第165話 vs闇ギルド3(潜入開始)

「ゾービッドだ。あの男は俺でも射抜けないね。」

「ソム、君でもかい?」

 ルークさんが言う。


 俺たちは今、小高い丘にうつ伏せになって闇ギルドの拠点である洞窟を覗いている。それぞれが遠視の魔法を使っている。ソムさんや黒豹師団の面々は肉眼で見えているらしい。すごい。

 洞窟前にいる見張りの男は2人。その片方が、往路で確認していた賞金首犯罪者のうち一人であるゾービッドなる人物のようだ。黒いひげを適当に生やし、鋭い視線をした男だ。


「通常の戦闘での射程圏内であれば余裕さ。ただ、この長距離では途中で気取られるね。」

「伊達にA級の賞金首ではないということか。」

「ゾービッドって、何者なんですか?」

 俺が聞く。


「辻斬り屋だよ。」

「……聞いたことがあります。冒険者を専門で狙う強奪犯のことですよね?」


 冒険者は装備や所持品が大きな財産である。決まった拠点を持たない者が多いので、ギルドに預けていない財産は全て持ち歩くことが普通だ。彼らはそれを狙う。

 わざわざ戦いの心得がある冒険者を狙う必要はないように思えるが、冒険者というものはあくまでも対魔物のスペシャリストだ。そして辻斬り屋達は対人のスペシャリストである。実力が拮抗している場合、勝つのは後者である。


「そうだね。そしてこいつはその中でも手練れだ。B級冒険者達や、単独行動しているA級冒険者も被害にあっている。」

「A級まで……それはすごいですね。」

「強い上に残忍だからこそ、A級首なんだよ。襲われた冒険者は大体死んでいる。見目が綺麗な女性は。」

「おっと。ルークさん、フィル君はまだ9歳だ。」

「ああ、そうだった。すまないナミル君。フィル君はしっかりしているから、うっかりアルクと話している気分になるんだよね。」


 ルークさんは、パーティーメンバーの小人族の女性を引き合いに出す。

 アルクさんも女性だから、話題としては適切ではないんじゃないだろうか。


「別に大丈夫です。冒険者にそういうものは付きものだって知ってますから。」

「不要な配慮だったかな?」

「いいえ、ありがとうございます、ナミルさん。」

「で、もう一人の洞窟の見張り番は誰なの?」

 キサラさんが言う。


「バンキーだね。」

 トウツが言う。


「へぇ、知ってんのか。」

「この国のブラックリストは大体覚えてるよ。」

 感心するクバオさんに、トウツが答える。


「そういう情報、調べてたんだな、トウツ。」

「僕の前職、知ってるだろ~?」

「ああ、そうか。」


 忍者、そして御庭番。トウケン・ヤマト、通称若様の護衛であるハンゾー・コウガさんやアズミ・イガさんたちが諜報も仕事だと言っていた。

 俺が思っていた以上に、トウツは万能選手なのだ。


「バンキーはどんなやつだ?」

「ただの傭兵崩れだねぇ。よくあることだよ。自分は金のために傭兵をやっているのではなく、人を殺すためにやっているんだと勘違いして、道を外すやつ。」

「勘違いで犯罪者になるのか?」

「フィルが思う以上に、馬鹿は世の中に多いってことさ。」

「トウツはたくさんの馬鹿と付き合ってきたんだな。」

「そうだよ。偉いでしょー。褒める代わりに「言わせねえよ。」っちまおうぜ~。」

「どちらにせよ、処すべき人間が多いのは重畳ですわね。」

「あれはいい感じに崩れそうな洞窟ね。」

 隣からファナやフェリも好き勝手言い始める。


「いや、地味に防御魔法でコーティングされている。それなりの魔法使いが防衛システムを構築してるな。内部にいる魔法使いをある程度消さないと、キサラさんやフェリの大規模魔法で崩すのは難しいと思う。」

「見るだけで、それだけわかるのかい?」

 ルークさんが驚く。


「俺の眼は特別性なんです。」

「流石はストレガの弟子、だね。」

「それほどでも。」

「見ろ。見張りが交代するぞ。」

 ソムさんが言う。


 ゾービッドとバンキーなる人物が引っ込み、代わりの人員が出てくる。


「見張りのローテーションは2時間ってところか。」

「割と組織だった行動してるのな。」

「おかしい。」

「どうした? イナバとやら。」

 ナミルさんが問う。


「ゾービッドみたいな辻斬り屋は単独行動してこそ実入りのいいシノギなんだよねぇ。魔物を求めてさまよう冒険者を不意打ちで殺すために、大人数は必要ない。持っているスキルもそれに特化したもののはず。そしてゾービッドはそれで悪名高い。個人的に恨みがある冒険者の殺しの依頼だって、やつは引きうけている。今更闇ギルドに与するメリットがないねぇ。」

「……それもそうだね。」

 ルークさんが顎を自分の顎をなぞる。


「彼が組織に加担する特別な理由があるということ?」

 キサラさんが言う。


「ま、疑問が出来ただけで推測とかは難しいけどねぇ。」

 トウツが返す。


「可能性として考えられるのは、大雑把に考えて2つですわ。一つは組織に入ることで、もっと実入りのいい報酬がもらえる。もう一つは、従わざるを得ない何かが闇ギルドにはある。」

「へぇ、どうしてそう思うんだ? 聖女さんよ。」

 ファナにクバオさんが言う。


「簡単ですわ。ソムさんが持ち帰った賞金首のリストの数。あれだけの犯罪者が、金だけのために集結すると思いますの? アウトサイダーとはいえ、彼らはプロ。そしてプロと呼ばれる人種にはこだわりや偽れない信条というものがありますわ。これだけの犯罪者の数、金だけで束ねることは出来ると思いまして?」

「……ファナさんの言う通りだね。敵戦力を、賞金首の面子の倍以上と仮定しておこうか。」

「慎重になりすぎるのは良くないけど、私も賛成だ。」

 ルークさんとナミルさんが言う。


「さて、敵の確認も出来た。ここから少し離れて野営をする。強襲は明日の早朝だ。見張りで一番腕が立つのはゾービッドだったね。彼が引っ込んだ瞬間、見張りをソムが射貫く。一気に攻め込もう。」

「りょ~。」

「了解。」

「わかりましたわ。」

「わかった。」

「任せろ。」


 それぞれが返答をし、俺たちは移動を開始した。







「ソム、ゴー。」

「りょーかい。」


 ルークさんの号令に応じて、ソムさんが矢を引き絞る。らせん状に風魔法が展開し、魔力の渦が生まれる。


推進風射ウィンドプロモーション。」


 矢が高速で放たれ、矢継ぎ早に第二射をソムさんが放つ。

 ヒット。

 洞窟前にいた2人の見張りは、頭が盛大に弾けて絶命した。

 それを水のレンズで覗いて俺は観測する。自分の顔が盛大に引きつるのがわかる。


「フィル、大丈夫?」

『大丈夫かの?』

「ああ、大丈夫だよ。」

 フェリと瑠璃に言葉を返す。


 人が絶命する瞬間というものを、まざまざと見せられた。アラクネ討伐でバラバラにされたルーグさんの仲間を見たことはある。

 だが、命が散る瞬間は初めてだ。

 地面に横たわった胴体がわずかに痙攣する。体が脳を失ったことに気づいていないのだろうか。


「見張りの無力化を確認。動こう。」

「ああ、総員気配を隠して。ゴー。」

 ルークさんの言葉に、みんなが一斉に動き出す。


 フェリとキサラさんとソムさん、その護衛の黒豹師団のメンバー2人を残し、集団が高速で動く。とてつもない速さだ。思い出すのはかつての瑠璃、アスピドケロンを倒すメンバーとのクエスト。ウォバルさんやロットンさんたちの足に俺はてんで追いつけなかった。

 今は違う。俺自身がA級冒険者であり、他のS級やA級と対等な動きが出来ている。


 あっという間に洞窟近くに到着する。


「止まってください。感知魔法があります。」

「解けるかい?」

「任せて下さい。得意分野です。」


 俺は地面に這いつくばり、洞窟周りの景色を確認する。

 見つけた。

 感知魔法は2種類。光魔法と風魔法感知だ。光魔法は、単純な微弱な光を洞窟の上、右下、左下から放っている。人影が通ると光が遮られる。人の形をしたものが遮ると、アラートを洞窟内部に発する作りだ。

 もう一つは風魔法。空中に微弱な風が振動しており、その振動を人型のものが阻害すれば同じく、アラートを発する。


「風魔法と光魔法の感知魔法です。ナミルさんたちは闇魔法で影を作れますよね?」

「出来るな。」

「洞窟周りを暗くしてください。それで光の方は突破です。」

「承知した。」


 ナミルさんたちが洞窟周りに魔法で影を落とす。これは日没と同じ現象だから、敵影として感知されない。あくまでも反応するのは「人影」だ。

 これで一つはクリア。


「洞窟内部になるまで、それを維持してください。もう一つは風魔法ですね。これは俺がやります。」


 風魔法を微調整して、振動を作り出している風感知魔法に干渉する。対消滅する振動数の風を作り出し、感知魔法を完全に無にする。


「すげぇ精度の魔法だな。普段は魔法で箸操って豆でも食ってんのか?」

「似たようなことはしてますね。」

「ジョークのつもりだったのにマジかよ。」

 クバオさんが苦笑いしながら言う。


 この魔法精度は俺の武器だ。師匠の家事のために生活魔法を極めたところがこんなところで役に立つなんて。エルフのコヨウ村に侵入するときも役だったけど、潰しのきくスキルというものは身に着けておくべきである。盗賊スキルというところが何とも言えないけども。


「ルークさん。オールクリアです。」

「君を連れてきてよかったよ。」

「ありがとうございます。」


 集団が洞窟に入っていく。オールラウンダーだが、後衛よりの俺は後ろの方をついていく。無音で走りながら、ふと後ろを見る。

 あの入り口の感知魔法、どこかで見たことあると思ったら、似たシステムを俺は知っているのだ。

 思い出した。自動ドアだ。小学校のころ、自由研究で嫌々まとめた宿題を想起する。光の反射か超音波の振動で人間を感知する、元いた世界の自動ドアが開閉するシステムにそっくりなのだ。


「……まさかな。」

 俺は嫌な予感を振り払い、黒豹たちの背中を追った。




「困ったね。」

 そう言ったのはルークさんだ。


 俺たちの前の道が三又に分かれているのだ。


「どうします、ルークさん。」

「……3手にわかれよう。」

 ナミルさんの問いにルークさんが答える。


「リスキーすぎないか?」

 クバオさんが言う。


「ここは閉所が多い。僕たちの面子が十分に動くには不便すぎる。逆に人数を絞って動いた方がいい。僕とイナバさん、フィル君、そして黒豹師団にも長物を使う者がいる。」

「確かにな。どうわかれるんだ?」

「同じパーティー同士で行動する。」

「マジかよ。そうなるとあんた一人だぜ?」

 クバオさんが驚く。


 その通りだ。ルークさんの提案通り動くとなると、俺のパーティーは4人、黒豹師団は5人、ルークさんはソロになる。


「問題ないよ、僕の方はね。君たちこそ大丈夫かい?」

「言ってくれんじゃねぇか。」

「そこまで言うなら、従うほかありませんわね。」

 クバオさんとファナが肩をすくめる。


「それと、そうだフィル君。」

「何ですか?」

「君は魔力の痕跡を追えるんだって?」

「余程の強者は無理ですけどね。」

「ゾービッドはどの道に行ったかわかるかい?」


 クバオさんや他の黒豹たちが小さく口笛を吹く。

 賞金首で一番強い男を、ルークさんはソロで狩りに行くつもりなのだ。

 エゴイスト。

 幸薄く、国民のシンボルとしての冒険者像を押し付けられた苦労人の実力者。俺は彼をそう思っていたが、とんでもない。この人は自己主張、自己顕示欲の塊だ。


「……おそらく、真ん中の道です。」

「では、僕がそこに行こう。」

「もう片方の見張りが行った先を私らが担当しよう。」

「では、黒豹師団は右の道をお願いします。」

「じゃあ、僕らはこっちだね~。」

 トウツが刀で左の道を指す。


「では、危険時は救難信号。敵をせん滅、もしくは危険を感じた場合は他のパーティーと合流もしくは外のメンバーと合流。これでいいかい?」

「わかりました。」

「承知した。」

「では、さん。」

 ルークさんの号令で、俺たちは3方向に一斉に別れた。


『わが友、乗るか?』

「頼む。」


 瑠璃の上に俺が乗る。


「フィルだけずるいですわ。」

「本当だよね~。瑠璃ちゃん、たまには僕らを乗せてもいいんじゃないの~?」

『わが友以外は乗せん。』

「お前らはお断りだってよ。」

「ひっど~。」


 トウツとファナが頬を膨らました。

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