第195話 虫の国のギルドマスター

「ご足労感謝する。私が都ミヤストのギルドマスター、カプリ・ロングホーンだ」


 渋い声で歓迎された。

 人間で言う喉がどの辺にあるのか分からなくて、どうやって発声しているのか謎である。


 ギルドマスターはカミキリ族だった。大きな複眼。左右に1メートル以上伸びている黒い触角は、虫というよりも山岳地帯にいるヤギの角のようだ。背中には縦長の羽を閉じており、白い斑点模様がついている。肘から鍵爪のようなトゲが生えている。あれ、日常生活で引っかかったりして不便じゃないのかな。

彼は4本の腕で次々と手元の資料に印を押している。

 腕が多くて複眼だから事務仕事に適しているのかと、謎の感動を覚える。虫人族ホモエントマを知れば知るほど、普人族って不便な生き物だと思えてくる。本当、何で俺たちには腕が2本しかないんだろう。


「エクセレイ王国のA級冒険者、フィル・ストレガです。こちらはパーティーメンバーのファナ・ジレット、トウツ・イナバ、フェリファン、そして使い魔の瑠璃です」


 ファナはエクセレイの聖女という社会的立場があるので最初に紹介した。瑠璃はあくまでも使い魔なので最後。フェリは目立つのを避けるために後ろから二番目。トウツは適当。こいつはどれだけ雑に扱っても喜ぶ変態だから、まぁいいだろう。雑に2番目で。


「なるほど。すまないが、今は仕事の処理が追いつかないのだ。作業しながら話を続けても?」

「国難でしょう。構いません」

「助かる。エクセレイの方から魔法信号で電報が来たことは市井からの噂で聞いていた。まさか本当のことだったとはな。しかも伝説の魔女の弟子のパーティーときた。神様は我々を見てくださっているのだな」

「俺たちは神から遣わされたような、神聖なものじゃありませんよ」

「その割には、メンバーに聖女がいるようだが」

「お初にお目にかかりますわ」

 ファナが優雅にエクセレイ式のお辞儀をする。


 惜しい。服が露出狂でなければキマっていたのに。所作が優雅なだけに惜しい。ほら見ろよカプリさんの顔。複眼だけど困っているのが手に取るようにわかるぞ。


「しかし、エクセレイも酔狂な国だ。我々はレギアを間に挟んでいたから、言ってしまえば顔を知っているだけの遠くの知人のような関係だったはず」

「そのレギアが、今は国として機能していませんからね」

「恩を売ってやったから、レギアの国土はエクセレイのものと認めろ、と?」


 しまった。そう受け止められるのか。

いや、そう解釈されてもおかしくないだろう。コーマイは今、魔虫害で食糧難だ。エクセレイと事を構えれば、兵糧不足で確実に負ける。無血にてレギア国土の権利を認めろと交渉するならば、今がまさに絶好の機会なのだ。

 俺は迷う。

 腹芸など前世を含めて出来たことはないし、おそらくそれは今でもそうだ。

 ちらりと、仮面の隙間から後ろを見る。トウツやファナが仮面を半分ずらして、俺の目を見る。その色は肯定。フェリも瑠璃も、ただ黙ってうなずいている。

 何でこいつら、俺を信用するかな。交渉ごとはパーティーメンバーの中では苦手な方だと思うんだけど。


「単刀直入に言います。我々にはコーマイと敵対する意思はありません」

「君のパーティーはそうだろうな。市井から聞こえる声には、気さくで人当たりのいい連中という評価が多い」

「気さくで人当たりのいい?」

 俺は思わず後ろを振り向く。


 人前で俺にセクハラばかりするトウツ。酒場でうっかり火魔法を暴発したファナ。話しかけられても無視することがデフォルトのフェリ。瑠璃は……子どもの虫人族に気に入られてたな。よく撫でられていた。


「瑠璃のおかげですね」

「いや違うでしょ」

「フィルが道ゆく虫人を指差してかっこいいと叫び続けたのが原因だと思うわ」

「え、そうなの!?」

「ごほん!話を続けていいかな?」

「あ、はい」


 他所の国のギルマスの前で、うっかりコントするところだった。危ない危ない。

 まだ未遂だよね?


「君たちパーティーが我々を救ってくれたのは事実。そして君たちのパーティー、あー、名前は何という?」

無彩色に来たる紅モノクロームアポイントレッドです」

「どの辺に赤い要素があるんだ?」

 カプリさんが首を傾げる。


 首の可動域が人間よりも広いらしく、ぐりんと回ったので一瞬焦る。


「そこはまぁ、おいおいわかると思います」

「おいおいか」

「おいおいです」


 何だこのふわっとした会話。シリアスな会話してたはずなんだけど。


「話を戻すと、だな。君らのことは信じよう。実際に我々を救ってくれたのだからな。ケーファー殿からも、よき武人であり志の高き者との評価をいただいている」

「ジゥークさんと話したんですね」

「我が国が誇る武人よ。彼からの信頼を得た君たちを、私が疑うわけにはいかないね」

「ありがとうございます」

「その礼は、ケーファー殿とまた会ったときにするといい」


 カプリさんが書類作業を一旦やめ、伸びをする。普人族よりも多い関節が、パキパキと音をたてる。普人族だと、どこかの骨を折ったのかと錯覚しそうな音だ。


「だが、君のパーティーを信頼することは、エクセレイ王国への信頼と同義ではない」

「……心得ています」

「すまないね。私も仕事なのだよ」

「いえ」


 黙って探られるよりも、かなり手心を加えられていることは俺でもわかる。ギルドマスターが直々にこういった話をぶつけてきたのは、何か理由があるのだろう。

 国を救ってくれたパーティーを影からこそこそと調査するのは、いざバレたときに国民感情を逆撫でする。理由としてはこんなところが無難だろうか。仮に俺たちが間者だとしても、世論を味方につけてしまえば彼らにとって面倒なことになるのだ。


「ところで、君たちはもう入国検査はお済みかな?」

 書類を整理しながらカプリさんが言う。


 あの鍵爪みたいな指で、よく紙を触れるなぁ。


「入国検査? あ」

「そう言えば受けてないねぇ」

「何かあっさり通されたわね」

「むしろ歓迎されて国内へ招かれたわ」

「国境警備の阿呆どもが……」

 カプリさんが頭を抱える。


 あ、この人はゴンザさんみたいな雑なタイプじゃないな。ラクスさんみたいな神経質なタイプだ。都を任される人は、みんな神経質なんだろうか。


 思い返してみる。

 イナゴの大群を追い払った俺たちは、その場にいた虫人族たちに歓迎され、胴上げまでされた。そして胴上げされたまま国境の街を練り歩いた。その際、俺は一度も地に足をつけてなかった。常に誰かしらに肩車されたり胴上げされたりしていたのだ。その集団には冒険者が多かったので、自然とギルドが運営する酒場に集合する。そこでムナガさんやパスさんたちと出会い、ファナが酔い潰れて火魔法を暴発し、気づけばその街の宿で、全員で雑魚寝していた。その足で今日、ムカデタクシーで都へ来たのだ。

 言われてみれば身辺調査など全く受けていない。

 国境を守る衛兵らしき甲虫型の騎士たちも、ニコニコして俺たちを素通ししていた。


 え、俺たちって、もしかして不法入国?


「この場で入国審査しよう」

 ガバッと顔をあげたカプリさんが言う。


 臨機応変な人なのだろう。既に頭を切り替えたようだ。


「ギルドカードを提示してくれ」

「はい」

 俺たちはカードを机上に置く。


「魔力を流してくれ」


 それぞれが魔力を練り、カードに流していく。トウツは鋭利に機敏に、ファナは静謐に雄弁に、フェリは繊細にメカニカルに。


「間違いないな」

 俺たちのギルドカードを確認し、カプリさんがうなずく。


 ギルドカードは冒険者にとってパスポートのようなものである。ギルドに所属する冒険者は、国に属しているわけではなくギルドという多国籍企業に属しているのだ。高すぎる武力が集まるため、国との癒着を回避するためにこのような形になったと聞く。

 何故このようになったか。

 国とギルドが癒着すると、どうしても冒険者たちの中で不平等な扱いが生まれる。そうすると、自由を愛する冒険者は寄り付かなくなるのだ。結果として国力が衰え、魔物に国が食い潰されることになる。理性を持たない魔物が人間たちの金銭的癒着を許さない構造になっているのは、実に皮肉である。


 カプリさんが薄い板のようなものに自分の歯形をつけて、俺たちに配る。


「何ですか、これは?」

「入国許可書だ。それなりに高価なものだから、無くさないでくれ。再発行は14万ギルトだ」

「うわ、高い」

「その高い値段には、無駄な仕事をさせられる公務員の怒りがこもっていると思ってくれ」

「あ、はい」


 カプリさんから陰気な怒気が漏れたので、素直に返事をする。

 彼は今まさにデスクワークに殺されそうなのだ。配慮してしかるべきなのだろう。


「大変ですね」

「イナゴどもが跋扈ばっこしている時は、仕事の心配すらできない状況だった。これは嬉しい悲鳴だよ」

 そう言いつつも、ハンコを押す力が妙にこもっているカプリさん。


「え、これが許可証? 歯形付きとかばっちいなぁ」

「おいトウツ」


 俺も一瞬思ったけど、口に出したらダメだろうが!


「言われてみれば、他所の国の人間は唾液が不潔と感じるのだったな。済まない。我々にとって口は清潔な部位だからな」

「そうなんですか?」

「我々からすれば、君らの感覚が不思議だがな。口は清潔な場所だからこそ、食べ物が通るのだろう?」

「あー、言われてみればそうですね」


 黴菌とかを寄せ付けなかったり、殺したり、消化したりする機能がある部位を不潔と思うのは変なのかもしれない。


「それに、口は一番頻繁にグルーミングする場所だ」

「道端でも、よく見ましたね」


 こっちで言うと、手洗いうがいの感覚なのだろうか。

 子どもの虫人族がグルーミングする姿は、不思議な愛くるしさがあったものだ。


「歯形はね、君ら小人族たちにとっての耳の形や指紋と同じだ。魔力も込めてあるから二段階認証みたいなものだな」

「同じ形の人がいない?」

「そうだ。私の歯形だからな。そこらの貴族よりも高い信頼性のある入国許可書と思ってくれていい」

「ありがとうございます」

「構わないよ。それで、要件は何だったかな?」

「2つあります。ジゥーク・ケーファーさんとの取次を」

「向こうの手が空き次第、機会を準備しよう」

「助かります。それと、クエストを大量に」

「量と質は?」

「どちらも超ハイレベルでお願いします」

「渡りに船だ。イナゴ騒ぎで手が足りなかったのだ。食糧難が続いていて、人海戦術に使える冒険者は誰も彼もが狩猟クエストに出ていてな。助かる」

「良かったです」

「優先して欲しいクエストはあるか?」


 この発言は、ある程度俺たちを優遇するという宣言だ。平等をモットーとするギルドとしては、破格の扱いである。その上、俺たちは来たばかりの異国の人間だ。

 俺たちは、思わず顔を見合わせる。


「えらく、俺たちを買ってくださるんですね」

「国を救ってくれた恩返しと思ってくれていい。他の冒険者も納得するだろう。いや、私が文句は言わせん。それと、単純にクエストの処理が追いつかない。イナゴのせいで滞っていたものが山のようにある」

 彼はため息をつく。


「それで、どんなクエストが欲しい?」

「魔力量が多い魔物の討伐クエストです。それと、オリハルコンが採取できるクエストを」


 カプリさんの長い触覚がぴくりと動く。


「その反応は、あるんですね?」

「ある……が、私はギルマスとして自殺援助は出来ない。君らがあれと戦って生き残れるかどうか見極めたい。クエストを振るのはそれからでいいかな?」

「構いません」

「よし、大体まとまったかな」

 カプリさんが書類をトントンと整える。


「君らのこの国での自由を、都ミヤストのギルドマスターとして保証しよう。ようこそ、コーマイ国へ」

 彼が手を差し出す。


 俺は彼の手のどこを掴めばいいか分からないので、おっかなびっくり一番大きい指を掴む。


「よろしくお願いします」

「うむ」

「……あ、それと」

「何だ?」

「エイダン・ワイアットという人物に覚えはありませんか?」

「レギアの英雄か。済まないな、分からない。この国で普人族が出歩けばすぐに噂になるから、訪れていれば私の耳にも入っているはずだ」

「そうですか。ありがとうございます」

「力になれなくて済まない。目撃情報があれば君のところへ送ろう」

「よろしくお願いします」







 フィオたちが退出した後、カプリは静かにため息をついた。

 そのため息の意味は、安堵と緊張感からの解放である。


「どうだった?」


 彼がそう独り言を言うと、壁や天井、観葉植物から数名の虫人族が現れた。

 擬態。

 背景に同化する虫人族の一部の種族たちの特性である。

 彼らはそのスペシャリストである。


「無理ですね。武力も諜報としての腕前も、向こうが上です。特にあの兎人。何ですかありゃ。あんな化け物見たことがねぇ」

 ナナフシ族の男が言う。


「俺はしばらく、教会のサークルアンドクロスを見たくねぇです」

 ウンモンスズメガ族の男が言う。


「向こうの要望を出来る限り叶える方向で正解だったみたいだな。あの兎の女は、おそらくハポンの者だろう。あそこは正直、得体がしれないから敵に回すべきではないな」


 そのトウツは既に国外追放されているわけだが、それをカプリ・ロングホーンが察するのは無理というものだろう。


「カプリさん、俺たちは気付かれた上で泳がされていた。頼みますから、交渉時は慎重にしてくださいよ」

「いや、あのパーティーはある程度雑に扱っても大丈夫だろう」

「今慎重にって言いましたよね!?」

 ナナフシの男が声を荒げる。


 カプリは静かに煙管に火をつける。


「あのパーティーはあくまでも、あの小人族の少年が中心だ。A級冒険者とは思えんほどの、平和主義の少年だな。脇を固める人物が危険なのは確かだが、あの少年がいる限り、我々と彼らが敵対することはあり得んよ」

「本当ですかい?」

「本当だとも。私が何年ここのボスをやっていると思うんだね」


 そう言って、カプリは煙の輪を吐いた。


 煙の輪は彼の大きな顎に引っ掛かり、歪な形を作って宙を浮いた。


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