第194話 部屋割りしましょう、部屋割り
「ようこそ、英雄様。ムカデタクシーへようこそ。今日も乗っていくかい?」
「よろしく頼みます」
俺は小銭を手にもつ。
「昨日も断ったじゃないかい。いらないよ」
「連日払わないのは、流石に気が引けます」
「あんた、いいやつだねぇ。流石英雄」
「英雄だから、いいやつとは限りませんよ」
「確かに」
ムカデタクシーのお兄さんがギシギシと笑う。同じムカデ族のムナガさんに比べると虫成分多めの顔なので表情が分かりづらいが、朗らかな雰囲気はとても伝わる。
昨日もこのムカデタクシーにはお世話になった。
ファナが酔い潰れて暴れ出したのだ。「異教徒は殲滅ですの!」と叫びながら火魔法をギルド内の酒場でガトリングしたのだ。慌てて俺と瑠璃で止めに入った。
ちなみに、その場にいた冒険者達は笑いながら甲虫族のタンク達を盾にしていた。ファナが落ち着くと、タンク達は自分を盾にした連中をどつき回していた。どの国に行っても、冒険者はたくましいものである。
ギルド職員が手慣れた感じで呼んだのが、このムカデタクシーさん達である。ちなみに、俺がおんぶしていたファナはムカデのお兄さんの背の上で嘔吐した。
もうこいつ聖女の称号返還しろよと、服の中に嘔吐物をぶち込まれながら思ったものだ。
緊急の仮宿に一泊過ごし、起きた俺たちはコーマイの都へ行こうということになった。国の状況を考えると、冒険者の人手は猫の手も借りたいほどだろう。報酬の高いクエストがあるうちに活動を始めなければ。
「じゃあ、割引ということで。1500ギルトにしてやろう」
「まけすぎやしませんか?」
「英雄がお得意様とあれば、お釣りが来るよ」
「……よろしくお願いします」
「毎度あり。行き先は?」
「都のギルドへ。ギルドマスターへ挨拶に行きます」
「合点!」
俺が彼に跨ると、他のパーティーメンバーもそれぞれムカデにまたがった。
「ファナちゃん、もう吐かないよねぇ?」
「当たり前ですわ。昨日は一生の不覚でしたの。わたくしが酒の量を見誤るだなんて」
「今更だけど、聖職者が酒飲んでいいのかよ?」
「本当にタブーであれば、わたくしはすでに神の裁きにあっていますわ。それがないということは、神は酒に溺れるわたくしを愛してくださっているということ」
そう言いながら、ファナが略式の祈りをする。
高速で走るムカデの上で手を握る様は、神の使徒というよりも、地獄からの使者にしか見えない。
「よしんば神がお前を愛しても、俺は愛さないからな」
「そんな、フィル。酷いですわ!」
「酷いのはお前だ!気前よく人のシャツの中に吐きやがって!ローブの亜空間にお前の嘔吐物が少し入ってたんだぞ!」
夜中泣きながら浄化魔法かけたんだからな!ばーか!
「うわぁ、フィル。そのローブ大丈夫? ゲロ亜空間じゃん」
「変なネーミングすんじゃねぇ!」
『勘弁してほしいのう。わしは鼻が効くから困る』
「ほら、瑠璃もこう言ってるじゃねぇか!」
「自分たちでしかわからない言葉で交信しないでくださいまし」
「ファナ」
「何ですの? ダークむっつり」
「……今からいう言葉が貴女にとって有益であれば、その呼び名を改めて」
「いいですわよ」
「貴女の酒を度数の高いものにすり換えたのは、トウツ」
「
「おっと〜」
トウツがイナバウアーをしてかわす。
「人様の背中の上でチャンバラするんじゃねぇ!」
俺が叫ぶと、ムカデのお兄さん達が笑った。
しばらくすると、巨大樹の高速道路に差し掛かる。高速道路というのは、クモ族が作った糸のトンネルだ。クモの中でもクサグモの種族が中心でこのインフラを作っているらしい。糸で出来ているので軽く、雨が降っても崩れない。それに蜘蛛の糸は強靭だ。直径1センチの糸で作られた蜘蛛の巣であれば、ジャンボジェット機も受け止められると、前世のニュースで見たときはたまげたものである。その上、火にも強いように加工してある。
クモの巣高速道路の利点は、道路が立体的であることにある。普人族は蜘蛛の糸の上は当然歩けない。俺たちは地面の上を歩くしかないのだ。
だが、この国の人たちは巨大樹の上にいくらでも道を作ることができる。国の住民が虫人族ばかりなのは、ここら辺のインフラを享受できる種族が集まっているということも理由なのだろう。
普人族は物理的に住みづらい国の形なのだ。
ムカデ達は多足類なので、糸を突き破らずに上手に足を動かして高速に動く。時速は余裕で100キロを超える。
ちなみにその100キロオーバーの速度の中で、トウツとファナは今も戦闘している。こいつら、いつ仲良くなるんだろう。ムカデの人たちを巻き込まないようにしているからいいものの。ファナを鉄砲玉に使ったフェリはどこ吹く風である。出会ったばかりは、ただの優しいお姉さんだったのに。
「へい兄ちゃん!乗り心地はどうだい? 昨日は酔った彼女がいたから速度が出せなかったけどよう!」
「最高ですね!風が気持ちいいです!」
風切り音が激しいので、大声で俺たちは話す。
「はは!あんたら空気抵抗強そうなフォルムしてるのに、風が気持ちいいとはな!」
「ムカデさん達が羨ましいです!魔法で強化しなくても、このくらいは大丈夫なんですよね?」
「まぁな!自慢の表皮鎧よ!」
ムカデのお兄さんが快活に笑う。
何となく虫人の表情の変化がわかってきたぞ。触覚の動きを見ればいいんだな?
彼らの身体は新幹線のように空気をそぎ落とす形をしている。かっこいい。エルフに生まれたことは幸運であったが、いっそ
「あんた、昨日はムナガ達と一緒にいたよな?」
ムカデのお兄さんが、少し声を潜めて言った。
入国してすぐのギルドで知り合った、ムカデ族の冒険者の女性を思い出す。
「ムナガさんと知り合いなんですか?」
「同族は大体、同じ地域出身だよ。ただでさえ見た目と生態の違う種族が多いんだ。色んな種族が集まるのは特殊な職場やギルドくらいだな」
「なるほど」
「あいつは元気にしてるか?」
「ええ、楽しそうにしてましたよ」
「そっか。あのハンミョウ族のあんちゃんには感謝しないとな」
「……何かあったんですか?」
俺は不躾にも聞いてしまう。
「俺たちの種族はよう、この頑丈な体と素早い足を生かした仕事が得意なんだ。このタクシーだって、花形の仕事のうち一つなんだぜ?」
「そうなんですね」
「でも、あいつは同期で一番足が速かったのに、この仕事につけなかった」
そう言って、ムカデのお兄さんはおし黙る。
彼女は自分を醜女と言っていた。そしてこのムカデタクシーは接客業でもある。何となく、彼女がこの仕事を諦めた過程が想像出来てしまう。
「お兄さんは、優しいんですね」
「俺はあいつを呼び止めることができなかった臆病者だよ」
「でも、お兄さんが呼び止めなかったから、今ムナガさんは新天地で楽しそうにしています」
「……あんたいいやつだなぁ!」
「お兄さんほどでもないですよ」
「
ファナの火魔法をトウツがかわし、こちらへ飛んできた。
「あっつぅ!? おいてめえらふざけんな!ぶっ飛ばしてやる!」
『加勢するぞ我が友!』
「うお!? あんちゃんの使い魔、クモの足生えてるぞ!? バトルウルフとかじゃなかったのか!?」
「その説明は後です!」
結局、クモの糸高速道路を俺たちが堪能する時間は全くなかった。
畜生。俺、バイクとか車とか大好きなのに!
前世では自動車学校に通うの、けっこう楽しみにしてたんだぞ!
「着いたぜ。コーマイの都ミヤストだ」
ムカデタクシー達が俺たちを降ろして言う。
「わお」
「これはすごいわね」
「文化圏が全く違いますの」
俺たちは口々に感想をもらす。
巨大樹には繭状の民家や木材を貼り合わせたようなウッドデッキのような民家、もしくは粘土を硬質化させたすり鉢状の民家まである。ハチ型の虫人族の家なんだろうか。地面には蟻塚のような土のマンションがあり、竪穴式住居のようになっている。その土のマンションは屋上がそのまま通路になっているらしく、マンションとマンションの間に橋がかけてあり人々が自由に行き交っている。
「あれ、素材の粘土が接着剤みたいになってんのか?」
「魔法で強化もしてあるわね。精巧な作り。大工にどんな術式か教えて欲しいわね」
「だよなぁ。土魔法の使い手としては、俺たちの都よりも水準が高いよな」
「種族特性でしょうね」
「だろうな。俺たちよりも土と身近な種族が多いからだろうな」
「フィルとフェリは、時々自分たちの世界に入るのやめて欲しいなぁ」
ずんだりんと、トウツが俺にしなだれかかって言う。
「離さんか。別にいいだろいつものことなんだから」
「え〜」
トウツがぶーぶーと言う。
「はは!気に入ったかい? 俺たちの都は?」
「はい!とっても!」
俺が元気よく返事すると、ムカデのお兄さん達はサムズアップしてクモの糸高速道路へ戻っていった。
あれ、サムズアップしていたと解釈していいんだよな? 手が人の形とかけ離れているので自信がない。
「取り敢えず、宿を探してギルド行くか」
「そだね〜」
俺たちは移動を開始した。
驚くほど歓迎された。
A級冒険者は稼ぎがいいので、羽振りよく金を使うべしというのは暗黙の了解である。稼いだ人間は経済回せということなのだろう。
俺たちはその不文律をしっかり守ろうと思い、コーマイで一番高い旅館を訪ねた。それを教えてくれたコメツキ族のバーの店主に、情報量としてチップを払おうとしたら断られてしまった。ついでに飲み食い代までも無料にしてもらった。
冒険者は体が資本。そうと知らずにいつも通り全員が3,4人前食べていたので慌ててしまった。フェリだけはベジタリアンの少食だったけども。
コメツキ族の店主は腰をパキパキ鳴らしながら、笑って「いいってことです」と断ってくれた。
旅館に着くと、そこの宿泊代も無料だった。
慌てて金を払おうとする俺に「国を救っていただいた異国の方に金を要求するような、不義理な旅館と思われたくありません」と、クロアゲハ族の女将に断られてしまった。
重ねて、救国の英雄を泊めた旅館というブランドが出来上がるので、稼ぎはこれからいくらでも増えるとのこと。
俺が行く先は基本、マギサ師匠への敬意と恐れがセットでついて回っていたので、ここまで俺たちパーティーそのものを受け入れられたのは初めてである。
小人族の仮面の少年が率いる団体は、エクセレイから来た英雄という話がすでに流布している。外を出て歩けば道ゆく人々全てに手足を振られた。手足というのは文字通りである。多足類が多すぎて、手を振っているのか足を振っているのかわからん。というか、触覚なのか顎なのか手なのか判別つかない種族もいるので、正直困った。
そしてもう一つ、困ったことがあった。部屋分けである。
部屋分けである。
部屋、分け、である。
「ということで、僕とフィルが相部屋。他の3人で同い部屋ね〜」
「違いますわね。わかっていませんことよ畜生兎。わたくしとフィルが相部屋ですわ」
「安心しろ。その2つの案だけは絶対にない」
「「何故?」」
え、何でそんな「心底心外です」みたいな顔できるの? 俺はびっくりだよ。
「代案があるわ。私とフィル、と瑠璃で相部屋。そこの変態2人が相部屋はどう?」
ここでフェリが名乗り出るとは思わなかった。
見ると、フェリと瑠璃が真顔でアイコンタクトをとっている。君たち最近連携がいいけど、さては時々隠れて作戦会議しているな?
「それは一番ないねぇ。絶対ない」
「同意ですわね」
「そうか? 出た案の中では一番マシな案だと思うぞ?」
「わかってないなぁ、フィルは」
トウツがちっちっちと、腕を組んで指をふる。
何か腹たつ仕草だな。
「この中で、フィルにとって一番危険な人物はフェリちゃんだよ、フィル」
「何でだ?」
「フィルは最近、かなり強くなってるね?」
「そうだな」
こないだの
ただ、やはりというか、一番魔力量が増えたのは爆弾魔でキルレコードトップのフェリだった。
「まだ近接格闘では僕やファナには敵わないけど、フェリには勝てるくらいになったよね?」
「ん〜、まぁそうだな。金魔法では倒立しても敵う気がしないけど」
出会ったばかりの時は、後衛専門のフェリに近接格闘も勝てないくらいだった。
とはいっても、フェリはソロが長いので自衛手段を多く持っていたので仕様がないことではあるけども。あと、最近のフェリは格闘訓練よりも金魔法の研究に傾倒している気がする。だから、格闘の成長が止まった彼女に俺が追い付くのは当然と言えるだろう。
「でも、そう考えるとますますフェリは俺にとって危険じゃないだろう。俺もファナやトウツ相手でも時間稼ぎはできるけど、フェリが俺をどうこうできるわけないし。というかそもそも、フェリはお前らと違って俺に危害を加えたりしないだろ?」
「だそうだけど、フェリちゃん。そこんとこど〜お?」
「あ、当たり前じゃない。私がフィルの嫌がることすると思う?」
「それ、神の御前でも言えますの? わたくしの目を見てくださいまし」
フェリが間に入ると、こいつら急に仲良くなるよな。何なんだろうこの現象は。
じっとファナに見つめられたフェリが、ふいに視線をそらす。
「ほら見て下さいまし。後ろめたいことがあるんですわ」
「うがった目で見るんじゃない」
フェリが可哀そうだろうが。
「でもフィル、考えて下さいまし。貴方とダークむっつりの関係は?」
「パーティーメンバーだろ?」
「大事な関係を忘れていますわ」
「?……あ」
そうだ、主従契約。俺はフェリの奴隷なのだ。彼女に命令されることが数年なかったので、忘れていた。
「思い出したみたいだねぇ。僕やファナはまぁ、確かにいつもフィルの貞操を狙っているわけだけども」
「もうちょっとオブラートに包んだ表現しない?」
「僕やファナちゃんに襲われても、今のフィルならしばらくは交戦できる。でもフェリちゃんは何と、フィルを命令して好きなようにできる権限があるんだよねぇ。僕が本来はそのポジションのはずだったのにっ!」
「その件に関しては、ナイス判断でしたわ。ダークむっつり」
「その名前で呼ばないでほしいんだけど」
フェリが眉をひそめる。
「でも、フェリはこいつらみたいなことしないよな?」
というか、仲間から狙われるという前提が悲しいんだけど。
「……もちろんよ」
え、何で間が空いたの?
「そういうわけだから、フェリの案でいこう」
「後悔しますわよ」
「絶対邪魔してやる」
「俺たち、一応付き合い長いパーティーだよな?」
異国まで来て、不穏な立ち上がりなんだけど。
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