第102話 学園生活11
「やぁ。」
実妹を警戒させないように、出来るだけ気さくに挨拶する。
「私に話しかけないで。」
ぷいっとそっぽを向くクレア。
兄として心に刺さるものがある。
「でも一応、クラスメイトだしさ。」
「…………。」
クレアは押し黙る。
そりゃ、定期的に夢で死ぬ人間に話しかけられればそうはなるよな。
「クレアどうしたんだよ? そんな性格悪いやつじゃないだろ?」
ロスがいい意味でも悪い意味でも空気を読まずに言う。
「私、この人とは関りもたないもん。」
そう言って、イリスの後ろに隠れるクレア。
俺の身を守るためにしてくれているのだと思うと、塩対応も可愛いものに思えてくる。
「何言ってるのよクレア。こいつ生意気だけどいいやつよ。」
イリス。生意気なのはお前だと思うぞ。
「無理なものは無理なの。」
クレアがぎゅっとイリスの服を握る。
アルは俺とクレアの顔を交互に見てあわあわとしている。可愛いかよ。
「クレアちゃんは、闘技場でみんなといつも練習してるんだっけ。」
「…………。」
「強くなりたいから?」
実妹が無言で頷く。
「そうか。俺も強くなりたいんだ。」
「……どうして?」
「守りたい人がいるから。」
「……それは私も同じ。」
誰を、とは聞けない。
この子は巫女という大切な使命を背負っている。この国の運命も左右しかねない、重要な使命。7歳の子どもがそれを背負うのは、どれだけの重圧だろうか。
「だからさ、俺と無理して話さなくてもいいんだ。俺はアルやロス、イリスとも仲良くなりたい。俺のせいでこの3人と遊びづらくなるのはクレアちゃんだって嫌だろう?」
クレアは無言で頷く。
「一緒に強くなろう。お互いが守りたい人を守れるくらい。」
「——クレアでいい。」
「わかった。これからクレアと呼ぶよ。」
俺がそう言うと、クレアはまたイリスの後ろに隠れた。
イリスが「もう。」と言って、クレアを抱き寄せる。
我儘に見えて、イリスは世話焼きな性格なのかもしれない。
「一応、話は終わった感じ?」
「ああ、そうだね。」
「クレアも強くなりたい理由ってあったんだな。」
「ロスもあるのか?」
「おうよ。ってか、気づいてなかったのか?」
「何が?」
「あー。」
ロスが困ったような顔つきになる。
何故だ。ホワイ。
「フィル。ロスのフルネームは?」
隣でアルが言う。
「何って、ロプスタン・ザリ・レギア。」
「聞いたことない?」
「聞いたこと? ロプスタン、ロプスタン。ザリ……レギア、レギア。……レギア?」
あっ。
「思いついた?」
「ああ、思い出した。」
そうだよ。何で忘れていたんだ。
レギア皇国。
先の大戦で戦場になった国である。A級相当の魔物が突然大量に現れ、破壊の限りを尽くした異変。師匠の活躍が教科書に載っている大戦。俺が探しているエイダン・ワイアットというS級冒険者が躍動した戦い。そしてその生き残りがこの学園にはシュレ先生とフィンサー先生がいる。
「そっか。ロスって外国の皇子って話だったよな? そっか、レギアだったのか。」
確か、レギア皇国は今も復興中のはずだ。
「そう。俺の国は今まだ大変なんだよな。父ちゃんが何とかして復興してる。でも駄目だな。多分、潰れると思う。」
「何で。」
「自力の兵力がほとんどないんだ。大戦でほとんど死んでしまったから。今は被災した国だから、他所の国も悪者になりたくなくて攻め込んでこない。でも、攻められる理由ができればすぐに潰されると思う。」
「…………。」
俺は驚く。
ロスの国の現状にも驚いたが、まだ子どものロスが現状を冷静に見ることができているからだ。
「俺がここにいるのは、言ってしまえば取引なんだ。エイブリー姫に、俺の国を実質統治してもらう。レギアは多分、エクセレイ王国の属国となる。ただ、植民地としてではなく、対等な交流国として。その代りに彼女は俺の国の魔法体系の知識を買い取る。留学という名の、外交カードなのさ。」
「そんなこと話していいのか?」
「貴族の中では常識だよ。むしろ、宣伝して回っている。レギア皇国の資源はエクセレイ王国のものだと、他の国をけん制しているのさ。エイブリー姫は敵も多いけど、この国で持っている実権は少なくない。国内外には敵に回したくないやつは少なからずいるよ。今後、この学園を卒業する学生はあの人の息がかかった人間が多い。あの人の権力が強まるほど、俺の国は安全になるんだ。」
「そうか、上手くいくといいな。」
「上手くいかなくても大丈夫。」
「……何でだ?」
「俺が誰よりも強くなる。」
そう言う、ロスの目には闘志が宿っていた。
とても7歳児とは思えない、荒々しい肉食獣のような瞳。
「ここに入学するまでさ、父ちゃんに連れられてボロボロの自分の国をずっと見てきた。民の多くが飢えていた。俺が守る。俺が絶対、守るんだ。」
王道、という言葉が思い浮かぶ。
この子は国という重いものを背負うことに一切のためらいがない。
今日は驚きの連続だ。俺の周りには強い人間ばかりである。
「……さっきの火魔法、もう一回見せてくれ。」
「おうよ!」
俺はその後、しばらくアルと一緒にロスの訓練を見ては、助言をし続けた。
「初めまして。君がフィル・ストレガ?」
そう言って話しかけてきたのは、中等部の制服を着た細身の少年だった。
浅黒い肌。こげ茶色の短髪。意思の強そうな眉。目元は笑っているが、わずかに攻撃性を宿している。
その顔つきを見て、すぐに貴族の出身でないものだと思った。柔和な表情を浮かべているが、多大なストレスを押し殺してきたかのような人特有の顔つきをしている。
おそらく、孤児だ。
初めて会うが、どこかで見たような顔をしている。
はて、どこで会ったのだろうか。
「初めまして。貴方は誰ですか?」
慎重に返答する。
「俺はロッソというんだ。ここの学園の中等部一年。」
快活に少年が言う。
ロッソ。聞き覚えがない。
中等部一年ということは、俺の6つ年上か。11歳年下とも言えるが。
「フィル君。君には礼を言いに来たんだ。ただ、その前にしておきたいことがある。」
ロッソ少年の目に友和と攻撃性が同居する。
その不整合な表情に、俺は困惑する。
「しておきたいこと、とは?」
「中等部一年、特進クラスのロッソ。フィル・ストレガに決闘を申し込む。」
「えぇ……。」
俺は静かにイリスの方を振り向く。
「——何よ?」
怪訝な顔でイリスが言う。
「いや、この学園ってさ。イリスみたいに血気盛んな学生ばかりなの?」
「けっき……なに?」
「喧嘩が大好きっていう意味。」
「あたしは喧嘩が好きなわけじゃないわよ!」
いや、好きそうに見えるけどなぁ。
「ごめんごめん。俺はフィル君に恩があるんだ。その恩はいつか返したいと思っている。でも、その前に自分を救ってくれた人がどんな人か、知りたいんだ。」
救った? 俺が? 目の前にいるこのロッソ少年を? どこで?
頭の中で疑問がリフレインする。
「俺は物事をシンプルにしか考えられないからさ。取り敢えず知りたい人のことは戦って確認するんだ。師匠も言っていた。殴り合えば大体そいつのことはわかるって。」
「変な師匠ですね……。」
うちの師匠といい勝負かもしれない。
いや、うちの師匠ほどのやつは早々いないだろうけども。
「で、どうかな。受けてくれるかな。」
損得で全てを考えることは良くないが、この勝負は引き受けた方が俺に得が多いだろう。
中等部の特進クラスと名乗っていた。俺の見立てが外れていなければ、彼は貴族ではなく平民かそれ以下の身分出身だ。つまり、文字通り実力でこの学校の学年トップの成績ということだ。
俺のこの学園での実力を測るには、間違いなく丁度いい物差しだ。
「引き受けましょう。」
「助かる。審判の先生を呼ぼうか。」
ロッソ少年の表情が、大型ネコ科動物のように曲がった。
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