第167話 vs闇ギルド5(決意と乱戦)

 頬の近くにある魔素が真紅に煌めいた。

 力強い存在のエネルギーを感じる。


『……わが友。』

「分かってる。分かってるよ。ルビーが叱咤してくれているんだろう? どうせ『フィオの泣き顔なんて嫌い!』とでも言ってるんじゃないかな。」

『よくわかるのう。一言一句その通りじゃ。』

「俺のこの世界での、ファーストお友達だからな。」

『どうするんじゃ?』

「こいつらをフェリに見せたくない。ここで全員あの世に送る。手伝ってくれるか? 瑠璃。」

『当然じゃ。』

「よし。」


 俺は頬を両手で張る。

 デスクの上にある手記を全てかき集めて亜空間リュックに放り込む。後で全て読む。まずは目の前のこいつらだ。


「トウツ、ファナ、後ろに下がってくれ。」


 俺の言葉に、素早く二人が飛びのく。


「全て灰になれ。火竜鱗の大暴走ドラゴニックプロミネンス。」


 火魔法で形成された高エネルギー体の竜が姿を現し、ダークエルフゾンビたちを蹴散らした。紅蓮の鱗に触れたゾンビたちが一瞬で蒸発していく。


「フィルが魔力量のこと考えずに火魔法使うなんて、珍しいね~。」

 トウツが言う。


「トウツ、ファナ、心配かけてごめん。瑠璃も、ありがとう。」

「いいよ~。」

「構いませんわ。」

『もう大丈夫かの?』

「大丈夫だよ。行こう……ここは確実に、潰す。」

「燃えてるところ悪いけど、やっこさんたちの様子がおかしいねぇ~。」

 トウツが言う。


 見ると、ゾンビたちがゆらりと立ち上がり始めた。体が欠損しているが、人の形を保っている者は全て立ち上がる。


「そんな馬鹿な。光の浄化魔法を乗せたはずだ。ゾンビなら浄化されて活動を停止するはずだ。」

「フィル、わたくしからひと言ありますわ。」

「何だ?」

「教会の聖女として言いますわね。わたくし、こんなゾンビ見たことありませんわ。」

 ファナが十字架を握りしめる。


 変化が起きた。

 ゾンビたちの頭がボコボコッと音を立てて変形したのだ。頭蓋を突き破り、茶色い被り傘みたいな形になる。


「何だあれ……もしかして、キノコか?」

「みたいですわね。新種の魔物かしら。だとしたらわたくしは専門外ですの。」


 ゾンビたちが動いた。それも超高速だ。


「うお!?」

「まずいねぇ。」

重すぎる愛シュヴェアドゥアー!」


 超反応で、俺たちは接近したゾンビたちを切り伏せ、砕く。

 反動がとてつもなく重い。

 ゾンビは生前の力のリミッターが外れる魔物だが、素早さまでは上がらないはずだ。しかも普通のゾンビよりも攻撃が重い!


『まずいの!どうするわが友!』

「この空間で対処するのはまずい!一旦撤退する!」

「さんせー!」

「了解ですわ!」


 瑠璃がアラクネの糸で蜘蛛の巣を大量に形成し、退路を作る。

 全員で敵をある程度足止めし、出口に走り出した。


「何だあれ!何なんだよあれ!」

「わたくしにはわかりませんわ!」

「それを考えるのが、うちのパーティーでのフィルの仕事でしょ~。」

『のんきなこと言うとる場合か!』


 全力で元来た通路を疾走する。

 後ろではアラクネの糸を突破したらしいゾンビたちが疾駆する。


「まともに相手してたら魔力がもたない!」

「戦争は数だからねぇ!」

「何でトウツはそんなにのんきなんだよ!」

 突っ込みながら俺は走る。


「何処に行きますの!?」

「ルークさんに合流する!勇者とはいえ、一人であのゾンビに接敵するのはまずい!」

「りょ~。」


 俺たちは元来た道に向かって全力疾走した。







「一体これは何だ。予想外に過ぎるな。」


 ナミルたち、黒豹師団パンサーズディヴィジョンの目の前にはゾンビたちがいた。多種多様である。普人族、ドワーフ、小人族、竜人族までいる。


「おいおい、リーダー。他はわかるぜ? ゾンビだよな? 死んだらなるよな? わかるぜ。それはわかる。俺は馬鹿だがそのくらいの分別はつくぜ。でも竜人族だぜ? ってことはこいつら、レギア皇国出身のゾンビってことだろう? もしかして、先の魔物の大暴走スタンピートで死んだ兵士の死体か? 何でこの国にいるんだよ。きな臭すぎないか、リーダー。」

「まてクバオ、様子がおかしい。」

 ナミルがクバオを手で制す。


 ゾンビたちの頭がボコボコと蠢き、破裂し、傘状のキノコのような形になる。


「……これゾンビか?」

「頭にキノコが生えるゾンビなんて聞いたことがない。」

「おい、ゾンビってあんな速く走れるか!?」

「こっち来る!」

「わからないけど、引き返した方がよさそうだ!」


 黒豹師団は全力で元来た道に引き返した。







「これはこれは驚いた。人の侵入者がここまで来るとはね。」


 そう述べたのは、一人の男だった。

 古風なタキシードに黒マント。赤いブローチ。血色の悪そうな肌色に、黒ずんだ目。黒髪を後ろに清潔になでつけている。手の爪は長く、口から覗く牙は鋭い。


「驚いたのは僕の方だよ。こんなところで吸血鬼に出会うなんてね。こいつらは君たちの趣味で作ったのかい?」


 ルークは、自分が切り伏せたゾンビたちを剣で指す。


「そうとも。日曜工作とかいうやつであるな。我が愛しの君、レイミア・ヴィリコラカス様の作品である。」

「へぇ、自分の君主の名前をばらして良かったのかい?」

「愚問を。貴様はここで死ぬのである。それにレイミア様は近い将来、この世界に名を轟かすお方である。これは私の慈悲である。死ぬ前に最上の存在の名を知れるのだからな。」

「なるほど。まぁ、死ぬのは君だけどね。」

「愚かな普人族め。死という言葉は、我々から最も程遠い言葉である。」


 影と光が交錯する。

 勇者と吸血鬼の戦いが始まった。






「フィル!対処法思いついた!?」

 トウツが走りながら言う。


「少し待ってくれ!火球ファイアーボール!」

 俺は叫びながら魔法をゾンビに打ち付ける。


 頭を吹っ飛ばされたゾンビが前のめりに倒れる。

 それを見て、思わず「ごめん。」と言葉がもれる。


火球ファイアーボール火球ファイアーボール!」


 全ての火球を的確にゾンビたちに当てていく。

 太もも、腕、胴、胸。


「何でたらめに攻撃していますの!?」

 ファナが十字架でゾンビを弾き飛ばしながら言う。


「適当じゃない!大体わかった!頭だ!頭を潰せば活動を停止する!普通のゾンビとは行動原理が違うんだ!」

「なるほどね。」


 トウツが弧を描くようなステップで、ゾンビたちの間に滑り込む。


円月えんげつ・斬。」


 トウツの周囲にいるゾンビの頭がまとめて切断され宙に浮く。


「なるほど。頭のキノコを根元から絶てばいいのですわね。放射する愛ラジエイトラヴリー。」


 ガトリングのように構えた十字架から、火球が放たれる。というかガトリング銃そのものである。ファナがゾンビたちの頭をまとめて吹き飛ばす。

 頭を潰されたゾンビは、しばらく痙攣するが動きを静止させる。


「よし、対策ばっちりだな。」

「どうして頭を潰せばいいのかわからないねぇ。」

「そうですわね。ゾンビは頭がとれても歩き続けるはずですわ。というか、こいつら何で走ってますの? 走るゾンビなんて初めて見ましたわ。」


 俺は前世の映画やゲームでよく見たけどな、とは言わない。


「わからない。けど、回収した手記に恐らくヒントがあるはずだ。今回のクエストの最低条件は、これを持ち帰ることだと思う。早くルークさんたちと合流しよう。」

 俺たちは更に加速して進んだ。







「死ねええええ!」


 賞金首たちが黒豹たちに飛び掛かった。


「貴様、バンキーだな!? このゾンビたちは何だ!?」


 切り結び、距離を取りながらナミルが言う。


「知らねぇよ!俺たちが知りてぇよ!なぁ、頼むよあんた、死んでくれよ!ここの守衛が出来なきゃ、俺たちも頭にアレを埋め込まれちまう!」


 半狂乱になりながら、犯罪者たちが襲い掛かる。


「アレ? 埋め込む? このゾンビたちは作られたとでもいうのか!?」

「リーダー!敵の数が多すぎる!」

「オラァ!」

「がはっ!」


 クバオが一人の賞金首の頭をねじり、絶命させる。


「陣形を崩すな!後ろの出口まで少しずつ後退する!」

「了解!」

「ラジャー!」

「わかっがは!?」


 慌ててナミルたちが振り向く。

 そこには胸から剣を生やした味方がいた。


「リーダー……逃げろ。」

「ジータアアァア!」

「クバオ!落ち着け!撤退する!」

「くそ!くそおおおおお!」


 人数を欠いた黒豹師団は、もはや陣形を維持する意味がなくなった。獣人族である自分たちの足を生かし、出口へ駆け込む。

 クバオが憎悪の籠った目で仲間を殺した者を見る。

 それはジータの胸から剣を引き抜き、すぐに首を斬り飛ばした。

 それは鎧騎士だった。旧式の宮廷近衛騎士が用いる全身鎧フルメイル。かつては煌びやかであっただろうそれは、赤錆びて鈍い光を放っている。それは風化によるものか、それとも返り血によるものか。


死霊騎士リビングメイルだと!? 何故こんなところに。いや、それは関係ねぇ。あいつは絶対俺が殺す。絶対にだ!」

 クバオは叫びながら撤退した。


「助かった!増援か!? あの吸血鬼の姉ちゃんの部下かよ!?」

 賞金首の男たちが死霊高位騎士リビングパラディンに近寄る。


「おいおいあんた。何か喋ってくれよ!スカッとしたぜ? あの生意気な黒豹野郎の首を飛ばしてよ。残りのやつらも追いかけてとどめを刺してやろうぜ!ほら、魔女の帽子ウィッチハットどもも追いかけてる!俺達もくぺっ!?」

 男の首が飛んだ。


 死霊高位騎士リビングパラディンが斬ったのだ。


「ひいぃ!」

 賞金首たちが下がる。


 死霊高位騎士は混乱していた。死してなお、自身が現世に居残り続けているのは魂の救済を待っているからである。そのために、現世にある魂をひたすら刈り取り続ける。ただ彷徨っていただけの自分であれば、目の前にいる男たちを真っ先に、出鱈目に襲っていただろう。だが、つま先は黒豹族たちの方へ向いている。

 何故?

 何故自分は容易く殺せる目の前の男達より、逃げた黒豹たちを優先するのか。

 多くの者にとって不運なことに、その疑問に応えてくれるものは地上に一切なく、そして死霊高位騎士にもそれに答えを出せるだけの知能は残されていなかった。

 死霊高位騎士は、ゆっくりと歩みを進めて、黒豹たちを追いかけ始めた。







「貴様ぁああ!」


 吸血鬼は激昂していた。

 目の前にいる剣士に有効打を飛ばせないでいるのだ。自慢の爪や牙が届く範囲に、ルークは寄せ付けない。吸血鬼得意の変身魔法で黒い霧や蝙蝠に化けても光魔法で撃ち落とされる。

 吸血鬼に再生能力がなければ、とっくの昔に決着はついていた。


「おのれ、おのれ!下等な分際で!」

「その下等な普人族に、君は何度も切り殺されてるんだけどね。」

「ぬかせ!私を殺すほどの神聖魔法を貴様はもたぬ!粋がるのも今のうちだ小僧!最後に勝つのは私だ!」

「そうかい。」


 ルークが斜めに吸血鬼を両断する。


「貴様ぁああ!」


 吸血鬼は距離を取りながら両断された肉体を接着する。吹き出していた血液が傷口に逆再生のように流れ込み、切断面が赤い線になり消えていく。

 ルークは落ち着いていた。

 普段はこういった輩の処理はパーティーメンバーのアルク・アルコやキサラ・ヒタール、そして高齢の僧侶ヴェロス・サハムが担当していた。

 今回はアルクもヴェロスもいない。加えて、キサラは外にいる。

 だが、対策がないわけではない。

 ルークはこういった事態も考えてクエストメンバーを集めている。それが無彩色に来たる紅モノクロームアポイントレッドである。

 教会の暴力聖女は問題なくこの吸血鬼を滅することが出来るだろう。喜び勇んでするはずだ。そして、ストレガの弟子。彼もまた、この吸血鬼への対策を持っているはず。


「彼らを連れてきて正解だったね。」

「何を言っている!死ね!」

「それは君の未来だよ、吸血鬼君。」




 ルークは優雅に剣で弧を描いた。

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