第104話 学園生活13

「びっくりしたよ。フィルが泣くなんて。」

 そう言ったのは、アルだ。


 俺とアルとロスは一緒に寮へ戻る最中である。

 イリスとクレアは逆方向の女子寮なので、もういない。俺が泣いたことに驚いたのだろう。2人ともとぎまぎした様子で別れていった。

 ロッソとロスは、闘技場に残ってピトー先生と一緒に居残り訓練をするそうだ。特にロスは触発されたようで、自身の護衛であるピトー先生に襲い掛かるように組手をしていた。

 「今度は俺と勝負な!今やってもロッソ先輩と変わらないだろうから、もう少し訓練してから!」と言っていた。

 この学園、戦闘民族が多すぎない?


「恥ずかしい。女の子の前で泣くなんてな。明日イリスにいじられる。」

「イリスは平等な立場でしか悪口言わないから、大丈夫だよ?」


 何だその任侠者みたいな性格。

 だが、マギサ師匠の孫だ。納得のいく性格でもある。


「でも、ロッソさんはフィルが冒険者の時に助けた人だったんでしょ? すごいなぁ。フィルはもうこんなに活躍してるんだね。」

 アルがひまわりのような笑顔をして言う。


「俺は環境が特殊だから。ロスはあんなに焦らなくていいと思うんだけどなぁ。」

「毎日僕の前で気絶するフィルが言うことじゃないと思う……。」

「それもそうだけどさ。」


 知識が増えるたびにマギサ師匠の修練というものが、異質で異常であることが浮き彫りになっていく。あの婆、今度里帰りしたらどんな手を使ってでも模擬戦闘で一太刀入れてやる。


「お前も、自分のペースでいいんだぞ。」

「ありがとう。」

 アルが笑う。


「ただいま~。」

「ただいま、ザナおじさん。」

「おう、帰ったかガキども。」


 寮の管理人であるザナおじさんが雑に出迎える。新聞から少し顔を上げて一瞥するだけである。表情はいつも通り、しかめっ面だ。

 貴族の子息がこの態度にむっとする事件が毎年起きるらしいが、ザナおじさんの爵位は公爵の血筋である。何か衝突が起きれば謝るのは親の方になるのだ。

 子どもとの接触が多い仕事を、こういった高い階級に任せているのがこの学園のすごいところである。新聞も高級品であり、これを毎日購読しているのは彼の生まれが由緒正しいことの証明でもある。

 シャティさんが図書司書として採用されたのも、ここら辺の理由が大きいだろう。


「何だガキ、また決闘したのか。」

「え、はい。」

「喧嘩っ早いガキだな。」

「いえ、俺は引き受けた方なんですけど。」

「だが、同意したのもお前だ。」

「はい、すいません。」

「謝る必要はない。お前は正しい。」

「はい。えぇ?」


 決闘はたくさんした方が正しいのか? 不思議な価値観である。


「ここの卒業生で活躍してる連中は、学内の決闘で名を上げたやつが多い。」


 俺の顔に疑問が張り付いていたのだろう。ザナおじさんが付け加える。


「なるほど。」

「ま、例外もあるがな。座学が突き抜けたやつは決闘しなくても大成する。」

「はぁ。」

「飯が出来てる。さっさと食堂へ行け。ロスはまた居残り訓練か? 飯食うのも訓練だとあの馬鹿ガキに教えておけ。」

「はい。」


 いいのかなぁ。ロスって一応、外国の皇子だよね?


「ああ、そうそうフィル。」

「はい?」

「お前に書状が来ている。差出人が差出人だからな。わしが預かっていた。」

 そう言うと、ザナおじさんが俺に手紙を渡した。


「ありがとうございます。」


 貰った手紙を、アルと一緒に眺める。


「誰からだろう。」

「フィル、本気で言ってるの?」

「え、何でだ?」

「これ、王家の家紋だよ?」

 アルが説明する。


 よく見ると、封蝋ふうろうの紋章が魔法陣のようなデザインになっている。その手前に二つの剣がクロスしているデザイン。魔法と戦いで成り上がった国、エクセレイ王国の国章であり、王家の家紋である。どこかで見たことあるなと思ったら、それだ。


「そうだった。そういえばこんな模様だったな。忘れてた。」

「フィル、その発言は場所によっては危ないから気を付けてね。」

「ごめん。気を付ける。」


 ばばあ師匠、これも教えてほしかったなぁ。俺の不勉強もあるけど。




「うぇ? へいふひー姫からのほう待状?」

 そう言ったのは、口の中に肉を詰め込んだロスだ。


 訓練を終えたロスが食堂で合流したのだ。俺とアルはほとんど食べ終えている。


「ロス。飲み込んでから喋ってよ。」

 アルが上品にステーキを切り分けながら話す。


 確かアルは極貧貴族で、ロスは皇子だよな。テーブルマナーは本来、ロスの方が出来て然るべきなのではないだろうか。性格の問題か?。


「そうなんだよ。今週末に来いって。ついでに、俺の魔法に関するレポートも。」

「どんなレポート?」

「俺が今まで出来る様になった魔法だな。魔素の解析パターンと、発動の時の魔力の出力について、出来るだけ詳細を書けだって。」

「それ、高等部がやるやつじゃん。」

 俺の言葉にロスが返す。


「そうなのか?」

「うん。中等部で見学して、高等部でやってみろだったと思う。俺たち初等部は、平民もいるからとにかく読み書き計算だな。」

「なるほど。」

「ふぇ~。フィルはすごいなぁ。高等部がするようなことを、お姫様にお願いされるんでしょう?」

「買いかぶりだよ。マギサ師匠の元にいたら、このくらいできるさ。」


 嘘だ。俺の実年齢が23歳だから出来ることである。

 そしておそらく、エイブリー姫はその事実を何となく察しているからこのようなことを俺に課したのだろう。異世界出身であるとか、具体的な実年齢までは流石にばれていないとは思うが。


「それにしても、宮殿に行くのか。俺、マナーなんて知らないぞ。」

「それは大丈夫だと思うよ。僕が行った時も、姫様は細かいことは気にしなかったし。」

「アルも行ったのか?」

「うん、というよりも、プリンセスファボリは皆行ってるよ。エイブリー姫が推すに当たって、間違いない人物か確認も必要とのことだから。僕もロスも、入学前に済ませた。」


 俺の場合は、師匠の家でやったやり取りがそれに当たるということか。


「質の低いレポートを出すわけにはいかないなぁ。」

「何か手伝える?」

 アルが横からのぞき込んでくる。


 椅子に座って上半身だけ俺にしなだれかかるように手紙を見てくるものだから、とぎまぎする。君、そのムーブは意中の男性を仕留める肉食系女子のそれだと思うよ?


「レポートの参考になる魔導書を一緒に集めてくれると助かるよ。」

「うん、わかった!」


 アルが胸の前で両手のこぶしを握る。可愛い。頑張るぞいって言って欲しい。


「俺も手伝うよ。」

「じゃあ、ロスは一緒に闘技場で魔法の実践の相手をしてほしいかな。」

「そりゃ、俺の練習にもなるな。」

「今週は大忙しだね。」

「ああ、そうだな。」


 話しながら、目の前の2人のことを考える。

 クレアは俺を守るために、人間関係を結ばないように動いている。

 では、俺は?

 アルやロスを巻き込まないようにするためには、俺は彼らと関わらないべきだろう。だが、あまりにも居心地がいいから、判断を先送りにしてしまう。

 俺の悪い癖だ。

 前世では最後まで先送りにし続けた結果、トラックに轢かれてしまった幕引きとなってしまったのだから。


 それでも迷う。

 アルの可能性についてだ。

 アルは間違いなく天才だ。

 師匠は例外として、シャティさんを始めとして多くの魔法の才能を俺は見てきた。人の魔力を直接見られるこの目で。そして今世で断トツに高い素質を持つのはアルなのだ。今はリラ先生へのトラウマから魔法を使えてはいない。だが、それをクリアしたらこの学園の生徒のほとんどはアルに敵わないだろう。

 合理的な俺が、クレアを守るためにアルを巻き込めと言っている。感情的な俺は、人を巻き込まず自力で解決しろと言っている。

 それはアルだけでなく、才能あふれるロスやイリスにも関わることだ。

 先延ばしにしてはならない。

 俺にはセカンドチャンスが与えられたのだ。そしてそれはほとんどの人間には与えられない。ましてや、サードチャンスなど、与えられるはずもないのだ。

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