第166話 vs闇ギルド4(その死体はどこから)

「俺がここまで気づけずに接近を許すなんて、何モンだ?」


 辻斬り屋ゾービッドがゆっくりと振り向いた。


「そんなに警戒しないでくれよ。ただの通りすがりの冒険者さ。」

 マントを優雅にはためかせ、ルークが近づく。


 足音はない。

 それに気づいたゾービッドは警戒心を更に引き上げる。


「ちっ。表の見張りはどうした。感知魔法は?」

「ご退去願ったら通してくれたよ。」

「そんなわけねぇだろうが。」


 ゾービッドが腰にかけた2本の山賊刀を引き抜く。


「通りすがりだろうが何だろうが知るか。ここにいる時点で手前は侵入者だ。殺す。」

「怖いなぁ。血の気が多すぎると思うよ、君。」

「ぬかせ。」


 一瞬で肉薄し、ゾービッドがルークに斬りかかる。


「とった!」

「誰をだい?」

「は? かっ。」


 ゾービッドの視界には、自分の下半身があった。目玉をせわしなく動かしながら、自分に何があったのか考える。目の前には自分の下半身が地面を踏みしめている。腰から上がなくなり、自分の腹の断面が見える。白い背骨を中心に、臓物がごちゃごちゃと詰め込まれており、血液が思い出したかのように断面からにじみ始めている。

 そこで彼はようやく気付く。

 自分の上半身が下半身とお別れして、宙を舞っているのだと。


「馬鹿、な。」


 どちゃりと人間だったものが洞窟内の地面に横たわる。


「ふうむ。A級とはいえ、不意打ち専門の犯罪者だからこんなものか。他のメンバーの負担を減らそうと思ったけど、これなら任せてもよかったかも。」

 ルークは何事もなかったかのように独り言をする。


「あ~あ。僕はひたすらキサラたちと剣を振り回して魔物だけ追いかけて過ごしたかったんだけどなぁ。最近はこんな仕事ばかりだ。人生、上手くいかないなぁ。」


 そう、独り言を続けながら、当代の勇者ルーク・ルークソーンは洞窟の奥へと足を運んだ。




「何だこれは。」


 俺はその光景を見ながらつぶやいた。

 そこにあるのは死体。死体、死体、死体、死体の山だった。

 しかもただの死体ではない。ダークエルフたちの死体だ。生前、綺麗だったであろう面影はなく、頭蓋が歪に変形している。亡くなった後に体がいじられたのか。


「……フェリは中に入らなくて正解だったな。」

「そうだね~。」

「この洞窟を速攻で爆破しにかかったでしょうね。」

 俺の言葉にトウツとファナが応える。


「一体これはどんな施設だ? 死体保管所ではないよな?」


 腐臭を放ち始めている死体に、思わず吐き気がこみ上げてくるが、我慢する。落ち着け。冒険者業が死と隣り合わせだなんて、最初から覚悟していたじゃないか。その覚悟の時が今日、ようやく来ただけだ。


「一回吐いたら?」

「いや、大丈夫だ。ありがとう、トウツ。」

 返事をしながら、俺はその空間に目を配る。


「ただの死体じゃないねぇ。体が色々いじくられている。」

「ああ、魔法の痕跡もある。何だろうな、これ。」

「間違いなく言えることは、これをした連中は神の裁きを受けますわね。」

『わしも死体収集家みたいなもんじゃが、ここまで悪趣味じゃないのう。』


 死体をなるべく見ないようにする。女性のダークエルフの死体の中には服がないものもあった。おそらく嬲り殺しにされたものもいたのだろう。

 ますます嫌悪が高まる。

 俺はデスクに近づいた。手記がいくらかある。何かの手掛かりになるかもしれない。


「警戒していてくれないか。俺はこれを読むよ。」

「りょ~。」

「わかりましたわ。」

『あいわかった。』


 手記をもち、ページをめくる。

 それはリストだった。エルフたちを捕らえるために強襲した村のリストだ。


 ユレ村、ナマキ村、ティモン村、ヨウイ村。————コヨウ村。


 背筋がぞわりとする。この村は、俺の故郷だ。今世の俺が生まれた村。母親であるレイアが俺を抱いて過ごしていた村。

 指を震わせながら、俺は索引に従ってコヨウ村強襲の概要欄を見る。




 コヨウ村への侵攻は非常に困難であった。幾重にも張り巡らせた感知魔法の数々。優秀な狩人の数の多さ。そして、何よりも厄介だったのがルアークと呼ばれる長老である。

 エルフという長寿種の中でも高齢とされるこの男は、旧世代を直接知る生き証人であると人づてに聞いた。どうでもいいことだが。俺たちは命令通り、エルフたちをかっさらって美味しい思いをすればそれでいい。

 他の村と違って戦力も警戒心も異常なくらい高い。一体どうなってるんだこの村は。エルフは外界との交流をもたないことで有名だが、ここは群を抜いて排他的だ。

 仕様がない。侵入や武力行使が出来ないのであれば、自分たちから村の外に出てきてもらうほかない。

 俺たちは例の雷野郎の力を借りることにした。

 どういう原理かわからないが、やつは天候を操ることができる。雷という天候だ。雷魔法とかいう、意味のわからない魔法で雷を落とせるらしい。腹が立つほど調子に乗ったやつだが、腕は立つ。

 やつにワイバーンの巣へ雷を落としてもらう。

 混乱して暴れるワイバーンを静めるために、馬鹿な森好きの耳長どもが村から飛び出すって寸法だ。

 結果は大成功だった。ワイバーンとの戦いで憔悴したエルフや、死体になったエルフが大量に手に入った。

 これでまた俺たちは豪遊が出来る。

 ヴィリコラカス様様だ。




 手記から目を離し、ばっと俺は後ろを振り向く。


「レイアの親友も、未だ行方知れずなのだ。」


 ルアーク長老との会話を思い出す。

 そして知る。あのダークエルフの死体の中に、いる。今世の母親の友人が。親友が、いるのだ。


『どうした、わが友。酷い顔だぞ。』


 話しかけてきた瑠璃の首元に、思わず抱き着く。


『ど、どうした?』

 瑠璃が慌てた声をだす。


「ごめん、瑠璃。わからないんだ。でもとにかく、落ち着く時間がほしい。頼む。」

『……わかった、わが友。』

「フィル、落ち着く時間はないみたいだね~。」

 トウツが刀を静かに抜刀した。


 いつの間にか、ファナも十字架を取り出している。


 ゆらりと、暗い影が蠢いた。

 それは人間のシルエットをしていた。

 ダークエルフたちだ。ダークエルフの死体たちが立ち上がったのだ。


「ゾンビ、かな。肌が黒くなるだけでも屈辱だろうに、歩く腐肉に成り下がるなんてね。可哀そうに。」

「神の御許に送ってさしあげますわ。というか貴女、幽霊は苦手ではなくて?」

「幽霊は斬れないけど、ゾンビは斬れるだろう?」

「何その理論。」

「待ってくれ!」

 俺の言葉に2人が振り向く。


「敵前で会話だなんて、無茶をおっしゃいますのね、フィル。」

「いるんだ!母さんの友人が!」

「……このゾンビの中にかい?」

 トウツが言う。


「ああ、いるんだ!ほら!ここにコヨウ村って、俺の故郷の名前がある!いるんだよ!この中に母さんの親友が!だからやめてくれ!」


 俺の言葉に、2人は目を大きく開く。

 だが、すぐに気を取り直し、ゾンビたちに対峙する。


「それを聞いて俄然やる気が出ましたわね。」

「そうだね~。」

「おい、2人とも何言ってるんだよ……。」

「フィオ、エルフがどんな種族か、他ならない君が知っているだろう?」


 トウツの言葉に、俺はコヨウ村の人たちを思い出す。

 排他的で、伝統に五月蠅く、潔癖症だが、どの種族よりも義を重んじ誇りを大切にする種族。

 そうだ。俺が知っている彼らは、ダークエルフに身を落としてゾンビとして地上に残るだなんて、そんな恥辱を許すはずがない。

 彼らは望んでいるはずなのだ、歩く腐肉と化した自分たちを滅してくれる存在を。


「神速・斬。」

重すぎる愛シュヴェアドゥアー。」

「くそ、くそおおおおおおおお!」


 トウツとファナが戦う横で、俺は嘆くことしかできなかった。

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