ』

「あれだけ上空に群れを作っているんだもの。いい花火になりそう♡」


 フェリが恍惚な顔をして顔を歪ませた。


魔法化合マギコンビネーション伝染火薬ポルボラコンタージョ


 フェリがとてつもない早さで亜空間グローブから素材を出し、錬金し、空中に放る。


「相変わらず錬金が正確で早ぇな。これだけは真似しようとしても出来ない」

「私の専売特許だから、そう簡単にまねされても困る」

 フェリが顔をしかめる。


「フィル、発破をお願い」

「了解」


 バッタの軍勢に錬金爆弾が到達すると同時に、火魔法で発火させる。

 わずかな火種が呼び水となり、爆発する。フェリの錬金爆弾は連鎖する特別仕様だ。火種が燃え移ったら、すぐさま他の爆弾も爆発する。錬金には手間と魔力を消費するが、発動には魔力を多く消費しない。これが金魔法の大きなメリット。事前準備はとてつもなく手間がかかるが、戦う前にいくらでも自身を有利な状況に導くことが出来る。

 空中で爆弾が連鎖し、次々とバッタたちが爆発していく。

 数体が攻撃の出どころがこちらだと気づいたのだろう。

 隊列を組んで特攻してくる。


「やっこさん、こちらへ来るな」

「フィル、ちゃんと私を守ってね」

「任せろ」

「わたくしたちもいるんですが、ダークむっつりさん」

「変な呼び名で呼ばないで!」

「露払いは僕らに任せなよダークむっつりちゃん」

「もう!」


 トウツ、ファナ。お前ら実は仲いいだろ。

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