第164話 vs闇ギルド2(人間が略奪された村)
「これは駄目だね。」
ソムさんが整った眉を歪めて呟いた。
ここはエクセレイ王国北西の末端だ。国としての機能をかろうじて成しているレギア皇国との国境近くである。
ソムさんが見つけたという闇ギルド本拠地近くの村だ。
そしてその村には、人っ子一人いなかった。家屋は倒壊し、路上には処理されていない乾いた血糊。家畜も全て屠殺されていた。
「発見が遅れてしまった。」
「周囲との連絡が断絶されている集落だからね。食料も自給自足している村みたいだ。」
ルークさんの言葉に、畑を眺めながらソムさんが返す。
畑は作物が根こそぎ持っていかれている。来年の収穫のことなど、全く考えていないかのように荒らされている。
「悪党が見つからずに根城にするには、丁度いい場所ね。」
キサラさんが言う。
「しばらく、情報収集だね。」
ルークさんの指示に従い、それぞれが民家に入っていく。
民家に不法侵入し家探しする事は勇者の特権。元の世界にいたとき、俺はこの行為をもっと明るくコミカルなものと考えていた。
おぼろげに覚えているゲーム知識で。
だが現実は違い、心が引き絞られるような虚しい作業である。
俺は人気のない部屋に入る。そこには積み木があった。俺がいた世界の積み木とは違い、規格にばらつきがあり、色もカラフルではない。壁には幼稚な落書き。その落書きの隣には血飛沫がべっとりとついて乾いている。
……この部屋には手掛かりとなるものはなさそうだ。エクセレイ式ではなく、元いた世界のやり方で合掌してから退室する。
「おかしいね、これは。」
「そうですわね。」
「何がだ?」
民家のリビングで話すトウツとファナに、俺は問いかける。
「虐殺の形跡があるのに、死体がないのよ。」
フェリが代わりに答える。
その言葉にはっと気づく。村の路上にも、死体が転がっていなかった。
『わしみたいな魔物の仕業かのう。』
「瑠璃みたいなやつが早々いるわけないだろ。」
「フィルのいう通りだね。これは別の何かだ。」
「外を見てきたけど、埋葬した形跡もありませんわ。」
「……ネクロマンサー。」
「あらあら。」
フェリの呟きに、ファナが微笑みながら気色ばむ。笑顔に彼女の攻撃性が宿っていて、敵意を向けられた訳でもないのに、ぞわりと産毛が泡立つ。
ネクロマンサーは死者を操る闇魔法使いの総称だ。彼らからすれば、死ねばそれはモノであり、倫理的な問題はないらしい。だが、教会の人間にとってそれは異端であり、排斥すべき敵である。
彼女の尺度では、間違いなく排斥対象だ。
「確かに、ないという事は再利用している可能性が濃厚だね〜。」
トウツが言う。
人の死体をリサイクルとは、とんだエコである。
だが、よくよく考えてみれば俺の魂も異世界にリサイクルされているのだ。似たようなものかもしれない。魂が残るか。肉体が残るか。
調査が終わったのか、村の広場にみんなが集まる。
「ソム、監視は。」
「ないね。本拠地もこの先の山の中だったから、ここは完全に捨てているんだろう。」
それを聞いたルークさんが俺やトウツ、黒豹師団の斥候達を見る。俺たちは黙って頷いた。
「一応、我々はネクロマンサーが関与している可能性があると踏んでいる。」
「同じですね。」
「同意見です。」
ルークさんに、俺とナミルさんが応える。
「村長の民家らしき建物で領主との交信の記録が見つかったわ。」
キサラさんが、書類を掲げる。
「連絡は領主への納税に関する報告が月に一回ね。私が見つけたのは原本じゃなくて写し。恐らく、双方向ではなくてこの村からの一方向な通信でしょう。」
「おかしくはないな。貴族が全ての村へ丁寧に返信を送るなど、ほとんど聞いたことがない。」
「でも村人がいないということは、年貢も納税も滞ったはずだろ?」
クバオさんが問う。
「納税の延期に関する嘆願書が3ヶ月連続で出ているわね。理由は冷夏。」
「マジかよ。」
「どう考えても偽造文書だな。」
「流石に領主も不審に思うのでは?」
「ここの領主はどいつだ?」
「ドゥレン家だな。」
「あそこか。仕事が雑で有名なところだね。」
「領地民の覚えも、あまり良くなかったね。」
ルークさんの言葉にソムさんが返す。
ドゥレン。ドゥレン? はて、何処かで聞いたような気がする。
「ここでの調査は打ち切りだね。ソムが言っていた闇ギルドの拠点を確認したら、今日は休もう。」
「うーい。」
「了解。」
「わかりました。」
各々が返事し、動き始めた。
馬車を引いてくれた御者が帰っていく。危険があるし、闇ギルドに気取られる可能性が高まるからだ。
今日はこれから森でトレッキング。明日は犯罪者たちとピクニック。帰りは徒歩でハイキングだ。隣村に着いたら新しく馬車を出してもらって都まで帰るけど。
そして、俺はもしかしたら明日、初めて人を殺す。覚悟はしているつもりだけど、それが足りているかは分からない。分からないは怖い。
じゃあ、怖くないようにするにはどうすればいい。
簡単だ。習うより慣れろ。
殺してしまえばいい。
俺は明日、誰かを殺す。
意識をなるべく静めるんだ。出来る限り鈍化させろ。元いた平和な世界はなかったと思え。もう俺の命は、俺だけのものじゃない。殺さなければ、殺されるのだ。
俺たちは山々を歩きながら移動した。今のところ敵の哨戒役は見当たらず、問題なく進むことが出来ている。魔物も、この面子が只者ではないと感じているようで襲ってこない。
「ただの敵情視察なのに、殺気立ちすぎだね〜。」
トウツが俺の尻に手を伸ばす。
俺が俊足でかわし、ファナが十字架をトウツの頭部にスイング。瑠璃がトウツの腰をアラクネの糸で巻取り、フェリが地面を錬金して足首をロックする。
「うわわ!」
トウツが刀で十字架を綺麗に受け流す。
足と腰を固定されているのにかわすだと!?
「その、潜伏捜査だから静かにしてほしいんだが。」
ソムさんが言う。
「すいません。トウツも謝って。」
「ごめんね〜。」
「随分と仲が悪いな。モノクロ達はそれで連携大丈夫なのか?」
クバオさんが言う。
何だそのパーティー略称名。
「そうかな? 見たかいクバオ。イナバ殿を捕らえるための連携は素晴らしいものだったよ。」
「いやリーダー、そこじゃねぇだろ。」
生真面目に言うナミルさんにクバオさんが突っ込む。
「心配しないで下さい。これで結束は強いパーティーなので。」
「それは違うなぁ。」
「それは違うわね。」
「それは違いますわ。」
『こやつらと一緒にしないでほしいのう。』
えぇ……。
うちのパーティーの女性陣の返答に、黒豹さん達が苦笑いする。最近は彼らの表情の変化がよく分かってきた。猫科の笑顔は可愛いものである。たとえそれが大型猫科動物だとしても。
少しずつ、ちゃんと異世界に染まっているな、俺。
「フィル君は、対人クエストが初めてなんだっけ?」
優しげな口調でルークさんが言う。
「はい。」
「緊張はしてもいいよ。ただ、さっきまでは悪い緊張だったね。良い緊張をしよう。」
「……はい、ありがとうございます。」
「構わないよ。」
返事をし、ルークさんが再び前を見て歩く。
俺は彼の背中を見ながら、深呼吸をする。
「トウツ、ありがとう。みんなも。」
「いいよ〜。お礼にお尻触らせて。」
「嫌だ。」
「ラクスギルドマスターも鬼発注するよなぁ。まだフィルは10歳にもなってないんだろ? それで対人依頼だなんてな。しかも生死問わずときた。」
クバオさんが話しかける。
「信頼されてるんだと、思うことにしておきますよ。」
「子どもらしくねぇな。あ、これ、一応褒め言葉な。」
「ありがとうございます。」
「本当よく頑張っているわよね。メンバーもアクが強そうなのに、ちゃんと手綱握っているみたいだし。」
キサラさんも会話に入る。
「あら、心外ですわ。聖女を捕まえて
「よりによって教会の暴力聖女が言うのか。」
ぼそっと、ソムさんが言う。
「貴女、市民の評判を少しは気にした方がいいと思うわ。一般市民はかなり怯えていたわよ。ストレガと教会の怪物聖女が合流するなんて、どんなことが起こるのかとたくさん相談されたわ。」
「ファナはともかく、ストレガの悪評は俺じゃなくて師匠ですからね!?」
師匠の悪評のせいで未だに俺と距離を置く人が割と多いので、地味に傷ついているんだぞ。
「色々と伝説の多い御仁だからね。」
先頭でルークさんが笑った。
「——トウツ、最低な質問していいか?」
「定期的にするねぇ、それ。」
「信頼してるんだよ。」
「その言い回しも便利に使ってるねぇ。」
「すまん。」
「いいよ。」
トウツの返事の声がいつになく柔らかく、思わずどきりとする。
「初めて人を殺したとき、どう思った?」
「う~ん、必死だったから劇的な何かはなかったかなぁ。」
トウツが悩まし気な顔をする。
彼女が初めて殺しをしたのは、罪人の檻の中に閉じ込められたからだ。その檻に入れたのが実の父親だから、救えない。
この質問はトウツにとって、少なくとも嫌な思い出を思い出させるものである。それでも俺は聞くことを我慢できなかった。甘えているのか。それとも、トウツに依存しているのか、わからない。
「でもねぇ、大事な何かは落としたとは思ってる。」
「大事な何か。」
「そう、大事な何か。」
抽象的な説明に、今度は俺が頭を悩ます。トウツは感覚派の人間だから、こういう時に腑に落ちるような表現をしない。
それがまた彼女の持ち味で、長所なのかもしれないけども。
「でも、一つ言えることは、僕が落とした何かを、フィルはまだ持っていると思う。」
「俺が?」
「そう、フィルが。」
赤い目が右上から俺を見つめる。
「だからね、フィル。今回のクエストでたくさん人を殺すことになっても、落とさないでほしいなぁ。」
「……よくわかんないけど、わかったよ。」
「頼むね~。」
トウツがほほ笑んだ。
俺たちは歩みを進めた。
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