第103話 学園生活12

「ったくよぉ。勤務時間外だぞ? いい加減にしろよロッソ。」


 そう言って現れたのは、マギ・アーツ担当教員のショー・ピトー先生だった。


「いや、すいません先生。」

「ったく。担任使いが荒いぞお前。」

「ありがとうございます。」


 ロッソ少年はピトー先生の担任クラスのようだった。

 ピトー先生は扱いが雑と評したが、ロッソ少年を悪しざまに思っていないように感じる。彼らなりの担任と生徒という信頼関係があるのだろう。

 最初はロッソ少年から孤児特有の抜き身の攻撃性を感じた。だが、ピトー先生と話している彼の雰囲気は穏やかなものである。

 よき師なのだろう。


「何だ。審判はショーがするのか。」

「坊ちゃん。ここでは先生でお願いしやす。」

 会話に混ざるロスに、困った風に返すピトー先生。


「坊ちゃん?」

 俺は思わず疑問を口にする。


「そういや、あんたは来たばかりだったわね。ピトー先生は、元々はロスの付き人よ。」

「付き人……あ。」


 そうだ。ロスもピトー先生も竜人属だ。ということはピトー先生もレギア皇国出身者なのか?


「そういやストレガ氏の弟子は事情を知らないんだっけか。俺は、元々はレギア皇国の武官だったのよ。ちなみに戦場に出るだけで頭脳労働は一切してこなかったがな。市井の出だし、敬語が苦手なのは勘弁してくれ。」

「はぁ。」


 ピトー先生はかなりあけすけな性格のようだ。

 それにしても武官か。ギルドで見かけた竜人属たちよりも屈強なわけだ。教師になり、セミリタイアした身にしては鍛えていると思っていたら、現役のボディーガードじゃないか。


「あれ。でもロスは皇子なんですよね? ピトー先生が護衛も兼任して教師をしているとしたら、一人は少なすぎでは?」

「そこがエイブリー姫さんのバランス取りだろうな。我儘で仲のいい国のお気に入りを入学させた。皇子だからもちろん、政治的なつながりもある。要人だから護衛も必要だ。あの姫さんの政敵が黙ってそれを通すと思うか?」

「……何かしらの制約は課すでしょうね。」

「そう。その制約が護衛を俺一人に限るということだな。護衛と評して姫さんの息がかかった職員を増やされたら、卒業生がどんどんあの姫さんの一派になっちまうからな。連中も必死なのよ。」


 そう言われてみると、グレーゾーンの行いをしているのはエイブリー姫に見えてくる。あの人もずいぶんと思いきったことをしているようだ。

 ただ、俺にはこれが政治的駆け引きだけとは思えない。

 レギア皇国の魔術体系。

 喉から手が出るほど、彼女は欲しいだろう。

 竜人属はその始祖がドラゴンと近い所にある。ゆえに、火魔法のスペシャリストが多いし、魔法を使った近接格闘の先進国でもある。

 あの魔法ジャンキーのお姫様ならば、多少はグレーなことにも手を染めて自分のものにする。そう思えてならない。

 師匠の家で少し会話しただけの間柄だが、彼女の欲への忠実さには不思議な信頼がある。


「ピトー先生、話は終わりましたか?」

 闘技場の中央で、屈伸しながらロッソ少年が言う。


「おう、すまん。待たせたな。フィルもいいか?」

「はい。構いません。」


 ロッソ少年の前に対面する。

 彼は手に鋼鉄のガントレットを取り付けた。見たところ、簡素な付与魔法が施されているようだ。そこまで高級品ではないようだが、使い込まれ方がすごい。白銀のはずのプレートが黒ずんでいる。おそらく、普段から相当な鍛錬を自身に課しているのだろう。


「規定通り、10メートルの距離でいいんですかね?」

「何でだい?」

 俺の質問に、ロッソ少年が疑問で返す。


「いえ、見たところ近接戦闘が専門のようなので。」

「それ、他の上級生に言ったら煽りと受け止められるから気を付けたほうがいいぜ?」

「あっ。」


 言われてみればそうである。

 俺は彼を心配して言ったのだが、相手からすると年下に「ハンデつけてあげようか?」と馬鹿にされたようなものである。


「ロッソ先輩が怒らない人でよかったです。」

「ロッソでいいよ。俺は君と対等でいたい。」

「……ロッソがそれでよければ。」


 俺の返答に、ロッソは快活な笑顔で返す。


「それにね、戦場で公平性なんて気にしてたら待ってるのは死だぜ? 師匠がそう言っていたよ。10メートル程度の距離の魔法くらいかわせないと、戦場ではてんで使いものにならない。きちんとこの距離には意味があるのさ。」

「確かに。」


 魔物との戦いもそうだった。この距離があれば、アラクネの驚異的な瞬発力も、ワイバーンの火球にも対応しやすかった。

 自分に有利な距離で戦うこと。

 この闘技場だけでなく、戦場でも大切な要素なのだ。

 まだ俺は戦場を経験していない。魔物しか殺していない。人を殺したことがない。

 だが、あの夢に出てくる獅子族の大男は人だった。獣人だ。

 魔王を倒すことが俺の最終的な目標になるのならば、戦争を経験する未来も待っているし、人を殺すことを前提とした戦いにも慣れなければいけない。

 日本という平和な世界出身の俺がそれに順応できるかは怪しいけども。

 だが、順応しなければならない。


 闘技場で魔法の練習をしていた高等部の生徒やイリス、ロス、アル、クレアたちが観客席に移動を始める。

 練習よりも見学を優先するのか。意外だ。


「ロッソは最近注目されてる生徒だからな。中等部一年までなら勝率は9割以上だ。」

 ピトー先生が言う。


「それは……楽しみです。」


 俺の返事にピトー先生が笑う。目が少し爬虫類っぽくなった。

 この人も現役の軍属なのだ。戦いを楽しむ人種なのだろう。



「準備はいいか?」

 ピトー先生が音頭をとる。


「いいですよ。」

「もっちろん!」

「——始め!」


 ピトー先生の合図と共に、ロッソが特攻してきた。

 身体強化ストレングスに任せて加速し、一直線に。

 あまりにも素直な直進に驚きつつ、進路上に火球を飛ばす。


「っらぁ!」


 ロッソは火球をガントレットとで殴り、消し飛ばす。


「それ物理解決すんのかよ!」


 横に弾かれるように移動しながら、距離をとる。

 ロッソがそれを追いかけてくるが、風魔法も掛け合わせてすぐに距離を開く。

 相手は近距離。対してこっちには遠距離の選択肢がある。このアドバンテージをわざわざ手放す必要はない。


「何だそのスピード!? 速すぎ!」

「このくらい速くないと魔物に追い付かれるよ。」

「どんな魔物想定してんだよ!」


 闘技場の床を足で踏みしめ、ロッソが止まる。


「追いかけないのか?」

「追いつけないからな!」

「えぇ……。」


 ロッソは中々の脳筋のようだ。

 クラスメートのチャーリーを思い出す。ひたすら野球の練習ばかりしてテスト期間の度に頭を抱えていたチャーリー。クラスマッチでは大活躍だったチャーリー。甲子園にも出場していたチャーリー。今頃野球選手かな、チャーリー。ちなみにチャーリーは外国人でもハーフでもない。純日本人で苗字は山田だ。


 ロッソが胸の前に両手を突き出す構えをする。掌底を作り、手のひらを俺の方に向ける。


「……俺の魔法を正面から全て撃ち落とすつもりか。」

「我慢比べだ。俺が被弾するか。フィルの魔力が尽きるか。面白いだろう?」

「そういうの、好きだよ。」

「俺もだ!」


 だがロッソ少年。なめてもらっちゃ困る。君の対戦相手はストレガだぜ?


火球ファイアーボール。」


 俺の周囲で火球が同時に6つ出来上がる。

 観客席がざわめくのが聞こえる。


「それは流石に無理かも。」


 ロッソの額に汗が一筋できる。


「もう遅い。」


 俺は火球を飛ばす。2つを風魔法で加速。1つを風魔法で酸素を送り込み、肥大化。3つを時間差で発出する。


「うわわ!」


 時間差で襲い来る火球を、ロッソがガントレットではじく。

 時間差できた火球は手が追い付かないと判断し、横にかわす。

 そこに俺は肥大化させた火球を飛ばす。足りない魔力を風魔法で補助した火球だ。疑似ワイバーン火球とでも呼べばいいだろうか。


「こんの!」


 なんと、ロッソは身体強化と武器強化を駆使してその火球を正面から叩き割った。

 これは予想ができなかったので驚いた。


「へへ!このくらい、え?」

紅蓮線グレンライン。」

「うおあああ!」


 火球をさばいている間に俺が次の手を準備していないわけがない。既に空中の魔素の演算はほぼ終えている。

 ロッソに遠距離魔法ができず、俺よりも速く動けない以上、ここが俺の独壇場であることに変わりはない。


大文字紅蓮回転グレンスタースピナー。」


 俺は火の線を五本に増やして蹂躙するように振るう。


「そりゃないだろ!」


 ロッソが身体強化ストレングスにかける魔力を更につぎ込む。


「遠距離魔法も、少しはかじっておくべきだったな。そしたらこうはならなかった。」


 逃げ回るロッソの目の前に、突然火球が出現する。

 かわせずに被弾し、ロッソが闘技場の隅に吹っ飛んで転がる。


「いってぇ!」


 俺は無言で8つの火球を構築する。


「そこまで!」

 ピトー先生が待ったをかけた。


「とと。」

 俺は慌てて火球を消す。


「勝負ありだな。ロッソ、異論は?」

「ないよ。完敗だ。」


 ロッソが脇腹をさすりながら苦笑いする。

 大けがにはなっていないようで安心した。流石学園のマギ・アーツ戦闘服。頑丈だ。


「さっきの火球はなんだよあれ。突然空中から出てきたぞ?」

「設置魔法だよ。最初にロッソから逃げ回るついでに置いておいた。」


 ちなみにこの発想は瑠璃やイリスとの戦いで得た考えだ。


「うげ。」

「戦ってる最中にも言ったけど、遠距離魔法を捨てすぎだと思う。知らないと、今の俺の魔法は対応できないだろ?」

「そうだな、そうする。」

「まぁ、言ってやるな。こいつはこの学園に入ってまだ半年だ。魔法の訓練も初めてまだ一年だ。」

「一年!?」


 ピトー先生の言葉に驚く。

 そうなると話は別である。ロッソは遠距離魔法を捨てているのではない。まだ習ってすらいない段階になる。それでこの実力。

 俺に風魔法がなければ普通に近接戦が出来ていた。

 間違いなく天才だ。


「こいつも一応、プリンセスファボリだからな。」


 あのお姫様の人材発掘能力、どうなってんの?

 隣でロッソが「はは。」と照れ笑いをする。


「姫様には助けられたよ。孤児の俺じゃあ、ここの学費なんて払えない。」


 やはり孤児だったのか。


「楽しい戦いだった。ありがとう。」


 ロッソがガントレットを外して握手を求めてくる。

 負け方としては悔しいだろうに、いい少年である。


「ああ。君が遠距離魔法を出来る様になったら、またやろう。」

「ああ!それは楽しみだ!」

 ロッソが快活に笑う。


「そういえば、君は俺に恩があると言っていたね。何だったの?」

 疑問を呈する。


「ああ、それはね。俺もそうだけど、師匠もそうかな。師匠の名前、ルーグっていうんだけど、覚えてるか?」


 頭を殴られたような感覚がした。

 カンパグナ村でのアラクネ討伐に帯同した赤錆びた刃レッド・ルスト・クリンゲ。そのリーダー。

 俺はロッソのガントレットに思わず目を向ける。よくよく考えてみれば、戦闘スタイルも彼と同じじゃないか。

 そうか、彼はあの後、俺が渡したポーションを飲んでくれたのか。生きることを選んでくれたのか。

 同時に、ロッソの浅黒い肌を見て思い出す。アラクネの糸の繭から取り出した少年。


「君……もしかしてあの繭の中にいた。」

「ああ、そうだよ。俺を助けてくれてありがとう、フィル。君のおかげで今の俺がいるんだ。」


 俺は思わずロッソに抱き着いた。


 また、体年齢に精神が引っ張られてしまった。

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