第193話 国境沿いギルドにて

「かっこいいとは、某のことがか?」


 バッタ族の冒険者、ラウ・ウェアさんが言う。


「はい!めちゃかっこいいです!頑丈そうな足がかっこいい!ジゥーク・ケーファーさんの角もかっこよかったけど、ラウさんの足もかっこいい!」


 俺は童心に帰って言う。男の子は平常心と童心を反復すべきである。今の俺は童心である。

 何だあの足。キックするポーズして欲しい。めちゃめちゃかっこいい。


「ケーファー殿ほどの武人と比べられるとは、嬉しい賛辞である。感謝するぞ、異国の人」

「いえ、いいものを見せてもらいました」

「他所の人間で、うちらの見た目を受け入れる人は珍しいね」

 ムカデ族のムナガさんが言う。


「自己紹介がまだ終わってねぇよ!俺はカマキリ族のファング・ホイシュレッケだ。よろしくな!」

 先ほど、宴会の音頭をとっていたカマキリ男が話しかけてきた。


「よろしくお願いします。貴方もA級だったんですね」

「ファングでいいぜ」

 ファングさんがグラスを器用にもって近づける。


 俺は冷やした緑茶が入ったグラスで応じる。

 ファングさんの鎌は、よく見ると虫のカマキリに比べるとものを持ちやすい構造をしている。鎌の間にものを吸着して持つことが出来るようになっている。

 構造が気になるけど、ぶしつけに見続けるのははばかれる。


「それと、そっちの物静かなクワガタ男がリュカヌ・セルヴォランだ。名前が発音しづらいから、みんなリュカと呼んでいる」


 ファングさんに名前を言われ、リュカヌさんが目礼する。ガタイと立派な2本の角で男性というのは何となくわかる。俺も思わず丁寧に目礼してしまう。


「リュカは甲虫型の虫人族なのに、騎士じゃなくて冒険者やってる変わり者なんだ。で、一番の変わり者がそこのうちのリーダー」


 ファングさんがそう言うと、横合いから虹のような光が瞬いた。

 うおっ!まぶしっ!


「フフフ、ご紹介に預かりましたのはぁー!ハンミョウ族のパス・ガイドポスト様だぁー!俺、輝いてるぅー!」

 自己紹介するパスさんから虹色の光が反射し、目を突き刺す。


 それもそのはず。彼の身体は虹色に光っていた。何だこの見た目。絶対、斥侯スカウトできない見た目やんけ。


「ちなみに役職は斥侯だぁー!」

「え、嘘やん!?」


 思わず突っ込む。


「そう思うわよねー」

「だよな!リーダー見たやつはみんなそう言うんだ」

 ムナガさんとファングさんが言う。


「え、こんな七色に光ってるのに出来るんですか!?」


 修飾語にゲーミングってつきそうな配色なんだけど!


「俺ほどの男になると、自らの輝きを静めることもできるっ!」


 パスさんがそう言うと体の輝きが収まり、体色が地味めな茶色に変わる。


「すごい!かっこいい!」

「何で褒めるんだい?」

「え?」

「俺は今、輝いていない。目立っていない俺なんて価値がない。死のう」

「うわー!待ってください!輝いていいです!輝いていいから死なないで!」


 俺がそう言うと、彼の身体がまた虹色に輝き始める。

 同時に、目もらんらんと輝き始める。謎だ。複眼だから表情が読みづらいのに、この人のテンションが上がっているのが手に取るようにわかる。


「フフフ。フーハハハ!俺様復活っ!すまないな異国の英雄よ!俺様は輝かない自分が大嫌いなんだ!」

「そ、そうなんですか」


 扱いに困るなこの人!


「面倒でしょ、うちのリーダー。でもダウナー状態じゃないと斥侯出来ないから、クエストのたびにカウンセラーしないといけないんだよね、私たち」

 そう言って、笑いながらムナガさんが酒をあおる。


「面白いパーティーですね」

「だろ? うちほど種族バラバラなパーティーはこの国では珍しいんだぜ?」

「へー、そうなんですね!」


 種族のばらけ具合で言えば、うちもいい勝負だと思うけども。


「どうしてそんな異種族同士で組んでるんです?」

「ラウは物静かすぎて、怖がられてたよな!」

 ファングさんが言う。


 ラウさんは静かにグラスを持ち上げる。いちいち渋いバッタさんだ。


「そういえば、風評被害にあったって」

「そうそう。魔暴食飛蝗グラグラスホッパーのせいでな。酷い話だろう? 遠いご先祖様が近しいだけで風評被害受けるんだぜ?」

 そう言いながら、ファングさんが酒を飲む。


 うーん。こっちの感覚でいうと、魔猿が暴れて普人族が責められる感じに近いのだろうか。わからん。


「そういうファングさんは?」

「俺は単純にうるさいから他のパーティーに誘われなかった!」

 そう言ってガハハと笑うファングさん。


「嘘つきなよ。女癖が悪いのも理由だろうに」

「おっと、それはここだけの話だぜ」

「輝いてないコメントだなぁ、ファングよ!ここだけの話どころか周知の事実であるっ!」

 ファングさん以上のテンションでパスさんが言う。


「ま、リーダーはこれだから、うちらは気楽にやってんのよ」

 ファングさんがまとめる。


「リュカは事情が特殊なのさ。クワガタ族は普通、騎士になるからね。カブトムシ族と同じでフィジカルエリートだからねぇ」

「それがどうして?」

「……没落したのさ」

 静かに、リュカヌさんが言う。


「えっと、すいません」

「謝る必要はない。みな知っている」

 そう言って、リュカさんが静かに酒を飲む。


 あ、やっぱりクワガタムシと同じで口がスポンジみたいになってるのか。


「没落貴族に話しかけるやつなんざ、そうはいないからなぁ。うちのリーダーはあっさり話しかけたけどさ」

「俺、輝いてただろう!?」

「へーへー、輝いてた輝いてた」

 パスさんをファングさんが雑にあしらう。


 何となく、このパーティーの関係性がどんなものかわかってきた。


「ムナガさんは、どうしてこのパーティーに?」

「そりゃあんた、見たらわかるでしょうに」

 ムナガさんが驚いた顔をする。


「見たらって、どこをです?」

「ムナガ、フィルは小人族だ。俺たちの美的感覚で話を進めちゃいけねぇ」

 ファングさんが言う。


「ああ、そうだったね。私はとてつもない醜女しこめでね。まともに就職も出来なかったし、同族からは誘われなかったのさ。腕には自信があるんだけどねぇ」

 ムナガさんが言う。


「醜い? どこがですか?」

「そりゃあんた、甲虫なのに顔が柔らかそうでぶにぶにしてるだろう?」

「肌がきめ細やかで綺麗です」

「えっ。でも目も大きくないし」

「宝石みたいで綺麗ですよ?」

「う」

「触覚も流線形が美しいです。顎もチャームポイントですね。俺は小人族なのでそんな立派な顎をもってないので羨ましいです。あと」

「ストップ、ストップ。わかったから。リップサービスはそのくらいでいいよ!」

「本心ですよ?」

「う~」

 ムナガさんがうなる。


「フハハ!フィルよ!輝いてるな!」

「はい、ありがとうございます?」

 何故か褒めてくれたパスさんにお礼を言う。


「はい、そのくらいにしようかフィル」

「現地民との交流はそのくらいになさいませ」

「宿探さないと。あと、ジゥークって人を見つけるんでしょう?」

『フィオは一人にすると、やはりいかんの』

 俺のパーティーメンバーが一斉に会話に入ってくる。


 おいお前ら、何故今入ってきたし。


「ほほう!彼女たちがフィルのパーティーメンバーか!仮面が美しい!輝いてるな!」


 パスさんが俺の仮面を褒めてくれるので、上機嫌になってしまう。この人、人たらしだな。さては。


「ありがとうございます。俺が作りました」

「顔が見えないようにするためかい?」

 気を取り直したムナガさんが言う。


「ええ、そうです。何か俺たちの顔はここでは気に入られないからって」

「私が醜女って言われるのも、あんたらに近いからだからねぇ。間違いない判断だと思うよ」

「そうなんですね」


 言われてみれば、ムナガさんの顔は普人族に近しいパーツが残っている。本当に価値観が違うんだな。


「本当、お前ら不思議な生き物だよなぁ。こんな柔らかい腕で冒険者できんのか?」

 ファングさんが俺の手を触る。


 鎌だから怖いが、それを表に出すのは失礼だと思うので我慢する。


「魔法で強化すれば、ファングさんより硬いと思いますよ?」

「言うねぇ!」

 一瞬驚き顔をして、ファングさんが快活に笑う。


「で、輝いているフィル!ジゥーク騎士団長と話したいと言ってたかい!?」

 無駄に大きい声でパスさんが言う。


「はい。どこに行けば話せるかな、と」

「それは難しいと思う。騎士団は今、仕事が山積みだ」

 リュカヌさんがぼそりと言う。


「元騎士の家系のリュカが言うならそうなんだろうな。国難だ。ジゥークほどの人物の身体がフリーになるのは時間がかかるだろうね」

 ムナガさんが言う。


「そうですか、では待ちます」

「ギルドに言っておいた方がいいんじゃないか?」

「そうします。ギルドへの挨拶も、まだですし」


 ギルドに顔を覚えられるというのは重要だ。俺たち冒険者は根無し草だ。冒険者を風の人と例えるならば、ギルドの職員たちは土の人だ。どれだけ俺たちが魔物への知識に長けていても、地元の魔物のデータを長い年月かけて捕集しているギルドには敵わない。


「あんたらなら歓迎されるよ。なんせ私たちの国難を救ってくれた英雄だからね」

「そうですかね?」

「そうに決まっている、見たまえ!」

 パスさんが周りを見る。


 俺たちが周りを見ると、ギルドで酒を飲んで騒いでいた連中が全員、俺たちを見ていた。ほとんどの人間の目が複眼だから、表情が分かりづらい。それでもわかる。彼らの目に宿っている感情は敬意だ。

 全員、酒の入ったグラスやジョッキを俺たちに掲げている。


「フハハ!今一番輝いているフィル・ストレガとその一行よ!ようこそ虫人族ホモエントマの国、コーマイへ!」


 そうパスさんが叫ぶと、その場にいた全員が再度、乾杯した。

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